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DORAレポートが示すAI時代の課題とLinux開発文化に学ぶPR設計の原則

Last updated at Posted at 2025-07-06

目次

はじめに

株式会社Skillnote 藤井です。

私はインフラエンジニアとして長年Linuxインフラシステムの設計・運用に関わり、Linux Kernelの開発スタイルにも関心を持ち続けてきました。Linux Kernel開発では、「1パッチ=1目的」の原則 を徹底し、1つの変更が持つ意図と影響範囲を厳密に切り分ける文化が根付いています。この文化は、単に「レビューしやすくするため」にとどまらず、数千人規模の分散開発体制でも品質と速度を両立するための「構造設計の知恵」として機能しています。

こうした文化は、現代のAI支援開発において再び注目されるべきではないか——そんな仮説のもと、本稿ではPull Request(PR)の粒度設計が持つ本質的な意味を再考し、AIと人間が協働する時代にふさわしい開発文化の再設計を提案します。

1. AI時代に高まる「PR粒度設計」の重要性

2024年DORAレポートでは、AI支援開発が進む一方で、Pull Requestのサイズが大きくなりすぎ、レビューの質やデリバリーの安定性に悪影響を及ぼす傾向が報告されています。特に、以下のような構造が課題とされています:

・AIが一括で大量のコードを生成する
・PRのサイズが肥大化する
・レビュワーが処理しきれず、レビューの精度が下がる
・結果として障害率や品質のばらつきが増す

2. 社内データに見るPRサイズの実態

AI支援ツール導入後の社内Pull Requestログを分析した結果、以下のような傾向が明らかになりました(構成ファイルの全置換など外れ値は除外):

・AIによるPRの中央値は312.0行
・人間によるPRの中央値は179.6行

これは、AI生成PRが人間作成PRと比較して約1.7倍のサイズとなっていることを意味します。この差異は一時的なものではなく、構造的傾向として定着しつつあります。

2.3 自社における観測と課題意識

私たちの開発現場でも、私から見ると以下のような実感があります:

・PRサイズが従来より明らかに大きくなる傾向

このような現場感と定量データは、「AIがコードを生成し、人間がレビューする」という構造のもとで、PRの粒度設計がレビュー品質に直結することを示しています。

3. 小さなPRの重要性と、先行する実践例

Linux Kernelは、Linus Torvalds氏が率いるオープンソースプロジェクトとして30年以上にわたり進化を続けてきました。その中で確立された開発文化は、世界中の無数の開発者が協調し、短期間で高品質なコードを統合するための知恵に満ちています。代表的な原則は以下の通りです:

・1つのPRは必ず「1つの目的」に限定する
・バグ修正・リファクタリング・機能追加は必ず分離する
・通常は300行未満、理想的には数十行程度に収める
・変更の目的・背景・影響範囲を明示的に記述する
・レビューアが責任を持てる単位に保つ

こうした運用は、レビューの効率化のみならず、品質保証・トレーサビリティ・障害対応力の向上にも貢献しています。

こうしたLinuxの開発文化が、今改めて重要になるのはなぜか。それは、少なくとも今後しばらくの間、AIが生成したコードをレビューし、承認するのは人間であるという前提が続くからです。

AIは大量のコードを一括生成できますが、「それが妥当か」「文脈と合っているか」「本当に安全か」を最終的に判断するのは人間の役割です。その際に、レビュー対象が過剰に大きく、目的や意図が不明瞭であれば、人間は責任を持ってレビューすることが困難になります。

だからこそ、Linux Kernelが長年かけて築いてきた「小さなパッチ」「明確な目的」「読めるサイズ」「コメントでの文脈共有」といった文化は、AI時代の開発にも非常に有用な視座を提供します。

4. 粒度設計はレビュー品質の土台

PRの粒度は、単なる開発スタイルの違いではなく、レビューというチーム活動の土台となる設計領域です。AIによるコード生成が一般化するほど、「どの単位で変更を提出するか」という粒度設計の重要性は増していきます。

PRの粒度設計は、単なる技術論ではなく、人とAIが協働するうえでの「信頼と責任を構造化する方法」として、これからの開発現場に必要不可欠な知恵となっていくはずです。

おわりに

AI支援開発の普及によって、コード生成の効率は飛躍的に高まりました。しかし、ソフトウェアの品質やチームの信頼性は、依然として人間の設計判断と文化的な運用に支えられています。Pull Request粒度設計は、その中核に位置する領域です。今こそ、Linux Kernelが示してきた原則に学びながら、AIと共生できる開発文化の基盤を再構築していく必要性を予感しています。

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