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包絡線定理と所得の限界効用,ロワの恒等式

Last updated at Posted at 2019-05-11

包絡線定理はミクロ経済学(たぶん中級か上級以上のレベル?)や環境経済学・農業経済学なんかの応用経済学でよく出てくる定理の一つ。
包絡線そのものは通常の学部1年くらいでやる微分積分学で扱うと思うが、それの応用である包絡線定理は(経済学部の教員が行うような数学の授業なら兎も角)微分積分学ではやらないかもしれないので、ここでまとめた。1

というか、自分の忘備録のため。
最適化問題の解の存在条件とか、その辺りのことは省略して概要だけ。
とりあえず、偏微分と連鎖率だけ知ってれば分かる内容だと思います。
途中でさらっとクーン・タッカー条件を使っていますが、それについては後日、別の記事でまとめたいと思います。

今回の内容で参考にしたのは、南イリノイ大学などで教授を務めておられた高山晟先生という方の以下の著作。

Akira TAKAYAMA (1993) Analytical Methods in Economics. University of Michigan Press, ISBN: 978-0472081356.

高山先生の著作でもう一つ有名なものに

Akira TAKAYAMA (1985) Mathematical Economics. Cambridge University Press, ISBN: 978-0521314985.

があるが、研究室内で見つからなかったので Analytical Methods in Economics の方を参考にした。

一般的な最適化問題

\max_{x} f(x,a) \hspace{1em} \mathrm{s.t.} \hspace{1em} g(x,a) \ge 0

なる最適化問題を考える。$x$ は $n$ 次元の実数値ベクトル、$a$ はパラメータとする。

通常のミクロ経済学だと $f$ は効用関数などで、(2階)連続微分可能みたいな仮定が置かれる。ここでも $f$ および後述する $L$ は連続微分可能とする。

さて、この最適化問題が内点解 $x^* = x(a)$ を持つとする。

$M(a) = f(x(a), a)$ とおく。($M(a)$ は最大値関数で、まさにパラメータ $a$ によって変化する包絡線を表す)

ラグランジュ関数を $L(x,\lambda,a)=f(x,a)+\lambda g(x,a)$ とおく。

この最適化問題の一階条件(高校数学レベルでやる、解が極値となる必要条件)より、

\frac{\partial L}{\partial x} = \frac{\partial f}{\partial x} + \lambda \frac{\partial g}{\partial x} = 0 \hspace{1em}\cdots (1) \\
\frac{\partial L}{\partial \lambda} = g(x,a) = 0 \hspace{1em}\cdots (2)

である。

ここで、$M(a)$ を $a$ で微分すると、

\frac{\partial M(a)}{\partial a} = \underline{\frac{\partial f(x(a),a)}{\partial x} \frac{\partial x}{\partial a}} + \frac{\partial f(x(a), a)}{\partial a} \hspace{1em} \cdots (3)

である。(以降、メンドイので引数の $(x(a),a)$ は省略)

(3)の下線部分で、$x$ は $n$ 次元だから、$\frac{\partial f}{\partial x} \frac{\partial x}{\partial a}=\sum_{j=1}^{n}\frac{\partial f}{\partial x_j} \frac{\partial x_j}{\partial a}$ である。

さらに、(1)より $\frac{\partial f}{\partial x_j} = - \lambda \frac{\partial g}{\partial x_j}$ となるので、結局(3)の下線部分は $-\lambda \sum_{j=1}^{n}\frac{\partial g}{\partial x_j} \frac{\partial x_j}{\partial a}$ となる。

よって、

\frac{\partial M(a)}{\partial a} = -\lambda \underline{\sum_{j=1}^{n}\frac{\partial g}{\partial x_j} \frac{\partial x_j}{\partial a}} + \frac{\partial f}{\partial a} \hspace{1em} \cdots (3)'

となる。

さらに、(2)の式 $g(x,a)=0$ を $a$ で微分すると $\frac{\partial g}{\partial x}\frac{\partial x}{\partial a}+\frac{\partial g}{\partial a} = 0$ となるから、$\sum_{j=1}^{n} \frac{\partial g}{\partial x_j}\frac{\partial x_j}{\partial a}= -\frac{\partial g}{\partial a}$ が成り立つ。これを(3)'の下線部に代入して、

\frac{\partial M(a)}{\partial a} = \lambda \frac{\partial g}{\partial a} + \frac{\partial f}{\partial a} \hspace{1em} \cdots (3)''

となる。(3)''の右辺は、ラグランジュ関数 $L(x,\lambda,a)=f(x,a)+\lambda g(x,a)$ を $a$ で微分した式に相当するので、結局、

\frac{\partial M(a)}{\partial a} = \lambda \frac{\partial g}{\partial a} + \frac{\partial f}{\partial a} = \frac{\partial L}{\partial a} \hspace{1em} \cdots (*)

が成り立つ。これが包絡線定理の結論である。

効用最大化問題で考えると

一般的な包絡線定理だけみても少しわかりにくいので、これを次のような一般的な効用最大化問題に適用してみる。

\max_{x} u(x) \hspace{1em} \mathrm{s.t.} \hspace{1em} Y - p'x=0

$u$ は効用関数,$x$ は $n$ 次元ベクトルで、財を表す。$p$ はその価格ベクトルで、$'$は転置を表す。つまり、$p'x$ は $x$ と $p$ との内積を表す。$Y$ は所得を表すスカラーである。要するに、$Y - p'x =0$ は(たぶん初級レベルのミクロ経済でも出てくる)予算制約式である。

この効用最大化問題の最適解 $x^*$ およびラグランジュ乗数 $\lambda^{\ast}$は、パラメータである $p$ と $Y$ とに依存する。(要するに、価格と所得によって効用が最大になる、つまり一番嬉しい消費財の組み合わせが決まる)

よって、$x^* = x(p,Y)$,$\lambda^{\ast} = \lambda(p,Y)$ という関数形で表す。なお、$x(p,Y)$ を(通常の)需要関数(ordinary demand function)とかマーシャル需要関数(Marshallian demand function)という。

このとき、最適解 $x^*$ を効用関数に代入した $v(p,Y) = u(x^{\ast})$ を間接効用関数(indirect utility function)という。

また、ラグランジュ関数は $L(x^{\ast} ,\lambda^{\ast}) = u(x^{\ast}) + \lambda^{\ast}(Y-p'x^{\ast})$ と表せる。

前項で述べた包絡線定理の式 $(*)$ より、$M$ を $v$,$a$ を $Y$ と読み替えれば、

\frac{\partial v}{\partial Y} = \lambda^{\ast} \frac{\partial (Y-p'x^{\ast})}{\partial Y} + \frac{\partial u}{\partial Y} = \frac{\partial L}{\partial Y}

が成り立つ。ここで、$\frac{\partial (Y-p'x^{\ast})}{\partial Y} = 1$,$\frac{\partial u}{\partial Y} = 0$ だから、結局、

\frac{\partial v}{\partial Y} = \lambda^{\ast} = \frac{\partial L}{\partial Y} \hspace{1em} \cdots (**)

が成り立つ。

上式 $(\ast \ast)$ が意味するところは、ラグランジュ乗数は所得 $Y$ の増分に対する間接効用 $v$ の増分、すなわち所得の限界効用に等しいということである。

つまり、所得が増えたら間接効用は増えるわけで、その比率は効用最大化問題を解くときに得られるラグランジュ乗数そのものよ、ってこと。
これはサラっと書いてあるが、実証面では色々使える事実である。

黒太字で書いたところは、ひょっとしたら初級レベルのミクロ経済学のテキストや授業でも取り扱うことかもしれない。その背後にある包絡線定理からこの理屈を説明するとこんな感じになるということである。

ロワの恒等式

前項の効用最大化問題について、もう少し考えてみる。
価格もパラメータなのだから、包絡線定理の結論 $(\ast)$ より、間接効用 $v$ とラグランジュ関数 $L$ は第 $j \hspace{0.5em} (j=1,\ldots,n)$ 財の価格 $p_j$ で微分しても等しくなる。つまり以下が成り立つ。

\frac{\partial v}{\partial p_j} = \lambda^{\ast} \frac{\partial (Y-p'x^{\ast})}{\partial p_j} + \frac{\partial u}{\partial p_j} = \frac{\partial L}{\partial p_j}

ここで、$\frac{\partial (Y-p'x^{\ast})}{\partial p_j} = -x_j$,$\frac{\partial u}{\partial p_j} = 0$ だから、次のようになる。

\frac{\partial v}{\partial p_j} = -\lambda^{\ast}x_j = \frac{\partial L}{\partial p_j} \hspace{1em} \cdots (4)

一方、前項の $(\ast \ast)$ の全辺に $x_j$ を掛けると以下が成り立つ。

\frac{\partial v}{\partial Y}x_j = \lambda^{\ast}x_j = \frac{\partial L}{\partial Y}x_j \hspace{1em} \cdots (5)

(4)と(5)の真ん中の辺より、足したら0になるので以下が成り立つ。

\frac{\partial v}{\partial Y}x_j  + \frac{\partial v}{\partial p_j}  = 0 \\
\therefore x_j = -\frac{\frac{\partial v}{\partial p_j}}{\frac{\partial v}{\partial Y}} \hspace{1em} \cdots (***)

この $(\ast \ast \ast)$ をロワの恒等式(Roy's identity)という。2

$x_j$ は(第 $j$ 財の)需要関数、$v$ は間接効用関数のことなので、ロワの恒等式が意味するのは、間接効用関数から需要を分析できるよ、というものである。
これは実際に需要分析を行う多くの実証の場面でよく使う。

参考文献

  1. Akira TAKAYAMA (1993) Analytical Methods in Economics. University of Michigan Press, ISBN: 978-0472081356.
  1. 教科書やら教える人によっては包絡「面」定理という言い方をするかもしれませんが、どっちも同じことだと思います。

  2. フランス人経済学者なので表記を現地語に近づけると「ワ」なのだが、一部「ロイ」と書く人もいるらしい?でも、フランス人の元サッカー選手なんかでÉric Royを調べたら「ロワ」表記なんで、たぶんロワの方が失礼にあたらない。

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