問題提起
解像度(この場合,画素数のこと)の表し方にはいくつかの種類がある。
表記方法 | 表記例 | 用途例 |
---|---|---|
キーワード | Full HD | 汎用 |
水平画素数 × 垂直画素数 | 1920 × 1080 | 汎用 |
総画素数 | 200万画素 | ディスプレイ,カメラのスペック |
垂直画素数 インターレースか | 1080p | 動画のエンコード設定 YouTubeプレイヤーの画質設定 |
当記事で取り上げるのは「1080p」のような「垂直画素数とインターレースか」を表す方法である。なぜ画素数を代表して「垂直画素数」が掲げられるのだろうか?
「1080p」に対応する別の表し方に「1920 × 1080」のような「水平画素数 × 垂直画素数」とする表記がある。私としては「1920 …」と記されていたほうが対応する「1920 × 1080」を手がかり再生で連想しやすいように思う。「水平画素数」ではいけないのだろうか?
結論から
かつては水平画素なんて無かったからである。
歴史をたどる
まず注目すべきは「1080p」のような表現が映像品質を示すためによく用いられているという点である。そもそも「画素」という概念はいつ生まれたのだろうか?
その答えは「映像記録媒体がフィルムから電磁的媒体,アナログ形式からデジタル形式になったことで生まれた」と説明できる。その変移に何かヒントがあるのではないだろうか?
この記事では,変移の途中にある「アナログ形式の映像信号(コンポジット映像信号)」を取り上げる。
NTSCとは
NTSCはコンポジット映像信号および,それを用いたテレビジョン放送方式の仕様である。
Wikipedia「NTSC」より間接引用
いわゆる「アナログテレビ」の規格のひとつである。
ラスタースキャン
2次元の画像を電気信号に変換,そして電気信号から画像を復元するため,ラスタースキャンという方法を用いる。
ラスタースキャンとは,2次元の画像を,1次元的にスキャン(日本語では走査と言う)して線(走査線と言う)を得て,次いでその直角方向にその線でスキャンして,2次元の面で画像を得る方法である。
Wikipedia「ラスタースキャン」より間接引用
ラスタースキャンの概略図を以下に示す。
画像を電気信号に変換(撮像)する手順は以下の通りである。
説明を簡潔にするため白黒テレビを例に示す。
- ビデオカメラでレンズを用いて撮像管あるいは固体撮像素子の受光面に被写体の像を結像させる
- 撮像管であれば真空管内の電子線を操作し,固体撮像素子であれば読出し信号を入力して,画面の左上から右に向かって,右端までいったら一段下がって,同様に左から右に走査して受光面のその点の照度を読み出す
- 同時に各点の照度を対応する電圧に変換する(輝度信号)
- 同時に読み出しの位置とタイミングをあらわす信号(同期信号)を加える
Wikipedia「ラスタースキャン」より間接引用
電気信号から画像を復元(受像)する手順は以下の通りである。
ブラウン管における表示例を示す。
- 輝度信号に従ってブラウン管の輝点の輝度を変える
- 同時に同期信号に従って電子ビームを左右に,次いで上下に偏向して走査する
Wikipedia「ラスタースキャン」より間接引用
なおNTSCではインターレースを行い,データ量を増やさずに解像度とフレームレートの両立を図っている。
インターレースとは,画像伝送において,データ量(動画の場合は伝送レートまたは帯域幅)を増やさずに描画回数を増やす技術である。
よく知られたものはテレビ・ビデオ信号に使われているもので,奇数番目の走査線を先に送り,残りの偶数番目の走査線をその後に送る。Wikipedia「インターレース」より間接引用
「アナログ」たる所以
現行の規格と対比して,NTSCが「アナログ」だと言われる理由は,以下のパラメータが連続的に変化する(アナログである)ためと考えられる。
- 輝点の水平位置
- 輝度
一方で,以下のパラメータは離散的に変化する。
- 輝点の垂直位置
まとめ
垂直画素数と走査線数
以上の説明で,NTSCには画面を垂直方向に区切る「走査線」という概念はあるが,水平方向に区切るものはないことがわかる。つまり「かつては水平画素という概念が無かった」ということである。
冒頭で「垂直画素数」としていた表現は,「走査線数」と言い換えることもできる。
この歴史的背景が,今でも「1080p」などの表記に影響を与えていると考える。
余談: 走査線数を掲げる意義
走査線数は「画質を示すパラメータ」であると同時に「規格のパラメータ」である。
動画配信サービスで映像のやり取りをすることが多い現代において,走査線数を単なる「画質を表すパラメータ」としか考えていない人は多いと思う。なぜならば動画配信サービスは,配信側・視聴側の両者とも,広い動作環境を想定しているためである。
動画配信サービスは仕様に適応する。一方で,テレビは規格化された標準仕様でのみ動作する。配信側・視聴側の機器の,走査線数,フレームレート,色信号変調方式を揃えることで映像の伝送を実現している。
つまり「1080p」などの表記は,映像を正しく再生するための付加情報でもある。
(動画のエンコード設定がまさにその目的で用意されているものである)