概要
現代のビジネス環境において、クラウドサービスの利用が急速に拡大しています。企業はクラウド環境を利用することで、スケーラビリティ、コスト効率、柔軟性を享受することができます。
しかし、クラウド環境におけるセキュリティは依然として大きな課題です。従来の境界ベースのセキュリティモデルでは、クラウド環境の複雑さや動的な特性に対応しきれません。そこで注目されているのが「ゼロトラストモデル」です。
本記事では、ゼロトラストモデルの概念と、そのクラウド環境における実現方法について詳しく解説します。
ゼロトラストモデルとは?
ゼロトラストモデルは、「信頼しない、常に検証する」という原則に基づいたセキュリティアーキテクチャです。このモデルでは、内部ネットワークであっても信頼することなく、すべてのアクセス試行に対して認証と検証を行います。ゼロトラストモデルの主な原則は以下の通りです。
常に検証
ゼロトラストモデルの最も重要な原則の一つは、すべてのアクセス試行に対して認証と承認を行う「常に検証」の概念です。従来の境界ベースのセキュリティモデルでは、一度内部ネットワークにアクセスを許可されると、その後の活動はほとんどチェックされないのが一般的でした。しかし、ゼロトラストモデルでは、ネットワーク内部であっても全ての通信やアクセスに対して検証を行い、疑わしい活動がないかを常に監視します。
最小権限
ゼロトラストモデルでは、ユーザーやデバイスに対して最小限の権限しか付与しません。これにより、万が一アカウントが不正に使用された場合でも、被害を最小限に抑えることができます。最小権限の原則は、ユーザーがその役割やタスクに必要な最低限のアクセス権しか持たないようにすることで、内部の脅威やエラーによるセキュリティリスクを軽減します。
分散防御
ゼロトラストモデルでは、セキュリティは単一の境界に依存せず、ネットワーク全体に分散して実装します。これにより、特定のポイントが攻撃されても全体のセキュリティが保たれます。分散防御のアプローチは、セキュリティ対策を多層化し、複数の防御層を設けることで、攻撃者が一つの障壁を突破しても次の障壁に阻まれるようにします。
クラウド環境におけるゼロトラストの重要性
クラウド環境では、データやアプリケーションがオンプレミスからクラウドへ移行し、ネットワーク境界が曖昧になります。これにより、従来の境界ベースのセキュリティモデルでは十分な保護を提供できなくなります。ゼロトラストモデルは、クラウド環境においても有効なセキュリティ対策を提供します。
境界が曖昧なクラウド環境
クラウド環境では、データやアプリケーションがクラウド上に分散し、アクセス経路も複数にわたります。ユーザーが様々な場所やデバイスからアクセスするため、従来の境界ベースのセキュリティモデルでは、どこが内部でどこが外部かを明確に定義することが難しくなります。このような環境では、すべてのアクセスに対して一律に検証を行うゼロトラストモデルが有効です。
動的で変化するリソース
クラウド環境では、リソースが動的に変化します。例えば、コンテナやサーバーレスアーキテクチャでは、リソースが必要に応じて自動的にスケールアップやスケールダウンします。このような動的な環境では、固定的なセキュリティポリシーでは対応しきれないため、ゼロトラストモデルのように常に検証を行う動的なセキュリティ対策が求められます。
リモートワークの増加
リモートワークの普及により、従業員が社内ネットワーク外からアクセスするケースが増加しています。これにより、従来の内部と外部を区別するセキュリティモデルでは、リモートアクセスのセキュリティを確保することが難しくなります。ゼロトラストモデルは、リモートワーク環境でも有効なセキュリティ対策を提供し、どこからでも安全にアクセスできる環境を実現します。
ゼロトラストモデルの実現方法
ゼロトラストモデルをクラウド環境で実現するためには、複数のセキュリティ対策を統合的に実施する必要があります。以下では、具体的な実現方法を詳しく解説します。
アイデンティティとアクセス管理(IAM)
クラウド環境におけるゼロトラストモデルの基盤は、アイデンティティとアクセス管理(IAM)です。IAMは、ユーザーやデバイスの認証と承認を管理し、適切なアクセス権を付与します。主要なクラウドプロバイダーであるGCP、AWS、Azureはそれぞれ強力なIAMサービスを提供しています。
GCPのIAM
GCPのIAMは、ユーザーやサービスアカウントに対してきめ細かいアクセス権を設定できます。IAMポリシーを使用して、リソースごとにアクセス制御を行い、必要最小限の権限を付与します。例えば、特定のプロジェクト内のリソースにのみアクセスを許可するポリシーを設定することで、リソースへの不正アクセスを防止します。
AWSのIAM
AWSのIAMは、ユーザーやグループに対してポリシーを適用し、リソースへのアクセスを制御します。IAMロールを使用して、特定のタスクに必要な権限を一時的に付与することが可能です。これにより、ユーザーが必要なときにのみ必要な権限を持つようにすることで、セキュリティを強化します。また、IAMポリシーを使用して、詳細なアクセス制御を実現します。
AzureのIAM
AzureのIAMは、ユーザーやサービスプリンシパルに対してロールベースのアクセス制御(RBAC)を提供します。RBACを使用して、リソースごとにアクセス権を細かく設定し、セキュリティを強化します。例えば、特定のリソースグループに対してのみアクセスを許可するロールを設定することで、リソースの管理を効率化しつつセキュリティを確保します。
マルチファクター認証(MFA)
ゼロトラストモデルでは、アイデンティティの検証を強化するためにマルチファクター認証(MFA)を導入します。MFAは、ユーザーがログインする際に複数の認証要素を要求し、セキュリティを高めます。GCP、AWS、AzureはすべてMFAをサポートしており、容易に設定が可能です。
GCPのMFA
GCPは、ユーザーアカウントに対してMFAを設定することで、セキュリティを強化します。MFAの設定には、スマートフォンアプリを使用したワンタイムパスワード(OTP)や、物理的なセキュリティキーなどが利用できます。これにより、ユーザーのアイデンティティを強力に検証し、不正アクセスを防止します。
AWSのMFA
AWSは、IAMユーザーに対してMFAを設定することで、セキュリティを強化します。AWSは、ハードウェアトークンやソフトウェアトークンを使用したMFAをサポートしており、ユーザーのセキュリティを高めます。これにより、ユーザーがログインする際に追加の認証ステップが必要となり、不正アクセスのリスクを減少させます。
AzureのMFA
Azureは、Azure Active Directory(Azure AD)を通じてMFAを提供します。Azure ADのMFAは、ユーザーのログイン時に追加の認証要素を要求し、セキュリティを強化します。例えば、スマートフォンアプリやSMSを使用してワンタイムパスワードを送信することで、ユーザーのアイデンティティを確実に検証します。
シングルサインオン(SSO)
シングルサインオン(SSO)は、ユーザーが一度のログインで複数のアプリケーションやサービスにアクセスできるようにする機能です。SSOはユーザーの利便性を向上させるだけでなく、認証情報の一元管理によりセキュリティを強化します。主要なクラウドプロバイダーはすべてSSOをサポートしており、ゼロトラストモデルと組み合わせることで、強力なセキュリティを実現します。
GCPのSSO
GCPは、Google Cloud Identityを通じてSSOを提供します。これにより、ユーザーは一度のログインでGCPの全サービスやサードパーティアプリケーションにアクセスできます。SSOは、ユーザーの利便性を向上させ、管理者がアクセス制御を一元管理できるようにします。
AWSのSSO
AWSは、AWS Single Sign-Onを通じてSSOを提供します。これにより、ユーザーはAWSアカウントや他のSaaSアプリケーションに対してシームレスにアクセスできます。AWS SSOは、ユーザーのアクセス権を一元管理し、セキュリティを強化します。
AzureのSSO
Azureは、Azure Active Directoryを通じてSSOを提供します。Azure ADは、多くのクラウドアプリケーションやオンプレミスアプリケーションに対してSSOを提供し、ユーザーが一度のログインでこれらのアプリケーションにアクセスできるようにします。SSOは、ユーザーの利便性を向上させ、セキュリティを強化します。
ネットワークセグメンテーション
ゼロトラストモデルでは、ネットワークセグメンテーションを行い、ネットワークを細かく分割します。これにより、特定のセグメントが攻撃されても、他のセグメントに影響を与えないようにします。GCP、AWS、Azureはそれぞれ仮想ネットワークやセキュリティグループを提供しており、ネットワークセグメンテーションを容易に実現できます。
GCPのネットワークセグメンテーション
GCPは、VPC(Virtual Private Cloud)を提供しており、ユーザーが独自の仮想ネットワークを作成して、セグメンテーションを実現できます。VPC内では、サブネットやファイアウォールルールを設定して、トラフィックを制御できます。
AWSのネットワークセグメンテーション
AWSは、VPCを提供しており、ユーザーが仮想ネットワークを作成して、セグメンテーションを実現できます。セキュリティグループやネットワークACLを使用して、トラフィックを制御し、ネットワークセグメンテーションを強化します。
Azureのネットワークセグメンテーション
Azureは、VNet(Virtual Network)を提供しており、ユーザーが仮想ネットワークを作成して、セグメンテーションを実現できます。ネットワークセキュリティグループ(NSG)を使用して、トラフィックを制御し、セグメンテーションを強化します。
セキュアプロトコルの利用
ゼロトラストモデルでは、データの送受信においてセキュアプロトコル(例:SSL/TLS、SSH)を使用することが推奨されます。これにより、通信経路上でのデータ盗聴や改ざんを防止します。主要なクラウドプロバイダーは、セキュアプロトコルの設定や管理をサポートしており、容易に導入できます。
SSL/TLSの利用
SSL/TLSは、インターネット上の通信を暗号化し、データの盗聴や改ざんを防止します。クラウド環境では、WebアプリケーションやAPIの通信にSSL/TLSを導入することが重要です。これにより、データの安全性が確保されます。
SSHの利用
SSHは、安全なリモートアクセスを提供するプロトコルです。クラウド環境では、リモートサーバーへのアクセスにSSHを使用することで、セキュリティを強化できます。SSHキーを使用して認証を行うことで、パスワード認証に比べて強力なセキュリティを提供します。
ログとモニタリング
ゼロトラストモデルの実現には、継続的な監視とログの分析が欠かせません。GCP、AWS、Azureはそれぞれ強力なログ管理とモニタリングツールを提供しており、異常な活動やセキュリティインシデントをリアルタイムで検出できます。
GCPのログ管理とモニタリング
GCPは、Cloud LoggingとCloud Monitoringを提供しており、クラウドリソースのログ収集と監視を行います。これにより、リアルタイムでセキュリティインシデントを検出し、迅速に対応できます。
AWSのログ管理とモニタリング
AWSは、CloudWatchとCloudTrailを提供しており、リソースの監視と操作履歴の追跡が可能です。CloudWatchはリアルタイムの監視を提供し、CloudTrailはすべてのAPIコールを記録します。
Azureのログ管理とモニタリング
Azureは、Azure MonitorとAzure Security Centerを提供しており、クラウドリソースの監視とセキュリティ管理を行います。Azure Monitorはリアルタイムの監視を提供し、Security Centerはセキュリティポリシーの評価と推奨を行います。
まとめ
ゼロトラストモデルは、「信頼しない、常に検証する」という原則に基づいたセキュリティアーキテクチャであり、クラウド環境におけるセキュリティを強化するために重要な役割を果たします。GCP、AWS、Azureなどの主要なクラウドプロバイダーは、それぞれ強力なセキュリティ機能を提供しており、ゼロトラストモデルの実現を支援します。
ゼロトラストモデルを実現するためには、アイデンティティとアクセス管理、マルチファクター認証、シングルサインオン、ネットワークセグメンテーション、セキュアプロトコルの利用、ログとモニタリングなど、複数のセキュリティ対策を統合的に実施する必要があります。これらの対策を適切に実施することで、クラウド環境におけるセキュリティを強化し、ビジネスの安全性を確保することができます。
ゼロトラストモデルの導入は、一時的な取り組みではなく、継続的なプロセスです。常に最新のセキュリティ技術とベストプラクティスを取り入れ、セキュリティ対策を進化させ続けることが重要です。クラウド環境におけるゼロトラストモデルの実現を目指し、企業全体でセキュリティ意識を高め、堅牢なセキュリティ体制を構築しましょう。
参考文献と引用
Microsoft Azure. "Role-Based Access Control (RBAC)." Azure Documentation. https://docs.microsoft.com/en-us/azure/role-based-access-control