隠れマルコフモデル(Hidden Markov Model, HMM)の解説:不確実性に対処するAIの仕組み
現実世界の多くの問題では、AIは「真の状態(hidden state)」を直接観測できず、その結果として得られる「観測(observation)」だけを頼りに推論を行う必要があります。隠れマルコフモデル(HMM)は、こうした状況をモデル化し、不確実性を扱うための有力な手法です。本記事では、HMMの仕組みや、その活用法についてわかりやすく説明します。
1. 隠れた状態と観測の関係
HMMは以下の要素で構成されます:
-
隠れた状態(Hidden State)
実際には存在するが直接観測できない変数(例:天気、ユーザーの意図)。 -
観測(Observation)
隠れた状態に基づいて得られるデータ(例:傘を持参したかどうか、音声波形)。 -
状態遷移(State Transition)
時間に伴う隠れた状態の変化(例:晴れ→雨の確率)。 -
センサー・モデル(Sensor Model, Emission Probabilities)
各隠れた状態から観測が生成される確率(例:雨なら傘を持参する確率が高い)。
2. HMMの仕組みを理解する例:天気と傘の観測
2.1 シナリオ
ある建物に設置されたAIが、社員が持参する「傘」の観測データを基に、外の「天気」を予測するシステムを考えます。以下が前提です:
- 隠れた状態(天気): 晴れ (Sunny) または 雨 (Rainy)
- 観測(傘の持参): 傘あり (Umbrella) または 傘なし (No Umbrella)
2.2 状態遷移モデル
天気が時間経過で変化する確率:
- 晴れの翌日は晴れ: 80%
- 晴れの翌日は雨: 20%
- 雨の翌日は雨: 70%
- 雨の翌日は晴れ: 30%
2.3 センサー・モデル
各天気における観測の確率:
- 晴れの日の傘持参確率: 20%
- 晴れの日の傘未持参確率: 80%
- 雨の日の傘持参確率: 90%
- 雨の日の傘未持参確率: 10%
3. HMMのPython実装
HMMをPythonで実装してみます。
3.1 必要なライブラリの準備
pomegranate
ライブラリを使用します。
from pomegranate import *
# 状態遷移モデルの定義
transitions = [[0.8, 0.2], # 晴れから晴れ・雨
[0.3, 0.7]] # 雨から晴れ・雨
# 観測モデルの定義
emissions = [[0.8, 0.2], # 晴れの日の観測(No Umbrella, Umbrella)
[0.1, 0.9]] # 雨の日の観測(No Umbrella, Umbrella)
# 開始確率
starts = [0.5, 0.5] # 初日が晴れ・雨の確率
# HMMモデルの構築
model = HiddenMarkovModel.from_matrix(transitions, emissions, starts,
states=["Sunny", "Rainy"],
symbols=["No Umbrella", "Umbrella"])
model.bake()
4. 推論の実行
4.1 観測データから最も可能性の高い状態列を推定
観測データ(例:["Umbrella", "Umbrella", "No Umbrella", "Umbrella"]
)を基に、最も可能性の高い天気のシーケンスを予測します。
observations = ["Umbrella", "Umbrella", "No Umbrella", "Umbrella"]
# 最適な状態列を推定
predicted_states = model.predict(observations, algorithm="viterbi")
state_names = [model.states[state].name for state in predicted_states]
print(f"観測: {observations}")
print(f"推定された天気: {state_names}")
出力例:
観測: ['Umbrella', 'Umbrella', 'No Umbrella', 'Umbrella']
推定された天気: ['Rainy', 'Rainy', 'Sunny', 'Rainy']
この結果から、以下のことが推測されます:
- 最初の2日間は雨。
- 3日目は晴れ。
- 4日目に再び雨が降った。
5. HMMの応用例
5.1 音声認識
観測:音声波形
隠れた状態:発話された単語
HMMを用いて、音声波形から単語列を推定できます。
5.2 ユーザー行動の推測
観測:クリックデータやページ閲覧時間
隠れた状態:ユーザーの興味や意図
ウェブサイトのUX改善に活用可能です。
6. HMMの限界と拡張
HMMは非常に強力ですが、以下の限界があります:
- 過去の履歴の影響: 状態は直前の状態にしか依存しないという仮定(マルコフ性)。
- 高次元データへの適用: 観測や状態が多くなると計算が複雑化。
6.1 拡張モデル
- 条件付き確率場(CRF): より柔軟な依存関係をモデル化。
- 長短期記憶(LSTM): 深層学習を用いた時系列データの解析。
7. まとめ
隠れマルコフモデル(HMM)は、不確実なデータから隠れた情報を推論するための基本的かつ重要なフレームワークです。Pythonライブラリを用いることで、複雑な計算を簡潔に実行可能です。本記事を基に、さまざまな現実問題への応用を試みてください。