はじめに
エンジニアリングマネージャー(以下 EM)3年目、
具体的にはチームリーダー兼プロジェクトリーダーとして働かせてもらっています。
1日1日が学びで、今年 2021年も濃密な時間を過ごさせてもらいました。
自分が今まで考えてたことの一つとして、
EM に求められることは、組織の体制とフェーズによって大きく異なるため、
EM としての自身の体験を書いたとしても、再現性の低さからそれほど多くの人には刺さらないと思っていました。
しかし、今回書こうと決意したのは、たとえ再現性は低くとも、
自分が置かれていた状況と、どのような思いで意思決定をしたかをまとめておこうと私自身の考えの変化があったことがきっかけです。
前提
冒頭に書いたように EM としては現在3年目ですが、
それに至るまで自分が EMになってからの 2年間をどのように過ごしてたかというと、
元々前任者が作ったシステムを自分がチームリーダーとして引き継ぎ、以来小規模な機能開発や既存システムのアップデートはしてきました。
しかし、大きなサービスを作った実績があったわけではなかった上に、顧客体験を向上させたという成果はありませんでした。
目立った実績を作れずにいたため、これまでの2年間自分自身の存在意義を見出せず、自己肯定感は低いままでした。そのため自分自身に焦りがありました。
2021年の計画をどのように作ったか
計画を練っている時に、優秀なエンジニアにチームに入ってもらう機会が訪れ、千載一遇のチャンスが訪れました。
彼に新規サービス開発プロジェクトにアサインすることで、我々は新しいサービスを持つことができそうだと確信。迎えるための準備を整えることにしました。
彼にはプロジェクトB(新規サービス開発プロジェクト)専任で、まずは一人で先行して作って貰うことにして、
他のメンバーはプロジェクトA(既に今までのメンバーで取り組んでいたプロジェクト。この時点で5月終了予定)
が終わった後、プロジェクトA を担当しているエンジニアを
プロジェクトB(新規サービス開発プロジェクト)に合流させて進めるチームの方針を打ち出し、チームに共有しました。
2021年を終えてみて
よかったところとして、両プロジェクト共にとりあえず形になり着地しました。
しかし、順風満帆ではなく、プロジェクトA は5月終了予定が延び9月終了で着地し、プロジェクトB は必要最低限のスコープで開発を完了。
着地したものの満身創痍で走りきった感じです。
反省点は多いです。
アサイン計画の失敗
メンバーが現在担当している5月に終了予定のプロジェクトAが終わったら
プロジェクトB(新規サービス開発プロジェクト)に入ってもらうようアサインしましたが、
プロジェクトAが遅れ、9月まで長期化しました。
プロジェクトAが予定通り終了することを前提に
プロジェクトB(新規サービス開発プロジェクト)へのアサイン計画を立ててしまったことは
そもそもの失敗の一つでした。
期待値の調整の誤り
プロジェクトBに参画したエンジニアに対し期待値調整を誤りました。
プロジェクトA完了後 メンバーをアサインし共に開発する予定でしたが、
上記の通り長期化してしまったためにメンバーをアサインできませんでした。
プロジェクトBはエンジニア一人でほとんど作って貰う恰好になりました。
実際、技術的に彼一人で十分可能でしたが、当初他のメンバーも参画されるという約束を果たせず、
それを補うよう EMの私がいちメンバーとして参画して巻き取ろうとしましたが、
私自身も十分に時間を割けなかったこと、また、私が技術者として能力が不十分だったことから結果、彼の信頼を失くしてしまいました。
プロジェクトAが長期化が見えた段階で予定していたメンバーがアサインできなくなるので、プロジェクトBを止めるというタフな意思決定も必要だったのかもしれません。もちろん多方面にめちゃめちゃ謝ることになります。
仮に他のメンバーのアサインができなくなっても一人でプロジェクトBを進めてくれるという合意形成が取れていたのなら、まだ関係性は穏やかだったかもしれません。
心理的安全が保証された環境を作れなかった
上記の通り、メンバーも自分自身も十分にプロジェクトに入れなかったり、能力が不十分だったということから、大きな負い目を感じるようになりました。
期待値調整の誤りもあり、先方は怒りを覚えるようになったように感じます。無理もありません。
言いたいことも言えない状況が続いたため。あの期間は自分だけではなく双方地獄だったと思います。
学び
これらの経験から次に活かすのに、どのように反省し、次に結びつけるかも EM の考え方一つで変わると思います。
私は、プロジェクトの状況を敏感に見極め、アサインの目処が立たなりそうな段階で期待値を修正するべきだったという点、
それとお互い言いたいことも言えなくなってしまった心理的安全性の確保に邁進すべきだったという点は強烈に思いました。
この反省は来年に繋げたいと思います。