はじめに
この記事は
の続きである.
Landau-Lifshitz『流体力学』§15は,粘性流体の運動方程式の導出に充てられている.
粘性応力テンソルの形(後述の式(2))を決めるとき,「空間の等方性より」で済ませる本が多いと思う.
これは文字通り「空間のどの方向も対等です」という意味である.
しかし,この表現はやや抽象的であり,流体力学的に何を意味するのか,今ひとつピンと来ない気がする.
一方でLandau-Lifshitzでは,
「流体が一様な角速度で剛体回転しても内部摩擦(粘性)が生じない」
と,物理的要請を明確に記述している.
私はこの点に好感を持った.
とはいえ,Landau-Lifshitzの本文には,上記の要請と式(2)の間に微妙な行間がある.
そこで,この行間を埋めつつ,Landau-Lifshitz流の粘性応力テンソルの決め方についてまとめる.
(大した内容ではないので,気軽に読んで頂ければと思う)
粘性応力テンソル
流体の運動中に生じるエネルギーの散逸が,流体の運動にどのような影響を及ぼすか考えよう.
エネルギーの散逸過程は,熱力学的に不可逆な運動;内部摩擦(粘性)や熱伝導によって生じる.
よって,これらの効果を無視しているEuler方程式(理想流体の運動方程式)は書き改めなければならない1.
Euler方程式は,運動量フラックス密度テンソルを$\varPi_{ij}$として
$$
\frac{\partial}{\partial t} (\rho v_i) = - \frac{\partial \varPi_{ij}}{\partial x_j}
$$
と書ける.
理想流体での運動量フラックスの表式
$$
\varPi_{ij} = p \delta_{ij} + \rho v_iv_j
$$
は,流体粒子の運動と圧力による,運動量の可逆な輸送を表している.
粘性流体の運動方程式を得るためには,不可逆な運動量の輸送を表す項$-\sigma'_{ij}$を加えなければならない.
すなわち,粘性流体の運動量フラックス密度テンソルは
$$
\varPi_{ij} = p \delta_{ij} + \rho v_iv_j -\sigma'_{ij}
= -\sigma_{ij} + \rho v_iv_j
$$
と表される.
テンソル
$$
\sigma_{ij} = -p \delta_{ij} + \sigma'_{ij}
$$
は応力テンソル,$\sigma'_{ij}$は粘性応力テンソルと呼ばれる.
$\sigma_{ij}$は,運動する流体によって直接運ばれる運動量($\rho v_iv_j$)以外の運動量フラックスを表している.
$\sigma'_{ij}$の一般的な形を導こう.
内部摩擦は,流体粒子の速度が異なるために,流体の各部分の間に相対運動が起こる場合にのみ生じる.
つまり$\sigma'_{ij}$は速度の空間微分の関数でなければならない.
ここでは,速度勾配が小さく,$\sigma'_{ij}$が速度の1階微分の線型結合で表される流体(ニュートン流体)を考えることにしよう.
この条件を満たすテンソルの一般的な形は
$$
\sigma'_{ij} = a \frac{\partial v_i}{\partial x_j} + a' \frac{\partial v_j}{\partial x_i} + b \frac{\partial v_k}{\partial x_k} \delta_{ij}
\tag{1}
$$
である.
流体が一様な角速度で回転している場合,内部摩擦は生じず$\sigma'_{ij}=0$でなければならない.
このことから,係数についての制約条件を得ることができる.
角速度ベクトルを$\vec{\Omega}$とすると,速度は
$$\vec{v} = \vec{\Omega}\times\vec{r}$$
または
$$v_i = \varepsilon_{ilm}\Omega_lx_m$$
となる($\varepsilon_{ilm}$はEddingtonのイプシロン).
これを(1)に代入し
\begin{align*}
\sigma'_{ij} &= a \frac{\partial}{\partial x_j}(\varepsilon_{ilm}\Omega_lx_m) + a' \frac{\partial}{\partial x_i}(\varepsilon_{jlm}\Omega_lx_m) + b \frac{\partial}{\partial x_k}(\varepsilon_{klm}\Omega_lx_m) \delta_{ij} \\
&= a \varepsilon_{ilm}\Omega_l\delta_{jm} + a' \varepsilon_{jlm}\Omega_l\delta_{im} + b \varepsilon_{klm}\Omega_l\delta_{km}\delta_{ij} \\
&= ( a \varepsilon_{ilj} + a' \varepsilon_{jli} + b \varepsilon_{klk}\delta_{ij} ) \Omega_l .
\end{align*}
Eddingtonのイプシロンは添字を1組交換すると符号が反転するから$\varepsilon_{jli} = -\varepsilon_{ilj}$であり,
添字に重複があると0になるから$\varepsilon_{klk}=0$である.よって
$$
\sigma'_{ij} = (a-a') \varepsilon_{ilj} \Omega_l = 0
\qquad\therefore\quad a = a' .
$$
以上より,$\sigma'_{ij}$の一般的な形は
$$
\sigma'_{ij} = a \left( \frac{\partial v_i}{\partial x_j} + \frac{\partial v_j}{\partial x_i} \right) + b \frac{\partial v_k}{\partial x_k} \delta_{ij}
\tag{2}
$$
となる.
こうして,速度の空間微分が対称的な形($ \partial v_i / \partial x_j + \partial v_j / \partial x_i $)で現れる理由がはっきりした.
式(2)よりも,$a,b$を他の定数で表した次の形が便利である.
$$
\sigma'_{ij} = \eta \left( \frac{\partial v_i}{\partial x_j} + \frac{\partial v_j}{\partial x_i} - \frac{2}{3}\frac{\partial v_k}{\partial x_k} \delta_{ij} \right) + \zeta \frac{\partial v_k}{\partial x_k} \delta_{ij}
\tag{3}
$$
前半の$( \; )$内は$i,j$について縮約すると0になる.
つまり,前半は非対角成分,後半は対角成分を表している.
$\eta,\zeta$は速度に無関係の定数で,$\eta$は粘性率,$\zeta$は第2粘性率と呼ばれる.
§16, §49で見るように,これらは正である.
$$
\eta > 0, \quad \zeta > 0.
$$
粘性流体の運動方程式
さて,粘性流体の運動方程式を得よう.
$\varPi_{ij}$に$-\sigma'_{ij}$を加えたことに対応して,Euler方程式に$\dfrac{\partial\sigma'_{ij}}{\partial x_j}$を加えればよいことがわかる.
よって
\begin{align}
\rho \left( \frac{\partial v_i}{\partial t} + v_j \frac{\partial v_i}{\partial x_j} \right) &= - \frac{\partial p}{\partial x_i} + \frac{\partial \sigma'_{ij}}{\partial x_j} \\
&= - \frac{\partial p}{\partial x_i} + \frac{\partial}{\partial x_j} \left[ \eta \left( \frac{\partial v_i}{\partial x_j} + \frac{\partial v_j}{\partial x_i} - \frac{2}{3}\frac{\partial v_k}{\partial x_k} \delta_{ij} \right) \right] + \frac{\partial}{\partial x_i} \left( \zeta \frac{\partial v_k}{\partial x_k} \right).
\end{align}
これは粘性流体の運動方程式の最も一般的な形である.
$\eta,\zeta$は一般に温度と圧力の関数であり,流体中で一様とは限らないから,微分の外に出すことはできない.
しかし多くの場合には,$\eta,\zeta$は定数とみなしてよい.その場合には
\begin{align*}
\frac{\partial \sigma'_{ij}}{\partial x_j} &= \eta \left[ \frac{\partial^2 v_i}{\partial x_j \partial x_j} + \frac{\partial}{\partial x_i} \left( \frac{\partial v_j}{\partial x_j} \right) - \frac{2}{3}\frac{\partial}{\partial x_i} \left( \frac{\partial v_k}{\partial x_k} \right) \right] + \zeta \frac{\partial}{\partial x_i} \left( \frac{\partial v_k}{\partial x_k} \right) \\
&= \eta \triangle v_i + \left( \zeta+\frac{1}{3}\eta \right) \frac{\partial}{\partial x_i} (\mathrm{div}\,\vec{v}) .
\end{align*}
よって粘性流体の運動方程式をベクトル形式で表すと
$$
\rho \left( \frac{\partial \vec{v}}{\partial t} + (\vec{v}\cdot\mathrm{grad})\vec{v} \right) = -\mathrm{grad}\; p + \eta\triangle\vec{v} + \left( \zeta+\frac{1}{3}\eta \right) \mathrm{grad}\;\mathrm{div}\;\vec{v} .
$$
この式はNavier-Stokes方程式と呼ばれている.
粘性流体を論じる際,ほとんどの場合非圧縮であると仮定してよい.
その場合$\mathrm{div}\;\vec{v}=0$であるから
$$
\frac{\partial \vec{v}}{\partial t} + (\vec{v}\cdot\mathrm{grad})\vec{v} = - \frac{1}{\rho}\mathrm{grad}\; p + \frac{\eta}{\rho} \triangle\vec{v}
$$
を得る.
式(3)で$\mathrm{div}\;\vec{v}=0$とおくことにより,非圧縮性流体での応力テンソルは
$$
\sigma_{ij} = -p \delta_{ij} + \eta \left( \frac{\partial v_i}{\partial x_j} + \frac{\partial v_j}{\partial x_i} \right)
$$
と簡単な形に書ける.
非圧縮性流体では,粘性はただ1つの係数$\eta$で表される.
このため,粘性率といえばふつう$\eta$のことを指す.
また,
$$
\nu = \frac{\eta}{\rho}
$$
は動粘性率と呼ばれる.
-
もちろんエネルギー方程式も書き改めなければならないが,これについては§49で議論されている.
導き方から明らかなように,連続の式はどのような流体に対しても成立する. ↩