はじめに
どうも、Textaです。2日連続投稿です。昨日のエントロピーの話とは少し毛色の違う内容にしてみました。よろしくお願いします。
本記事の目的と前提知識
私が密度行列というものを初めて学んだ時にはその意味が全くイメージできませんでしたが、繰り返し勉強していく中でなんとなくその意味がつかめてきたような気がするのでここに描いてみようと思います。ブラケット表記に慣れていることは前提としますので、その点ご了承のうえ読み進めていただければと思います。
密度行列の一般的な説明
本日の題目である密度行列についてですが、教科書でよくある説明は以下のようなものではないでしょうか。読者の皆さんの手元にある量子力学か統計力学の教科書と見比べながら追ってみてください。
密度行列と期待値
完全系$\lbrace n \rbrace$を基底として
\begin{align}
|\psi\rangle=\sum_{n}c_{n}|n\rangle\tag{1}
\end{align}
で表される状態$|\psi\rangle$にある系を考える。この時、ある物理量$A$の期待値$\langle A \rangle$は以下のように表される。
\begin{align}
\langle A \rangle&=\langle\psi|A|\psi\rangle \\
&=(\sum_{m}c_{m}^{*}\langle m|)A(\sum_{n}c_{n}|n\rangle) \\
&=\sum_{m,n}c_{m}^{*} c_{n}\langle m|A|n\rangle
\tag{1}
\end{align}
ここで演算子Aに対応する行列要素を
$$
\begin{equation}
A_{mn}\equiv\langle m|A|n\rangle
\tag{2}
\end{equation}
$$
と定義すると式$(1)$は以下のように表される。
$$
\begin{equation}
\langle A \rangle=\sum_{m,n}c_{m}^{*} c_{n}A_{mn}
\tag{3}
\end{equation}
$$
さらに密度行列$\rho$の行列要素を
$$
\begin{equation}
\rho_{nm}\equiv c_{n}c_{m}^{*}
\tag{4}
\end{equation}
$$
と定義すると式$(3)$は以下のように表される。
\begin{align}
\langle A \rangle&=\sum_{m,n}\rho_{nm}A_{mn}\\
&=\sum_{n}\sum_{m}(\rho_{nm}A_{mn})\\
&=\sum_{n}(\rho A)_{nn}\equiv Tr(\rho A)
\tag{5}
\end{align}
ここで$Tr$は行列$\rho A$のトレースを表す。
式$(4)$で表される状態を純粋状態という。ブラケット表記では
$$
\begin{equation}
\rho=|\psi\rangle \langle \psi|
\tag{6}
\end{equation}
$$
と表される。
純粋状態の重ね合わせで表される状態を混合状態と呼び密度行列は
$$
\begin{equation}
\rho=\sum_{k}P_{k}|\psi_{k}\rangle \langle \psi_{k}|
\tag{7}
\end{equation}
$$
と定義される。系の期待値は
$$
\begin{equation}
\langle A \rangle=Tr(\rho A)
\tag{8}
\end{equation}
$$
となり、純粋状態と同じ表記ができることがわかる。
...うーん、やっぱりよくわかりません。
さいころで簡単なゲームをしてみよう
難しい話はさておき、気分転換にさいころを使って簡単な遊びをしてみます。
1)さいころを何個か用意し、投げる。
2)出た目を記録する。
3)記録を基にヒストグラムを作成する。
例として、さいころ1個とさいころ1000個の場合を考えてみましょう。実際に試すのは大変なので、文明の利器・コンピューターの力を借りてシミュレートしてみます。
何度か繰り返してみます。
こうして結果を眺めてみると、両者の間に決定的な違いが見えてきます。つまり、
「1個だけ投げた時にはヒストグラムの形はまちまちなのに、1000個投げた時には形がほぼ変わってない」
ということです。
例と密度行列を結び付けよう
もちろん、何の関係もなくさいころで遊びだしたわけではありません。ここに2種類の確率が存在することにお気づきでしょうか?
1)さいころ1個から得られる確率:$N=1$の結果から得られる
2)さいころ1000個から得られる確率:$N=1000$の結果から得られる
これら2種類の確率は量子力学とは次のような対応関係があると解釈できます。
1)さいころ1個から得られる確率
...式$(1)$の係数を用いて$|c_{n}|^{2}$で表される確率
2)さいころ1000個から得られる確率
...式$(7)$の係数$P_{k}$で表される確率
???と感じたかもいらっしゃるかもしれませんが、図にすると以下のようになります。
あるいは上のシミュレーションの図に書き込みをしてみます。
別の表現をすると、
さいころ1個が持つ固有の確率
さいころの集団を考えた時に統計的に得られる確率
という由来の全く異なる2種類の確率がさいころゲームという単純な試行の中に出現しています。一方で量子力学においても
単一の系を考えた時の量子力学的確率
それが多数集まった集団からなる系において統計的に得られる確率
という由来の異なる確率が存在するということです。
結論:密度行列の意味とは?
以上のイメージを基に混合状態の密度行列を再構築して解釈してみます[1,2]。純粋状態の密度行列は式$(4)$あるいは$(6)$で表されるんでしたね。量子力学的確率とは異なる統計的な意味での確率ということで、統計学的(=集団にして初めて定義できる)意味での期待値$\langle \ \rangle_{Av}$を取ってみます。式$(4)$については
\begin{align}
\langle \rho_{nm} \rangle_{Av}&=\sum_{\alpha}P_{\alpha}\rho_{nm}^{(\alpha)}\\
&=\sum_{k}P_{k}c_{n}^{(\alpha)}c_{m}^{*(\alpha)}\\
&\equiv \langle c_{n}c_{m}^{*} \rangle_{Av}
\tag{9}
\end{align}
が、式$(6)$については
\begin{align}
\langle \rho \rangle_{Av}
&=\sum_{\alpha}P_{\alpha}|\psi_{\alpha}\rangle \langle \psi_{\alpha}|\\
&\equiv \langle |\psi\rangle \langle \psi| \rangle_{Av}
\tag{10}
\end{align}
が得られます。あるいは純粋状態の密度行列の定義である式$(4)$を使うと
$$
\begin{equation}
\langle \rho \rangle_{Av}
=\sum_{\alpha}P_{\alpha}\rho_{\alpha}; \quad \rho_{\alpha}\equiv |\psi_{\alpha}\rangle \langle \psi_{\alpha}|
\tag{11}
\end{equation}
$$
と表されることがわかります。つまり、混合状態の密度行列$\langle \rho \rangle$は純粋状態の密度行列$\rho_{\alpha}$を統計的重み$P_{\alpha}$で重ね合わせたものであることがわかります。また、式$(9)$について$m=n$とすると
\begin{align}
\langle \rho_{nn} \rangle_{Av}&=\sum_{\alpha}P_{\alpha}\rho_{nn}^{(\alpha)}\\
&=\sum_{\alpha}P_{\alpha}c_{n}^{(\alpha)}c_{n}^{*(\alpha)}\\
&\equiv \langle c_{n}c_{n}^{*} \rangle_{Av}\\
&\equiv \langle |c_{n}|^{2} \rangle_{Av}
\tag{12}
\end{align}
であることがわかります。つまり、
混合状態の密度行列の対角要素$\langle \rho_{nn} \rangle_{Av}$は純粋状態における系の存在確率を統計的な重み$P_{\alpha}$をつけたもの あるいは 各部分系$\alpha$において実現可能な状態の出現確率を集団として平均したもの
と解釈することができます。物理量$A$の期待値$\langle A \rangle$についても同じように変形していくと、各部分系の期待値
$$
\begin{equation}
\langle A \rangle_{\alpha}=Tr(\rho^{(\alpha)}A)
\end{equation}
$$
および式$(8)$を用いて
\begin{align}
\langle A \rangle_{Av}&=Tr(\langle \rho \rangle_{Av}A)\\
&\equiv\sum_{n}(\langle\rho\rangle_{Av}A)_{nn}\\
&=\sum_{n}\sum_{m}(\langle\rho\rangle_{Av})_{nm}A_{mn}\\
&=\sum_{n}\sum_{m}(\sum_{\alpha}P_{\alpha}\rho_{\alpha})_{nm}A_{mn}\\
&=\sum_{n}\sum_{m}\sum_{\alpha}P_{\alpha}(\rho_{\alpha})_{nm}A_{mn}\\
&=\sum_{n}\sum_{m}\sum_{\alpha}P_{\alpha}\rho_{nm}^{(\alpha)}A_{mn}\\
&=\sum_{\alpha}P_{\alpha}(\sum_{n}\sum_{m}\rho_{nm}^{(\alpha)}A_{mn})\\
&\equiv\sum_{\alpha}P_{\alpha}\sum_{n}(\rho^{(\alpha)}A)_{nn}\\
&\equiv\sum_{\alpha}P_{\alpha}Tr(\rho^{(\alpha)}A)\\
&\equiv\sum_{\alpha}P_{\alpha}\langle A \rangle_{\alpha}\\
&\equiv \langle \langle A \rangle \rangle_{Av}
\tag{13}
\end{align}
であることが導かれます。つまり、
混合状態の期待値は純粋状態の部分系の期待値をさらに統計的な意味で平均した値
だと解釈できます。期待値の期待値というとおかしな響きですが、いい得て妙な表現であるように思うのは私だけでしょうか?
参考文献
[1] Tolman. R.C., "Principles of statistical mechanics", Oxford University Press (1938); Reprint edition, Dover Publication (1980)
[2] 原島 鮮 著, 「改訂版 熱力学・統計力学」, 培風館, 1978