はじめに
グローバル化が加速する現代のビジネス環境において、多国籍企業が直面する重要な課題の一つがITシステムの統合です。特にServiceNowのようなプラットフォームでは、SaaSアプリケーションが多岐にわたり、国や地域ごとにインスタンスを分散して利用されるケースもあります。さらなるコスト最適化や効率化とガバナンス強化を目的としたインスタンス統合が喫緊の課題となっています。
技術的な側面だけでなく、組織的・文化的な観点も含めた包括的な統合戦略を提示することで、同様の課題に取り組む皆様の一助となれば幸いです。ぜひ皆様の知見や経験もコメントいただき、この分野の集合知を高めていきましょう。
複数インスタンス環境の現状と日本特有の課題
日本に本社を置くグローバル企業では、海外拠点毎に個別のServiceNowインスタンスを運用しているケースがあります。これは海外展開の過程やM&A、地域ごとの独立したIT運用が理由です。
海外拠点特有の課題として、本社との時差によるコミュニケーション困難、現地言語への対応、各国の法規制対応があります。また、日本本社の意思決定プロセスが海外拠点には理解されにくく、「根回し」や「稟議」の概念が浸透しないことも課題です。
複数インスタンス環境では、全社的な可視性の欠如、重複開発による非効率、一貫性のないプロセス、ライセンスコストの増加などの問題が生じています。本社主導の統合プロジェクトでは、各国の現地事情が見落とされるリスクもあります。
統合戦略オプションと海外拠点への適用
日本本社主導のServiceNowインスタンス統合には複数の戦略オプションがあると考えます。
完全統合(シングルインスタンス)アプローチでは、すべてのインスタンスを一つに統合します。データの一元管理や可視性向上のメリットがありますが、各国固有の要件への対応や多言語対応が課題です。
ハブアンドスポークモデルは、日本本社をハブとし、海外拠点をスポークとして連携させる方法です。各地域の自律性を保ちながらグローバルな可視性も確保できますが、連携の仕組み構築が必要です。
フェデレーションモデルは、各インスタンスの独立性を維持しながら、特定のデータのみを連携させる方法です。
選択にあたっては、海外拠点の自律性、各国固有の業務要件、本社のガバナンス方針などを考慮します。日本企業の強みである「現場重視」の文化を活かし、各拠点の声を反映できる仕組みづくりが重要です。
とはいえ、OOTBに準拠した設計と構築が必要だと考えています。
データ移行と統合の技術的アプローチ
日本本社と海外拠点間のServiceNowインスタンス統合では、言語や業務慣行の違いに注意が必要です。
データ移行の主要アプローチ:
ServiceNow標準ツール(IDR、Data Export/Import)、ETLツール(Integration Hub、MID Server)、スクリプト化されたアプローチなどがあります。
多言語データの課題:
日本語と現地言語の混在環境では、文字コードの統一(UTF-8以外は非推奨)が重要です。また、日本特有のデータ形式と海外の形式の違い(日付形式、住所形式など)に対応する変換ルールが必要です。
統合時の考慮点:
データ統合では命名規則の統一、ユーザーデータ統合では多言語対応(日本語名と現地語名・英語名の併記)、カタログとナレッジの統合では多言語コンテンツ管理が重要です。また、多言語のコンテンツが既存環境に存在しない場合はDynamic Translationを活用する方法もあります。
日本本社のデータ品質基準を明確にしつつ、各国の事情に合わせた柔軟な対応も必要です。
グローバル標準と各国固有プロセスの調和
日本本社主導のServiceNow統合では、本社標準と各国固有プロセスの調和が重要です。
プロセスの見極め:
”ITILプロセスやNISTプロセスなどいわゆるグローバル標準プロセスに合わせられることが望ましい。しかし固有のプロセスを無視できないケースもあることも事実です”
この場合は、グローバル標準プロセスに加えて、[80/20ルール]を適用するという柔軟性も必要です。
※「80/20ルール」とは多くの場合において結果の約80%は原因の約20%から生じるという考え方です。
設計アプローチ:
1.グローバル標準プロセスに沿う前提(OOTB)のFit&Gapを実施し、GAPを特定する。
2.GAPに対する施策を議論する。(論点例:既存プロセスでグローバル標準に合わせられるポイントが存在しないか? 無駄はないか? 改善することによるメリットはどこか?...)
実装のポイント:メンテナンス性やアップグレード性を意識して原則的にはOOTBプロセスに手を入れないことが重要でカスタマイズではなく、コンフィグレベルで対応する
前段の設計アプローチの段階でも、ServiceNowの専門家を招集し固有プロセスの実装の複雑度や難易度を事前に協議することも有効だと考えています。また、多言語・多文化のユーザーが利用することになるのでOOTB準拠のUI・設計となればUXは大きく向上すると考えます。
日本本社を中心としたグローバルガバナンスと運用モデル
ガバナンス構造:
日本本社にグローバルガバナンス委員会を設置し、各地域の代表者を含めます。意思決定プロセスは日本企業の特徴である「コンセンサス重視」を活かしつつ、スピード感も両立させる工夫が必要です。
運用チーム構造:
日本本社にグローバルCoE(Center of Excellence)を設置し、各地域にローカルサポートチームを配置する二層構造が効果的です。時差を考慮し24時間サポート体制を構築します。
サポートモデル:
各地域のユーザーには現地言語でのティア1サポートを提供し、高度な問題は本社CoEにエスカレーションする体制が一般的です。日本企業の強みである「おもてなし」精神を活かした質の高いサポートを目指しましょう。
継続的改善:
定期的な改善活動を全社的に展開します。各地域からの改善提案を積極的に取り入れる仕組みも重要です。
最後に
日本に本社を置くグローバル企業のServiceNow統合では、日本の企業文化と各国特性の調和が鍵となります。複数インスタンスの課題を理解し、最適な統合戦略を選択しましょう。データ移行では多言語対応に配慮し、本社標準と各国固有プロセスのバランスを取ることが重要です。日本企業の強み —「カイゼン」文化、「現場重視」の姿勢、「コンセンサス型」意思決定— を活かしたガバナンスモデルを構築することで、グローバル統合は日本発企業の競争力強化に貢献すると考えます。