初めに
以前の投稿の内容を3次元に拡張する.
Methods
支配方程式
非圧縮性のNavier-Stokes方程式は,以下の通り(無次元化している).
\begin{align}
\nabla \cdot \mathbf{u} &= 0 \\
\frac{\partial \mathbf{u}}{\partial t}
+ \left( \mathbf{u} \cdot \nabla \right) \mathbf{u}
&= - \nabla p
+ \frac{1}{\mathrm{Re}} \nabla^2 \mathbf{u}
+ \mathbf{f} \
\end{align}
ここで,$\mathbf{u}$は速度,$p$は圧力,$\mathbf{f}$は外力,$\mathrm{Re}$はReynolds数である.
以前と同様の離散化とする:
- 移流項 : 3次精度風上差分(Kawamura&Kuwahara1984,Kawamura+1986)
- 粘性項 : 2次精度中心差分
- 圧力勾配項: 2次精度中心差分
時間方向への離散化も以前と同様に,分離型解法の一つであるChorinの射影法(Chorin1968)を用いる.安定性条件(Courant+1967,Neumann&Richtmyer1950)を考慮して時間増分$\Delta t$を選ぶ.
解像度
まず,特徴長さ$L$と特徴流速$U$を$L = 1, \ U = 1$に固定し,以前の投稿と同様に,$\mathrm{Re} = 1,000$の流れを考えることにする.渦が一様で等方的であるとすると,Kolmogorovの長さスケール$\eta$は,
\begin{align}
\eta
\simeq \mathrm{Re}^{-3/4}
= 1,000^{-3/4}
\simeq 5.62 \times 10^{-3}
\end{align}
程度であると概算される.特徴長さ$L=1$に対して,DNSを実施するには,$N \simeq 5,832,000$程度,或いはそれ以上の計算点が要求されることになるが,手元のラップトップでは既に現実的な選択肢ではない(2次元では$N \simeq 32,000$程度で済んだのに).したがって,LESを実施する.$\Delta x = 1 \times 10^{-2}$とし,Smagorinskyの渦粘性モデル(Smagorinsky1963)を用いる(逆カスケードの表現力は無い).モデル定数$C_s$1には,Lilly1966が与えた理論値$C_s \simeq 0.17$では減衰が強すぎることが知られているので2,Deardorff1970が示した経験値$C_s = 0.1$を採用する.
Results
先行研究との比較
まずは,Jiang+1994,Wong&Baker2002と中央部断面での$x$方向(壁が動く方向)の速度を比較する.彼らの手法は,
- Jiang+1994: FEM - almost-uniform mesh (50x52x25), trilinear element
- Wong&Baker2002: FEM - solution-adapted nonuniform mesh (48×48×48), trilinear element
とされており,どちらも壁付近に向けて$h$-refinementしているようだ.
今回の計算では,$\mathrm{Re} = 100, 400$程度では,$\Delta x = 1 \times 10^{-2}$で凡そ全ての渦が解像できると考えられるので,渦粘性モデルは用いないことにした.
$\mathrm{Re}$ | $100$ | $400$ | $1,000$ |
---|---|---|---|
$u (z)$ |
凡そ合致するが,ピークを捉えきれていない.壁付近での$h$-refinementを無視すれば,現在の方法はJiang+1994,Wong&Baker2002よりも細かい解像度を用いているはずなので,追従しないのは非常に残念なことである.解像度を高めるなどしてFDMが収束する場所を調べるなどしたいが,計算資源の都合から叶わない.
速度は凡そ同じような分布になる,ということと,中央部断面での速度,圧力,渦度の分布が殆ど同じようになる,という結果から,大雑把だが,それらしい計算はできていそうだ,として次に進む.
Re = 1,000
$\mathrm{Re} = 1,000$の流れをシミュレートしたときの,中央部断面での物理量を可視化する.
$\mathrm{Re} = 1,000$ | |
---|---|
$p$ | |
$| \mathbf{u} |$ | |
$\mathbf{u}$ | |
$\boldsymbol{\omega}$ |
Re = 10,000
$\mathrm{Re} = 1,000$では,意外と静かな流れになった.(醍醐味の?)3次元的な渦の広がりを見てみたいので,もう少しReynolds数を大きくしてみる.
$\mathrm{Re} = 10,000$ | |
---|---|
$p$ | |
$| \mathbf{u} |$ | |
$\mathbf{u}$ | |
$\boldsymbol{\omega}$ |
Re = 100,000
既に解像できない領域が大きすぎるので最早遊びなのだが(LESでも乱流エネルギーの80%程度は解像するのが望ましい,とされている),もう少しだけ見た目の迫力がある動画を見たくなった($100,000$という数字を選んだのは,後述の津波のReynolds数を意識してのことである.もちろん,Reynolds数を考えるべきかFroude数を考えるべきかとか,そもそも流れの性状が全く違うとか,話が違うところは数えきれないくらい沢山あるのだが).
$\mathrm{Re} = 100,000$ | |
---|---|
$p$ | |
$| \mathbf{u} |$ | |
$\mathbf{u}$ | |
$\boldsymbol{\omega}$ |
終わりに
2次元から3次元に拡張しただけで,本質的な新しさは無いが,2次元ではどうにかなったシミュレーションも,3次元では計算コストの観点からかなり難しいことを実感した.
周辺の話題として,
- Ku+1987が,同Reynolds数の流れを2次元と3次元で計算し,両者の差分を議論している
- E&Liu1997が,渦度-ベクトルポテンシャルの定式化を与え,原始変数を用いたMAC法との比較を行っている
ことなどが個人的には面白かった.
Appendix
A. どの程度のReynolds数まで考えるか?
ところで,津波3のReynolds数やFroude数はどの程度なのだろう,と思ったので少し調べてみた.Exton+2019によると,2011年東北地方太平洋沖地震による津波のReynolds数やFroude数は,$\mathrm{Re} = 1 \times 10^{7} \sim 2 \times 10^{7}$,$\mathrm{Fr} = 0.5 \sim 1.0$程度と概算されるらしい.また,同論文には,
A large Reynolds number causes substantial mismatch with the corresponding scaled-down laboratory simulations, and the mismatch makes the outcomes from the experiments unreliable. Suppose we use a 1/40 scaled-down model, which is possible in a laboratory water tank. Then, to match the Froude number, the Reynolds number would be $5 \times 10^4 \sim 1 \times 10^5$ which is mismatched by 2 to 3 orders of magnitude.
という記述がある.これは,Iemura+2007が報告している,実験室での津波のReynolds数,$\mathrm{Re} = 1.2 \times 10^{5} \sim 1.8 \times 10^{5}$程度と合致する.また,Imamura+2008は,1771年明和の大津波に関して,実験室での津波遡上のReynolds数が$\mathrm{Re} = 1.0 \times 10^{4}$程度,実際の明和の大津波では$\mathrm{Re} = 1.0 \times 10^{7}$程度であったと推定しており,これもExton+2019の内容と合致する.
Froude数とReynolds数を同時に合致させることは難しいので,どちらを合わせるかを選ぶことになる.津波は重力で駆動されると考えられるので,Froude数を合わせた実験をすることになり,したがって,実験室でのReynolds数は$\mathrm{Re} = 1.0 \times 10^{4} \sim 1.0 \times 10^{5}$程度になるのだろう.実験室スケールでさえ,きちんとシミュレートするのは非常に難しいことなのだと感じる.
B. 高Reynolds数では対称性を失うか?
まず,数値実験において,計算格子は規則正しく,偏りなく配置したことを強調する.
その上で,本文の数値実験では,$\mathrm{Re} = 1,000$では対称性がある流れ場に落ち着いたが,$\mathrm{Re} = 10,000$では対称性が破れた.これは,現象自体の本質的にchaoticな性質(今回の文脈では,乱流)を,数値計算が再現したものと考える.この観測から,対称性が失われるReynolds数は,今回のキャビティ流れの枠組みでは,$1,000 \le \mathrm{Re} \le 10,000$の範囲にあると予想できる.
Jiang+1994は,$\mathrm{Re} \lt 3,200$程度ならば,対称性がある流れ場に落ち着いた,と述べている.$1,000 \lt \mathrm{Re} \lt 10,000$の範囲を少しだけ調べる.全ての場合で,$\Delta x = 1 \times 10^{-2}, \ \Delta t = 1.33 \times 10^{-3}$の解像度で,$C_s = 0.1$のSmagorinskyのモデルを用い,無次元化時間$60$までのシミュレーションを実施した.
$\mathrm{Re}$ | $\boldsymbol{\omega}$ |
---|---|
$2,000$ | |
$4,000$ | |
$6,000$ | |
$8,000$ |
手元の計算結果として,$\mathrm{Re} \le 2,000$の間では対称性が残り,$\mathrm{Re} \ge 4,000$では対称性が失われた.即ち,criticalなReynolds数は,$2,000 \le \mathrm{Re} \le 4,000$にあると考えられる.これは概ね,Jiang+1994と合致する.ただし,より高解像度化したり,より長時間のシミュレーションを行ったりすれば,話は変わってくる可能性はある.
どのReynolds数で対称性を失うか,には特別な興味が無い.寧ろtakeawayとして持ち帰りたいのは,対称でなくなる場合がある,ということである.そしてそれは,計算格子を十分規則正しく配置しても起きる,と言うことを強調する.計算資源の都合などから,対称性を加味して1/2モデルや1/4モデルなどを用いる場合があるが,そのようなことができるのは,限られた問題についてのみである,と分かる.