「変革 2027」実現に向け DX を加速する JR 東日本。Microsoft Unified のトレーニングを受けた「DX プロ」がデジタル人材 3 万人を育成
https://www.microsoft.com/ja-jp/customers/story/23438-east-japan-railway-company-microsoft-power-platform
目次
- JR東日本の全社DX戦略: DXプロが牽引する3万人のデジタル人材育成プログラム
1. 変革への挑戦:「変革 2027」とDX推進の背景
社会構造の変化、価値観の多様化、技術革新など、時代の変化に伴い重要インフラである鉄道も大きな変革が求められています。JR東日本は2018年にグループ経営ビジョン「変革 2027」を掲げ、「鉄道のインフラ等を起点としたサービス提供」から「ヒト(すべての人)の生活における『豊かさ』を起点とした社会への新たな価値提供」へと価値創造ストーリーの転換を基本方針としました。
労働人口減少という社会課題に直面する中、JR東日本はトッププライオリティである「安全」の確保を大前提としながら、DX(デジタルトランスフォーメーション)を全社的に加速させています。
JR東日本イノベーション戦略本部デジタルストラテジー推進ユニットマネージャーの大野誠一郎氏は、同社のDX推進における中心的な考え方をこう説明します。
「鉄道は労働力集約型の事業です。労働人口が減少する中、トッププライオリティである『安全』の確保を大前提にしながら、さまざまな職場における効率的な業務運営を目指してDXを推進しています。DXというと一部のITが得意な社員だけが取り組むものと思われがちですが、大事なのは『全社員が主役となるDX』を実現すること。傍観者ではなく、一人ひとりが自分の役割や知識レベルに応じてDXを進めることで生産性、創造性を最大化することが重要だと思います」
2. 全社員が主役のDX: 3万人のデジタル人材育成計画
2.1 デジタル人材のレベル定義
JR東日本は、2027年度末までに3万人のデジタル人材育成を定量的なKPIとして設定しています。具体的には以下の2つのカテゴリーに分けて育成を推進しています:
- ベーシック人材(25,000人):デジタルツールやデータを業務に活用できる人材
- ミドル人材(5,000人):ノーコード・ローコードのアプリ開発スキルにより業務課題を解決できる人材
2.2 推進体制: DXプロの役割と配置
この育成計画を推進するために、JR東日本は2023年11月に各機関においてDX推進を牽引する専任の社員「DXプロ」約40人を配置しました。DXプロは、JR東日本の営業エリア12本部・支社、東京建設PMO、電気SIO、東北建設PMO、新幹線統括本部、エネルギー企画部に配置され、さまざまな職場を巡回しながらDX推進に関する相談対応やアドバイスを行っています。
大野氏は、計画が順調に進んでいる理由として「DXプロの活躍があればこそ」と評価しています。
3. DXプロの育成システム
3.1 DXプロに対する初期研修
DXプロが発足した際、最初に2週間の研修が実施されました。イノベーション戦略本部デジタルストラテジー推進ユニットの鳥羽政文氏によると、前半はDXプロとしてのマインドセット、後半はコミュニケーションスキルや人に教えるスキルを学ぶ講習が行われました。
東北本部DXプロの三浦翔也氏は、この研修についてこう振り返ります:
「『DXプロとして何をやるべきなのか、みんなで考えよう』から始まりました。デザインシンキング的手法で課題を抽出、共有し考えを深めていきました。またDXプロが連携して課題を解決するための取り組みであるワーキンググループの活動もスタートさせました。各機関で活動するDXプロのコミュニティ形成の場となり、連携し助け合う同志としての意識も醸成されたと思っています」
3.2 Microsoft Unifiedによる専門研修
2024年度には、DXプロ自身のスキルアップを目的として、Microsoft Unifiedを利用した研修が実施されました。全社員のデジタルにおける共通言語がMicrosoft 365であるため、本家本元のマイクロソフトから正しく学ぶことが重要と判断されました。
この研修について、大野氏は一般的なスキルアップ研修とは異なる特別な目的があったことを明かしています:
「DXプロには、単に研修生として参加するのではなく、Microsoft Unified担当者の"教え方"をよく見て真似るように伝えました。Microsoft Unifiedにも、"教えるスキル"を身に付けさせたいという相談をしていました」
Microsoft Unifiedは、スキルトレーニングだけでなく、「DXとは何か」といった本質を考えるチェンジマネジメントのワークショップや、DXプロが教える立場として取るべき意識や振る舞いに関するアドバイスも提供しました。さらに、各職場の実課題を持ち寄り、課題解決のコーチング・ワークショップによって実践力を身に付ける機会も設けられました。
秋田支社DXプロの安藤郁美氏は、特にAIアイデアソン・ハッカソンで得た経験を次のように評価しています:
「アイデアソン、ハッカソンは非常に楽しかったです。その経験から、自分たちが講師としてアイデアソンやハッカソンを企画する際のポイントは、"楽しい"という気持ちを持ってもらうことです。楽しくないと続かないという実感を持ちました」
4. 現場に寄り添うDX推進活動
4.1 各職場におけるDXプロの活動
DXプロの認知を広めるうえで、地道な活動と上層部による支援の両輪が重要でした。大野氏は、「イノベーション戦略本部の役員と私とで、全機関幹部に対しDXプロの役割を説明しながら、『DXプロをよろしくお願いします』と挨拶にまわりました。同時並行で、DXプロ自身は『ぜひ相談してください』と各職場を巡回しました。各機関長の後押しと、草の根活動の両方が重なることで功を奏したと思っています」と説明しています。
東北本部DXプロの三浦氏は、「人と人のつながりが大切です。顏を知ってもらうことからDXプロの活動は始まると考えています」と活動の基本姿勢を語っています。
4.2 トレーニングプログラムの工夫
JR東日本では、全社員がMicrosoft 365のライセンスを持っており、これを共通言語として活用することがDX推進の基盤となっています。DXプロは、社員一人ひとりがMicrosoft 365を使いこなせるように、教育・トレーニングを行い、業務に役立つと実感してもらうことでスキルアップへのモチベーションを高める役割を担っています。
首都圏本部DXプロの安部健司氏は、具体的な活動として次の2つを挙げています:
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ベーシック人材育成:全社員共通カリキュラムとして、Word・Excel・PowerPointのトレーニング動画視聴による認定プログラムを実施
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ミドル人材育成:Microsoft Power Platformを使ったアプリ開発の基礎を学ぶハンズオントレーニングをDXプロが中心となって定期的に実施
各支社のDXプロは、地域の特性や職場のニーズに合わせたトレーニング方法を工夫しています。例えば、秋田支社では職場の課題を事前に聞いて、ハンズオントレーニング内で解決できるようにしています。安藤氏は「参加した社員が、アプリやフローを自分の職場用としてすぐに運用できる形を目指しています」と説明します。
東北本部では、ハンズオンだけでなく個別相談にも応じており、スキルに応じて一緒にアプリを作成したり、緊急の課題に対してはDXプロがアプリを開発して内容やカスタマイズ方法を説明するなど柔軟な対応を行っています。三浦氏は「今、大切にしているのは『アプリって便利だな』と思ってもらい、成功体験を増やすこと」と強調しています。
横浜支社では、アプリの効果測定とインセンティブ提供にも力を入れています。横浜支社DXプロの飯山直樹氏は「このアプリを使ってこれだけ時間を生み出したということを、各職場や個人が計算し報告してもらっています。ユーザーは効果を数字で確認できます。また開発者にはインセンティブとして自由に使える予算を提供し、モチベーション向上を図っています」と説明しています。
4.3 DX推進エバンジェリストの設置
2024年度からは、DXプロの要望に応じて、各職場に「DX推進エバンジェリスト」が設置されました。現職と兼任となるDX推進エバンジェリストは、ハンズオンや勉強会への参加促進など、DXに対する社員の行動や意識を変える役割を担っています。
各職場の社員への"声掛け"は、共に働いているエバンジェリストだからこそできることであり、DXプロと現場をつなぐ重要な橋渡し役となっています。
5. 内製アプリケーション開発による業務改革
5.1 代表的な内製アプリケーション事例
JR東日本では、Microsoft Power Platformを活用した内製アプリケーション開発が進んでおり、業務改革につながる成果が生まれています。代表的な事例として、以下のようなアプリが挙げられます:
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物品転活用アプリ(首都圏本部DXプロ 安部氏開発)
ある部署で不要になったテーブルや椅子などの物品と、必要とする部署をマッチングするアプリ。コスト削減や環境保護の観点から全社で活用されています。 -
座席管理アプリ(東北本部DXプロ 三浦氏開発)
フリーアドレスオフィスにおいて、誰がどこに座っているかを簡単に登録・可視化するアプリ。従来購入していたシステムをPower Platformで内製化することでコスト削減を実現しました。
5.2 横展開と組織学習の仕組み
開発されたアプリの横展開は、DXを広げる上で重要なポイントです。JR東日本では、Microsoft Viva Engageを活用して社内のアプリ開発事例を共有し、組織的な学習を促進しています。
イノベーション戦略本部デジタルストラテジー推進ユニットの鳥羽氏は、従業員コミュニケーションプラットフォームMicrosoft Viva Engageのコミュニティ「Oh!!365通信」を管理しており、「Microsoft 365を使いこなすことで業務効率につながるという思いがあり、使い方や、知って得する情報などの発信を続けています。2019年に第1号の投稿を開始してから現在179号まで続いています」と説明しています。
鳥羽氏は「業務改善の観点では、内製化によるアプリ開発と、他職場で作成したアプリをカスタマイズして取り入れる両方の視点が大切です」と強調しています。
各支社でも横展開の取り組みが進んでいます:
- 秋田支社:他職場で作成したアプリを自分たちの業務に合わせてカスタマイズするための勉強会を実施
- 横浜支社:乗務員の乗務報告アプリ、統括センターでの業務引き継ぎアプリなど職場で作成したアプリの情報収集と展開、DX推進エバンジェリスト会議でのアプリ事例発表
横浜支社DXプロの飯山氏は「電子マネーが誰にとっても当たり前になったように、横浜支社の全員がPower Platformを使える状態にしたい」という目標を掲げています。
6. 成果と今後の展望
6.1 KPI達成状況
大野氏によると、2027年度を達成目標としたデジタル人材育成のKPIは、DXプロの活躍により計画より早いスピードで進んでいます。これはDXプロの地道な活動と、現場との密接な連携によるものと評価されています。
6.2 次のステージに向けた課題と戦略
JR東日本のDX推進は次のステージに移行しつつあります。大野氏は今後の展望について次のように説明しています:
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ベーシック人材のレベルアップ:Microsoft 365 Copilotなどの生成AIサービスを業務に活かせるスキル習得
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ミドル人材のスキル可視化:詳細なスキルレベルを定義し、能力を持つ社員を可視化
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自立的DX推進体制の構築:能力を持つ社員が、DXプロに頼らなくても自職場や隣接職場の課題をデジタルで解決できる状態を目指す
大野氏は、DX推進は業務効率化だけでなく、社員の成長や活力ある職場づくりにも貢献していると評価しています。「DX推進は業務効率化だけでなく、『社員の成長や、仕事を楽しくするための職場づくりにつながっている』といった声をさまざまな職場の管理者から聞く機会も増えました。今後も活力ある職場づくりに貢献していきたいと思います」と語っています。
7. まとめ:JR東日本が描くDX推進の未来図
JR東日本のDX推進は、単なるデジタルツールの導入やシステム更新にとどまらない、「全社員が主役のDX」という独自の視点で進められています。DXプロを中心とした人材育成の取り組みは、以下の点で注目に値します:
- 現場起点の草の根活動:トップダウンではなく、各現場の課題を起点としたDX推進
- 教える側のスキル重視:単なる技術習得だけでなく「教え方」にもこだわったDXプロ育成
- 実践的アプローチ:実際の業務課題解決を通じた学習体験の提供
- コミュニティ形成:Viva Engageなどを活用した組織的な学習と事例共有
- 楽しさの重視:「楽しくないと続かない」というモチベーション維持の工夫
JR東日本のDX推進は、社会基盤を維持しながら「変革 2027」のビジョン実現に向けた重要な施策として位置づけられています。Microsoft Unifiedのトレーニングを受けたDXプロが牽引するデジタル人材育成の取り組みは、日本企業におけるDX推進のモデルケースとして注目されます。
今後は生成AI(Microsoft 365 Copilotなど)の活用も視野に入れた次のステージに移行し、さらなるデジタル活用による価値創造が期待されています。
本記事は、JR東日本の事例を基に作成しています。DX推進に取り組む他企業にとっても参考になる点が多いでしょう。特に、全社的なデジタル人材育成とノーコード/ローコードプラットフォームを活用した内製開発の推進方法は、多くの企業が直面する共通課題です。