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Google: AIエージェント開発の現在地。マルチエージェント設計・実装・デバッグの勘所と主要パターン別トレードオフ

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この記事は、Google Cloudのポッドキャスト「The Agent Factory」のエピソード2「Multi-agent systems: concepts & patterns」の内容を基にした記事です。

目次


Part 1: AIエージェント開発の新たな潮流

このパートでは、AIエージェント開発における最新のパラダイムシフトと、それに伴う新しい概念について解説します。Software 3.0という考え方から、コンテキストエンジニアリングの重要性、そして業界の具体的な動向までを概観します。

Chapter 1: Software 3.0時代の到来

【コアメッセージ】 ソフトウェア開発は、自然言語プロンプトでLLMをプログラムする「Software 3.0」という新たな時代に突入しています。

Section 1.1: プログラミングパラダイムの進化

ソフトウェア開発の歴史は、パラダイムの進化の歴史とも言えます。

  • Software 1.0: 人間がPythonやC++などのプログラミング言語で明示的な命令を記述する、伝統的なコーディング。
  • Software 2.0: ニューラルネットワークの重みを最適化することで、ソフトウェアの動作を学習させるアプローチ。人間はコードではなく、アーキテクチャとデータを設計します。
  • Software 3.0: 大規模言語モデル(LLM)を一種の新しいOSと捉え、自然言語のプロンプトを用いてプログラムする新しいパラダイム。開発者は目標を定義し、コンテキストを提供することで、LLMに「どのように」タスクを達成させるかを委ねます。

Section 1.2: LLMは新たなOSである

Software 3.0の概念では、LLMは単なるツールではなく、コンピュータのOSのような中心的な役割を担うと考えられます。

  • CPUとして機能するLLM: 推論能力の中核を担います。
  • RAMとして機能するコンテキストウィンドウ: 一時的な作業領域として、LLMがタスクを遂行するために必要な情報を保持します。

この比喩は、LLMベースのシステムを設計する上で非常に重要な示唆を与えます。つまり、限られた「RAM」(コンテキストウィンドウ)をいかに効率的に管理するかが、システム全体のパフォーマンスを左右する鍵となります。

Chapter 2: コンテキストエンジニアリング:新時代の必須スキル

【コアメッセージ】 コンテキストエンジニアリングは、プロンプトエンジニアリングを超え、限られたコンテキストウィンドウを戦略的に管理するための不可欠な技術体系です。

Section 2.1: コンテキストウィンドウという挑戦

LLM(CPU)の性能が向上する一方で、その作業領域であるコンテキストウィンドウ(RAM)は依然として貴重で限定的なリソースです。ユーザー入力、ファイル、ドキュメント、ツールからの出力など、様々な情報源がこの限られたスペースを奪い合います。このボトルネックを解消し、適切な情報を適切なタイミングでLLMに提供する技術が「コンテキストエンジニアリング」です。

Section 2.2: 3つの主要戦略

コンテキストエンジニアリングには、主に3つの戦略が存在します。

  1. 圧縮 (Compression) 🤏:
    • 目的: コンテキストを要約し、重要な事実のみを抽出して情報密度を高めます。
    • 手法: 要約技術を用いて、長い会話履歴やドキュメントを短縮します。
  2. 分離 (Isolation) 🛡️:
    • 目的: 各サブエージェントにタスク遂行に必要なデータとスキーマのみを渡し、ノイズを削減します。
    • 効果: 無関係な情報によるLLMの混乱を防ぎ、タスクへの集中を促します。
  3. 永続化 (Persistence) 💾:
    • 目的: 過去の会話や知識をVector DBなどに保存し、長期的な記憶として活用します。
    • 手法: 関連性や最新性に基づいて必要な情報を検索・取得し、コンテキストに追加します。

これらの戦略を組み合わせることで、限定されたコンテキストウィンドウを最大限に活用し、エージェントのパフォーマンスを向上させることが可能になります。

Chapter 3: 業界の最新動向

【コアメッセージ】 Gemini CLIやA2Aプロトコルのような新しいツールや標準化の動きは、エージェント開発のエコシステムを急速に成熟させています。

Section 3.1: Gemini CLI:ターミナル上の強力な相棒

GoogleがリリースしたGemini CLIは、開発者のための強力なツールです。

  • 機能: ターミナルから直接Geminiの能力を活用できます。コードベースの理解、バグ修正、複雑なGitコマンドの補助など、多岐にわたるタスクを支援します。
  • 特徴: ローカルツールやMCP(Model-Centric Platform)サーバーと連携可能で、その能力は無限に拡張できます。これは、特定のタスクに特化した「専門エージェント」の好例と言えるでしょう。

Section 3.2: A2Aプロトコル:エージェント間連携の標準化へ

GoogleがLinux Foundationに寄贈したA2A (Agent-to-Agent)プロトコルは、マルチエージェントシステムの相互運用性を高めるための重要な一歩です。

  • 目的: どの開発者が構築したかに関わらず、AIエージェント同士が通信するための標準的なオープンな方法を確立します。
  • エコシステム: A2A Inspectorのようなデバッグツールも提供されており、開発者がA2Aベースのシステムを容易に構築・デバッグできる環境が整備されつつあります。

Part 1 まとめ

Software 3.0という新しい開発パラダイムの中で、LLMをOSのように捉え、その限定的なメモリであるコンテキストウィンドウを「コンテキストエンジニアリング」によって効率的に管理することが、高性能なAIエージェントを開発する上での鍵となります。Gemini CLIやA2Aプロトコルのような業界の動向は、この新しい時代のエージェント開発をさらに加速させるでしょう。


Part 2: マルチエージェントシステムの設計と実践

このパートでは、シングルエージェントとマルチエージェントのアーキテクチャを比較し、どのような場合にマルチエージェントが有効かを考察します。さらに、マルチエージェントシステムを構築するための具体的な設計パターンを、図解を交えて詳しく解説します。

Chapter 4: シングルエージェント vs マルチエージェント

【コアメッセージ】 単純なタスクにはシングルエージェントが適していますが、複数の専門スキルを要する複雑なタスクでは、マルチエージェントアーキテクチャが優れたパフォーマンスと回復力を発揮します。

Section 4.1: アーキテクチャの比較

シングルエージェントとマルチエージェントは、それぞれ異なる利点と課題を持っています。

項目 👤 シングルエージェント 👥 マルチエージェント
概要 単一のLLMが全ての推論、計画、行動を実行 複数のエージェントが協調、連携、専門化して動作
利点 - 実装が容易
- アーキテクチャが単純
- 特定タスクに特化したエージェントを利用可能
- 効率性を向上
課題 - 実行ループでスタックしやすい
- 複数のツールを扱う性能が低い傾向
- セットアップと維持がより複雑
- 焦点の喪失や重要情報の欠落リスク

Section 4.2: いつマルチエージェントを選択すべきか?

LangChainのベンチマーク研究によると、シングルエージェントシステムは、扱うツールやドメイン(専門領域)が増えるにつれて、パフォーマンスが低下する傾向が見られます。これは、単一のエージェントが多くのスキルを同時にこなそうとすると、人間と同様に「圧倒されてしまう」ためです。

したがって、複数の明確に異なるスキルセットを必要とするタスクに直面した場合、それはシングルエージェントにさらに多くの仕事をさせるのをやめ、専門家チーム、すなわちマルチエージェントシステムを構築する良いタイミングと言えるでしょう。

Chapter 5: マルチエージェントの主要な設計パターン

【コアメッセージ】 マルチエージェントシステムには、スーパーバイザー、決定論的フロー、スウォームという3つの主要なパターンカテゴリがあり、それぞれに特有のトレードオフが存在します。

Section 5.1: パターン概要

マルチエージェントシステムを構築する際には、いくつかの確立された共通パターンが存在します。これらは大きく3つのカテゴリに分類できます。

Section 5.2: スーパーバイザーパターン

このパターンは、マネージャーや監督者のような役割を持つ「スーパーバイザーエージェント」が、他の「ワーカーエージェント」にタスクを委任する階層的な構造を取ります。

  • ルーター / スーパーバイザー (1対1):
    スーパーバイザーが、状況に応じて適切なワーカーエージェントを1つ選択し、タスクを委任します。会話の流れによって次にどエージェントが呼ばれるかが変わる、動的なフローです。

  • パラレル / スーパーバイザー (1対多):
    スーパーバイザーが、同時に実行可能な複数のタスクを、それぞれのワーカーエージェントに並行して委任します。これにより、処理速度を向上させることができます。

Section 5.3: 決定論的フローパターン

このパターンは、エージェント間のやり取りが事前に定義された順序で行われる、より伝統的なプログラミングに近いアプローチです。

  • シーケンシャル (逐次):
    エージェントが組立ラインのように、事前に決められた順番で一つずつタスクを処理します。

  • サーキュラー (循環):
    エージェントがループを形成し、反復的な改善を可能にします。例えば、Coderエージェントが書いたコードをTesterエージェントがテストし、失敗した場合はフィードバックをCoderエージェントに戻す、といったサイクルを構築できます。

Section 5.4: スウォームパターン

このパターンでは、明確な階層構造がなく、全てのエージェントが互いに通信できます。

  • ダイナミック / スウォーム (多対多):
    エージェントが集合知のように振る舞い、協力して問題を解決します。あるエージェントが行き詰まった場合、他のエージェントが助けに入ることができます。
    • 利点: 柔軟性と回復力が高い。
    • 課題: 制御が難しく、慎重な設計をしないとカオスに陥る可能性があります。これは、コントロールよりもコラボレーションを重視するモデルです。

Chapter 6: 実践例:データ分析エージェント

【コアメッセージ】 スーパーバイザーパターンを応用することで、ビジネス上の質問に対してSQL生成、データ可視化、解釈を自動で行う高度なデータ分析エージェントを構築できます。

Section 6.1: アーキテクチャの紹介

ここでは、スーパーバイザーパターン(ルーター型)を利用したデータ分析エージェントのアーキテクチャを紹介します。

Section 6.2: 動作フローの解説

ユーザーが「リードコンバージョンのトレンドを見せて」と質問した場合のフローは以下のようになります。

  1. Orchestration Agentがユーザーの質問を受け取ります。
  2. Business Analyst Agentにタスクを委任し、質問を解釈させ、分析計画を立てさせます。
  3. 計画に基づき、Data Engineer AgentにSQLの生成を委任します。
  4. 生成されたSQLが実行され、データが取得されます。
  5. 取得したデータをBI Engineer Agentに渡し、チャートを生成させます。
  6. 最終的に、Orchestration Agentがチャートと解説をユーザーに提示します。

このように、各エージェントが自身の専門性を発揮することで、複雑なタスクを協調して解決します。


Part 2 まとめ

シングルエージェントは単純なタスクに、マルチエージェントは複雑なタスクに適しています。マルチエージェントシステムを設計する際は、スーパーバイザー、決定論的フロー、スウォームといったパターンを理解し、解決したい問題の特性(動的か静的か、並列処理の可否など)に応じて最適なものを選択することが重要です。


Part 3: マルチエージェントシステムのデバッグと可観測性

このパートでは、特にクラウド環境でマルチエージェントシステムを運用する際の大きな課題であるデバッグと、その解決策としての「可観測性(Observability)」について掘り下げます。

Chapter 7: クラウド環境におけるデバッグの課題

【コアメッセージ】 マルチエージェントシステムをクラウドにデプロイすると、各エージェントの意思決定プロセスがブラックボックス化し、デバッグが非常に困難になります。

開発者が直面する問題は、「どの委任が、どのような理由で、どのツールによって行われたのか」という可視性を得ることが難しい点にあります。ローカル環境では追跡できても、クラウド上ではその追跡が困難になりがちです。

Chapter 8: 可観測性(Observability)の重要性

【コアメッセージ】 可観測性を確保するためには、エージェントの意思決定プロセスを「トレース」として記録し、各ステップを透明化することが不可欠です。

Section 8.1: エージェントトレースの3つの要素

効果的なデバッグのためには、エージェントの思考プロセスを追跡する「エージェントトレース」を記録することが重要です。トレースには、少なくとも以下の3つの要素を含めるべきです。

  1. タスク (The Task) 📝:
    • エージェントが受け取ったタスクの内容、解釈、そしてどのようにサブタスクに分解したか。
  2. 委任 (Delegation) 🤝:
    • どのサブエージェントやツールに委任したか、そしてその選択に至った推論プロセス。
  3. サブエージェントの出力 (Sub-agent Output) 📤:
    • 委任されたサブエージェントからの出力と、それをスーパーバイザーがどのように解釈したか。

Section 8.2: トレースとスパンの概念

可観測性の文脈では、「トレース」と「スパン」という用語が重要になります。

  • トレース (Trace): あるリクエストの最初から最後までの全体的な処理フロー。
  • スパン (Span): トレースを構成する個々の作業単位。スパンは入れ子構造(ネスト)にすることができ、親子関係を持つことで処理の依存関係を表現します。

この図では、「旅行予約」全体が1つのトレースであり、「フライト検索」や「ホテル検索」がそれぞれスパンに該当します。

Section 8.3: 具体的なツールとサービス

幸いなことに、可観測性を実現するためのツールやサービスは数多く存在します。

  • Google Cloud: Cloud Trace Explorer などのサービスが利用できます。
  • オープンソース: OpenTelemetry のようなライブラリは、特定のベンダーに依存しないトレーシングを実現します。
  • フレームワーク: ADK (Agent Development Kit) のように、フレームワーク自体にトレーシング機能が組み込まれている場合もあります。

これらのツールを活用し、エージェントの意思決定プロセスを透明化することが、複雑なマルチエージェントシステムの開発と運用を成功に導きます。


Part 3 まとめ

マルチエージェントシステムのデバッグは困難ですが、「可観測性」を確保することで克服可能です。エージェントの思考プロセスをトレースとスパンの概念で捉え、Cloud Traceのようなツールで可視化することにより、問題の特定と解決が格段に容易になります。


まとめ

本記事では、AIエージェント開発の最前線にある「マルチエージェントシステム」について、その基本的な概念から実践的な設計パターン、さらにはデバッグ手法に至るまでを包括的に解説しました。

  • Software 3.0コンテキストエンジニアリングは、現代のエージェント開発を理解する上での基礎となります。
  • シングルエージェントマルチエージェントのトレードオフを理解し、タスクの複雑さに応じて適切なアーキテクチャを選択することが重要です。
  • スーパーバイザー決定論的フロースウォームといった設計パターンは、システム構築の強力な指針となります。
  • 可観測性の確保は、複雑なシステムを安定して運用するための生命線です。

これらの知識とツールを活用することで、より堅牢で高性能なマルチエージェントシステムを構築することが可能になるでしょう。今後のエージェント開発の進化から目が離せません。

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