自己紹介
こんにちは、皆さんはエンジニアですか?
もしくはエンジニアを志している方なのかもしれませんね。
私もエンジニアですが、学生の頃の専門は建築でした。
そして、学生の頃はエンジニアになることは選択肢の中にはありませんでした。
では、なぜ急にエンジニアに進路を変えたか気になりますか?
なりませんか?なるはずです。ここではなったと仮定してください。
では、この謎を紐解くための旅に出ましょう。
Let's go on a journey (ネイティブ&イケボ)
東大入学の経緯
タイトルにもある通り、自分は東京大学に在籍していました。
とは言っても大学院入学で入っただけで、学部の頃は高専に在籍していました。
大学院入試は希望する研究室によって難易度が大きく変わるので、
一概には言えませんが、基本的に学部入試より難易度は低いと言われます。
とはいえ、大して賢い訳でもない自分が東大に入学できたのでそれが嬉しかった覚えがあります。
いらぬ補足かもしれませんが、大学院から東大に入った人は学部入学した人に比べて能力が低いという意味では決してありません。私はイマイチでしたが、多くの人は優秀です。
東大を辞めようと思った訳
私は研究者になりたいと思っていました。
これを読まれているエンジニアの方も多くは同じかもしれませんが、
私は学ぶことが好きな方だと思っています。(好きなだけ。得意とは言っていない)
なので、研究で飯が食えるなら最高だと思っていました。
なので大学に在籍し続けるか、企業で研究職に着きたいと思っていました。
ですが、そう簡単にはいきません。
言わずもながですが、研究者として在籍している方は非常に優秀な方が多いです。
自分も負けじと研究を進め成果を出したいと考えていましたが、
なんというか努力ではどうにもならないんじゃないかと思えるようなこともありました。
妙だな...
そう思えたエピソードを1つ紹介させてください。
それは私が海外のシンポジウムに参加した時のこと。
私はそのシンポジウムで扱うテーマに興味のある学生が何名かと一緒に向かうことになりました。
一緒に行った学生はシンポジウムやその前後にあった研究室見学やワークショップで
登壇者の話を理解し、鋭い質問や意見交換を行ったり、ワークショップで現地の学生と高度な話をしています。
私も腐っても東大生。負けじと英語を理解しようとし、思考をめぐらせます。
飛び交う英語に耳を澄ませ、意識を集中させます。
そして、私と同じように東大からきた日本人学生の発言を聞いた時にピンときました。
「...こいつら、俺より数段賢い...!」
働いてしまいました。名探偵の勘が。
英語力も足りていませんでしたが、専門知識や考え方でも勝るものはないと感じました。
しかも、彼らはめっちゃいいやつらでした。
「せめて性根の腐ったやつでいてくれよ」
そう思いました。
まだ耐えられる
この不都合な真実に気づいてしまった私ですが、まだ受け入れ難く足掻き続けます。
時差ボケで眠れない時間を利用して付け焼き刃で知識を押し込み、
翌日の現地の学生とのディスカッションで熱く語ろうと
「Oh」「Really?」「I got it」「I see」の4フレーズで回しました。(回ってない)
「研究職やめた方がいいんじゃない?」の容疑にかけられている自分自身を
弁護しようと頑張ったつもりでしたが、むしろ容疑を裏付ける証拠を自ら見つけてくる
さながら敏腕検事のようになってしまいました。
弁護人は全然異議を唱えません。容疑者も涙目です。
見兼ねた裁判長が一言。「もう十分です。被告人は有罪とする。これにて閉廷」
もっと逆転裁判みたいになるかと思ったらヌルッと終わりました。
異議なしでした。
こうして私は控訴することなくこの疑いを受け入れました。
エンジニアという選択肢
自分が研究者になるには賢くなさすぎると悟った私は、
研究職を諦めることを正当化するための材料を探し出します。
- 教授はいつも激務で忙しそうにしている。
- 大学でポストをもらうには実力だけではなく運も必要
- 名誉ある職だが決して給料がいいわけではない
- 研究以外の時間も多い(授業・補助金申請・実験準備に関する雑務)
これだけ材料が貯まれば十分です。
そしてその次の目標に選んだのがエンジニアでした。
- 学び続ける職業の1つ
- 普遍的な技術を習得できる
- 自由な働き方ができる
- モノづくりができる(しかも材料費は基本的にかからない)
- 需要も高いのでもしもの時も安全
エンジニアを選んだ理由は、大体こんな感じだったと思います。
とは言え、いきなりやめてエンジニアになると啖呵を切って中退するのも怖いので
インターンに行きたいと思いました。
教授に無理言って3ヶ月の時間をもらい、インターンに行かせてもらうことにしました。
学生の頃からプログラミングはしていましたが、
数値計算のために利用しているだけでWEB系の知識は皆無でした。
HTML/CSS/JS/Rubyを少しかじった状態でしたが、
インターンとして受け入れてもらいそこでVueのエンジニアとしてバイトさせてもらうことになりました。
ちなみにこのインターンでメインブランチを消すという大ミスをしました。
チームの方々は笑って許してくれましたが、色々ご迷惑をかけました。すいません。
#東大を中退
インターンを経験してもエンジニアとしての職務に特に失望するなどといったことはなく、
むしろずっと続けたいなと感じた私は東大を中退することを決意しました。
学歴がなくなる・夢を諦めるなどの尾を引く事柄はありましたが、
こうして私は東大を辞めました。
このまま大学に残ってとりあえず修士を取ったとしても、
同じように博士課程は諦めて就職していたと思います。
私のお婆ちゃんも**「人生の舵を切るのと、Slackの返信は早ければ早いほど良い」**
と言っていた気がするので、早めにこの選択をしていて良かったんじゃないかなと思います。
エンジニアになった感想
東大中退後はITベンチャーに入社し、多くのことを学ばさせてもらいました。
楽しいことも辛いこともありましたが、エンジニアになってよかったなぁと思います。
コードを書いたりレビューをしたり、サボってYoutubeを見たりしていると
あっという間に時間が過ぎています。あたかも魔法にかかったようです。
なぜでしょうか?流石の名探偵もこの謎は解けません。
現在はその会社を辞めて、個人開発者として飯を食っていこうと開発を進めています。
今のところ、全く成果は出ていないですが開発し続けられる時間は幸せな時間の1つです。
ちなみにその個人開発で飽きもせず失敗をしているのでよかったら見てみて下さい。
私はまだ社会人としてはエンジニアという職業しか体験していないので、
「これが天職だ!」とは言えませんが、悪くない選択だったと思っています。
ずっとエンジニアとしてやっていくかは分かりませんが、
この職業で得られた知識や技術は、割とどの分野でも使える気がするので
**「この時間が無駄にはならないだろう」**とも思っています(信じています)。
まとめ
この記事は、私がイカした頭脳で東大で研究を進めていくうちに、
大手外資系IT企業にヘッドハンティングされ、研究でも大きな成果を出していましたが
2つを天秤にかけた結果、自分の可能性を広げるために已むなく中退してエンジニアになったというものでした。
嘘です。
自分の能力のなさに挫折を感じ大学を中退し、IT企業に入れてもらい
少なくとも形上ではエンジニアと名乗らせてもらえるようになったという話でした。
当時は気づかなかったですが、今となって思うのは、
自分が研究をする動機には不純なものが多かったなと思います。
やはり、多くの優秀な方は研究対象に対して熱意と愛を持っている方が多いと思います。私の場合は周りからの評価や他の学生との競争という視点で見ていたような気がします。そうなると考え方も卑屈になったり伸び悩んだりしてしまうのかなと思います。
社会人になって特に強く思いましたが、優秀な人ほど謙遜で温和な人が多いような気がします。
これは上記にあるような動機由来なのかもしれません。
もしこの記事を読んでいるエンジニアを志している方であれば、
ポートフォリオの作成や学習の進展などで他人と比較して落胆することがあるかもしれませんが
純粋にそれを楽しみ、自分自身のことについて喜ぶならいい結果になるかもしれません。
というあまり説得力のないコメントを先輩風を吹かせながら残して終わりにします。
お願い
この記事でもちょこっと書いている通り、
私は今、個人開発をやっています。そして一度失敗しています。
また失敗しないように、開発の過程をTwitterに載せたりしているので、
「なんか変なことしてるな」と思えたら止めて欲しいのです。
なので、もしよければフォローしてやって下さい。
筆者のtwitterのプロフィール