GPT-5の登場とともに、その能力を最大限に引き出すために設計された新しいインターフェース、Responses API
が発表されました。この記事では、なぜResponses API
が開発されたのか、そしてそれがどのようにして永続的な推論、ホストされたツール、マルチモーダルなワークフローを実現するのかを解説します。
目次
Part 1: Responses APIの誕生背景
Part 1の要約
このパートでは、OpenAIのAPIがどのように進化してきたかを振り返り、Responses API
がなぜ今の時代に必要とされたのか、その歴史的背景を解説します。単純なテキスト生成から対話型AI、そして自律的にタスクをこなすエージェントへと、モデルの進化に合わせてAPIがどのように変化してきたかを理解します。
Chapter 1: APIの進化の歴史
Section 1.1: Completions API - 単純なテキスト補完の時代
- コアメッセージ: 初期のAPIは、与えられた文章の続きを生成する「テキスト補完」が主な機能でした。
初期のOpenAI API /v1/completions
は、非常にシンプルなものでした。開発者がモデルにプロンプト(指示文)を与えると、モデルはその続きの文章を生成するだけでした。これは、まるで文章の穴埋め問題のようなもので、JSON形式での出力や質問応答といった高度なタスクは、プロンプトの工夫(Few-shotプロンプティング)によって限定的に実現されていました。
Section 1.2: Chat Completions API - 対話型インターフェースの登場
-
コアメッセージ:
ChatGPT
の登場により、モデルが対話パートナーとして振る舞うようになり、APIも対話形式に特化したChat Completions
へと進化しました。
転機となったのは、RLHF(人間のフィードバックからの強化学習)技術の導入とChatGPT
の登場です。モデルは単なる文章生成機ではなく、人間と自然な対話ができるパートナーへと進化しました。この変化に対応するため、/v1/chat/completions
が開発されました。このAPIでは、「システム」「ユーザー」「アシスタント」といった役割(role)を割り当てることで、対話の文脈を維持しやすくなり、チャットインターフェースの開発が劇的に簡単になりました。
Section 1.3: Assistants API - エージェント型への第一歩
-
コアメッセージ:
Assistants API
は、Code Interpreter
などのツールをホストし、より自律的なエージェント機能を目指しましたが、導入の複雑さが課題でした。
モデルがさらに進化し、見たり、聞いたり、話したりする能力を持つようになると、次なるステップは「エージェント」、つまり自律的にタスクをこなすAIの実現でした。2023年後半にベータ版として登場したAssistants API
は、Code Interpreter
やFile Search
といったツールをOpenAI側でホストし、開発者が複雑な設定なしに高度な機能を使えるようにする初の試みでした。しかし、Chat Completions
に比べてAPIの設計が複雑で、広く普及するには至りませんでした。
Section 1.4: Responses API - すべてを統合する新世代API
-
コアメッセージ:
Responses API
は、Chat Completions
の手軽さとAssistants API
の強力さを兼ね備え、推論モデルやマルチモーダルな対話に最適化された、次世代の標準となるAPIです。
これまでのAPIの長所と短所を踏まえ、OpenAIは一つの統一されたインターフェースの必要性を認識しました。それが/v1/responses
です。このAPIは、Chat Completions
のような手軽さを持ちながら、Assistants API
のように強力なエージェント機能を内包し、さらにマルチモーダル(テキスト、画像、音声など)な対話や高度な推論を行うモデルに特化して設計されています。
API進化の系譜図
以下の図は、OpenAI APIがどのように進化してきたかを示しています。単純な補完から、対話、そして自律的なエージェントへと、モデルの能力向上に合わせてAPIが進化してきた流れを視覚的に理解できます。
Part 2: Responses APIの核心的特徴
Part 2の要約
このパートでは、Responses API
が具体的にどのような点でChat Completions
と異なるのか、その核心的な特徴を3つの視点(エージェント的なループ、ホストされたツール、安全性)から掘り下げます。特に「状態を保持する推論」がなぜ重要なのかを、図解を交えて詳しく解説します。
Chapter 2: エージェント的なループ構造
Section 2.1: 「対話」から「推論と行動のループ」へ
-
コアメッセージ:
Responses API
は、単なる一問一答の「対話」ではなく、モデルが「推論」し、ツールを使って「行動」し、その結果を報告するという一連のループを管理する構造になっています。
Chat Completions
がシンプルなターン制のチャットを提供していたのに対し、Responses API
は構造化された「推論と行動のループ」を提供します。
これを探偵の仕事に例えてみましょう。
- 依頼者 (あなた): 探偵に証拠を渡す。
- 探偵 (モデル): 調査を行い、専門家(ツール)に意見を求め、最終的に報告書を提出する。
このプロセスで重要なのは、探偵が調査の合間に自分だけのメモ(推論の状態)を保持し続ける点です。依頼者にそのメモを都度見せることはありませんが、次の調査ステップにそのメモが活かされます。Responses API
は、まさにこの探偵のメモ帳のように機能します。
Section 2.2: 状態を保持する「永続的な推論」
-
コアメッセージ:
Responses API
はAPI呼び出し間でモデルの思考プロセスを維持するため、より一貫性のある高度な推論が可能になり、パフォーマンスも向上します。
Responses API
の最大の特徴は、モデルの推論状態(reasoning state) をAPI呼び出しをまたいで保持することです。
- Chat Completionsの場合: 探偵が部屋を出るたびに、それまでの手がかりをすべて忘れてしまうようなものです。毎回ゼロから考え直すため、非効率で一貫性のない結論に至る可能性があります。
- Responses APIの場合: 探偵がメモ帳を開いたまま調査を続けます。一歩一歩の思考プロセスが次のステップに引き継がれるため、より複雑で長期的な問題解決能力が向上します。
この「状態保持」により、TAUBench
というベンチマークでは、Chat Completions
経由でGPT-5を使用した場合と比較してスコアが5%向上したと報告されています。また、キャッシュの利用効率も40〜80%改善し、結果として低遅延・低コストにつながります。
APIの動作フロー比較
以下は、Chat Completions
とResponses API
の動作の違いを視覚的に示しています。Responses API
がいかにして推論状態を保持し、次のアクションに繋げているかが分かります。
Section 2.3: 複数のアウトプットと透明性
-
コアメッセージ:
Responses API
は、モデルの最終的な発言だけでなく、途中で何をしたか(ツールの呼び出しなど)も明確なリストとして返すため、デバッグやUI構築が容易になります。
Chat Completions
は1回のリクエストに対して1つのメッセージを返しますが、Responses API
は複数のアイテムのリストを返します。これには以下のようなものが含まれます。
-
reasoning
: モデルの思考の要約 -
message
: ユーザーに表示するためのテキスト -
function_call
: 呼び出されたツールの情報
これは、完成したエッセイだけでなく、計算に使った下書きのメモも一緒に受け取るようなものです。開発者は、これらの情報を利用して、デバッグを行ったり、モデルが今何をしているかをユーザーに示すリッチなUIを構築したりできます。
Chapter 3: ホストされたツールによる機能拡張
Section 3.1: RAGやコーディングの簡素化
-
コアメッセージ:
Responses API
には、ファイル検索やWeb検索などの強力なツールが組み込まれており、開発者は複雑なバックエンドを構築することなく高度な機能を実現できます。
Function Calling
機能の初期から、開発者は外部のデータソースを検索するワークフロー(現在ではRAGとして知られています)を構築していました。しかし、これをゼロから作るのは非常に大変でコストもかかります。
Responses API
では、Assistants API
から引き継がれたFile Search
やCode Interpreter
に加え、Web Search
、Image Gen
、MCP
といった新しいツールがホストされています。これにより、開発者は数行のコードで、モデルに以下のようなタスクを任せることができます。
- 📚 RAG: アップロードされたドキュメントの内容を検索・要約する。
- 💻 コーディング: データ分析やグラフ作成などの問題をコードを書いて解決する。
- 🌐 Web検索: 最新の情報をWebから取得する。
Section 3.2: サーバーサイド実行による低遅延
- コアメッセージ: ツールがOpenAIのサーバーサイドで実行されるため、開発者のサーバーを経由する必要がなくなり、応答速度が向上しコストも削減されます。
Code Interpreter
のようなツールは、OpenAIのサーバー上で直接実行されます。これにより、開発者は自身のバックエンドサーバーとOpenAIのAPIサーバーとの間で何度もデータをやり取りする必要がなくなります。このアーキテクチャは、通信の往復を減らし、レイテンシー(遅延)とコストの削減に大きく貢献します。
Chapter 4: 安全な推論の実現
Section 4.1: 思考プロセス(CoT)を公開しない理由
- コアメッセージ: モデルの生の思考プロセス(Chain-of-Thought)を非公開にすることで、不適切なコンテンツの生成や競合リスクを防ぎ、安全性を確保しています。
「なぜモデルの思考プロセスをそのまま開発者に見せてくれないのか?」という疑問が浮かぶかもしれません。OpenAIは、生の思考プロセス(CoT)を公開することにはいくつかのリスクがあると考えています。
- ハルシネーション(幻覚): 思考の途中段階では、事実に基づかない内容が含まれる可能性があります。
- 有害なコンテンツ: 最終的な応答ではフィルタリングされるような、不適切な思考が含まれる可能性があります。
- 競合リスク: モデルの内部的な動作が競合他社に知られるリスクがあります。
OpenAIのチーフサイエンティストであるJakub Pachocki氏は、「モデルの心を読み、その思考プロセスを理解することは、モデルを監視する上でユニークな機会を提供する」と述べています。しかし、そのためにはモデルが自由に思考できる環境が必要であり、その思考プロセスをユーザーに直接見せるべきではない、としています。
Section 4.2: 安全性とパフォーマンスの両立
-
コアメッセージ:
Responses API
は、思考プロセスを内部で暗号化して保持し、安全な形で次のステップに引き継ぐことで、安全性とパフォーマンスを両立させています。
Responses API
は、この問題に以下のように対処しています。
- 推論の内部保持: モデルの思考プロセスは、クライアント(開発者)からは見えない形で、暗号化されて内部的に保持されます。
-
安全な継続:
previous_response_id
を使うことで、生の思考プロセスを公開することなく、安全に推論を継続させることができます。
Part 3: Responses APIがもたらす未来
Part 3の要約
このパートでは、Responses API
が開発者にとってどのような具体的なメリットをもたらすのかをまとめ、既存のChat Completions
との関係性や今後の展望について解説します。Responses API
がこれからのOpenAIとの連携における標準的な方法になる理由を明らかにします。
Chapter 5: 開発者にとってのメリット
Section 5.1: なぜResponses APIを選ぶべきか
-
コアメッセージ:
Responses API
は、状態保持、エージェント的なツール利用、マルチモーダル対応、そして高いパフォーマンスを求める開発者にとって最適な選択肢です。
Responses API
は、状態を保持し、マルチモーダルに対応し、効率的であるように設計されています。開発者にとっての主なメリットは以下の通りです。
特徴 | メリット |
---|---|
🧠 エージェント的なツール利用 |
File Search , Image Gen , Code Interpreter などのツールを簡単に活用し、強力なエージェントワークフローを構築できます。 |
💾 デフォルトでステートフル | 対話やツールの状態が自動的に追跡されるため、複数ターンにわたる複雑な推論が劇的に容易になります。 |
🖼️ マルチモーダル対応 | テキスト、画像、音声、関数呼び出しなどを最初から第一級の市民として扱えるように設計されています。 |
⚡ 低コスト・高性能 | キャッシュ効率が40〜80%向上し、低遅延と低コストを実現します。 |
✨ 優れた設計 | セマンティックなストリーミングイベントやSDKのヘルパー関数など、開発体験を向上させる多くの改善が含まれています。 |
Section 5.2: Chat Completions APIの今後
-
コアメッセージ:
Chat Completions
は今後も利用可能ですが、より高度で永続的な推論やエージェント機能を求めるならば、Responses API
が推奨される未来の標準となります。
Chat Completions
がすぐになくなるわけではありません。現在のアプリケーションで問題なく動作している場合は、引き続き使用することができます。
しかし、もしあなたが、
- 途中で文脈を失わない、永続的な推論
- テキストと画像を自然に組み合わせるような、ネイティブなマルチモーダル対話
- 複雑な設定なしで動作する、エージェント的なループ
を求めているのであれば、Responses API
が今後の進むべき道となるでしょう。
Chapter 6: まとめ
かつてCompletions
がChat Completions
に置き換えられたように、将来的にはResponses API
がOpenAIモデルを利用する際のデフォルトの方法になることが予想されます。
Responses API
は、シンプルな用途にはシンプルに、そして高度な用途にはパワフルに対応できる柔軟性を備えており、次のパラダイムシフトにも対応できるよう設計されています。これは、OpenAIが今後数年間にわたって築き上げていく基盤となるAPIと言えるでしょう。