目次
- Part 1: AIエージェント開発の課題とAgentCoreの登場
- Part 2: AgentCoreを構成する主要な機能
- Part 3: ユースケース:保険引受エージェントの構築
- Part 4: まとめ
Part 1: AIエージェント開発の課題とAgentCoreの登場
このパートでは、AIエージェント開発が直面する一般的な課題を概説し、その解決策として登場したAmazon Bedrock AgentCore
の基本的な概念と全体像を紹介します。
Chapter 1: はじめに
Section 1.1: AIエージェントの可能性と現実の壁
AIエージェントは、組織の働き方を根本から変革する大きな可能性を秘めています。しかし、その多くはプロトタイプの段階で停滞し、本番環境への展開という高い壁に直面しているのが現状です。この現象は「プロトタイプの煉獄(Prototype Purgatory)」とも呼ばれ、アイデアを実際の価値あるアプリケーションへと昇華させる上での大きな障害となっています。
- アイデア創出とプロトタイピング
- 本番環境用のインフラ構築
- セキュリティと信頼性の確保
- 本番展開の実現 ⬅️ ここが最大の課題
エージェントのロジックを構築すること自体は比較的容易かもしれませんが、それを大規模かつ安全に運用するためのインフラや制御機構は、既存のツールだけでは構築が困難な場合が少なくありません。
Section 1.2: Amazon Bedrock AgentCoreとは?
Amazon Bedrock AgentCore
は、AIエージェントをプロトタイプから本番環境へとスムーズに移行させるために設計された、フルマネージドサービスの包括的なセットです。これは、開発者が直面する「差別化につながらない重労働(Undifferentiated Heavy Lifting)」を削減し、イノベーションそのものに集中できる環境を提供することを目的としています。
コアメッセージ: AgentCore
は、AIエージェントのアイデアを現実のアプリケーションとして大規模に展開するための、インフラ、ツール、そして各種機能を提供するブリッジのような存在と言えるでしょう。
Chapter 2: AgentCoreの全体像
Section 2.1: 開発の自由度と柔軟性
AgentCore
の大きな特徴の一つは、その高い柔軟性にあります。特定のモデルやフレームワークに縛られることなく、開発者は最適なツールを選択できます。
-
モデルの選択:
Amazon Bedrock
内外の任意のモデルを利用可能。 -
フレームワークの互換性:
LangChain
、CrewAI
、Strands Agents
といった主要なオープンソースフレームワークと連携できます。
この自由度の高さは、開発者が独自の方法でエージェントを構築し、イノベーションを追求することを可能にします。
Section 2.2: エンタープライズレベルの基盤
AgentCore
は、単なる開発ツールセットではありません。エンタープライズ環境で求められる高度なセキュリティと信頼性を確保するための基盤を提供します。これにより、開発者はインフラの複雑な管理から解放され、アプリケーションのコアロジック開発に専念できる可能性があります。
Part 2: AgentCoreを構成する主要な機能
このパートの要約:
AgentCore
は、エージェントの「実行環境」「インテリジェンス」「運用とガバナンス」という3つの側面から、包括的な機能を提供します。Runtime
、Identity
、Gateway
がセキュアな実行と連携を支え、Memory
とTools
がエージェントの能力を高め、Observability
が運用の透明性を確保します。
Chapter 3: エージェントの実行環境 🛠️
Section 3.1: AgentCore Runtime - セキュアなサーバーレス実行環境
AgentCore Runtime
は、動的で複雑なエージェントのワークロードに特化して構築された、セキュアなサーバーレス実行環境です。
最大の特徴は、セッションレベルでの完全な分離を実現している点です。これにより、データ漏洩のリスクを低減し、マルチテナント環境でも安全な運用が期待できます。
Section 3.2: AgentCore Identity - エンドツーエンドのID管理
AgentCore Identity
は、既存の企業IDプロバイダーやOAuth
ベースのサービスとシームレスに統合できるID管理機能です。これにより、開発者は基盤となるインフラを管理することなく、エージェントやツールへのアクセス権をきめ細かく制御できます。
Section 3.3: AgentCore Gateway - 既存システムとのシームレスな連携
AgentCore Gateway
は、既存のAPI
やAWS Lambda
関数を、エージェントが利用可能なツールへと変換する機能です。これにより、エージェントは社内の独自システムやデータベースと安全かつ容易に連携し、より実践的なタスクを実行できるようになります。
Chapter 4: エージェントのインテリジェンス 🧠
Section 4.1: AgentCore Memory - 文脈を記憶するインテリジェントなメモリ
AgentCore Memory
は、エージェントが過去の対話内容を記憶し、文脈に基づいた応答を生成するためのインテリジェントなメモリ機能です。短期的な記憶だけでなく、長期的な記憶も管理できるため、エージェントは対話を重ねるごとにユーザーを学習し、パーソナライズされた応答を提供できるようになります。
メモリ種別 | 特徴 |
---|---|
短期記憶 | 現在の対話セッション内の文脈を保持 |
長期記憶 | 過去の対話やユーザーの嗜好を永続的に保存 |
Section 4.2: Agentic Tools - 実世界タスクを実行するためのツール群
AgentCore
は、エージェントが実世界のタスクを実行するために不可欠な、標準ツール群を提供します。
- セキュアなWebブラウジング: 最新の情報をWebから取得。
- コードインタプリタ: 計算やデータ処理を実行。
これらのツールにより、エージェントは単なる対話相手から、能動的にタスクをこなすアシスタントへと進化する可能性があります。
Chapter 5: 運用とガバナンス 📊
Section 5.1: AgentCore Observability - パフォーマンスの可視化
AgentCore Observability
は、エージェントのパフォーマンスをリアルタイムで監視するための機能です。各対話の詳細なトレースや、パフォーマンス、使用状況に関するメトリクスを提供します。OpenTelemetry
をベースにしており、Amazon CloudWatch
やLangSmith
といった既存の監視ツールとの統合も容易です。
Section 5.2: 評価とガードレール
本番環境での安定した運用には、品質、安全性、堅牢性のテストが不可欠です。AgentCore
は、これらの評価を行うための機能や、インフラアクセスを統制するための包括的なポリシーとガードレールを提供し、エンタープライズレベルのガバナンスを実現します。
Part 3: ユースケース:保険引受エージェントの構築
このパートの要約:
保険の自動引受エージェントという具体的なユースケースを通して、AgentCore
の各機能がどのように連携し、複雑なタスクを実現するかを解説します。Memory
による文脈維持、Identity
とGateway
によるセキュアなデータアクセス、そしてRuntime
による簡単なデプロイまで、一連の流れを追います。
Chapter 6: シナリオ設定
Section 6.1: 自動引受エージェントの要件
ここでは、保険会社が開発する「自動引受エージェント」を例に取ります。このエージェントには、以下のようなタスクを実行する能力が求められます。
- 顧客情報へのアクセス
- 既存の保険契約の参照
- 料金ルールの適用
- 見積もりの生成
- 外部の信用情報APIの呼び出し
これらのタスクは、機密性の高いデータへのアクセスを伴うため、高度なセキュリティと正確な権限管理が不可欠です。
Chapter 7: AgentCoreによる実装
Section 7.1: AgentCore Memoryの活用
ユーザーが「運転者安全講習を修了したので、前回の見積もりを更新してほしい」と依頼したとします。
AgentCore Memory
を活用することで、エージェントは以前の対話で生成した見積もりの内容を即座に思い出し、新しい情報(安全講習の修了)を反映させた更新後の見積もりを提示できます。これにより、ユーザーは毎回同じ情報を入力する手間から解放され、スムーズな対話体験が可能になります。
Section 7.2: AgentCore Identity & Gatewayによるセキュアなデータアクセス
次に、ユーザーが「夫の保険契約と比較したい」と依頼するシナリオを考えます。
この場合、エージェントはまずAgentCore Identity
を通じて、ユーザーが夫の契約情報を閲覧する権限を持っているかを確認します。権限が確認された後、AgentCore Gateway
を介して社内の契約データベースAPI
に安全にアクセスし、必要な情報を取得します。権限がない場合は、データへのアクセスを拒否します。
Chapter 8: 本番環境への展開と運用
Section 8.1: AgentCore Runtimeによるデプロイ
開発された引受エージェントは、AgentCore Runtime
にデプロイされます。開発者は数行のコードを追加するだけで、スケーラブルでセキュアな実行環境にエージェントを配置できます。インフラのプロビジョニングやスケーリング、セキュリティ管理といった複雑な作業はRuntime
が担います。
Section 8.2: AgentCore Observabilityによる監視
エージェントが本番環境で稼働し始めると、AgentCore Observability
のダッシュボードでその動作を監視できます。セッション数やトレース数、トークン使用量といったメトリクスがリアルタイムで可視化され、問題が発生した際には迅速に原因を特定し、対処することが可能になります。
Part 4: まとめ
Chapter 9: AgentCoreがもたらす価値
Section 9.1: 開発者のフォーカスをイノベーションへ
Amazon Bedrock AgentCore
は、AIエージェント開発におけるインフラ構築やセキュリティ、スケーリングといった、本来の目的ではないが付随して発生する重労働を抽象化し、開発者がアプリケーションのコアロジックやユーザー体験の向上といった、真に価値を生み出す活動に集中できる環境を提供します。
Section 9.2: 未来への展望
AgentCore
は、AIエージェントを実験的なプロトタイプから、信頼性と責任ある形で大規模に運用されるエンタープライズアプリケーションへと進化させるための、強力な基盤となる可能性があります。これにより、これまで以上に多くの組織がAIエージェントの力を活用し、ビジネスに変革をもたらす未来が期待されるでしょう。