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バイオインフォマティクスは物理学だと言えるこれだけの理由

Last updated at Posted at 2021-12-08

はじめに

僕は物理学科の教員をやっていますが、学生には「バイオインフォマティクスは物理学である」と教えています。しかし、世間ではちっともそういう風にならないので、なぜ、「バイオインフォマティクスは物理学である」だと思うのかを説明してみたいと思います。多くの物理学者の皆さんには賛同してもらえないとは思いますが。

理由1:生物学を物理学の対象から外すのは妥当ではない

バイオインフォマティクスが物理学だと思いにくい理由の1つは(タンパク質の構造とかいう物質的な話じゃなく)生命現象そのものを正面から扱っているから。生物学は物理学じゃない、というわけです。だが、本当にそうでしょうか?

ファインマンが考えた有名な小話に闇夜に街灯の下で鍵を探す男、というのがあります。闇夜で街灯の下ではいつくばって地面を探している男がいました。「何を探しているのですか?」と尋ねると男は「鍵を探しています」と答えます。そして地面から目を離さずに在らぬ方を指さして「鍵を落としたのはあっちなんですけど」。男の指さした先は暗闇に包まれていました。これは物理学者は「真にやるべきことではなくできることをやっている」という揶揄を小話にまとめたものですが、このような揶揄の是非はともかく、物理学では扱いにくいというそれだけの理由で(煌々と照らされた物理学の範疇には無いから)、「生命は物理の(少なくとも主流の)研究対象じゃない」というのが暗黙のうちに成り立っているように感じます。僕もよく「なんで物理学科なのに生命の研究をしているのですか?」と訊かれたりします。
ですが、物理学は基本、自然現象を数学的なツールを用いて研究するならなんでもいいんだと思います。その意味で生命現象を数学で研究するバイオインフォマティクスは立派な物理学たりえると思います。

理由2:統計学やデータサイエンスでは生命に迫れない

こういうと決まって「自然現象を数学を使って研究するだけなら統計学やデータサイエンスも物理学になってしまうのでは?」という反論が来ます。一見、この反論は妥当な感じがしますが、実は根本的な違いがあります。誤解を恐れずに言えば、統計学やデータサイエンスは「真実がどうなっているか?」には興味がありません。例えば、あるデータを用いて、あるものの性質を予想したとします。ある組成の物質の融点の予測などです。この予測が正しいかどうかは実験で確認できますが、有体に言って、データサイエンスや統計学は「予測が真実と一致しているか?」にはあまり興味が無いのです。もし、予測が外れたら、データが悪かったのか、あるいは、モデルが悪かったのか、データサイエンスや統計学では検討をするでしょう。しかし、予測が真実なのかどうかについては統計学は関知しません。万有引力の逆二乗則が厳密に2なのかあるいは、多少の誤差が入っている中途半端な実数なのかは、物理学者にとっては重要なことでしょうが、統計学やデータサイエンスにとってはそれはどうでもいいことです。なぜなら、統計学やデータサイエンスでは誤差がゼロの予測というのは原理的にあり得ないからです。そういう意味では統計学やデータサイエンスは自然科学の真理には無頓着です。バイオインフォマティクスを統計学やデータサイエンスの一分野としてやっているのでは「真実」に迫ることは決してできません。だから、バイオインフォマティクスは物理学としてなされない限り、生命科学の真実を暴くことはできないのです。

理由3:物理学は元々データサイエンスだった

逆に、データを数学的に扱うだけだったらそれはデータサイエンスや統計ではあっても、物理学とは言えないんじゃないの、という反論もあるでしょう。

大学で習う物理学はきれいに成形されていて自然法則を記述する美しい体系に見えますが、ニュートン力学の成り立ちを考えれば元々は物理学はデータサイエンスでした。
まずはティコ・ブラーエが膨大な惑星の軌道の観測データを収集し、それをケプラーが少数の法則にまとめました。ニュートンが力学の体系を作り上げたのはその後のことです。
こんな風に成り立ちまで立ち戻れば、物理学の成立はあくまでデータサイエンスのそれだったとわかるでしょう。

理由4:今の物理学のアプローチは生物学とは言えない

「今だって物理学者は生物学を研究しているのでは?」そうですね。確かに、生物をその研究テーマに掲げている物理学者はたくさんいます。ノーベル賞を受賞したパリジからして群れの研究をしていましたし、ポリメラーゼの動力学を研究している研究者だっています。バイオインフォマティクスとか大袈裟に言わなくても、普通に物理学者は生物学を研究しているようにも見えます。何が不満何でしょうか?
まあ、ここからは多分に主観になってしまうのかもしれませんが、物理学者がやっている生物学の研究ってやっぱり、きれいなところをつまみ食いしているように感じてしまうんですよね。

群れの研究して、生物がどうやって群れを作っているかを、数学的なモデルで出せたとしても、それは生物の研究をしているようには感じられないんですよね。なんでかかっていうと、それは生物が生きているってこととあまり関係ないから。群れのモデルの数理はそれだけ取り出してたとえばCGで群れのシミュレーションをするのにも使えると思いますが、それってその群れが生きていることにはならないじゃないてますか?群れの研究が生物の研究に感じられにくいのはそういうところなんだと思います。
物理学が生物をやるんなら、もっと生物の本質に関わることをやって欲しい。だって物理学は本質を研究する学問じゃないですか?

そんなこといっても、じゃあ、バイオインフォマティクスは群れの研究より、生きていることの研究になっているのか、と言われそうです。正直、分かりません。でも、バイオインフォマティクスは群れの数理モデルみたいに、生物から切り離して使ったりはできないんですよね、だって、それは生物そのものの研究だから。

物理学が生物やるんなら、正面から「生きているというとは物理学的に定義したらこうだ!」みたいな風になってほしい。だってそっちの方がかっこいいじゃないですか?

おわりに

これは年をとった物理学者の戯言かもしれません。でも、思ったことを書いて見ました。僅かでも皆様の参考になれば幸いです。

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