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Common Lispで遅延評価を実装しよう

Last updated at Posted at 2020-04-23

はじめに

この記事はCommon Lispで純粋な関数型プログラミングをしようと考えた筆者の試行錯誤の一部を共有するためのものです.**遅延評価(lazy evaluation)**は関数型プログラミングをする際には避けては通れず,何度も実装するうちに共有するに値する知見が得られたと考えたので記事を書くことにしました.
Common Lispで有名な遅延評価ライブラリといえばCLAZYなどが挙げられますが,実装はそれほど難しくなく,マクロ定義の練習問題としても優秀なタスクですから,マクロを知ったばかりのCommon Lisp中級者もぜひ一度は自分の手で実装してみると良いでしょう.
前提知識としてCommon Lispの基本的な文法と初歩的なマクロの定義を要求しています.この記事をマクロの入門記事として読むこともできます.

Common Lispと関数型プログラミング

しばしば「Common Lispは関数型言語の1つである」という主張がなされることがありますが,賛否両論のようです.確かに,C/C++,Java,Python,Scheme,OCaml,Haskellと一緒に並べてみたときにCommon Lispを関数型言語として分類したくなる気持ちもわかります.しかし,実際にコードを書いてみると,関数型のスタイルとはかけ離れたものになることは珍しくありません.Common Lispでは「極力関数型プログラミング」として次の規則が推奨されています.

  1. 再代入などの**副作用(side effect)**を使わずに済むならば使わない.
  2. 副作用でしかできない,または副作用によって可読性や効率が著しく向上する場合は使用する.
  3. 副作用を使用する場合,その影響は極力関数内で完結させる.

要するに,関数内で完結する場合に限り,再代入を許しているわけです.もっとも,これは原則に過ぎず,効率や可読性のために破るべき場面というのもあります.Common Lispは関数型プログラミングの規則にそれほど従順な言語であるとは言えないでしょう.実際,この記事のコードも再代入を駆使しています.このことは良くも悪くもCommon Lispの柔軟さを示しています.Common Lispは関数型言語であることよりも,拡張性を選んでいるのです.

「Common Lispは関数型言語ではありません」という結論で終わっても良いのですが,「Common Lispでも関数型プログラミングをやりたい」と思うこともあるでしょう.筆者がそうです.Common Lispの拡張性を信じて,関数型プログラミングのための枠組みを自作してみようという試みの1つが遅延評価の実装になります.

関数型プログラミングと遅延評価

遅延評価は関数型プログラミングにおいて重要な位置を占めています.「関数型プログラミング」が何を指すのかは議論の余地がありますが,ここではひとまず「再代入を許さないプログラミングスタイル」のことだと思えばよいでしょう.関数型プログラミングのメリットとデメリットや手続き型プログラミングとの比較についてはここではひとまず置いておきますが,遅延評価を効果的に使っていこうと考えるならばよく理解しておく必要があるでしょう.なぜなら,「遅延評価は関数型プログラミングにおいて効率的に永続的データ構造を扱う」ために必要不可欠な手法であるからです.このことを理解していなくてもこの記事を読むことはできます.
詳しく知りたい人は計算機プログラムの構造と解釈(SICP)の3.5節純粋関数型データ構造を読むことをオススメします.筆者は純粋関数型データ構造に登場するデータ構造をCommon Lispで実装でするために遅延評価の実装を始めたという経緯があります(実は最後まで読めていません).

サンク(thunk)

lambda

この記事の読者ならばlamdaのことはよくご存知でしょうし,好んで使っていることでしょう.実はlambdaはある意味で遅延評価を行っていると解釈することもできます.

次の例ではlambdaは2つの引数の和を返す関数を作っています.

(lambda (a b) (+ a b)) ; (+ a b)は未評価

lambdaの中には(+ a b)という式が含まれますが,この時点ではまだ評価されていません.この関数に引数が与えられて初めて(+ a b)は評価されるのです.それでは,次の例はどうでしょうか.

(lambda () (+ 2 7)) ; (+ 2 7)は未評価
(defparameter thunk (lambda () (+ 2 7))) ; (+ 2 7)は未評価
(funcall thunk) ; -> 9

この例でも1行目と2行目の(+ 2 7)は未評価になります.評価するために必要な情報は全て揃っているので評価しても良さそうなものですが,lambdaのルールに従い,関数を作った時点では評価は行われません.3行目のようにこの関数を無引数で呼び出すと(+ 2 7)が評価され,9が返ることになります.このように「評価に必要な情報が全て揃っているのに未評価なオブジェクト」のことを**サンク(thunk)**といいます.無引数のlambdaはサンクを作り出す構文であり,まさに遅延評価そのものなのです.

Common Lispに限らず,lambdaやそれと同等の構文が存在する言語でこの方法は有効です.(lambda () ...)で評価を遅延し,(funcall (lambda () ...))で遅延された評価を強制することができます.

(lambda () (+ 1 2 3)) ; (+ 1 2 3)は遅延されている
(funcall (lambda () (+ 1 2 3)) ; -> 6

無引数のlambdaで評価を遅延できるとはいえ,毎回(lambda () ...)と書くのは可読性の観点からオススメできません.もっと明示的に遅延を表現したいものです.こういうとき,まずは関数で実装できるか考えましょう.関数名はdelayが良さそうです.せっかくなのでサンクを評価する関数も作りましょう.関数名はforceとします.

(defun delay (expr)
  (lambda () expr))
(defun force (thunk)
  (funcall thunk))

こんな感じでしょうか.しかし,次の例を見れば失敗していることがわかります.

(defparameter thunk
  (delay (princ 10))
; => 10
; -> THUNK
(force thunk)
; -> 10

->は返り値,=>は標準出力の結果を意味しています.(delay (princ 10))の時点で10が出力されてしまっているようです.それもそのはず,Common Lispでは,関数は引数から先に評価されるのです.delayが関数である限り,(delay expr)では遅延する前にexprが評価されてしまうのです.

delayを関数として実装するのは失敗でした.でも大丈夫.Common Lispには強力なマクロがあるのですから.

マクロ

マクロとは何でしょう.一言で言えば「コードを評価前に書き換える機能」と表現できます.こう説明してしまうと他の言語でも同じことができそうなものですが,本物のマクロを備えているのはLispだけです.この記事でCommon Lispのマクロの真髄を説明し切ることはできないのですが,その片鱗は感じられるかもしれません.

Lispの重要な特徴として,カッコだらけの文法が挙げられます.Lispのことをよく知らない人にとっては煩わしい欠点として映るかもしれませんが,むしろこのカッコこそがLispに力を与えているのです.「カッコだらけの文法」を別の側面から見ると,「LispのコードはListのデータ(リストとアトム)である」ということができます.このことはeval関数が証明してくれています.

(eval '(+ 2 3)) ; -> 5
(defparameter x 10)
(eval 'x) ; -> 10

evalは引数として受け取ったリストやアトムをCommon Lispのコードとして解釈し,評価してくれる関数です.このような「言語のコードが言語のデータでもある」性質のことを**同図像性(homo-iconicity)**といいます.

マクロに話を戻しましょう.evalはデータをコードとして解釈する関数でしたが,マクロは反対にコードをデータとして解釈して書き換えます.マクロの評価は次のように行われると考えてください.

  1. (macro arg)は引数のコードargをデータ(リストまたはアトム)として読み出し,マクロ展開関数に渡す.
  2. マクロ展開関数は普通の関数と同じようにargを処理して値を返す.この処理は**マクロ展開(macro expand)**と呼ばれる.
  3. マクロ展開関数の返した値はCommon Lispのコードとして評価される.

delayマクロを定義しながらこのことを見ていきましょう.

(defmacro delay (expr)
  `(lambda () ,expr))

(defun force (thunk)
  (funcall thunk))

defmacroはマクロ展開関数を定義していると思ってください.delayのマクロ展開関数は,たとえばリスト(+ 2 3)をもらったらリスト(lambda () (+ 2 3))を返す関数であるようです.よって,(delay (+ 2 3))は次のように解釈できます.

  1. コード(+ 2 3)をリストとして読み出し,delayのマクロ展開関数に渡す.
  2. マクロ展開の結果,(lambda () (+ 2 3))が返る.
  3. (lambda () (+ 2 3))がコードとして評価される.

それではマクロ版delayが本当に評価を遅延しているのか確認してみましょう.

(defparameter thunk
  (delay (princ 10)))
; -> THUNK
(force thunk)
; => 10
; -> 10

=>は標準出力,->は返り値だと思ってください.ちゃんと評価が遅延しているのがわかります.
このdelayマクロはCommon Lispのマクロ定義としては非常に簡単な例です.他の言語でも実装できるでしょう.

ここまではlambdaで評価を遅延し,マクロを使ってlambdaを簡潔な表現にできることを見てきました.

メモ化

遅延評価はしばしば**メモ化(memoization)**とセットで語られます.次の例を見てみましょう.

(defparameter x (+ 3 9)) ; ここで評価
(defparameter y (delay (+ 3 9))) ; まだ評価されていない
(princ x) ; 既に評価されている
(princ (force y)) ; ここで評価
(princ x) ; 既に評価されている
(princ (force y)) ; ここで評価

評価を遅延しなかったxの場合は評価の回数は1回ですが,遅延したyの場合は(force y)のたびに評価されます.これでは処理の重い計算を遅延した際にコストが嵩んでしまいます.そこで,遅延評価にメモ化を導入し,一度評価された後はキャッシュを参照するように定義を変更しましょう.メモ化の実装方法にはいくつかの選択肢があります.ここではクロージャ,構造体,クラスを用いた実装方法を紹介します.3つの実装はパフォーマンス的にはそれほど変わらないはずので,状況に合わせて利用すると良いでしょう.

この記事では今まで(lambda () ...)のような無引数のlambdaをサンクと呼んできました.「メモ化されたサンク」のこともサンクと呼んで良いのですが,区別するために新しい用語として**プロミス(promise)**と呼ぶことにしましょう.サンクとプロミスは同じものを指すこともありますが,ここではあえて違うものとして扱います.

クロージャによる実装

**クロージャ(closure)とはレキシカル変数(lexical variable)を参照する関数のことです.クロージャとレキシカル変数は非常に興味深い概念ですが,ここではあまり踏み込まず,次のようにletの中にlambdaが含まれる式で作られる関数のことだと思いましょう.レキシカル変数は一種のローカル変数(local variable)**です.

(let ((n 10))
  (lambda (x) (+ n x)))

この式はxを受け取って(+ n x)を返す関数を返します.ただしnの値は10です.次の例はクロージャの面白い性質を示しています.

(let ((balance 100))
  (list (lambda () balance)
        (lambda (x) (setq balance (+ balance x)))
        (lambda (x) (setq balance (- balance x)))))

この式は3つのクロージャ(=let内の関数)のリストを返します.1つ目の関数は無引数でbalanceの値を返します.2つ目の関数は引数xをとり,balancexを足した値を代入します.3つ目の関数は引数xをとり,balanceからxを引いた値を代入します.面白い点は,3つのクロージャが同じ局所変数を参照しているという点です.このクロージャのリストは次のように振る舞います.

(defparameter account
  (let ((balance 100))
    (list (lambda () balance)
          (lambda (x) (setq balance (+ balance x)))
          (lambda (x) (setq balance (- balance x))))))

(funcall (first account)) ; -> 100
(funcall (second account) 10) ; -> 110
(funcall (first account)) ; -> 110
(funcall (third account) 40) ; -> 70
(funcall (first account)) ; -> 70

もちろん,この例は関数型プログラミングの範疇から逸脱しています.重要なのは3つの関数が同じbalanceという変数を共有しているということと,balanceが外からは見えないということです.この性質を応用すると,プロミス(=メモ化されたサンク)を作ることができます.

(let ((thunk (lambda () ...))
      (cache nil)
      (forced? nil))
  (lambda ()
    (unless forced?
      (setq cache (funcall thunk))
      (setq forced t))
    cache))

...には遅延させたい式が入ります.thunk(lambda () ...)に束縛されており,今までサンクと呼んできたものと一致しています.cacheは評価結果を入れておくための変数ですが,未評価の状態ではとりあえずnilに束縛されています.forcedは評価が行われたかどうかを記録しておくための変数なので,初期値はnilになります.この関数が呼び出されると,まずforced?の値が確認されます.forced?nilのときは未評価であることを意味しているので,thunkを読み出し,返り値をcacheに保存します.評価が行われたので,forced?の値もtに変更しておきます.そして,最後にcacheの値を返します.forced?nilでないときは途中のステップを飛ばしてただcacheの値を返します.さらに,thunkcacheforced?という変数たちは外からは決して見えないという点も重要です.

これを毎回書くのは(lambda () ...)を毎回書く以上に面倒です.前述した通り関数としてdelayを定義することもできません.こういうときはマクロでラップしてしまいましょう.

(defmacro delay (expr)
  `(let ((thunk (lambda () ,expr))
         (cache nil)
         (forced? nil))
     (lambda ()
       (unless forced?
         (setq cache (funcall thunk))
         (setq forced? t))
       cache)))

(defun force (promise)
  (funcall promise))

できました! ついでにforceも定義しましたが,プロミスはただの無引数の関数に過ぎないので,実質funcallと同じです.

本当にメモ化されているのか試してみましょう.

(defun fib (n)
  (if (<= n 1)
      1
      (+ (fib (- n 1)) (fib (- n 2)))))

(time (fib 40))
; => Evaluation took:
; =>   2.265 seconds of real time
; =>   2.257834 seconds of total run time (2.253533 user, 0.004301 system)
; =>   99.69% CPU
; =>   7,719,001,426 processor cycles
; =>   0 bytes consed
; -> 165580141

(time (delay (fib 40))
; => Evaluation took:
; =>   0.000 seconds of real time
; =>   0.000005 seconds of total run time (0.000005 user, 0.000000 system)
; =>   100.00% CPU
; =>   2,524 processor cycles
; =>   0 bytes consed
; -> 遅延された(fib 40)を意味する関数

(defparameter fib40 (delay (fib 40)))

(time (force fib40))
; => Evaluation took:
; =>   2.224 seconds of real time
; =>   2.224304 seconds of total run time (2.224304 user, 0.000000 system)
; =>   100.00% CPU
; =>   7,580,481,142 processor cycles
; =>   0 bytes consed
; -> 165580141

(time (force fib40))
; => Evaluation took:
; =>   0.000 seconds of real time
; =>   0.000005 seconds of total run time (0.000005 user, 0.000000 system)
; =>   100.00% CPU
; =>   4,902 processor cycles
; =>   0 bytes consed
; -> 165580141

確かに2回目の(force fib40)の呼び出しはメモ化のキャッシュを利用しているようです.

これでクロージャを使った遅延評価を実装できました.

構造体による実装

この節ではプロミスをthunkcacheforced?という3つのスロットをもつ構造体として実装します.早速実装しましょう.

(defstruct promise
  thunk cache forced?)

(defmacro delay (expr)
  `(make-promise :thunk (lambda () ,expr) :cache nil :forced? nil))

(defmethod force ((promise promise))
  (with-slots (thunk cache forced?) promise
    (unless forced?
      (setf cache (funcall thunk))
      (setf forced? t))
    cache))

ここでもdelayはマクロとして実装されています.delayは任意の式を受け取るとサンクに変えてプロミスのインスタンスを生成します.このときのcacheforced?スロットの初期値はどちらもnilです.サンクやプロミスのクロージャ実装はどちらも関数だったのでforcefuncallと等価な実装になっていましたが,ここではメソッドとして定義しており,メモ化の仕組みもforce内に実装されています.

クロージャ実装のときと同じようにfibで試してみましょう.

(time (delay (fib 40))
; => Evaluation took:
; =>   0.000 seconds of real time
; =>   0.000005 seconds of total run time (0.000004 user, 0.000001 system)
; =>   100.00% CPU
; =>   2,876 processor cycles
; =>   0 bytes consed
; -> 遅延された(fib 40)を意味するpromiseのインスタンス

(defparameter fib40 (delay (fib 40)))

(time (force fib40))
; => Evaluation took:
; =>   2.353 seconds of real time
; =>   2.352423 seconds of total run time (2.350984 user, 0.001439 system)
; =>   99.96% CPU
; =>   25 lambdas converted
; =>   8,017,128,998 processor cycles
; =>   1,177,904 bytes consed
; -> 165580141

(time (force fib40))
; => Evaluation took:
; =>   0.000 seconds of real time
; =>   0.000020 seconds of total run time (0.000020 user, 0.000000 system)
; =>   100.00% CPU
; =>   61,712 processor cycles
; =>   0 bytes consed
; -> 165580141

遅延とメモ化が確認されました.

クラスによる実装

こちらはほとんど構造体と同じです.ささっと実装しましょう.

(defclass promise ()
  ((thunk :initarg :thunk)
   (cache :initarg :cache)
   (forced? :initarg :forced?)))

(defmacro delay (expr)
  `(make-instance 'promise
                  :thunk (lambda () ,expr)
                  :cache nil
                  :forced? nil))

(defmethod force ((promise promise))
  (with-slots (thunk cache forced?) promise
    (unless forced?
      (setf cache (funcall thunk))
      (setf forced? t))
    cache))

defclassではスロットthunkcacheforced?をもつクラスpromiseを定義しています.このとき,:initargを使ってmake-instanceでの初期値設定時のキーワードを決めています.キーワードはそれぞれ:thunk:cache:forced?です.クラスのコンストラクタはmake-instanceなので,delaymake-instanceをラップするマクロとして定義しています.forceは構造体のときと全く同じメソッド定義になっています.

fibでチェックしましょう.

(time (delay (fib 40)))
; => Evaluation took:
; =>   0.006 seconds of real time
; =>   0.005641 seconds of total run time (0.005493 user, 0.000148 system)
; =>   100.00% CPU
; =>   18 lambdas converted
; =>   19,689,412 processor cycles
; =>   602,960 bytes consed
; -> 遅延された(fib 40)を意味するpromiseのインスタンス

(defparameter fib40 (delay (fib 40)))

(time (force fib40))
; => Evaluation took:
; =>   2.334 seconds of real time
; =>   2.334085 seconds of total run time (2.334085 user, 0.000000 system)
; =>   100.00% CPU
; =>   7,954,571,118 processor cycles
; =>   32,768 bytes consed
; -> 165580141

(time (force fib40))
; => Evaluation took:
; =>   0.000 seconds of real time
; =>   0.000059 seconds of total run time (0.000059 user, 0.000000 system)
; =>   100.00% CPU
; =>   186,380 processor cycles
; =>   0 bytes consed
; -> 165580141

遅延とメモ化が確認されました.

遅延リスト

ここからはdelayforceを応用したデータ構造として,遅延リストを作りましょう.目標は無限リストを実装することします.ここでのdelayforceの実装は上述の3つのうちどれでも構いません.

lconslcarlcdr

まずはconscarcdrの遅延リスト版を実装してみましょう.

(defmacro lcons (se1 se2)
  `(delay (cons ,se1 ,se2)))

(defun lcar (lcons)
  (car (force lcons)))

(defun lcdr (lcons)
  (cdr (force lcons)))

lconsはマクロとして定義しています.せっかく遅延されたリストを作るのに,リストの要素が遅延されていなければあまり意味がありません.普通の関数として定義するとse1se2の評価を遅延できないので,lconsはマクロでなければなりません.lconsはプロミスを返すので,lcarlcdrforceしてからcarまたはcdrすれば良いことになります.こちらはただの関数で良いですね.

遅延リスト

Common Lispにおいて,リストの定義はnilまたはconsとなっています.そこで,遅延リストはnilまたはpromiseということにしましょう.promiseforceしたときにconsとなるかはわかりませんが,ここでは簡単のために気にしないことにします.練習としてmake-listのように遅延リストを作る関数を定義してみましょう.

(defun make-llist (n x)
  (if (zerop n)
      '()
      (lcons x (make-llist (1- n) x))))

make-llistを再帰的に定義しました.長さnで全ての要素がxであるような遅延リストを作ります.普通のリストの関数のように定義できますね.もう少し練習問題をやってみましょう.遅延リストのn番目の要素を返すlnthと遅延リストの0番目からn-1番目までの要素を切り出してきてリストにして返す関数ltakeを定義してみます.

(defun lnth (n llist)
  (cond ((null llist) (error "out of index"))
        ((zerop n) (lcar llist))
        (t (lnth (1- n) (lcdr llist)))))

(defun ltake (n llist)
  (cond ((null llist) (error "out of index"))
        ((zerop n) '())
        (t (force (lcons (lcar llist) (ltake (1- n) (lcdr llist)))))))

lconslcarlcdrが上手く詳細を隠してくれているおかげで苦なく遅延リストの関数を定義できます.

無限リスト

それでは無限リストを作る関数make-inf-llistを定義しましょう.

(defun make-inf-llist (x)
  (lcons x (make-inf-llist x)))

make-inf-llistは全ての要素がxであるような遅延された無限リストを作ります.

(lnth 0 (make-inf-llist 0))
; -> 0
(lnth 100 (make-inf-llist 0))
; -> 0
(lnth 100000 (make-inf-llist 0))
; -> 0

リソースが許す限りのインデックスの値にアクセスできます.

もう少し面白いことをしてみましょう.

(defun llist-n->inf (n)
  (lcons n (llist-n->inf (1+ n))))

(defun lazy-remove-if (func llist)
  (cond ((null llist)
         '())
        ((funcall func (lcar llist))
         (lazy-remove-if func (lcdr llist)))
        (t
         (lcons (lcar llist) (lazy-remove-if func (lcdr llist))))))

(defun divide? (n m)
  (zerop (mod n m)))

(defun lazy-primes ()
  (labels ((primes (inf-lst)
             (lcons (lcar inf-lst)
                    (primes
                     (lazy-remove-if
                      (lambda (n) (divide? n (lcar inf-lst)))
                      inf-lst)))))
    (primes (llist-n->inf 2))))

lazy-primesはエラトステネスのふるいを使った全ての素数の遅延リストを返す関数です.「全て」とは言いましたが,もちろんマシンリソースは有限なので本当に全ての素数を求められるわけではありません.1つずつ見ていきましょう.llist-n->infnから始まる全ての整数の無限の遅延リストを返す関数です.lazy-remove-ifremove-ifの遅延リスト版で,遅延リストの各要素をxとしたとき,(funcall func x)が真になるものを取り除きます.divide?nmで割りきれるかを判定する関数です.

さて,親玉のlazy-primesを見ていきましょう.lazy-primesは局所関数primes2から始まる整数の無限リストを渡しているだけのようです.本体はprimesです.primesは無限リストinf-lstを受け取ると,「先頭の要素」と「残りの無限リストから先頭の要素の約数を取り除いたものをprimesに渡した返り値」をlconsして返します.これによってprimesの全ての要素は,自分よりも前の要素の約数ではなくなります.lazy-primesprimes2から始まる無限リストを渡しているので,結果的に全ての素数の無限リストを返すことになるというわけです.

最後にlazy-primesから1000個の素数をltakeを使って取り出してこの記事を締めましょう.

(ltake 1000 (lazy-primes))
; -> (2 3 5 7 11 13 17 19 23 29 31 37 41 43 47 53 59 61 67 71 73 79 83 89 97 101 103
; -> 107 109 113 127 131 137 139 149 151 157 163 167 173 179 181 191 193 197 199
; ->  211 223 227 229 233 239 241 251 257 263 269 271 277 281 283 293 307 311 313
; ->  317 331 337 347 349 353 359 367 373 379 383 389 397 401 409 419 421 431 433
; ->  439 443 449 457 461 463 467 479 487 491 499 503 509 521 523 541 547 557 563
; ->  569 571 577 587 593 599 601 607 613 617 619 631 641 643 647 653 659 661 673
; ->  677 683 691 701 709 719 727 733 739 743 751 757 761 769 773 787 797 809 811
; ->  821 823 827 829 839 853 857 859 863 877 881 883 887 907 911 919 929 937 941
; ->  947 953 967 971 977 983 991 997 1009 1013 1019 1021 1031 1033 1039 1049 1051
; ->  1061 1063 1069 1087 1091 1093 1097 1103 1109 1117 1123 1129 1151 1153 1163
; ->  1171 1181 1187 1193 1201 1213 1217 1223 1229 1231 1237 1249 1259 1277 1279
; ->  1283 1289 1291 1297 1301 1303 1307 1319 1321 1327 1361 1367 1373 1381 1399
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