フリーランスエンジニアとして活動を始めて数年が経ちます。様々なエージェント企業と取引をしてきましたが、今回は特に印象に残っている経験を共有したいと思います。この体験談が、フリーランスとして活動される方々の参考になれば幸いです。
案件との出会い
2024年4月、R社という人材エージェント企業からの案件紹介を受けました。時給換算で5,000円台前後という市場的にも妥当な単価で、長期案件という説明もありました。テレワークが主体という条件も、地方在住の私にとって魅力的でした。
契約前の面談でも特に気になる点はなく、むしろエージェントの対応は丁寧で好印象でした。「長期的なお付き合いができれば」という言葉もあり、安心して契約を締結することにしました。
最初の違和感
業務を進めていく中で、気になる点が出てきました。案件に関する質問をしていくと、R社の上流にまた別の会社が存在することが判明したのです。その会社名やマージン率について質問しても、「機密情報」という理由で一切の開示を拒否されました。
このような情報開示の拒否に違和感を覚えながらも、業務自体は順調に進んでいきました。
突然の契約終了と対応の変化
そして10月半ばになって、突如として状況が変化します。「年末に向けて案件が減少している」「フルリモートの募集が激減している」という説明とともに、11月末での契約終了が告げられたのです。
担当者は一応新規案件の紹介を行っていましたが、実質的には形式的な紹介に留まっているような印象でした。20件近い案件を提示されましたが、大半が「応募要件の変更」「募集終了」「他者比較」などの理由で不採用。中には明らかにスキルセットが合わない案件もあり、事前確認が不十分なまま紹介されている様子が伺えました。
11月20日頃、案件探しの進捗が見えないことから、週次報告を要望。11月22日に「最初で最後の週次報告」が行われましたが、その内容はほとんど実質を伴わないものでした。それ以降、まともに案件を探している様子すら見られなくなりました。
最後の攻防
12月3日、当方から最後通牒を送付。まともに仕事をしていない状況を指摘し、手数料の返金を求める可能性を示唆した上で、1週間後までの回答期限を設定しました。
その2日後の12月5日には、私の自助努力により次の案件が決まりました。この時点でR社との取引継続への意欲は失われましたが、これまでの対応への相応の誠意は示してもらいたいと考え、追加の連絡を行いました。
衝撃の展開
そして最後に、誰もが予想しなかった展開が待っていました。追加連絡への返信として、突如として新たな登場人物が現れたのです。なんとR社の親会社であるOH社の法務部長でした。
これまでR社は上流企業の存在すら「機密情報」として開示を拒んでいたにもかかわらず、ここにきて突然、親会社の存在を明かし、しかも「単なる親会社なので機密情報ではない」と説明を一変させたのです。
法務部長からの回答は驚くべきものでした。契約終了回避のための実効的な措置を取ることは「法令上の義務ではない」という主張や、マージン率の開示拒否を「不正競争防止法で保護されている営業秘密」と説明するなど、極めて形式的な法解釈に終始。さらに「本件回答は当社顧問弁護士及び公正取引委員会に確認の上」という言葉まで添えられていましたが、その具体的な確認内容や顧問弁護士の所属などは明らかにされませんでした。
見えてきた構造的な問題
最も理解に苦しむのは、この取引構造自体に問題がないのであれば、なぜそれを隠す必要があるのかという点です。親会社の存在も、上流企業の存在も、マージン率も、全て「適正」で「法的に問題ない」のであれば、むしろ積極的に開示して、取引の透明性を示すべきではないでしょうか。
「公正取引委員会に確認済み」と主張しながら、基本的な情報開示すら拒否するという姿勢は、どう考えても不自然です。このような対応を見るにつけ、「隠さなければならない何か」の存在を強く疑わざるを得ません。
この経験を通じて、IT業界における多重下請け構造の問題点が浮き彫りになりました。表面上の契約条件は魅力的に見えても、実際の取引構造は極めて不透明で、情報開示を求めても「機密情報」という言葉で片付けられてしまうのです。
さらに看過できないのは、一連の対応が結果としてフリーランスエンジニアの貴重な時間を消耗させることになった点です。フリーランスにとって「時間」は最も重要な資産です。案件の終了が見えている中で、形式的な案件紹介と曖昧な回答を繰り返し、実質的な時間稼ぎに終始したような対応は、エンジニアの機会損失に直結します。本来であれば次の案件を探すために使うべき時間を、不毛なやり取りに費やさざるを得なかったことは、プロフェッショナル同士の取引としては極めて問題があると言わざるを得ません。
結局のところ、新しい案件は自助努力で見つけることになりました。エージェントとしての本質的な価値提供がないまま、「機密情報」を盾に取って中間マージンだけを確保しようとするビジネスモデルには、根本的な問題があるのではないでしょうか。
法的な追求について
このような事案において、法的な請求権を行使することも理論的には可能です。実際、契約上の義務不履行や信義則違反を主張すれば、相応の賠償を求めることができる可能性は十分にあります。おそらく訴訟に発展させれば、示談での解決に持ち込める可能性も高いでしょう。
しかし、現実的な判断として、訴訟に要する時間的・金銭的コストや精神的負担を考えると、必ずしも得策とは言えません。結局のところ、フリーランスエンジニアにとって最も重要なのは、このような問題のある取引関係に巻き込まれないよう、事前に適切な見極めを行うことなのです。
ズルいエージェントはそこまで想定済みなのでしょう。
また、注意すべき点として、このような案件でエージェントが契約書で「東京地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする」と強くこだわってくる場合は、要注意です。地方在住のフリーランスにとって、東京での応訴を強いられることは大きな負担となります。簡易裁判所での審理という選択肢を封じ、遠方での訴訟を強制することで、事実上の権利行使を困難にする意図が見え隠れするためです。
フリーランスとしての教訓
この経験から、契約前の慎重な確認の重要性を痛感しました。表面的な条件だけでなく、以下のような点をしっかりと確認することが重要です:
- 取引構造の透明性(上流企業の存在も含めて)
- 報告体制の確実性
- 問題発生時の対応フロー
- 契約終了時の取り決め
- 情報開示の範囲
特筆すべきは、これらの確認が単なる事務的な作業ではなく、今後の取引関係の質を左右する重要な判断材料となるという点です。
幸いなことに、このような経験は必ずしも業界全体の姿を表すものではありません。実際、その後の取引では、より透明性の高い、誠実な対応をしてくれるエージェント企業とも出会うことができました。
フリーランスの皆様、表面的な条件だけでなく、このような観点からも取引先を十分に見極めることをお勧めします。私たちフリーランスの権利を守るためにも、適切な情報開示を求めていく姿勢は重要だと考えています。
免責事項
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本記事は、フリーランスエンジニアとしての個人的な経験に基づく一般的な注意喚起を目的としています
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記載されている出来事や状況については、関係者によって認識や解釈が異なる可能性もあり、また事実関係について争いがある可能性もあります
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特定の企業や個人を批判することを意図したものではなく、業界全体の健全な発展への示唆として共有するものです
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本記事の内容は、記事執筆時点での筆者の主観的な見解であり、法的な判断や助言を提供するものではありません
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類似の状況に直面された場合は、各自の状況に応じて適切な専門家に相談することをお勧めします
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