背景
大学の授業で「二人零和有限確定完全情報ゲーム」について学んだ時に、教授が「モノポリーみたいに、胴元がプレイヤーにお金を配ることによって、得失点の和が0にならないゲームは零和ゲームではないんですよ」的なことを言っていたので、授業後に「零和ゲームは過程は問わず結果のみを見るものである」と反論したところ、「そこは関係ないよ、大丈夫かw」って感じで言われて悔しかったので記事を書きます(教授はいい人です)。ほぼ僕と教授のための記事に皆さんを巻き込んでるんですが、ゲーム理論について興味がない人にもわかりやすく書いたつもりですので、最後まで読んでいただければ幸いです。
結論から言うと、モノポリーは零和ゲームです。以下に理由を示します。
まずは、モノポリーの超ざっくりとしたルール
モノポリーは2~8人で行うことができるゲームで、簡単に言うと
ゲーム内でお金のやり取りをして、破産せずに最後まで生き残った人が勝者。破産した順番に順位がつけられる。
お金がもらえるイベントがある。←重要
といったルールになります。
そもそも「零和ゲーム」とは
上記に出た「二人零和有限確定完全情報ゲーム」には、将棋やチェスなどのゲームが当てはまります。詳しくは「二人零和有限確定完全情報ゲームのつくりかた」を読んでいただければと思います。
さて、ここでは「零和ゲーム」について取り上げます。
零和ゲームとは、ゲームの理論において,プレーヤーの正負利得の和が常にゼロになるゲームをいう。(コトバンク)
簡単に言うと、「アドバンテージを得た場合、それと同量のディスアドバンテージが誰かにふりかかる」ゲームのことを指します。
「零和ゲーム」の落とし穴
実はここには大きな落とし穴が潜んでいます。例として将棋を考えてみましょう。
仮に自分が飛車を一枚取ったなら、相手は飛車を一枚取られたことになる。この時、双方の損得の和は「飛車 +(−飛車)=0」であるため、将棋は零和ゲームである。
世の中には、零和ゲームを上記のように認識している方が多いように思います。しかしこれは、厳密に言うと間違いです。理由の説明のために、二つ目の例としてオセロを挙げたいと思います。
オセロで相手の石を3枚返した場合、自分の石は3枚+置いた1枚増え、相手の石は3枚減るため、4+(−3)=1となる。よってオセロは零和ゲームでない…?
上記は大きな誤りです。オセロは零和ゲーム、それもれっきとした二人零和有限確定完全情報ゲームに分類されています。確かに石の数だけ見れば和が0になっていませんが、なぜオセロは零和ゲームに分類されているのでしょうか。それは、零和であるのは「石の数」ではなく「評価値」であるからです。
やりとりはあくまで「評価値」で行われる
評価値とは何か
上のセクションで「評価値」という言葉が出てきました。これは簡単にいうと「自分がどれくらい有利か」を表すものです。
下の画像のような数字のことを評価値と呼びます。この評価値は試合の中で変動し、勝敗が決定した時(将棋で言うと詰みの状態)に値が上限値に振り切るようになっています。画像ではAIによる評価値が記載されていますが、ここでの評価値の話でAIは全く関係ないので、単に勝ちやすさの数字だと考えていただければ大丈夫です。
下の画像において、評価値の和は「-252 + 252 = 0」と零和になっています。
ここで注目していただきたいのが、「評価値は毎ターン、毎アクションごとに更新されていく」と言う点です。将棋には駒を取る手と取らない手の二種類が存在しますが、そのどちらにおいても評価値は更新されます。つまり、駒を取らない手によって評価値が大きく変わる場合もあれば、駒を取っても評価値がほとんど変わらない場合もあります。将棋というゲームにおいて、駒を取るか取らないかは、評価値の観点から見るとそこまで重要なファクターではないのです。
さて、ここで上記の例に戻ってみましょう。
仮に自分が飛車を一枚取ったなら、相手は飛車を一枚取られたことになる。この時、双方の損得の和は「飛車 +(−飛車)=0」であるため、将棋は零和ゲームである。
以上の文章は、「飛車に価値付けをしている」点において誤りです。実は将棋における飛車自体には価値はなく、価値があるのは「飛車を取る手」の方なのです。将棋において、上記の式の和が0になることは単なる偶然であり、そうならないゲーム(チェスなど)の方が圧倒的に多いです。
チェスの例
チェスには将棋と異なり持ち駒という概念がありません。つまり、仮に自分が相手のナイト🐴を一つ取ったとしても、自分はそのナイトを使うことができないのです。この場合の式は「0+(-🐴)= -🐴」となり、和はゼロになりません。オセロの場合も同じです。オセロというボードゲームにおいて、序盤、中盤の石の枚数はほとんど勝敗に影響しません(どこに石があるかが重要)。つまり、形勢に影響しない増えた石と減った石の計算など、全くもって無意味だったのです。
以上の項目をまとめると、「零和ゲームにおいて零和になるのは評価値であり、決して内部の数値などでは無い」となります。この事実を踏まえて、次のステップに進みます。
胴元から資源が与えられる場合の処理
これまで挙げたゲーム(将棋、チェス、オセロなど)は、外部からの介入は存在しませんでした。ランダムでどちらかのプレイヤーに飛車が4枚与えられる将棋とかあったら嫌ですもんね(それはそれで楽しそうですが)。
ここからは、プレイヤーとは別に胴元(ゲームマスターのようなもの)がいる場合を考えていきます。ここでの胴元は実際の人でも構いませんし、単なるシステム上のものでも構いません。
モノポリーにおいては、ある特定の行動によってお金がもらえる場合があります。このお金は、他のプレイヤーではなく、誰のものでも無い部分(UNOでいう山札のようなところ)から取っていきます。ここでは例として、極度に単純化した図で考えてみましょう。
上図のように、Aくん、Bさん、Cくん、Dさんの4人でモノポリーを行う場合を考えます。全員が最初の所持金として10万円を持っています。
ゲームがスタートし、いきなりAくんが20万円をゲットしたとしましょう。
これはAくんにとっては大きな喜びです。しかし他の人から見るとどうでしょうか。Aくんが得た利益など自分には関係ないから、自分には関係ない…
というわけにはいきません。最初から荒稼ぎをしてしまったAくんは、このゲームにおいて全員の目の敵にされ、集中的に狙われることとなるでしょう。
上記の例を評価値ベースで考えると、A君の勝ちやすさは上がったものの、Bさん、Cくん、Dさんの勝ちやすさは下がりました。A君しか金額が変わっていないのにもかかわらずです。
つまりモノポリーは誰かの利益が自分の損失になることが極めて多いゲームであり、これがモノポリーが零和ゲームたる所以です。もしモノポリーが零和ゲームでなければ、全員に20万円配れば全員ハッピー…なんてことになってしまいます。
零和ゲームと非零和ゲームの違い
ここまでの話を聞くと、世の中のほとんどのゲームが零和ゲームであると考えられます。実際、市販され市場に出回っているボードゲームはほとんどが零和ゲームであり、零和でないゲーム(非零和ゲーム)を探すことは非常に難しいです。
非零和ゲームの代表例として、囚人のジレンマが挙げられます。詳しい説明は省きますが、二人のプレイヤーが最適な選択肢をとった結果、お互いの利益が最大にならなくなってしまうというジレンマです。この囚人のジレンマとモノポリーの違いはどこにあるのでしょうか?それは、ゲームが出力する「結果」にあります。
ゲーム結果を「関数の出力」として考える
ちょっとプログラミングや数学の話になってしまいますが、ゲームの結果を「関数の出力」として考えると非常にわかりやすいです。
結論から書くと、「ゲームを行った際、プレイヤーが得る出力が順位であれば零和ゲーム、そうでないものが入っていた場合は非零和ゲーム」と考えれば問題ないです。モノポリーの場合、誰かの得が誰かの損になり、最終的に順位が決定されます。これは出力が順位のみであるため零和ゲームになりますが、囚人のジレンマの場合、出力は順位や勝敗ではなく、収監される年数となります。相手がどのような罰を受けたかが直接的には関係がないため、非零和ゲームに分類されます。
また、戦争のように「勝敗は決まるが、結果にそれ以外の要素も介入する」ゲームも非零和ゲームに分類されます。A国がB国に戦争で勝利したものの、A国が100億円の損害、B国が500億円の損害を被り、結果的にどちらも損をする、といったケースが存在するためです。
例外
上記の定義には実は例外があります。
- 例えば麻雀において、プレイヤー4人が25000円を支払い、最終的に残った点棒の分だけお金が戻ってくるというようなルールの場合、出力はお金ですが、25000 × 4 = 100000円が過不足なくプレイヤー全体に行き渡っているため、これは零和ゲームに当たります(オーラスで残ったリーチ棒は回収しないというルールであれば非零和)。
- モノポリーにおいても、一定額を事前に支払い、最終的なゲーム内の持ち金に応じて賞金が支払われるというルールであれば、非零和ゲームになります。
もちろん上記の行為は違法行為なので、絶対にしないようにしてください💰
終わりに
モノポリーは零和ゲームか否かについて友人に話したところ、この記事を書き終えそうなタイミングで、その友人が以下のような文献を探し出してくれました。
モノポリーとは、(中略)技量の他にダイスなど運の要素も含まれるn人零和完全情報ゲームである。 -野中俊一郎 (1998).
この論文にもあるように、モノポリーは零和ゲームの一種であることが学術的に証明されています。
参考文献
野中俊一郎 (1998). 「モノポリー」の思考アルゴリズムのための一検討, 情報処理学会研究報告. MPS, 数理モデル化と問題解決研究報告, 18, 43 - 48