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柔道整復師の業界ではなぜ電子申請をはじめとしたDXが進まないのか

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序論

柔道整復師の施術所(整骨院・接骨院)は全国で約5万箇所に上り 、地域医療の一翼を担う存在です。しかし、この柔道整復業界ではデジタルトランスフォーメーション(DX)の導入が極めて遅れており、診療報酬請求など基幹業務の電子化が進んでいません。医科・歯科など他の医療分野では保険請求のオンライン化が進みましたが、柔道整復療養費の分野では未だに紙の「療養費支給申請書」に頼った運用が続いているのが現状です。 現場の施術者や関係者からは、業務効率化や不正請求防止の観点からDX化の必要性が指摘されています。本記事では、柔道整復業界において電子申請(DX)がなぜ進まないのか、その背景と課題を専門的視点から徹底分析し、今後の展望と推進に向けた提言を行います。

DXが進まない背景

柔道整復業界でDXが進まない理由として、歴史的経緯や制度上の事情、関係団体・保険者の対応など複数の要因が絡み合っています。本章では、過去20年間にわたる電子化停滞の歴史的背景と、制度的な複雑さから生じる課題について解説します。

歴史的経緯:電子化停滞の20年

柔道整復療養費の電子化はここ20年ほど大きな進展がありませんでした。医科の診療報酬請求では2000年代以降レセプトコンピュータの普及やオンライン請求義務化が進みましたが、柔道整復では依然として紙請求が主流です。その要因の一つに過去の電子化試行の頓挫があります。実は2017年(平成29年度)に柔道整復療養費の電子請求モデル事業を実施する計画がありましたが、保険者側の反対や費用面の問題により延期を余儀なくされたのです 。その後しばらく議論は停滞しましたが、2020年に菅政権でデジタル化推進が掲げられると状況が変化し、厚生労働省との意見交換が再開されました 。しかし、長年の遅れを取り戻すには至らず、電子請求は未だ本格稼働していません。このように、過去の取り組みが頓挫した経緯がDX停滞の背景に存在します。

受領委任制度と請求ルートの複雑さ

柔道整復師による施術の保険請求は、「受領委任制度」という独特の枠組みで行われています。受領委任制度とは、患者が一旦窓口で自己負担分のみを支払い、残りの療養費は患者の委任に基づき施術所が保険者に直接請求できる制度です。これは患者の経済的負担軽減に寄与する反面、請求の経路が複雑になる要因となっています。具体的には、施術所は月毎に保険者別に療養費支給申請書を作成し、所属する都道府県柔道整復師会等の団体経由で取りまとめられた後、国民健康保険分は国保連合会へ、被用者保険分は各保険者(健康保険組合等)へ送付されます 。このように保険者ごとに請求ルートや窓口が異なるため、全国一律の電子請求システムを整備しにくい状況があります。紙請求であれば従来のルートを踏襲できますが、電子化するとなれば、この複雑なルートを集約・再設計する必要があり、それがDX推進を難しくしているのです。

保険者ごとに異なる審査・支払体制

上記のように請求ルートが分かれていることに対応して、保険者ごとに審査・支払いの体制も異なる点が電子化を阻む一因です。国民健康保険や後期高齢者医療では、提出された申請書を都道府県の国保連合会がまず受付・点検し、柔整審査会で内容審査を行った上で支給決定額を算出する仕組みになっています 。一方、会社員等が加入する被用者保険の場合、支給申請書は各健康保険組合など保険者自身が受け付け、保険者ごとに審査・支払い業務を行うか、または社会保険診療報酬支払基金等に委託しています 。つまり、現行制度では統一的な審査支払インフラが存在せず、保険者により運用がバラバラなのです。この状況下で電子請求を導入しようとしても、「どの機関が一元的に受付・審査を行うか」「各保険者の裁量権をどう扱うか」という制度設計上の課題に直面します。実際、厚労省の専門委員会でもオンライン請求導入時の審査支払業務は公的な関与の下で標準化すべきとの意見が出されつつ、保険者側・施術者側双方から2026年度の導入は難しいとの声も上がっています 。このように、保険者ごとに異なる審査・支払体制そのものがDX推進のハードルとなっています。

請求代行業者の存在とその影響

柔道整復師の多くは、個人で保険請求事務を完結させず、請求代行業者(団体)を利用しています。都道府県柔道整復師会(公益社団法人日本柔道整復師会の傘下団体)が伝統的に会員施術所の請求事務を取りまとめてきたほか、近年では株式会社や協同組合形式の請求代行サービスも数多く存在します。この仕組みにより小規模な施術所でも煩雑な保険請求が行える利点がある一方で、DX化に特有のブレーキも生じています。まず、施術所側にとって代行業者に任せれば済むため自ら電子請求システムを導入・運用するインセンティブが低いことが挙げられます。また、請求代行業者側も現在の紙中心の業務形態にビジネスモデルを乗せているため、大規模なオンライン化は自らの業務縮小に直結しかねず、表立ってはなくとも抵抗感があると考えられます。実際、厚労省のワーキンググループでは「オンライン請求の仕組みに請求代行団体が直接介在できないようにすべき」との意見が出され 、請求代行団体を公的に登録制にする案など業者の関与を限定する方向で検討が進められています 。さらに、オンライン請求導入の目的として公式にも「請求代行業者等による不正行為の防止」が掲げられており 、これは裏を返せば一部の代行業者が不正請求に関与した事例や疑念があったことを示唆しています。以上のように、請求代行業者の存在は現行制度を支える一方で、DX推進における利害調整の難しさや抵抗要因となっています。

不正請求の発生と規制強化

柔道整復療養費を巡っては不正請求の問題がかねてより指摘され、行政・保険者による監視と規制が強化されてきました。例えば、過去には実際には治療していない虚偽の請求や、必要以上の長期・頻回の施術による水増し請求が社会問題化し、患者に対する照会(利用内容の確認調査)や施術録の点検が頻繁に行われるようになりました。ある時期には「接骨院に行くと保険者から調査の手紙が来る」と患者が敬遠する事態すら発生し、厚労省が行き過ぎた調査の是正に乗り出した経緯もあります 。このような不正抑止策の強化は、請求事務におけるチェック項目の増加や患者署名の徹底など紙運用前提のプロセスを固定化する結果を招きました。つまり、「不正を防ぐために毎回患者の署名を紙で集める」「整合性確認のため原本書類を保存・提出させる」といった運用が重視されるあまり、電子化による効率化よりもアナログな手続遵守が優先される風土が生まれた面があります。また、保険者側も不正リスクを理由に電子請求化に慎重であった可能性があります(前述の2017年モデル事業に対する保険者の反対も、チェック体制の不安が一因と推測されます)。このように、不正請求問題への対処が優先された結果、業界全体として電子化よりも厳格な紙運用・ルール整備に注力せざるを得なかったことが、DXの停滞につながったと考えられます。

技術的・制度的な課題

次に、DX推進を阻む具体的な技術面・制度面の課題を整理します。電子請求に移行しようにも、システム未整備や他制度との非連携、そして小規模施術所ならではのハードルが存在します。本章では、それぞれの課題について詳しく見ていきます。

電子請求システムの未整備

最大の課題は、柔道整復療養費の電子請求を行うための公式なシステム基盤が未だ整っていないことです。現在、施術所が柔道整復療養費を請求する際には所定の紙様式に記入し提出する以外に選択肢がなく、医科レセプトのようなオンライン請求システムは提供されていません 。厚生労働省も重々この問題を認識しており、2020年2月には「柔道整復療養費の電子化に向けた業務支援一式」に関する入札公告を行い、本格的にシステム開発検討に着手しました 。しかし、実現には費用負担や患者署名の電子化など解決すべき課題が多く残されているのが現状です 。言い換えれば、業界側が使いたくても使える電子請求システムが存在しないためにDXが進まないのです。このシステム未整備の問題は鶏卵の関係でもあります。すなわち、利用者側(施術所)が少ないとシステム開発投資が進まず、一方でシステムが無いから利用者も増えないという悪循環です。まずは国主導で全国統一仕様の電子請求システム構築を進め、誰もが利用できるインフラを整備することがDX化の前提条件となります。

オンライン資格確認システムとの連携不足

現在、医療保険制度全体のDX施策としてマイナンバーカードを活用したオンライン資格確認システム(いわゆる「マイナ保険証」)が導入されつつあります。柔道整復施術所等でも2024年4月から運用開始、同年秋以降には導入が義務化される予定で 、順次各施術所に専用カードリーダーの設置とシステム登録が進んでいます。しかし、このオンライン資格確認と柔道整復の請求業務システムが直結していないことが課題です。本来、オンライン資格確認で得られる受診情報や保険者情報は、そのまま療養費請求データと連動できれば事務効率化が図れます。ところが現状では、資格確認は資格確認、請求事務は請求事務で分断されており、施術所はせっかくオンラインで取得した情報を改めて紙の申請書に転記するといった非効率が発生しかねません。実際、柔道整復師会からは「医科と違い接骨院では保険証番号さえ分かれば良いため、患者に4桁の暗証番号を入力してもらうだけでオンライン資格確認と電子請求を実現可能」との指摘もあり 、資格確認情報を活用したスムーズな請求を望む声があります。オンライン資格確認システム自体はDXの一環ですが、それ単体では請求DXに直結しないため、これを請求システムと如何に連携させるかが今後の技術的課題となっています。

医療レセプトとの差異とシステム開発の難しさ

柔道整復療養費の請求は、一般的な医科診療報酬レセプトとは形式や要件が大きく異なる点もシステム開発を難しくしています。まず、柔道整復の場合は負傷原因や部位、負傷日、施術期間、施術回数など独自に記載すべき項目があり、これらは医科のレセプトには存在しない情報です。また、療養費支給申請書には患者からの署名欄があり、毎月の施術内容を患者自身が確認・署名する運用が求められます 。この患者署名の電子化はセキュリティや真正性の担保を含めて解決すべき技術課題です。さらに、審査方法にも違いがあります。医科レセプトは点数主義で自動チェック(形式審査や突合点検等)が発達していますが、柔整療養費では負傷名の妥当性や施術日数の適正さなど内容審査に属人的判断が多く、標準化されたビジネスルールの構築が難しい側面があります。 加えて、柔道整復師には医師のような診断権がないため診断名のコード化がなく、レセプト電算処理システムに載せるデータ形式そのものを新規に定義する必要があります。これらの差異により、既存の医科・歯科の電子レセプトシステムを転用することができず、一から柔整専用の電子請求システムを開発する必要がある点がDX推進の技術的ハードルとなっています。システム開発には時間とコストがかかるため、慎重な要件定義と検証を経る必要がありますが、その過程で業界固有の複雑さが障壁となっているのです。

小規模施術所への導入ハードル(コスト・運用負担)

柔道整復業界の多くは個人経営またはスタッフ数名規模の小規模施術所です。このような規模の施術所にとって、新たに電子請求システムを導入することは経済的・人的負担が大きく、DX推進のハードルになっています。具体的には、パソコンやレセプトソフトの購入費用、ネット回線の整備費、そして導入後の月額利用料や保守サポート費用など、コスト面の問題があります。紙で請求していた従来はほぼ印刷と郵送コスト程度で済んでいたものが、電子化により初期投資とランニングコストが発生することになり、収益規模の小さい施術所ほど導入に尻込みしやすくなります。この点に関して厚労省のワーキンググループでも「オンライン化初期費用は国が負担し、ランニングコストは施術者側も一部負担するべき」との検討意見が出ており 、公的支援策と費用分担のバランスが議論されています。加えて、運用面の負担も無視できません。高齢の施術者などITリテラシーが高くない人にとって、操作研修やトラブル対応など電子システムの運用は不安材料です。レセプトソフトの使い方を覚える手間や、万一システム障害が起きた際のリスクも考えると、現行の紙運用に留まりたいと感じる施術者もいるでしょう。このように、小規模事業者が多い業界構造ゆえに生じるコスト・運用面のハードルが、DX化の足踏み要因となっています。

業界構造とステークホルダーの影響

柔道整復業界におけるDX停滞は、技術や制度上の課題だけでなく、業界の構造や関係者間の力学にも起因しています。本章では、施術所の多様な実態や業界団体と行政の関係、そして保険者側の対応姿勢といったステークホルダーの影響について考察します。

施術所の規模・経営形態の多様性

前述した通り柔道整復施術所は全国で5万件規模に上り、その多くは個人経営や夫婦で営む小規模院ですが、中には分院展開するチェーン型や医療法人傘下で運営される例もあり、経営形態は多様です。 規模が大きく資本力のある施術所であれば、早期に自前のレセプトコンピュータを導入したり、IT担当人員を配置してDXに前向きに取り組むことも可能でしょう。実際、一部の大手整骨院チェーンでは独自の電子カルテ・予約システムを導入し、保険請求も効率化しているケースがあります。しかし一方で、地域に根ざした一人治療院のようなケースでは、パソコン1台導入するのにも慎重にならざるを得ず、未だに手書きカルテ・手書き請求という所も少なくありません。この施術所ごとのIT環境・経営リソースの差が、業界全体で足並みを揃えたDX推進を難しくしています。つまり、先進的な一部の施術所と従来型の大半の施術所との間でデジタル化対応力に開きがあり、画一的な施策では対応しきれない現状があるのです。DXを業界全体で進めるには、この多様性を踏まえて小規模院への支援策や格差是正を図ることが求められます。

業界団体と政府の関係

柔道整復師にはいくつかの業界団体がありますが、中核となるのは公益社団法人日本柔道整復師会(日整)です。長年、日整および各都道府県柔整師会は施術所・保険者間の調整役として機能し、柔道整復療養費の受領委任払いに関する「三者協定」(保険者・師会・施術者の協定)の締結や、請求事務の代行などを担ってきました。行政(厚労省)も制度変更時には日整をはじめとする団体との協議を重ねる慣行があり、業界団体の意向が業界施策に反映されやすい構造があります。DX化に関しても例外ではなく、団体側の姿勢が進捗を左右してきました。例えば前述の2017年モデル事業では日整側は協力的でしたが、他方で保険者との調整不備により実現しなかった経緯があります 。また、近年では日整に属さない独立系の施術者も増え、全国柔整鍼灸協同組合など他団体も台頭しているため、業界として足並みを揃えることが難しくなっています。行政としては、本来こうした団体経由で施策を推進するのが効率的ですが、利害の違う複数団体の存在がコンセンサス形成を複雑化させています。さらに、業界団体自体が請求代行業務を収益源・サービスとして抱えているため、オンライン請求が直接施術所と保険者を繋ぐ形になれば団体の役割縮小につながりかねないというジレンマも指摘できます。実際には公には協力姿勢を示しつつも、内心では現行路線の維持を望む声も一部にはあったでしょう。こうした業界団体と政府(行政)との緊張関係、団体内外の利害調整の難しさがDX推進スピードに影響を及ぼしています。

保険者側の自主性と対応の違い

柔道整復療養費に関しては、最終的な支給決定権は各保険者(健康保険組合・協会けんぽ・市町村国保など)にあります 。そのため、保険者側の姿勢や判断もDX推進に大きく影響します。前述の通り、被用者保険では各保険者が独自に請求を受け付け審査しているケースが多く、保険者ごとに対応がまちまちです。積極的にICTを活用して効率化を図ろうとする保険者もあれば、柔整療養費は額も小さいため対応は後回しにしている保険者もあるのが実情です。また、不正請求への警戒感にも温度差があります。ある保険者は請求内容に厳格なチェックを行い、少しでも疑義があれば患者照会を行う一方、別の保険者は比較的スムーズに支払うなど運用に違いがあります。このような保険者側の自主性が尊重されている現行制度下では、統一的なオンライン請求の導入には保険者の理解と協力が不可欠です。しかし一部保険者からは、「オンライン化すると一律に支払わされてしまうのではないか」「自社の審査基準が反映できないのでは」といった懸念が示唆されており、制度設計段階から時間を要しています 。実際、専門委員会でも「審査支払機関に付託するオンライン請求への参加はあくまで保険者裁量であることが前提」と確認されており 、強制ではなく保険者の任意参加というスタンスが取られています。このため、保険者間の足並みの乱れがDX化スケジュールの足かせとなっています。さらに、オンライン請求導入に伴うシステム改修費用負担についても保険者側に課題があります。公的医療保険財政の厳しい中、各保険者が自前のシステム対応をするインセンティブは低く、国主導で基盤整備と費用支援を行わなければ前に進みにくい状況です。総じて、保険者側の協力姿勢のばらつきと費用負担への慎重姿勢が、柔整業界DXの進行速度を左右していると言えます。

政府の対応と今後の展望

以上の課題を受け、政府(厚生労働省)は柔道整復療養費分野のDX推進に向けた取り組みを本格化させています。本章では、行政側の施策と計画、そして今後見込まれる技術的・制度的解決策について述べます。また、目標とされる2026年度オンライン請求開始の現実性についても考察します。

厚生労働省のDX推進計画

厚労省は医療全体のDX推進の中で、柔道整復師の分野も重要なピースと位置付けています。2021年には「医療DX推進プラン」が策定され、電子処方箋やオンライン資格確認と並んで柔道整復・あん摩マッサージ等の療養費のオンライン化が工程表に組み込まれました 。これを受け、社会保障審議会医療保険部会の下に「柔道整復療養費検討専門委員会」が設置され、さらにその配下で具体的設計を検討するワーキンググループ(WG)が2022年末より発足しています 。WGには柔整業界代表のほか、医師会や保険者代表、システムベンダーも参加し、12項目にわたる論点整理と課題洗い出しが行われました 。厚労省はこの場で現行制度の枠組みを前提に法令面の整理や事務フロー設計を進め、早期に具体策の検討着手を表明しています 。またDX推進に当たり達成すべき目的として、「施術者への確実な支払い」「事務の効率化」「審査の質向上」「施術の質向上」が掲げられています 。つまり、オンライン請求は単なる手段ではなく、正当な療養費を確実かつ効率的に支払い、不正を防止しつつ審査水準を高め、ひいては柔道整復の質的向上につなげるという包括的な狙いがあります。このように、国としては明確なビジョンを持ってDX推進に取り組み始めており、関連法規の整備(電子署名の法的位置づけ等)や予算措置(システム開発費補助等)も動き出しています。

2026年度オンライン請求導入計画の現実性

厚労省の工程表では2026年度から柔道整復療養費のオンライン請求を開始する計画とされています。しかし、その現実性については関係者の間で議論が分かれています。2022年7月の専門委員会では、施術者側・保険者側いずれからも「2026年度の導入は難しい」との意見が出されました 。前述の通り、システム開発や法整備、周知期間などクリアすべき課題が山積しているためです。ただ一方で、「公的関与の下に請求・審査・支払いが行われる仕組みとしてオンライン請求を導入することは重要」とも確認されており 、多少の遅延があっても実現の意義は大きいとの認識も共有されています。現在(2025年時点)、WGや専門委員会で過誤調整(誤請求の調整)や署名の電子化、復委任(再委託)規制など優先課題の検討が進んでおり 、制度面の下地作りが急ピッチで進行中です。仮に2026年度当初で全国一斉導入が難しくとも、一部地域や希望する保険者・施術所から段階的にオンライン請求を開始する可能性も考えられます。また、2025年前後に試行事業や実証実験を行いシステムのブラッシュアップを図る計画も検討されています 。重要なのは、期限ありきで無理に進めて現場混乱を招くより、多少遅れても堅実に課題解決した上でスタートすることです。現状の議論を見る限り、2026年度「完全実施」はチャレンジングですが、政策的優先度が高い以上、数年遅れでも必ず実現に向かうと見てよいでしょう 。

今後の技術的・制度的な解決策

オンライン請求の実現に向け、今後取り得る技術的・制度的解決策として以下のポイントが挙げられます。

  • 審査支払インフラの統一・標準化: 請求受付から審査・支払までの業務を社保支払基金や国保連合会といった公的機関に集約し、全国統一仕様のシステムで処理する方向が検討されています 。これにより保険者ごとのばらつきを吸収し、施術所は一つのオンライン窓口に請求すれば済む形が目指されます。
  • 患者署名の電子化・簡素化: 不正防止の要である患者署名については、マイナンバーカードを利用した認証や電子署名の導入が想定されます。例えば施術所の端末で患者がマイナカードをかざし暗証番号を入力すれば受療履歴に電子署名が付与される、といった仕組みです。これにより紙の署名簿を廃止しつつ、患者の受療確認を担保します。
  • 小規模施術所向け支援: 国主導で簡易な請求ウェブポータルや無料ソフトを提供し、パソコンが苦手な施術者でも扱えるUI/UXを整えることが考えられます。また、初期導入補助金や通信料の助成など経済支援策も重要です。実際、オンライン資格確認端末の無償貸与や補助が行われたように、請求DXでも財政支援が検討されるでしょう。
  • 段階的義務化と経過措置: 一定期間の経過措置を設けた上で最終的にオンライン請求を義務化する方針も示されています 。オンライン請求環境に対応できない場合は受領委任を認めず償還払い(患者が一旦全額払う方式)に変更するなど、事実上オンライン請求への移行を促す仕組みです 。これにより業界全体の移行を強力に後押しする見込みです。
  • データ活用とフィードバック: オンライン化で蓄積されるビッグデータを活用し、不正検知の高度化や施術傾向の分析フィードバックなど、付加価値の創出も期待できます。これにより単なる事務効率化に留まらず、業界の発展やエビデンス蓄積にもつながるでしょう。

以上のような解決策を組み合わせ、技術面・制度面の障壁を一つ一つ乗り越えていくことになります。政府も民間も協力し、使いやすく信頼性の高いオンライン請求システムを構築できれば、柔道整復業界のDXは大きく前進するでしょう。

結論と提言

柔道整復業界におけるDX(電子申請)の遅れは、歴史的経緯から制度の複雑さ、関係者の利害まで複合的な要因によるものでした。過去の電子化試行の停滞や、受領委任制度に起因する請求フローの煩雑さ、さらには不正請求問題への対処などが紙運用を長引かせ、結果として20年近く業界全体がアナログな手続きを維持してきたことがわかります。技術面でも、未整備のシステム基盤や医科との差異、小規模施術所の事情が壁となり、単純に他業界の仕組みを移植できない現状でした。しかしながら、ここにきて国の強い意志によるDX推進策が動き始めており、2020年代後半は柔道整復業界が変革する転換点となるでしょう。

DXを進めるために必要なアクションとして、まずは国による標準的なオンライン請求システムの構築と法制度の整備が不可欠です。業界側も不正防止策と両立する形で電子化に協力し、患者署名の電子化や業務フロー見直しに応じることが求められます。また、小規模施術所への十分な支援(経済的援助と操作研修など)を行い、デジタル格差を埋める努力も必要です。さらに、他業界の事例から学べる成功要因もあります。例えば医科のオンライン請求では、段階的なインセンティブ付与とペナルティ導入により普及率を高めました。同様に柔整業界でも、オンライン請求加算の新設や紙請求の減算措置などアメとムチの政策を組み合わせることで移行を促進できるでしょう。また、調剤薬局業界などではベンダー各社がクラウドレセコンを提供し中小薬局のIT化を支援しましたが、柔整分野でも民間IT企業の力を借りてクラウド型の廉価な請求サービスを展開することも考えられます。

最後に強調したいのは、関係者間の調整・合意形成の重要性です。柔道整復師、業界団体、保険者、行政、それぞれがDX推進のメリットを共有しwin-winとなる仕組みを構築しなければ、本当の意味での成功は得られません。オンライン請求の導入はゴールではなくスタートであり、それを契機に業務効率化や不正排除、さらには施術の質向上という好循環を生み出すことが真の目的か。

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