柔道整復師が健康保険適用の施術を行った場合に作成する施術録(カルテ)は、
療養費支給申請の根拠となる非常に重要な記録です。
施術録には施術内容や保険請求の根拠となる情報が網羅的に記載されていなければ、
施術の事実を証明できず、不適切な請求と見なされるリスクがあります。
本記事では、電子施術録システムの開発者向けに、
施術録に関わる関連法令・通知、必須記載事項とその理由、各項目の記載様式、項目間の関係性、
保存期間・形式の要件、および電子施術録の設計・監査対応ポイントについて整理します。
関連法令・通知・制度の概要
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健康保険法と療養費制度
柔道整復師の施術は医師の治療とは別枠で健康保険の対象となり得ます。
これは療養費制度として位置づけられ、外傷性で明らかな負傷(骨折・脱臼・打撲・捻挫等)について、
一定条件下で健康保険から費用が支給される仕組みです。
ただし業務上の災害(労災)や通勤途上の災害、第三者行為(交通事故)による負傷は健康保険の対象外。
また、骨折・脱臼の継続施術には医師の同意が必要と法律で規定されています(応急手当を除く)。 -
柔道整復師法
柔道整復師の資格や業務範囲を定める法律ですが、
実は施術録の作成・保存義務について明確な規定はありません。
しかし、これは施術録が不要という意味ではなく、後述の受領委任制度や通知によって
実質的に義務付けられています。 -
受領委任制度と協定
患者が一旦全額を支払い、後日保険者に請求する従来の療養費手続ではなく、
柔道整復師が患者に代わって療養費を保険者に直接請求できる制度が受領委任です。
この制度を利用するためには、柔道整復師は施術録を適切に作成・保存することが
協定や契約で義務付けられています。
協定では施術録を遅滞なく記載し、施術完結の日から5年間保存することが定められており、
保険者等から提出・提示を求められた場合に速やかに対応できるよう常時整備しておく必要があります。
これは法的義務ではないものの、受領委任制度を利用する限り遵守が求められるルールです。 -
厚生労働省の通知・審査基準
厚労省は
「柔道整復師の施術に係る療養費の算定基準の実務上の留意事項等について(通知)」
を発出し、療養費請求に関する施術録の記載・整備事項を詳細に示しています。
(最終改正2024年5月29日)
施術録に記載すべき項目が別添で示されており、全国でほぼ共通の基準となっています。
また保険者(健康保険組合等)の審査では、この通知や協定に基づく審査基準に沿って
施術録の内容と請求内容の妥当性がチェックされます。
審査や指導・監査の現場では、
「いつ誰が見ても正しい請求であると認められる」 施術録であることが求められ、
逆に記載不備があると不適切請求(最悪の場合は詐欺)と見なされ返還や処分の対象となりえます。
以上の法令・制度により、
柔道整復師は施術録を正確に記載・保存し、請求の根拠を説明できるようにしておく義務があります。
施術録に必須とされる記載事項とその理由
厚労省通知では、療養費の支給対象となる施術について施術録に網羅すべき記載事項が定められており、
それらを満たした施術録を患者ごとに作成するよう求めています。
同一患者については施術録を初検ごと・負傷部位ごとに分冊せず、一冊にまとめて記載する決まりです。
以下、**主要な記載項目(1~12)**と記載内容・形式、
記載が必要な理由をまとめます。
1. 受給資格の確認(保険情報の記録)
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内容
患者の健康保険の資格情報を記録します。
具体的には保険等の種類、保険証の記号・番号、被保険者氏名、住所・電話番号、
資格取得日、有効期限、保険者や事業所の名称・所在地、公費負担の有無、
患者本人の氏名・性別・生年月日・続柄・住所、一部負担割合など。 -
形式
保険証から転記する形で正確に記入します。
保険種別や負担割合はあらかじめ定められた区分からの選択、
記号番号等は文字・数字入力。
月初めごとに保険証を提示確認し、最新情報に更新するなど資格誤りを防ぎます。 -
必要理由
患者が健康保険適用を受ける正当な資格を有することを確認・証明するため。
記号番号や氏名等が誤れば請求は通りませんし、資格喪失後の施術は給付対象外。
請求先となる保険者の特定や患者負担金計算にも必要です。
2. 負傷年月日・時間・原因等
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内容
患者が負傷した日時(年月日および時間帯)、場所、
および負傷の原因(どのような状況で負傷したか)を記録。
例:「○年○月○日夕方、自宅の階段で踏み外して転倒し左足首を捻挫」など。 -
形式
「いつ(日時)」「どこで(場所)」「どうして(原因)」を区切って記載しやすい様式。
記載内容は患者申告に基づくが、不明点は具体的に確認します。 -
必要理由
健康保険が適用されるのは外傷性で原因が明確なケガのみ。
負傷原因があいまいだと保険適用が否認されるリスクがあります。
施術録に原因が書かれていないと、後日「負傷原因不明」とみなされる可能性大。
3. 負傷の状況・程度・症状等
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内容
負傷時点での患部の状態(腫脹や熱感、圧痛、可動域制限、内出血など)を記載。
複数の負傷部位が近接している場合は文章や図示で部位を示す。 -
形式
自由記載。紙の様式では「負傷の程度・経過等」欄、電子ならテキスト入力+画像添付など。
初検(初診)時の所見として詳細に記録し、以後の経過記録と区別。 -
必要理由
ケガの重症度や具体的な状態を把握・証明し、
施術内容や治療期間の妥当性を裏付けるため。
4. 負傷名
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内容
負傷の傷病名を記載。捻挫、打撲、挫傷(肉離れ)、骨折、脱臼など、
外傷名であることが必須。 -
形式
定型の名称を用いる。レセプトコンピュータや電子施術録ではプルダウンメニューで選択。
複数部位負傷なら各部位ごとに負傷名を記録。 -
必要理由
柔道整復の療養費で認められるのは外傷性のケガのみ。
傷病名が適切でないと審査で否認されます。
5. 初検年月日、施術終了年月日
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内容
初検日は負傷について初めて施術を行った日、
施術終了日は施術が完結(治癒・中止・転医など)した日。 -
形式
年月日を記入。紙だと各負傷名ごとに初検日・終了日の欄、
電子ならカレンダー選択や自動入力でも可。 -
必要理由
施術期間を特定し、長期・不必要な継続がないかを判断する材料。
保存期間(5年)の起算日にも関わる。
6. 転帰(治癒・中止・転医の別)
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内容
最終的にどうなったかを「治癒」「中止」「転医」のいずれかで記載。
中止・転医の場合は理由や経緯も残す。 -
形式
紙なら「治癒・中止・転医」欄へ○印か記述、電子ならラジオボタン等。
1負傷につき必ず1つ選択。 -
必要理由
施術結了時の状態を明示し、治療が適切に終了したかを示すため。
特に転医の場合、医師の診断が必要になった等の証拠にもなる。
7. 施術回数
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内容
該当負傷に対する通算の施術回数(来院日数)。例:初検含め10回なら「10回」。 -
形式
数字で回数を記入。電子では各施術日の記録から自動計算も可。
月ごとの施術日数合計と一致させる。 -
必要理由
療養費請求書の施術日数と合致しているかの確認に必須。
多頻度・長期施術でないかをチェックする指標。
8. 同意医師の氏名・同意日
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内容
骨折・脱臼の継続施術に必要な医師の同意。
同意医師の氏名と同意日を記録。 -
形式
紙ではテキスト欄、電子でも該当負傷名(骨折/脱臼)選択時に必須化するなど。 -
必要理由
骨折・脱臼は医師の同意なく継続施術できない(法律規定)。
記録がなければ違法施術と見なされるリスク。
9. 施術の内容・経過等
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内容
実際に行った施術内容(保存療法や処置)と経過(症状変化)を時系列で記録。
初検時には生活指導や受領委任の説明内容なども必ず残す。 -
形式
日ごとに自由記載(紙カルテなら施術記録欄、電子ならタイムライン形式)。
初検時の説明事項はテンプレート化で漏れ防止も可。 -
必要理由
どんな施術を行い、なぜその期間・回数となったかの根拠。
施術録は「請求の根拠を証明する」資料なので、施術経過を詳細に記す。
10. 施術明細
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内容
請求の内訳(初検料、施術料、加算、往療料、材料費、一部負担金額など)を
施術日ごとに記録。 -
形式
紙では月日ごとの表形式、電子ではチェック入力や点数計算機能で記録。
患者からの自己負担金も正確に残す。 -
必要理由
請求額の根拠を裏付ける詳細情報。
保険者は施術録と請求書が整合しているか厳しくチェックする。
11. 施術料金請求等(請求年月日・期間・金額・領収日)
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内容
療養費の保険請求を行った年月日、請求対象施術期間、請求金額、
領収年月日(保険者から入金された日)を記録。 -
形式
自由記載。電子では請求データ連動で自動入力も可。 -
必要理由
施術録と請求書の紐付けを明確にし、監査時に整合性を確認しやすくするため。
12. 傷病手当金請求等(意見書控え)
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内容
患者が傷病手当金を申請する際、柔道整復師が意見書や証明書を出す場合がある。
その際の労務不能期間、施術回数、発行日などを施術録に控える。 -
形式
備考欄などに自由記載。電子なら該当時のみ入力欄を表示するなどで管理。 -
必要理由
医師と同様に証明行為を行った記録。
施術実態との整合性を保つ必要があるため。
各記載項目間の関係性と一貫性の確保
施術録の各情報は相互に一貫している必要があります。
保険者・審査担当は矛盾や不自然な点を厳しくチェックします。
開発者としては、入力情報同士の関係性に注意し、不整合を防ぐ仕組みを検討するとよいでしょう。
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負傷原因と負傷名・施術内容の整合性
負傷原因からみて部位・傷病名に矛盾がないか。
「原因が『原因不明』」などは外傷性が確認できず保険適用外となるリスク大。
システム上で不適切ワード入力時にアラートを出すなど対応可能。 -
負傷名と同意欄の関係
骨折・脱臼なら医師の同意が必須。
システムで骨折/脱臼選択時に同意欄を必須化すると良い。 -
負傷名と施術期間・回数の妥当性
軽微なケガで極端な長期・多回数は不自然。
長期化する場合は所見や経過記録を充実させるなど整合性を持たせる。 -
施術内容と施術明細の整合
施術録テキストに「温罨法」とあるなら、明細でも「温罨法料」が算定されているはず。
往療なら明細に往療料が計上されているはず、などの整合チェックが重要。 -
保険情報と患者情報の整合
年齢や続柄と保険種別、公費負担の有無などに矛盾がないか。
システムで入力補助や自動チェックを行う。 -
負傷原因と保険適用可否
業務中・通勤途上・交通事故など労災・第三者行為が疑われる場合は
健康保険の対象外となる。
システムで原因入力時に警告表示する方法もある。
不整合がない筋の通ったストーリーを施術録で示すことが大切です。
最終的には「誰が読んでも納得できる記録」が理想。
自動チェックや入力補助で人為的ミスを防ぎましょう。
施術録の保存期間と保存形式に関する法的要件
保存期間の要件
- 協定等で「施術完結日から5年間」保存するよう定められている。
- 施術が長期化すれば初検日から実質的に5年以上になる場合もある。
- 原本性を保ち、保存期間中は紛失や破棄をしない。
- 期間終了後も可能なら保管しておくのが望ましい(法的義務は5年)。
保存形式および媒体の要件
- 紙か電子かは明確な制限はない。
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紙の場合
- 原本性を保つ(訂正は二重線+訂正印など)。
- 紛失や劣化を防ぐため適切に保管。
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電子の場合
- 改ざん防止策やログ管理で真正性を担保する。
- 必要時に速やかに紙出力する等の対応が可能であること。
- いずれも5年の間「提出を求められればすぐ提示できる」体制が必須。
電子施術録の構造設計と監査対応上のポイント
電子化する場合、紙と同等の信頼性を確保するために以下を考慮する。
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真正性の確保(改ざん防止)
ユーザー認証や電子署名、修正履歴を残すログ機能、タイムスタンプなどで
後からの書き換えを防ぎ、改変を行った場合も履歴が消せないようにする。 -
記録のタイムスタンプ(記録時刻の保持)
誰がいつ入力したかを正確に残す。
「遅滞なく記載」した証拠にもなる。 -
ユーザー識別と権限管理
記録者をIDで区別し、施術者ごとの入力を明確化。
受付事務などには閲覧権限のみ付与するなどロール管理で内部不正を防ぐ。 -
見読性の確保(判読できること)
監査時に紙出力や画面表示で内容を容易に確認できること。
検索機能や印刷レイアウトも整備。 -
保存性の確保(データの保存・保全)
バックアップ・災害対策、長期的な互換性維持など。
システム更新やベンダー変更時のデータ移行も計画しておく。 -
監査・審査時の対応容易性
紙出力機能の用意、監査担当へのシステム概要説明など。
医科の電子カルテガイドライン(真正性・見読性・保存性)を参考にすると良い。
審査・監査における施術録の信頼性担保の観点
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記載事項の網羅性
必須項目(負傷原因・施術内容など)に漏れがないか。
記載不備は返戻や処分のリスク。 -
記載内容の正確性・一貫性
時系列や項目間で矛盾がないか。
負傷原因・負傷名・施術回数・一部負担金徴収などが合致していることが重要。 -
タイムリーな記録
「遅滞なく記載」することで施術事実を担保する。
事後にまとめ書きした疑いがあると、証拠能力を疑われやすい。 -
改ざんされていないこと
紙なら訂正時の訂正印、電子ならログを提示できるように。
監査で原本性を示す必須要素。 -
再現性(提出対応)
監査で提示を求められたらすぐ出せるよう管理。
紙でも電子でも、わかりやすい形式で提出可能にする。 -
患者サインや証憑類との整合
受領委任の署名、領収証等と施術録の負傷名・日数などが一致していること。
システムで一元管理できるとミスが減る。
結論として、
「施術録に書いてあること = 実際の施術および請求内容」であることを
客観的に示せるかが鍵です。
システム化で改ざん防止や入力漏れ防止を実現し、
柔道整復師の保険請求を安心して行えるようにしましょう。