はじめに
企業のセキュリティ強化において「特権アクセス管理(PAM)」と「シングルサインオン(SSO)」の統合が注目されています。
しかし、一見すると相性が良さそうなこの2つの技術を組み合わせる際には、意外と多くの技術的課題が潜んでいます。
まずは、それぞれの技術について簡単に整理してみようと思います。
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PAM(Privileged Access Management)とは
PAMは、システム管理者やデータベース管理者などの「特権アカウント」を一元管理するソリューションです。
【 パスワード管理 】
特権アカウントのパスワードを自動生成・ローテーション
【 アクセス制御 】
必要な時だけ特権を付与(Just-In-Time Access)
【 セッション監視 】
特権ユーザーの操作をリアルタイム監視・録画
【 監査ログ 】
すべての特権アクセスを記録・追跡
| join kind=inner (
SSO
| project request_id, user
) on $left.session_id == $right.request_id
SSO(Single Sign-On)とは
SSOは、一度の認証で複数のシステムにアクセスできる仕組みです。
主にSAML、OIDC(OpenID Connect)、OAuth 2.0といったプロトコルを使用します。
※OAuth 2.0は厳密には認可フレームワークで、認証はOIDCが担当します。
主な利点は…
【⠀ユーザビリティ向上 】
複数のパスワードを覚える必要がない
【⠀セキュリティ強化 】
中央集権的な認証ポリシーの適用
【 管理コスト削減 】
アカウント管理の一元化
【⠀監査の容易さ 】
統一されたログ形式
なぜ統合が必要なのか
従来、特権アカウントは「特別扱い」されがちでした。しかし、現代のゼロトラスト・セキュリティモデルでは、特権ユーザーも一般ユーザーも同じ認証基盤で管理することが求められています。
理想的には、ユーザーはSSO経由でPAMにアクセスし、そこから各種特権アカウントを利用する流れになります。
技術的課題① アイデンティティの「二重管理」問題
課題の概要
SSO側で管理されるユーザー情報と、PAM側で管理される特権アカウント情報の間には、本質的な違いがあります。
- SSO: 人間のアイデンティティ(田中太郎さん、etc)
- PAM: システムアカウント(root、sa、admin、etc)
同期のタイムラグ
最も深刻な問題は、リアルタイム同期の技術的限界です。現代的なアプローチでは、SCIM(System for Cross-domain Identity Management)による自動プロビジョニングで遅延を最小化しますが、完全にゼロにはできません。
この間、退職済みのユーザーが特権アクセスを維持し続ける「ウィンドウ」が発生します。
SCIM 2.0 が退職・異動を自動通知できるため同期遅延は秒~分単位に縮む。ただし Entra ID などの実装は「30 分周期の差分同期」が既定なのでゼロにはできない
権限粒度の不一致
Active DirectoryのグループとPAMの特権は、粒度が大きく異なります。
-
AD グループ
「インフラ管理者」「DBA」など大まかな役割 -
PAM 特権
「本番DB-Aの読み取り専用」「ステージング環境のroot権限」など詳細
この粒度の違いにより、「最小権限の原則」を自動化することが困難になります。
技術的課題② プロトコルの壁
モダンプロトコル vs レガシー認証
SSOが対応するプロトコル(SAML、OIDC、OAuth 2.0)と、特権アクセスで使われる認証方式には大きなギャップがあります。
SSOプロトコル | 特権アクセス認証 |
---|---|
SAML assertion | SSH公開鍵認証 |
JWT token | データベース認証 |
OAuth 2.0 flow | SNMP community string |
プロトコル変換の限界
PAMシステムは、これらの間でプロトコル変換を行う必要がありますが、実際には「ブローカー/ゲートウェイ方式」で資格情報を中継・注入するアーキテクチャが一般的です。
特に、ステートレスなSSOトークンとステートフルな特権セッションの管理は、根本的なアーキテクチャの違いがあります。
技術的課題③ セッション管理の複雑さ
ダブルセッション問題
PAM-SSO統合では、2つの独立したセッションが並行して動作します。
-
SSOセッション
ユーザーとSSOプロバイダー間 -
PAMセッション
ユーザーと特権リソース間
タイムアウト設定の競合
これらのセッションは、それぞれ異なるタイムアウト要件を持ちます。
- SSOセッション : 8時間(業務時間)
- 特権セッション : 30分(セキュリティ要件)
ユーザーが長時間の作業を行う際、SSOは有効だがPAM側でタイムアウトが発生し、再認証が必要になる状況が頻発します。
ログアウト時の不整合
「SSOからログアウト」した際の特権セッションの扱いも課題です。
- 即座に切断 : 作業中のセッションが突然終了し、データ損失のリスク
- 継続許可 : セキュリティポリシー違反の可能性
技術的課題④ 監査ログの統合
ログ形式の不一致
SSOとPAMは、それぞれ異なる形式でログを出力します。
// SSOログの例
{
"timestamp": "2024-01-15T10:30:00Z",
"user": "tanaka@example.com",
"action": "login",
"application": "PAM-system"
}
// PAMログの例
{
"timestamp": "2024-01-15T10:31:15Z",
"session_id": "pam-sess-12345",
"target_system": "prod-db-01",
"privilege": "root",
"command": "SELECT * FROM users"
}
これらを統合して「田中さんが本番DBでSELECT文を実行した」という一連のストーリーを構築するには、複雑な相関分析が必要です。
実際の運用では、PAMのsession_id
とSSOのrequest_id
を対応付け、SIEM(Security Information and Event Management)システムで統合検索を可能にする設計が推奨されます。
現実的な解決アプローチ
段階的統合
完全統合ではなく、段階的なアプローチが現実的です。
【⠀Phase 1 】
PAMへのアクセスをSSO経由に変更
【⠀Phase 2 】
特権セッションの開始認証をSSO連携
【⠀Phase 3 】
Just-In-Time権限付与をSSO属性ベースで自動化
ハイブリッド認証
重要なシステムでは、SSO + 追加認証(MFA)の組み合わせが有効です。これにより、SSOの利便性とPAMの厳格性を両立できます。
まとめ
PAMとSSOの統合は、理論的には理想的な組み合わせですが、実装には多くの技術的課題が存在します。特に、プロトコルの違い、セッション管理の複雑さ、監査要件の統合は、慎重な設計が必要です。
成功のポイントは、「完璧な統合」を目指すのではなく、組織のセキュリティ要件と運用負荷のバランスを取りながら、段階的にアプローチすることになりそうです。。
導入に向けて
現代的なPAMソリューションでは、あらゆるIDプロバイダ(IdP)との統合をはじめ、これらの課題を考慮した柔軟な統合オプションが提供されています。
KeeperPAMを例に取ると、FedRAMP、NIST 800-53、CMMCなど様々なコンプライアンス基準への対応も実現されており、企業の多様な要件に応えられる設計となっています!
こうしたソリューションを導入する際は、事前に自組織の要件と制約を十分に洗い出すことが成功の鍵となります。