この記事を書こうと思った動機
筆者が主宰する研究室では、Winmostarを用いてGaussianまたはGAMESSによる量子化学計算を研究で利用しています.最近、研究室外の大学院生(有機合成のラボに所属)に「量子化学計算を教えて欲しい」と頼まれ、フリーソフトのみで計算化学に挑戦する環境をセットアップする方法をまとめる機会がありましたので、Qiitaにその成果を残そうと思い立った次第です.
この記事をきっかけに、一人でも多く量子化学計算に挑戦する大学生・大学院生・エンジニアが増えてくれれば幸いです.
1. セットアップ環境
筆者が今回整備する計算環境は、GAMESS/MoCalc2012です.GAMESSは2018年リリースの「gamess-64-2018-R1-pgi-mkl」を用います.執筆時点での最新版は「gamess-64-2023-R1-intel」版ですが、MoCalc2012との相性があるので、2018年版を利用します(詳細な理由は後述).
ちなみにMoCalc2012は、GAMESS(やFirefly等)のインプットファイルを作成するためのGUIであり、実際の作業においては、MoCalc2012からGAMESSにインプットファイルを渡します.このような環境を本投稿では「GAMESS/MoCalc2012」のように記載します.
また、本記事のPC環境について、初学者でもとっつきやすいように、
- OS: Windows 11 Pro
- CPU: AMD Ryzen 5 7430U プロセッサ ( 6コア / 12スレッド / 2.3GHz / 最大4.3GHz / L3キャッシュ 16MB )
- RAM: DDR4-3200 32GB(16GBx2)
を使っています.ちなみに、具体的にはマウスコンピューターの10万円程度のノートパソコンです.
2. GAMESSのダウンロード
GAMESSはIowa州立大のMark Gordon教授らによってメンテナンス・配布が行われている量子化学計算プログラムです.
(参考)GAMESS HP: https://www.msg.chem.iastate.edu/gamess/
以下にセットアップ手順を示します.
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Iowa州立のGAMESSのHPにアクセスする.>> https://www.msg.chem.iastate.edu/gamess/
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ウェブサイトヘッダーの「>>GAMESS > Download」をクリックする.
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「GAMESS source code distribution」ページ中段のobtaining GAMESSをクリックする(赤字ボールドの箇所).
- 「GAMESS License Agreement」ページ内の規約を読み、賛同する場合は下部の「I agree to the above terms」をクリックする.
- 「GAMESS Registration System」ページ内でEmailアドレスを入力し、必要なGAMESSのバージョン(Windowsマシンであれば執筆時でGAMESS version June 30, 2023 R1 for Microsoft Windows)を選択してページ下部の「Submit Request」をクリックする.
- 返信メールを読み(数分で返信がある場合もあれば数日かかる場合もある)、GAMESSダウンロードページにアクセスし、gamess-64-2018-R1-pgi-mkl.msiをダウンロードする(※ダウンロードページのパスワード等はメールに記載されている).
メールの返信はいつあるか分かりませんので、メールを待つ間にMoCalc2012やAvogadroのダウンロードをしておくことを推奨します.
3. GAMESSのセットアップ
gamess-64-2018-R1-pgi-mkl.msiをダウンロードした後、ダウンロードしたファイルをダブルクリックしてください.
ちなみに「.msi」とはMicrosoft Windows Installerという拡張子なので、ダブルクリックした後、セットアップが開始します.
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gamess-64-2018-R1-pgi-mkl.msiをセットアップ画面が立ち上がるので、インストーラーに従ってインストールする.
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インストール完了後、インストール先の「gamess-64」というフォルダにアクセスする(恐らくデフォルトではC:\Users\Public\gamess-64).
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MSMPIのインストール後、 「gamess-64」内にある「Windows-Command-Prompt」をダブルクリックする.
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コマンドプロンプトでget-version-names.batを入力し、実行する.このとき、gamess-64-2018-R1-pgi-mkl.msiをインストールしている場合は、2018-R1-pgi-mklのように表示される.
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コマンドプロンプトでrunall.bat 2018-R1-pgi-mkl 1を入力し、実行する.ただし、このとき、別のバージョンのGAMESSをインストールしている場合は、get-version-names.batで確認したバージョンに変更する.
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Runnning exam01からRunnning exam47まで実行されることを確認する.
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コマンドプロンプトでrunall.bat 2018-R1-pgi-mkl 2を入力し、実行する.最後の「1」や「2」という数字は、計算時に使用するCPUの数を示している.
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コマンドプロンプトを終了する.
GAMESSで計算をするためには、MS-MPIが必要になりますので、必ずインストールしてください.最新版のGAMESSを使う場合はIntel MPIが必要になるため、以下のサイトからIntel MPIをダウンロードしてください.
参考:https://www.intel.com/content/www/us/en/developer/articles/tool/oneapi-standalone-components.html#mpi
また、今回実行した一連の.bat(バッチ)ファイルは、gamess-64フォルダ内に格納されているものです.
4. MoCalc2012のセットアップ
MoCalc2012のは、以下のサイトからダウンロードしてください.
参考:https://sourceforge.net/projects/mocalc2012/
ところで、このサイト内のFilesタブを見てみると、「MoCalc2012-setup4203-win64.exe」の更新が2018-12-14となっています.このため、GAMESSは2018年までのバージョンを入れた方が無難です.実際、執筆時の最新版である2023年版GAMESSをインストールしても、MoCalc2012環境では計算が実行できません.
こういった理由により、本稿ではgamess-64-2018-R1-pgi-mkl.msiのインストールを推奨しています.
MoCalc2012はインストーラに従いインストールしてください.途中でMicrosoft Visual C++ 2013が必要だと警告が出る場合は、そのままインストールを許可して下さい.
MoCalc2012を立ち上げたのち、GAMESSとMoCalc2012を連携させます.
- MoCalc2012を立ち上げる.
- メニューバーのOptions > Settingsを選択する.
- MO Program Pathにて、GAMESS(US)のパスを設定する.2018-R1-pgi-mklバージョンの場合は、gamess-64フォルダ内にgamess.2018-R1-pgi-mkl.exeというexeファイルがあるので、これを指定する.
- 「Save」をクリックして設定を保存する.
5. Avogadroのセットアップ
GAMESSとMoCalc2012のインストールが完了しましたが、実際に計算する場合は分子モデリングソフトが必要となります.以下のサイトからAvogadroをインストールし、セットアップしてください.
参考:https://sourceforge.net/projects/avogadro/
ただし、Open ChemistryのAvogadro2ではないことに注意してください.Avogadro2とはほぼ別物であり、分子の3Dモデルがエクスポートできないので、今回はAvogadroの方を使います.
- Avogadroをダウンロードする.>https://sourceforge.net/projects/mocalc2012/
- インストーラに従い、Avogadroをインストールする.
- Avogadroを立ち上げる.
ただし、Avogadroを立ち上げたときに「MSVCP100.dllが見つかりません.」というエラーが出る場合は、Microsoft Visual C++ 2010をインストールする必要があるので、以下のサイトから「Vcredist_x86.exe」をダウンロードし、インストールしてください.
参考:https://www.microsoft.com/ja-jp/download/details.aspx?id=26999
6. Avogadroによる分子モデリングと構造最適化計算
Avogadroを起動して、分子をモデリングしていきます.今回は起動テストなので、ホルムアルデヒドの構造最適化計算を実施します.
- Avogadroを立ち上げる.
- メニューバーからBuild > Insert > SMILES...をクリックする.
- Insert SMILESウィンドウが現れるので「C=O」と入力し、「OK」をクリックする.
- メニューバーからFile > Save as ...を選択する.
- 作成したホルムアルデヒドの分子ファイルをXYZ形式(.xyz)で保存する.ただし、「formaldehyde.xyz」のように英数字のみを使ってファイル名を指定する.全角英数字を用いると動作しない場合はあるので注意すること.
- MoCalc2012を立ち上げる.
- ウィンドウ下部から「GAMESS」を選択する.
- 作成した「formaldehyde.xyz」ファイルをMoCalc2012のウィンドウにドラッグアンドドロップする(ファイルの読み込みが完了すると下部のメッセージウィンドウにHere we go!と表示される).
- 以下のウィンドウのようにB3LYP/6-31GdレベルでDFT計算できるように計算条件を入力する.
- Run GAMESS!をクリックする.
- 計算終了後、「GAMESS/Firefly-calculation successfully terminated. Have fun!」と表示されれば計算が正常に終了している.
- サイドバーのResults内に表示されているStructureをクリックして、ホルムアルデヒドの構造を表示させる.このとき、ブラウザで何か別のページを開いている状態だとエラーが出るので注意すること.
今後の記事について
さて、GAMESS/MoCalc2012環境はセットアップできたでしょうか?
大学生・大学院生であればWinmostarの学生ライセンスが1年間無料で使用できるので、個人的にはGAMESS/Winmostar環境をお勧めしますが、MoCalc2012でも十分計算することは可能です.
今後はGAMESS/MoCalc2012環境における様々な量子化学計算の事例について解説できればと思います.ネットの記事を探せばGAMESSの使い方を解説した記事はいくらでも出てきますが、アカデミックの立場から学理と計算条件の両輪で解説したものは少ないので、そういった記事を投稿できればと思います.