野村グループ、生成AIを活用してコンプライアンスを強化、広告レビューを加速、グローバルオペレーションを最適化
https://aws.amazon.com/jp/solutions/case-studies/bedrock-nomura/
目次
- はじめに:金融業界における生成AIの可能性
- 金融業界が直面する課題と生成AIの役割
- 野村グループの「Core AI」プラットフォーム構築
- 事例:広告審査AIの開発と運用
- アイディエーションアクセラレーターと今後の展望
- まとめ:金融業界における生成AI活用の意義
はじめに:金融業界における生成AIの可能性
金融業界はデータ駆動型の意思決定が求められる分野であり、膨大な情報処理と分析が必要とされてきました。近年、生成AIの急速な発展により、これらの業務プロセスが劇的に変化しつつあります。特に2022年末からのGenerative AI革命は、金融機関における業務効率化やサービス革新に大きな可能性を提示しています。
1925年の設立以来、世界30カ国以上で事業を展開し、約2万7000人の社員(うち90カ国以上の国籍)を抱える野村グループは、「金融資本市場の力で世界と共に挑戦し、豊かな社会を実現する」というパーパスのもと、生成AIを活用した業務変革に取り組んでいます。
本記事では、野村グループが構築した生成AIプラットフォーム「Core AI」と、その具体的な適用事例である広告審査AI、そして今後の展望について紹介します。
金融業界が直面する課題と生成AIの役割
金融業界では、日々膨大な情報を処理し、分析し、意思決定を行う必要があります。市場データ、企業情報、規制情報など、多岐にわたる情報源から価値ある洞察を抽出し、適切な判断につなげることが求められています。
金融機関の主な課題
- 情報処理の効率化: 膨大な情報から重要なポイントを抽出し処理する時間の削減
- コンプライアンス対応: 複雑化する金融規制への迅速かつ正確な対応
- グローバルオペレーション: 多言語・多地域にまたがる業務のシームレスな連携
- 専門知識の共有と活用: 組織内の専門知識の効率的な共有と活用
生成AIがもたらす可能性
生成AIは、これらの課題に対して以下のような貢献が期待されています:
- 情報の要約・分析による意思決定支援
- 法令遵守のための文書審査の自動化・効率化
- 多言語処理による国際業務のサポート
- 暗黙知の形式知化と組織的な活用
野村グループでは、これらの可能性を追求するために、デジタルカンパニーを中心としたAI戦略を展開しています。
野村グループの「Core AI」プラットフォーム構築
野村グループは、2022年にデジタルカンパニーを設立し、グループ全体のデジタルトランスフォーメーションを推進してきました。デジタルカンパニーでは以下の3つの戦略を掲げています:
- デジタルサービスの提供: 革新的なデジタルサービスを顧客に提供
- デジタルアセットビジネスの拡大: STO(Security Token Offering)などデジタルアセットビジネスの拡大
- ネクストビジネスの創出: AI等の先端技術を活用した次世代ビジネスの創出
特に3つ目の「ネクストビジネスの創出」の一環として、生成AIプラットフォーム「Core AI」の構築が2023年から進められてきました。
Core AIの構想と設計思想
Core AIは、進化する生成AI技術を効果的に活用するための社内プラットフォームとして構想されました。2023年7月に基本構想が策定され、以下の3つの方針に基づいて設計されています:
- マルチLLMの活用: 用途に応じて最適なLLM(大規模言語モデル)を使い分ける
- 事実実行型AI: AIが自律的にタスクを実行するエージェント機能
- マルチモーダル対応: テキスト以外のデータ形式(画像・音声等)も扱える機能
この構想は、生成AIの進化の段階を見据えたものです。現在は人間の五感相当の機能がAIに備わりつつある段階であり、将来的には人間を超える能力を持ったAIへと進化していくだろうという展望に基づいています。
マルチLLMオーケストレーションの実装
Core AIのアーキテクチャは、以下のような層構造で設計されています:
- クラウド層: マルチクラウド環境(AWS等)
- データ層: 全社データ(Snowflake等)
-
AI層:
- コア層: マルチLLM制御、AIオーケストレーション機能
- スキル層: プロンプト、ネイティブコード、モデル等
- フロントエンド層: ユーザーインターフェース
特に重要なのが「オーケストレーション層」の機能です。ユーザーからのリクエストを受け取ると、サブタスクに分解して実行計画を作成し、適切なスキルを呼び出しながら処理を進めます。処理結果は再利用可能なスキルとして蓄積され、システム全体の知能を高めていく設計になっています。
AWSとの協働によるプロトタイピング
Core AIの構想を実現するために、野村グループはAWS(Amazon Web Services)のGenerative AI Innovation Centerと協働し、プロトタイプ開発を進めました。プロジェクトは以下のステップで進行しました:
- ディスカバリーワークショップ: ユースケースの特定と要件定義
- プロトタイピングプログラム: AWSによるプロトタイプ開発支援
- ハンドオーバー: ソースコードの引き渡しと社内開発への移行
特にAmazon Bedrockを活用することで、Claude等の先進的な生成AIモデルを安全かつ効率的に利用できる環境が整備されました。初期のプロトタイプでは、ステップファンクション、SQS、Lambda等のAWSサービスを組み合わせて、非同期処理を実現する仕組みが構築されました。
事例:広告審査AIの開発と運用
Core AIを活用した最初のユースケースとして、金融商品の広告審査業務の効率化が選ばれました。これは規制対応とリソース最適化の両面で大きな効果が期待できる業務でした。
金融広告審査業務の課題
金融商品取引業者として、野村グループは顧客向けの資料や広告宣伝物を配信する前に、法令に基づく厳格な審査が求められます。この広告審査業務には以下のような課題がありました:
- 業務量: 月に数百件の審査依頼が発生
- 複数回の修正: 一度で審査が通らないケースも多く、繰り返し作業が発生
- 人材確保: 金融商品知識と制度理解を持つ審査担当者の不足
これらの課題に対して、生成AIを活用した解決策の開発が進められました。
AIによる解決アプローチ
広告審査AIは、以下のようなプロセスで開発されました:
- 業務要件の洗い出し: 審査プロセスの詳細な分析と要件定義
- AIと従来処理の切り分け: AIで自動化すべき部分と人間が担当すべき部分の切り分け
- UI/UX設計: ユーザーフレンドリーなインターフェースの設計
- モデル選定とプロンプト開発: Claude等のモデルを利用したプロンプト設計
開発されたシステムは、ユーザーが審査対象物(PDF等)をアップロードすると、AIが自動的にチェックプランを提案し、選択されたプランに基づいて審査を実行します。文法チェック、誇大表現の検出、断定的判断の検出、日本証券業協会のガイドラインとの整合性チェックなど、多岐にわたる審査項目が自動化されました。
システムアーキテクチャと実装
広告審査AIのシステムアーキテクチャは、以下のような構成で実装されました:
- インフラ: AWS ECS Fargate上のコンテナ
- アプリケーション: SPA、Webサーバー、審査コンテナ
- LLM: Amazon Bedrock(オレゴンリージョン)のClaude
- データベース: DynamoDB
- 非同期処理: Step Functions、Lambda
- ログ管理: S3によるプロンプト・コンプレーション全ログの保存
- 認証: 社内AD認証
特にVPCピアリングを使ってオレゴンリージョンのBedrock APIに接続する点は、最新モデルへのアクセスを確保するための工夫です。また、プロンプトからコンプレーションまでの全ログをS3に保存し、Snowflake上でデータとして活用できる設計になっています。
精度向上のためのプロンプトエンジニアリング
広告審査AIの開発過程では、モデルの精度向上が大きな課題でした。特に金融広告の審査という専門性の高い業務では、高い精度が求められます。精度向上のために以下のような取り組みが行われました:
- モデルバージョンアップの活用: Claude 2から2.1、Sonnet、Opusへと順次アップグレード
- XML形式でのプロンプト記述: Claudeの学習特性を考慮した形式
- 言語選択の最適化: Claude 3では日本語の精度が向上し、英語プロンプトが不要に
特に注目すべきは、モデルのバージョンアップが精度向上に最も大きく寄与した点です。Claude 2では業務利用に耐えなかったものが、Claude 3 Opusでようやく本番利用可能なレベルに達しました。これは生成AIの進化速度の速さを示すと同時に、適切なモデル選択の重要性を示しています。
アイディエーションアクセラレーターと今後の展望
広告審査AI以外の取り組みとして、「アイディエーションアクセラレーター」の開発も進められています。これは複数のLLMを活用して効率的にアイデア創出とプランニングを支援するサービスです。
マルチペルソナによるアイデア創出
アイディエーションアクセラレーターは以下のような機能を持ちます:
- 複数のLLMに異なるペルソナ(専門家役割)を設定
- 多角的視点からのアイデア出しを実施
- AIによる意見の取りまとめ
- 最終的に仮想プレスリリース形式でアウトプット
これにより、アイデアの初期段階からプレスリリースの形にするまでのプロセスが数分で完了します。従来のブレインストーミングやアイデア取りまとめにかかる時間を大幅に短縮し、創造的な業務の効率化が期待できます。
Core AIの進化の方向性
野村グループでは、Core AIの今後の進化について以下の3つの方向性を検討しています:
- マルチエージェント: AI同士が協働して複雑なタスクを実行
- プロアクティブAI: ユーザーの状況を先読みして先回りした支援を行う
- インタラクションの進化: テキスト以外の方法(映像・音声等)での情報交換
特に「プロアクティブAI」は、ユーザーのカレンダーや予定表から次の行動を予測し、事前に必要な情報やタスクを準備するといった、より知的なアシスタント機能の実現を目指しています。また、リモートデスクトップの操作画面や現実世界のビデオ映像をリアルタイムでAIに送ることで、より状況に応じた支援を可能にする構想も進んでいます。
まとめ:金融業界における生成AI活用の意義
野村グループの生成AI活用事例から、金融業界における生成AIの意義と可能性について、以下のようなポイントが見えてきます:
-
業務効率化の実現:
広告審査業務などの専門性の高い業務でも、適切なモデル選択とプロンプト設計により高い精度での自動化が可能になりつつあります。 -
プラットフォーム思考の重要性:
個別のユースケースだけでなく、Core AIのようなプラットフォームを構築することで、様々な業務での応用が容易になります。 -
モデル進化の速さへの対応:
Claude 2から3へのアップグレードで大きく精度が向上したように、急速に進化するAIモデルに柔軟に対応できる設計が重要です。 -
協働のエコシステム:
AWSのGenerative AI Innovation Centerとの協働など、外部パートナーとのエコシステムを構築することで、先端技術の導入を加速できます。
野村グループでは、今後もCore AIプラットフォームを柔軟に進化させながら、より多くの業務に生成AIを適用し、業務効率化とサービス革新を進めていく予定です。金融業界全体としても、生成AIの活用は1990年代のインターネット革命に匹敵するビジネス変革をもたらす可能性があり、今後10年以上にわたって生産性向上の原動力となることが期待されています。
世界中の情報を処理し、適切な判断につなげる金融ビジネスにおいて、生成AIは単なる業務効率化ツールを超えた、本質的な競争力の源泉となる可能性があります。野村グループの取り組みは、その先駆的な事例として、多くの金融機関にとって参考になるでしょう。
本記事は野村グループの事例に基づいていますが、生成AI技術は急速に進化しており、実装方法や成果は時期によって変化する可能性があります。最新の情報については各企業の公式発表をご確認ください。