結論から
大体の場合,通信速度は上がらない。
高いカテゴリに替えるメリットは,将来のより速い伝送規格に対応するための準備になる点である。
経緯
友人に表題の質問をされた。自らの知識をもって回答したが,調査したところその知識に誤りがあった。調査の記録をここにまとめる。
デバイスはLANケーブルのカテゴリを判別するか?
Q. パソコンやルータをはじめとするデバイスは,自身に接続されているLANケーブルのカテゴリを判別するか?
A. しない。
下図の通り,LANケーブル1の構造は撚り合わせた2本の電線が4組,計8本の電線が両端の端子のピンに繋がったものである。
© CommScope 2016「Top 40 Innovations: Tightly Twisted LAN cables」CC BY-NC-ND 2.0
© Oliver Hammond 2005「RJ45」CC BY-NC-SA 2.0
これらのピン間には,USB Type-Cにあるような抵抗接続,IC接続2はない。全てのピンは接続したデバイス間の通信や給電のために用意されたものである。
つまり,デバイス側がケーブルの性能やカテゴリを,容易かつ電気的に判別することはできない。性能を測るデバイスがあるとすれば,それは試験用測定器くらいだろう。
デバイスはLANケーブルの状況に応じて転送速度を変動するか?
Q. パソコンやルータをはじめとするデバイスは,LANケーブルの劣化状況やノイズ影響に応じて,転送速度を変動するのか?
A. しない。
有線LANの主流な伝送規格であるイーサネット(IEEE 802.3)は,常に同じ転送速度で通信をする3。ただ,伝送誤りを検出した場合はそのフレームを破棄する。この場合大体はTCP/IPが再送を要求する。
つまり,LANケーブルの劣化,性能不足,ノイズの影響などにより伝送誤りが生じたときは,データの再送が発生しデータの到達が遅れる。結果として,見かけ上通信速度が落ちるということである。デバイスが能動的に転送速度を変動させているわけではない。
伝送規格と情報配線規格
情報配線規格
まとめると,イーサネットはどんなLANケーブルが接続されていようと,その状態が良くても,悪くても,設定された伝送規格で通信を行う。
そうなると,LANケーブルの性能基準が欲しくなる。買って繋げて初めて粗悪なケーブルと気付くでは困るし,逆に高価なケーブルを買ってもそれがオーバースペックでは損した気になる。
そこでLANケーブルは以下の規格で,その性能がカテゴリごとに電気的特性として規定されている。
- ISO/IEC 11801
- JIS X 5150(ISO/IEC 11801の日本語訳版)
- ANSI/TIA-568.2
当記事ではこれらをまとめて「情報配線規格」と呼ぶこととする。
JIS X 5150の理解にあたっては,当規格の原案を作成したJEITA4が公開しているセミナー資料「LAN配線に必要なJIS規格」がわかりやすい。
伝送規格と情報配線規格の関係
イーサネット(伝送規格)とLANケーブル(情報配線規格)の関係は,JEITA4が公開しているセミナー資料「ツイストペア配線の試験方法について」にある図がわかりやすい。その図を引用し以下に示す。
伝送規格は,転送速度を満足するための伝送路の本数,変調方式,変調速度を規定し,利用する周波数帯域を示す。情報配線規格は,周波数帯域ごとに最小減衰量を規定し,送受される信号の品質を保証する。 そういった関係である。
ネット上には,LANケーブルのカテゴリごとにその最高転送速度を謳うものがあるが,情報配線規格が最高転送速度を規定しているわけでは無い。一般的な応用例としてイーサネットを使用した場合の,最高転送速度を親切に(?)併記しているだけである。
情報配線規格における性能規定
最大チャネル長
情報配線規格では,水平配線のチャネル長を100m以内になるよう設計することを規定している。
「水平配線のチャネル長」とは,デバイス(ルータ,ハブ,パソコンなど)同士を接続する伝送路の長さである。
壁のLANポート(通信アウトレット)を経由している場合は,壁の中の隠ぺい配線も長さに含む。
ただし,運用中の動作温度が20℃を超える場合はチャネル長が制限される(詳細は省く)。
カテゴリ
各情報配線規格におけるカテゴリ(クラス)の規定を下表に示す。
カテゴリごと周波数が規定されており,その帯域での信号伝送をサポートするための細かな電気的性能規定が,規格には示されている(詳細は省く)。
また与えられたカテゴリは,より低い全てのカテゴリもサポートする(性能上の下位互換がある)。
ISO/IEC 11801 (JIS X 5150) | ANSI/TIA-568 | 周波数帯域 (MHz) |
|
---|---|---|---|
部材性能 | 配線性能 | 部材・配線性能 | |
カテゴリ 5 | クラス D | カテゴリ 5e | 100 |
カテゴリ 6 | クラス E | カテゴリ 6 | 250 |
カテゴリ 6A | クラス EA | カテゴリ 6A | 500 |
カテゴリ 7 | クラス F | - | 600 |
カテゴリ 7A | クラス FA | - | 1,000 |
カテゴリ 8.1 | クラス Ⅰ | カテゴリ 8 | 2,000 |
カテゴリ 8.2 | クラス Ⅱ |
ISO/IEC 11801(JIS X 5150)と ANSI/TIA-568 の規定には差異が見られる。
ISO/IEC 11801(JIS X 5150)は,配線を構成する部材(ケーブル,コネクタなど)の性能要件をカテゴリで区分し,それらを組み合わせて出来た配線の性能要件をクラスで区分している。ANSI/TIA-568では,部材,配線ともにカテゴリで区分けしている。
当記事では一般的な「カテゴリ」区分を用いることとする。
また ANSI/TIA-568には,カテゴリ7の規定がない。Wikipedia「カテゴリ7ケーブル」
伝送規格における転送速度の規定
イーサネットにおける,転送速度,信号要件の規定を下表に示す。
規格 | 転送速度 (Mbps) |
変調/ 符号化 |
シンボル 効率 (bit/sym.) |
変調 速度 (Msym./s) |
帯域幅 効率 (Sym./Hz) |
周波数 帯域 (MHz) |
---|---|---|---|---|---|---|
100BASE-TX | 100 | 4B/5B MLT-3 |
0.8 | 125 | 4 | 31.25 |
1000BASE-T | 1000 | PAM5 | 8 | 125 | 2 | 62.5 |
2.5GBASE-T | 2500 | DSQ128 PAM16 |
12.55 | 200 | 2 | 100 |
5GBASE-T | 5000 | DSQ128 PAM16 |
12.55 | 400 | 2 | 200 |
10GBASE-T | 10000 | DSQ128 PAM16 |
12.55 | 800 | 2 | 400 |
25GBASE-T | 25000 | DSQ128 PAM16 |
12.55 | 2000 | 2 | 1000 |
40GBASE-T | 40000 | DSQ128 PAM16 |
12.55 | 3200 | 2 | 1600 |
パラメータの説明
- 転送速度 (Mbps)
- 転送速度 = シンボル効率 × 変調速度
通信速度はこの速度に依存する。 - シンボル効率 (bit/sym.)
- 1つの信号(変調シンボル)が持てる情報量。この量は,変調/符号化方式に依存する。多値変調によって増えたり,誤り訂正などの冗長符号によって減ったりする。
- 変調速度 (Msym./s)
- 1秒間の出力信号数。
- 帯域幅効率 (sym./Hz)
- 信号振幅が1周期分の変動となる最短のシンボル数。この量は,変調/符号化方式に依存する。
- 周波数帯域 (MHz)
- 周波数帯域 = 変調速度 ÷ 帯域幅効率
信号スペクトル帯域幅。LANケーブルに要求する性能要件である。
転送速度と周波数帯域
1000BASE-T以降の規格では,デジタル信号を多値変調することで1Hzあたりの情報量を増やしている。例えば1000BASE-Tで採用されているPAM5は,1つの信号に「+1.0V, +0.5V, 0V, -0.5V, -1.0V」の5つの振幅パターンを載せることができる。
1000BASE-Tは,100BASE-TXに比べて,信号の周波数帯域は2倍だが,転送速度は10倍に増加している。
転送速度と周波数帯域の関係は変調方式,ひいては伝送規格次第で変わるということである。
伝送規格の概説
執筆現在,一般的な伝送規格は1000BASE-Tである。それに続き10GBASE-Tが開発された。
ただ,10GBASE-Tには旧来のカテゴリ5ケーブルが使えない,電力消費が大きい,延いては発熱が大きいといった課題があり,高速無線LAN規格などのニーズから,変調速度を落とした2.5GBASE-T,5GBASE-Tが開発された。
10GBASE-Tの次世代規格には,25GBASE-T,40GBASE-Tがある。10GBASE-T以上に電力消費,発熱するため一般に普及していない。現状,データセンター用の規格である。
デバイスの伝送規格の確認方法
ここで,デバイス(ルータ,ハブ,パソコンなど)で採用されている伝送規格の確認方法を記す。
大体の場合,LANポートのインターフェースでは見分けはつかない(親切にシルク印刷されているものもある)。
そのため,取扱説明書などの仕様一覧から確認するのが確実である。LANポート,インターフェース,ネットワークの項目を探すとよい。パソコンの場合はデバイスマネージャーなどから確認する方法もある(詳細は省く)。
デバイスごとの一般的な最高伝送規格
- HGW(ホームゲートウェイ)
- 10GBASE-T, 1000BASE-T
- スイッチングハブ
- 10GBASE-T, 2.5GBASE-T, 1000BASE-T
- 無線LANルータ・アクセスポイント
- 10GBASE-T, 2.5GBASE-T, 1000BASE-T, 100BASE-TX
- NAS
- 10GBASE-T, 2.5GBASE-T, 1000BASE-T
- パソコン(標準装備)
- 1000BASE-T
- NIC(ネットワークインターフェースカード)
- 10GBASE-T, 5GBASE-T, 2.5GBASE-T, 1000BASE-T
※執筆現在(2024年7月)筆者の主観に基づく
オートネゴシエーション
デバイス同士をLANケーブルで接続した際,大体のデバイス(ルータ,ハブ,パソコンなど)は,オートネゴシエーションを行う。オートネゴシエーションとは,転送速度を2つのデバイス間で互いに送り合い,対応している最も速い規格を選択することである。
例えば「10GBASE-T, 1000BASE-T, 100BASE-TX」対応のHGWと「1000BASE-T, 100BASE-TX」対応のパソコンが通信を行う場合は,両者が対応する規格の中でより速い「1000BASE-T」が選択され,通信が確立する。
伝送規格と情報配線規格の要件
以上をまとめて,イーサネット規格,それに対応するLANケーブルの要件を下表に示す。
使用デバイスの伝送規格に合わせて,LANケーブルを選択するのに活用されたし。
イーサネット | LANケーブル要件 | |||
---|---|---|---|---|
規格 | 転送速度 (Mbps) |
周波数帯域 (MHz) |
カテゴリ : 長さ | 規定周波数 (MHz) |
100BASE-TX | 100 | 31.25 | Cat. 5 : 100m | 100 |
1000BASE-T | 1000 | 62.5 | Cat. 5 : 100m (Cat. 5e以上推奨) |
100 |
2.5GBASE-T | 2500 | 100 | Cat. 5e : 100m | 100 |
5GBASE-T | 5000 | 200 | Cat. 6 : 100m | 250 |
10GBASE-T | 10000 | 400 | Cat. 6A : 100m | 500 |
Cat. 6 : 55m | 250 | |||
25GBASE-T | 25000 | 1000 | Cat. 8 : 30m | 1600/2000 |
40GBASE-T | 40000 | 1600 | Cat. 8 : 30m | 1600/2000 |
LANケーブル選択のポイント
基本的には以下の通りにカテゴリを選択すれば良い。
- LANケーブルで繋げる両デバイスがサポートしている最高伝送規格を調べる
- 上表からLANケーブル要件を参照し,適合するカテゴリで接続する
適合するカテゴリより低いものを接続した場合,所定の伝送規格で通信は行われる。しかし性能要件は満たしていないため,伝送誤りが生じ通信速度の低下が危惧される。
(環境次第では問題なく通信できてしまうかもしれないが,規格上保証されていない。)
適合するカテゴリより高いものを接続した場合,情報配線規格の下位互換により性能要件を満たすため,所定の伝送規格による通信品質は保証される。
標準的なLANケーブルは?
先述したように執筆現在,一般的な伝送規格は1000BASE-Tである。そのためカテゴリ5eのケーブルがあれば事足りる。一方で個人宅向け10Gbpsインターネット接続サービスが徐々にシェアを広げている今,10GBASE-Tの使用を見据えてカテゴリ6,6Aを採用するのも手である。そうすれば,設備更新の際にLANケーブルの張り替える手間やコストを抑えられる。隠ぺい配線ならなおさらである。
実際,情報配線規格では
オフィス(およびそれに準ずる所)においてカテゴリ6以上,データセンターにおいてカテゴリ6A以上を提供するよう施工しなければならない(意訳)。
とある。さらに文部科学省「GIGAスクール構想の実現標準仕様書」によれば
基幹部分は原則 10Gbps で接続可能な Cat6A 以上ケーブルの利用を指定する。
とある。新設にあたっては,カテゴリ6,6Aを採用するのが一般的なようである。
既設配線がカテゴリ5,5eの場合,デバイスの通信規格が1000BASE-Tなら,現状のままで大丈夫である。急ぎ更新する必要はない。ただ,物価高騰を踏まえて今のうちにカテゴリ6,6Aに更新しておくというのも一つの手かもしれない。その判断は読者に任せる。
まとめ
この記事では「LANケーブルを高いカテゴリに替えると通信速度は上がるのか?」の疑問を伝送規格(イーサネット),情報配線規格の視点から考察した。また,通信速度が決まる要因,LANケーブル選択のポイントについても解説した。
通信速度は,LANケーブルで繋げる両デバイスがサポートしている最高伝送速度によって決まり,LANケーブルの劣化,性能不足,ノイズの影響によっては低下する場合があることを述べた。
LANケーブルの選択にあたっては,両デバイスがサポートしている最高伝送規格もしくは,将来を見据えてより速い伝送規格から,性能要件を満たすカテゴリを選ぶことを述べた。
以上のことから「LANケーブルを高いカテゴリに替えると通信速度は上がるのか?」の答えは,通信速度はLANケーブルのカテゴリに依存しない。接続するデバイスの伝送規格を変えなければ通信速度も変わらない。変わるとすればLANケーブルに性能上の問題がある場合だけ。つまり冒頭で述べた通り「大体の場合,上がらない」という結論になる。
参考
- IEEE 802.3
- ISO/IEC 11801
- JIS X 5150
- ANSI/TIA-568.2
- JEITA「LAN配線に必要なJIS規格 : LAN配線技術セミナー」2018. (参照 2024/07/01)
- JEITA「LAN配線の疑問にお答えします : LAN配線技術セミナー」2017. (参照 2024/07/01)
- JEITA「ツイストペア配線の試験方法について」2012. (参照 2024/07/01)
- Wikipedia「ツイストペアケーブル」2024/04/25. (参照 2024/07/02)
- Wikipedia「カテゴリー7ケーブル」2024/05/20. (参照 2024/07/02)
- Wikipedia「100メガビット・イーサネット」2023/09/16. (参照 2024/07/02)
- Wikipedia「ギガビット・イーサネット」2023/10/14. (参照 2024/07/02)
- Wikipedia「マルチギガビット・イーサネット」2024/05/03. (参照 2024/07/02)
- Wikipedia「10ギガビット・イーサネット」2024/05/03. (参照 2024/07/02)
- Wikipedia「100ギガビット・イーサネット」2024/04/30. (参照 2024/07/02)
- Wikipedia「オートネゴシエーション」2023/12/13. (参照 2024/07/02)
- 大原 雄介「【10GBASE-T、ついに普及?】電圧レベルは16段階に、増えたエラーは強力な「LDPC」で対策するも回路規模は増大……」INTERNET Watch. 2017/10/19. (参照 2024/07/02)
- 大原 雄介「【10GBASE-T、ついに普及?】CAT5/CAT5eの利用を断念 CAT6/6A/6e/7のみサポート」INTERNET Watch. 2017/10/19. (参照 2024/07/02)
- 大原 雄介「【10GBASE-T、ついに普及?】大きすぎた消費電力、進む微細化で徐々に実用に」INTERNET Watch. 2017/10/24. (参照 2024/07/02)
- 大原 雄介「【10GBASE-T、ついに普及?】ケーブル変えずに5倍速! CAT5が使える「2.5G/5GBASE-T」、消費電力も低減」INTERNET Watch. 2017/11/16. (参照 2024/07/02)
- 大原 雄介「【10GBASE-T、ついに普及?】さらに高速化! 40Gbpsもイケる「25G/40GBASE-T」の普及は何年後!?」INTERNET Watch. 2017/10/21. (参照 2024/07/02)
- 文部科学省「GIGAスクール構想の実現標準仕様書」2020/03/03. (参照 2024/07/02)