はじめに
Adevent Calendar 9日目です!今日のテーマは「なぜ夜は暗いのか?」です。寒さが日ごとに増していくのを感じる今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか?冬は夜が長くて寒いですが、実は星がよく見える季節でもあります。 私もよく冬の夜空を眺めながら天体観測を楽しんでいます(九大伊都キャンパス周りは街明かりが少ないので星が特に見えやすいですよ)。
ところで、皆さんは夜が暗いことに疑問を持ったことはありますか?私は不思議にすら思いませんでした。しかし、「夜は暗い」という当たり前な事象の裏には想像もしなっかった壮大な歴史があります。今回は「なぜ夜は暗いのか」を今までの宇宙論の歴史を踏まえながら解説していきたいと思います。
無限の宇宙像
紀元前300年頃の古代ギリシャ時代にアリスタルコスは半月の観測から太陽の大きさを、また月食の観測から月の大きさを求めました。その結果、太陽は地球よりもはるかに大きい天体であることが分かり、小さな地球の周りを巨大な太陽が回っているという天動説に違和感を感じました。その後、彼は人類史上初めて科学的に地動説を唱えたと考えられています。それから約1800年後、コペルニクスが再び地動説を唱え、ガリレオが望遠鏡を用いた観測結果をもとに地動説を支持しました。
そうして地動説が徐々に浸透していきましたが、宇宙が無限か有限かについての議論は続いていました。コペルニクスの考えた宇宙像は外側の恒星は天球に貼り付けられているというものでした。一方で1576年、トーマス・ディッグスの考えた宇宙像は「太陽が中心にあり、その周りを惑星が回っていて、その外側の恒星は無限の空間にばらまかれている」というものでした。しかし、無限の宇宙像の導入には夜空の暗さの説明が必要になります。
オルバースのパラドックス
ディッグス自身は「あまりに遠い星は暗すぎて見えない」という説明をしましたが、これでは夜空がなぜ暗いのかを説明できていません。なぜなら距離と見かけの明るさには逆2乗の法則があるとされているからです。光を放つ恒星を中心とした半径1の球面と半径$r$の球面を考えると、光は全方向に放射されるので必ず二つの球面を通過します。光の総光量は変わらないので単位面積当たりの光の明るさは総光量を$L$とすると,
半径1の球面では$$\frac{L}{4\pi}$$半径$r$の球面では$$\frac{L}{4\pi r^2}$$となり、見かけの明るさが$\frac{1}{r^2}$倍になっていることが分かります。
ここで恒星が宇宙に一様に分布しているものとします。距離が$r$倍すると見かけの明るさは$\frac{1}{r^2}$倍になりますが、恒星の見える面積は$r^2$倍になるので、結局私たちに見える光の量は変わらないことになります。するとどの距離にある恒星でも同じ明るさになってしまうので、最も近くにある太陽表面の明るさが空いっぱいに埋め尽くされるはずです。これは明らかに夜空が暗いことに矛盾するため、ケプラーは恒星の数は有限であると考えたのです。
しかし、ニュートンが1665年に発表した万有引力の法則によってその考えは否定されました。万有引力によればすべての恒星は互いに重力で引きあっているため、もし宇宙に有限個の恒星があるならば、恒星同士が互いに引き合い続けていづれ宇宙の中心に集まるはずです。ですが、様々な観測結果から宇宙は特別な中心がないと考えられます(現代の宇宙論では宇宙原理という)。したがって宇宙に恒星は無限に存在しなければならず、そう考えるとそれぞれ恒星には全方向から重力がかかり、結果的に力が相殺しあって中心に集まることはなくなります。
こうなると恒星が無限個存在し、夜の暗さを説明できなくなります。この謎を「オルバースのパラドックス」といいます。(余談ですが先にこの謎を追求したのはシェゾ―という学者のようです。その後にオルバースが再びこのパラドックスを指摘しましたが、シェゾ―の業績について言及していなかったため、"オルバース"という名前が冠されたそうです。)
背景限界距離
オルバースのパラドックスを解決するために現在までに様々な可能性が考えられてきました。例えば、宇宙には塵のようなものがたくさん漂っていて、それらが恒星の光を吸収しているから夜は暗いという考えがありました。しかし、熱放射の発見によりあらゆる方向からの光を吸収した塵は温められることで再び光を放ってしまうことからその考えは否定されました(しかし、熱放射の発見は偉大であり、温められた塵は遠赤外線を放つので恒星がどのように誕生するのかを調べることができます)。
しかし、無限の宇宙に無数の星がある場合でも夜空がなぜ暗いのかを1884年頃ウィリアム・トムソン(ケルヴィン卿)が説明しました。ポイントなのは星の後ろの星は見えないということです。つまり、私たちが見えている星はその方向にある最も手前の星となります。
星の断面積を$S$、地球までの距離を$L$とするとその星の光が通る体積は$V=SL$となります。その体積の中にある星は1個なので星の数密度$n$は$n=\frac{1}{SL}$となります。$n$と$S$さえ分かれば距離$L$の平均が計算できます。この距離を背景限界距離といいます。恒星が無限の宇宙に散らばっているとすると背景限界距離は約$10^{23}$光年にもなることが知られています(宇宙がスカスカなことを考えると$L$が膨大になるのは直感的にも考えやすそうです)。
そう考えたときと、たとえ無数に星があっても光が地球に到達するのは$10^{23}$年かかり、恒星の寿命を太陽と同じ$10^{10}$年にすると、夜空の明るさは太陽の明るさの$10^{13}$分の1になります。このような計算でケルヴィン卿はパラドックスの解決を説明したのです。ですが、1987年にエドワード・ハリソンがこのことを紹介するまでほとんど知られていなかったようです…
赤方偏移の発見
1929年にハッブルはハッブルの法則を発表しました。普通銀河のスペクトルには決まった波長にスペクトル線が出るはずですが、ハッブルが観測していた銀河のスペクトル線は赤い方向にずれが見られました。これを赤方偏移といい、光源が遠ざかることでおきる光版のドップラー効果のようなものです。ハッブルの法則は以下の式です。
v \simeq H_0r
$H_0$はハッブル定数で$r$が地球から天体までの距離、$v$は天体が地球から遠ざかる速度です。この式から地球を中心に銀河が遠ざかっているというよりも宇宙が膨張していると考えられるのが自然です。そして宇宙が膨張しているならば、宇宙には始まりがあったことも考えられ、それが現在広く浸透している"ビッグバン理論"になっています。
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なぜ夜は暗いのか
1978年に宇宙マイクロ背景放射(CMB)が発見され、その後精密な観測によってこの宇宙は138億年前にビッグバンによって誕生したことが分かりました。これより、私たちが観測できる範囲は宇宙の膨張で光が通過する距離は長くなるため、465億光年となります。しかし、これは観測可能な宇宙の果てであり実際にはそれよりもずっと広がっていて、そこにある星の光はまだ地球に届いていないということになります。つまり、夜が暗い理由は「宇宙の観測可能な範囲に存在する星の数は有限であり、そもそも遠くの星の光が届くのに時間が足りないから」と結論づけられます。
おわりに
夜が暗い理由についてなんとなく理解してくれましたでしょうか?今回私は津田耕司著の「宇宙はなぜ『暗い』のか?」を大いに参考にしてこの記事を書きました(本当にありがとうございました)。私はまだしっかりと相対論や宇宙論について学べていない初学者の身ですが、オルバースのパラドックスを通して宇宙論の歴史や天文学の知識を楽しく知ることができました。皆さんもぜひ、この寒い冬の夜を楽しんでください~
参考文献
津田耕司、「宇宙はなぜ『暗い』のか?」、ベレ出版、2017年
https://www.beret.co.jp/book/45014
「オルバースのパラドックス」、『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%81%AE%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%89%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9
以下の本はエドワード・ハリソンが書いたものであり、私が今回直接引用したものではないのですが、津田耕司氏が大変参考にされたといわれる書籍であり、オルバースのパラドックスを詳細に記述しているため紹介しておきます。
エドワード・ハリソン(著)、長沢工(翻訳)、「夜空はなぜ暗い?:オルバースのパラドックスと宇宙論の変遷」
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784805207505