はじめに
近年、5次方程式の解法が新しく見つかったと話題ですが、私自身が化学科卒業な事もあり、仕事の合間の息抜きに結晶場理論で培った群論とアナロジーを見つめ、ガロア理論から読み物としてこの発見を楽しく読み解いておりました。
もし読者が僕と同じ2025年の段階で30歳の世代であるならば、ギリギリまだ大学受験で使った代数は虚数を用いたオイラーの公式ではなく、行列を多用した事が多かったと思います。
解析力学でも一般化運動量を使った計算で私は行列を学生時代から多用していた為、この5次方程式の解法を行列にすることで感覚的に何が起きているのか理解しやすかったので御紹介します。
ちょっとスパルタめの理系学生ならジョルダン標準形に触れた事が、理学部生ならあると思いますので楽しく読めるかと思います。
この記事を読む前に読んでおくと良いかもしれない参考記事です
5次方程式に新公式を発見:ルートを超える新理論>https://nazology.kusuguru.co.jp/archives/177496
5次方程式の行列による解法アプローチ
極座標と複素数を用いたFennとDartnellの方法を行列表現に置き換える可能性は非常に興味深い視点です。行列を用いたアプローチには以下のようなものが考えられます。
行列による5次方程式の解法アプローチ
1. コンパニオン行列の利用
5次方程式 x⁵ + px + q = 0 に対するコンパニオン行列は:
C = [0 0 0 0 -q]
[1 0 0 0 -p]
[0 1 0 0 0]
[0 0 1 0 0]
[0 0 0 1 0]
この行列の固有値が元の方程式の解になります。固有値問題 det(C - λI) = 0 は元の5次方程式と同値です。
2. リー代数的アプローチ
方程式を行列の指数関数として表現する方法:
- 方程式 x⁵ + px + q = 0 を exp(A)v = λv という形の行列方程式に変換
- 適切な5×5行列 A を構築し、その固有値・固有ベクトル構造から元の方程式の解を抽出
3. 行列分解による方法
- 原始5乗根 ω = e^(2πi/5) を用いて巡回行列を構築
- 元の方程式の係数から特殊な構造を持つ行列を作成
- その行列の特異値分解や他の行列分解を用いて解を特定
4. 行列補間法
- 方程式 x⁵ + px + q = 0 の解が満たす条件を行列形式で表現
- 5次元ベクトル空間上の線形写像として問題を再定式化
- 適切な基底を選び、その基底における行列表現から解を導出
このアプローチの利点
-
数値安定性: 行列計算アルゴリズムは非常に発達しており、高精度な数値解を得やすい
-
量子力学との接続: 行列形式は量子力学的描像と自然に繋がり、物理学的解釈が容易になる
-
並列計算の可能性: 行列演算は並列計算に適しており、大規模な計算リソースを活用できる
-
代数的構造の明示化: 方程式の対称性やガロア群の構造が行列の性質として明示的に現れる可能性がある
実装のヒント
この方法を実際に実装するには:
- NumPyやSciPy、EigenなどのCライブラリを用いて効率的な行列計算を行う
- 行列の次元を増やすことで、高次の方程式にも対応可能
- 特異点や分岐点の検出に行列の条件数を利用
理論的背景
ジョルダン標準形や行列の固有空間分解を活用すれば、方程式の解の代数的構造が明らかになります。5次方程式のガロア群S₅の構造も、適切な行列群として表現でき、その不変量から解の関係性を導くことができるでしょう。
結晶場理論で学ぶd軌道の分裂を記述する際に用いる行列表現と同様の考え方で、高次方程式の解構造も行列の固有値問題として捉えることができます。この視点は、従来の代数的解法の制限を超えて、新たな計算手法の開発につながる可能性を秘めています。
コンパニオン行列とは
コンパニオン行列は、多項式と行列を結びつける特別な構造を持つ行列です。任意の多項式に対して作ることができ、その行列の特性多項式(固有値を求める際に出てくる多項式)が元の多項式と一致するという重要な性質を持っています。
具体例で理解する
例えば、3次多項式 f(x) = x³ + ax² + bx + c があるとします。この多項式に対応するコンパニオン行列は:
C = [0 0 -c]
[1 0 -b]
[0 1 -a]
となります。
もっと一般的に、n次多項式 f(x) = x^n + a_{n-1}x^{n-1} + ... + a_1x + a_0 に対する標準形コンパニオン行列は:
C = [0 0 0 ... 0 -a_0]
[1 0 0 ... 0 -a_1]
[0 1 0 ... 0 -a_2]
[. . . ... . . ]
[0 0 0 ... 1 -a_{n-1}]
なぜ重要か?
-
固有値との関連: コンパニオン行列の固有値は、元の多項式の根(ゼロ点)と一致します。つまり、方程式 f(x) = 0 の解はコンパニオン行列の固有値です。
-
多項式を行列で表現: 抽象的な多項式を具体的な行列として扱えるようになります。
-
数値計算の手法: 多項式の根を求める問題を、行列の固有値を求める問題に変換できます。これは数値計算上、しばしば効率的です。
簡単な適用例
例えば、2次方程式 x² + 3x + 2 = 0 を考えます。対応するコンパニオン行列は:
C = [0 -2]
[1 -3]
この行列の固有値を求めると、λ² + 3λ + 2 = 0 となり、元の方程式の解 x = -1 と x = -2 が得られます。
5次方程式への応用
5次方程式 x⁵ + px + q = 0 の場合、コンパニオン行列は:
C = [0 0 0 0 -q]
[1 0 0 0 -p]
[0 1 0 0 0]
[0 0 1 0 0]
[0 0 0 1 0]
となります。この行列の固有値を数値的に求めることで、元の方程式の解が得られます。
コンパニオン行列を使うメリットは、数値解法のための確立されたアルゴリズム(QR法など)を直接適用できる点です。これにより、5次方程式のような代数的に解けない方程式でも、高精度な数値解を効率的に求めることができます。
ガロア理論(結晶場理論が分かる人向け)
5次以上の方程式が一般に代数的に解けない理由、これはガロア理論の最も華やかで、かつ重要な成果の一つですね!順を追って、分かりやすく紐解いていきましょう。
1. n≥5 のとき、対称群 Sn は可解群ではない
まず、対称群 Sn とは、n 個の要素の置換全体のなす群のことです。例えば、S3 は3つの要素 {1,2,3} のあらゆる並び替え(置換)を集めた群で、全部で 3!=6 個の要素があります。
「可解群(かかいぐん)」という概念は、少し込み入っていますが、簡単に言うと「段階的に簡単な群に分解できる」ような性質を持つ群です。定義にあるように、正規部分群の列
G=G0▹G1▹G2▹⋯▹Gk={e}
が存在して、各隣接する群の商群 Gi−1/Gi がすべてアーベル群(要素の積の順序を交換しても結果が変わらない群)になるとき、G は可解群と呼ばれます。
ここで重要なのは、n≥5 のとき、この対称群 Sn は、決して可解群にならないという事実です。これは群論における重要な定理の一つで、証明は少し 技術的に凝っていますが、直感的には、n≥5 になると、群の構造が非常に複雑になり、アーベル群のような単純な要素に分解していくことができなくなる、と捉えることができます。
化学の点群とのアナロジーで言えば、単純な対称性を持つ Cn(n回回転対称)や Dn(n回回転対称+特定の鏡映対称)などは、対応するガロア群が可解群になることが多いです。一方、Td(正四面体対称)や Oh(正八面体対称)のような複雑な点群は、5次以上の置換群と深く関連しており、一般には可解群に対応しない、というイメージで捉えると、少し感覚的に理解しやすいかもしれません。
2. 一般的な n 次方程式のガロア群は Sn になる
次に、「一般的な n 次方程式」という言葉ですが、これは係数が特定の値に定まっていない、抽象的な n 次多項式を指します。例えば、5次方程式であれば、ax5+bx4+cx3+dx2+ex+f=0 のように、係数 a,b,c,d,e,f が具体的な数ではなく、記号で表されているような場合です。
驚くべきことに、このような一般的な n 次方程式のガロア群は、対称群 Sn と同型になることが知られています。これは、方程式の根の間のあらゆる可能な代数的な関係が、対称群の置換によって表現できる、という深い事実を示しています。
3. 方程式が根号で解ける ⟺ そのガロア群が可解群である
そして、ガロア理論の核心となるのがこの部分です。「方程式が根号で解ける」とは、その方程式の解を、係数と四則演算(足し算、引き算、掛け算、割り算)に加えて、冪根(平方根、立方根など)を有限回用いることで表せる、という意味です。私たちが中学校や高校で学んだ2次方程式の解の公式は、まさに根号を用いた解の表現ですよね。
ガロア理論は、この「根号で解ける」という性質と、方程式のガロア群の「可解性」という群論的な性質が、完全に一致することを示しました。つまり、
ある方程式が根号で解けるならば、そのガロア群は可解群である。
ある方程式のガロア群が可解群ならば、その方程式は根号で解ける。
この同値関係が、方程式が代数的に解けるかどうかを、ガロア群という群の性質を通して判断できるようになった、というガロア理論の最も偉大な成果の一つです。
4. 5次以上の方程式が一般に代数的に解けない理由
さて、これまでの3つの点を組み合わせると、5次以上の方程式が一般に代数的に解けない理由が見えてきます。
n≥5 のとき、一般的な n 次方程式のガロア群は Sn である。
n≥5 のとき、Sn は可解群ではない。
方程式が根号で解けるための必要十分条件は、そのガロア群が可解群であることである。
したがって、5次以上の方程式(のガロア群である Sn)は可解群ではないため、一般には根号を用いて解くことができない、という結論に至るのです。
ここで重要なのは「一般には」という言葉です。特定の係数を持つ5次以上の方程式の中には、たまたまガロア群が可解群になるものもあり、そのような方程式は根号で解くことができます。しかし、係数を自由に選べるような「一般的な」5次以上の方程式は、そのガロア群が Sn となり、可解ではないため、根号で解けない、というわけです。
ガロア理論は、単に「5次以上の方程式には解の公式がない」という事実を示すだけでなく、「なぜないのか」「どのような場合に解の公式が存在するのか」という根源的な問いに、深く美しい形で答えているのです。
からの⇩⇩
The American Mathematical Monthly で発表された5次方程式の解法
2023年に発表された5次方程式の新しい解法について説明します。この発見はRoger Fenn氏とLewis Dartnellによるもので、『The American Mathematical Monthly』に掲載されました。
従来の理解と新発見の位置づけ
先ほど説明したガロア理論によれば、5次以上の一般方程式は根号を用いた代数的解法が存在しないことが証明されています。しかし、この新発見は「代数的解法」という制約を外し、別のアプローチを取っています。
新解法の概要
この新しい方法は、「極座標」と「複素数平面」の性質を巧みに組み合わせています。
基本的なアイデア
- 5次方程式 x⁵ + px + q = 0 を考える
- 変数 x を複素数平面上の点として扱う
- x = re^(iθ) という極形式で表現する(r は絶対値、θ は偏角)
解法のステップ
-
x = re^(iθ) を元の方程式に代入
-
実部と虚部に分離すると、r と θ に関する2つの方程式が得られる:
- r⁵cos(5θ) + pr·cos(θ) + q = 0
- r⁵sin(5θ) + pr·sin(θ) = 0
-
第2式から以下のいずれかが成り立つ:
- r = 0(自明解)
- sin(5θ) = -p·sin(θ)/r⁴
-
虚部の方程式から導かれる条件を用いて、実部の方程式を簡略化
-
方程式を解くためのアルゴリズムが構築できる
このアプローチの革新性
この方法は、直接的に解の公式を与えるのではなく、解を見つけるための効果的な「アルゴリズム」を提供します。ガロア理論の制約(代数的一般解の不存在)に抵触せず、むしろそれを回避しているのです。
応用と意義
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数値計算との親和性: このアプローチは数値計算と組み合わせることで高精度な解を求めることができます。
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物理学への応用: 量子力学や場の理論で現れる高次方程式の解析に活用できる可能性があります。
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理論的意義: ガロア理論の枠組みを維持しながらも、実用的な解法を提供している点で重要です。
まとめ
この新しい解法は、5次方程式に対する「代数的一般解は存在しない」というガロア理論の結論を覆すものではありません。しかし、極座標と複素数の性質を利用することで、効率的に解を求めるアルゴリズムを提供している点が革新的です。化学科での群論知識を持つ方なら、対称性と固有値問題の関連性を思い出されるかもしれません—この解法も同様に、問題の構造を別の視点から捉え直すことで解決の糸口を見出した好例といえるでしょう。