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電子カルテ・電子施術録の証拠能力と法制度・判例分析(開発日誌#7)

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法律上の位置づけ(民事・刑事・行政での取扱い)

民事訴訟: 日本の民事裁判では、電子カルテ(医師の診療録)や柔道整復師の施術録といった電子的記録も「文書」証拠として提出できます 。従来は紙の原本提出が原則でしたが、近年の民事訴訟法改正(令和4年施行)で**「電子文書」という証拠方法が明文化され、電磁的記録も文書と同様に扱われるようになりました 。この改正により、電子記録は原本でなく複製(コピー)でも提出可能**とされ(原本提出主義の不採用) 、電子カルテのプリントアウトやデータ提出でも証拠能力が認められます。裁判所は当該データが訴訟で必要な事実と関連性があれば証拠として採用します。したがって、民事訴訟において電子カルテ類は適切に提出すれば、紙のカルテと同様に証拠能力があります。実務上も、医療訴訟では診療録の内容に沿って事実認定が行われることが多く、カルテは最重要の証拠資料です 。電子カルテであっても、その内容が争点事実に関連すれば証拠提出され、証拠調べの対象となります。

刑事訴訟: 刑事裁判でも電子的な診療記録は証拠として利用可能です。刑事訴訟法上、電子データそれ自体の存在を立証する場合にはそれは非供述証拠(人の陳述ではない証拠)と位置づけられ、伝聞法則(いわゆる証言の伝聞禁止)の適用はありません 。したがって、要証事実との関連性さえ認められれば電子カルテ・施術録データは証拠能力を有します 。例えば、電子記録に残されたログ情報やタイムスタンプなどは機械的に生成された記録として、改ざんされていなければ物的証拠(検証対象)として扱われます。一方、カルテ記載の内容それ自体(医師が記載した診療内容の記録)は人の作成した文書ですから、本来は供述証拠にあたります。しかし診療録は業務上作成される通常記録であり、作成者である医師本人の証言で内容の信用性を補強することも多いです。また、カルテ改ざんは刑法上の証拠隠滅罪等に該当し得る重大な行為であり 、捜査段階でも電子記録が重要証拠となり得ます。総じて、刑事では電子カルテ類は適切な形でデータ提出(例えばCD-Rに記録して提出)すれば物証・書証として採用され、証拠能力自体は認められるのが原則です。問題はその内容の信用性評価となります(後述)。なお行政事件(行政訴訟)でも、基本的に民事訴訟と同様に関連性のある証拠は採用されます。例えば柔道整復師の療養費不正請求に関する行政処分の争いでも、電子施術録の記録が証拠資料として審理されることになるでしょう。その場合も、電子記録だから排除されることはなく、他の証拠と同等に扱われます。

関連法規: 電子カルテ・電子施術録の法的取扱いには以下の法律・制度も関係します。
• 医師法・医療法: 医師には診療録(カルテ)の作成・保存義務が課されています(医師法24条)。保存期間は医師法施行規則等で5年間以上と定められます。かつては紙での保存が前提でしたが、1999年に厚生省(当時)が「診療録等の電子媒体による保存について」の通知を出し、一定の要件を満たせば電子媒体で診療録を保存できるようになりました 。この通知によって電子カルテの運用が正式に法的に認められ 、電子カルテは紙カルテと同等の法的効力を持つものと位置づけられています 。通知以前は電子カルテの法的位置付けが不明確で、裁判での証拠能力にも疑問がありましたが、通知制定により電子カルテが合法かつ有効であることが明確化されています 。医療法上も診療録の保存義務が規定され、電子保存の場合の要件が定められています(後述の「真正性・見読性・保存性」の3要件)。
• 柔道整復師法: 一方、柔道整復師法には施術録の作成・保存に関する明確な規定がありません 。柔道整復師が扱う施術録(いわば接骨院等のカルテ)については法令上の義務はないものの、柔整療養費の受領委任契約(健康保険で柔整施術料を請求する仕組み)において施術録の作成と保存(施術完結日から5年間)が求められています 。つまり保険請求を行う実務上は施術録の作成・5年保存が実質的に義務付けられているのが現状です 。もっとも、その保存媒体(紙か電子か)については協定上明示的規定がなく、「紙でなければならない」との決まりはありません 。実際には現在多くの施術所で紙の施術録が用いられていますが、理論上は電子施術録も可能と解されます 。近年、柔道整復師業界でも電子カルテシステム導入の動きがあり、医科と同様に条件を満たせば電子施術録も有効と考えられています 。したがって法的には、医師の電子カルテも柔道整復師の電子施術録も、それぞれ所管法(医師法・柔道整復師法)で定める保存義務を果たしている限り、その記録媒体が電子でも認められる方向にあります。もっとも柔整については法令上の明確なガイドラインが未整備のため、現状では医科の基準やガイドラインを参考に各施術所の裁量で電子化が進められている状況です 。行政も将来的に柔道整復師の施術録電子化に関する指針を検討する可能性があります 。
• 電子署名法: 「電子署名及び認証業務に関する法律」(電子署名法)は電子記録の真正性を確保する重要な法律です。電子署名法は、電子データに付与された電子署名がデータの完全性(改ざんされていないこと)と署名者の同一性を証明する手段であることを法律上認めています 。適切な電子署名が施された電子カルテ記録は、その記録が特定の作成者によって作成された真正なものであることを示す電子的な「署名」となります。たとえば医師本人が電子カルテに電子署名(デジタル署名)を付す運用をすれば、その記録が医師によって記載・署名された正式な診療録であると法的に認められやすくなります 。電子署名法では電子署名がある電子文書は本人の真正な署名と推定されるため、紙の署名・押印と同等の効力が与えられます。ただし注意すべきは、電子署名だけでは署名した「時点」を証明できないことです 。例えば署名日時の情報が確実でない場合、後から付与された署名でも見かけ上は有効になってしまうため、「いつ記録・署名されたか」の証明ができなければ証拠としての信用性が損なわれる可能性があります 。このため、電子カルテでは電子署名とあわせて時刻を証明するタイムスタンプを付与する運用が推奨されています (後述)。要するに、電子署名法の下では電子カルテ等に正式な電子署名が付されていれば、裁判においても本人作成の真正な記録として認められやすいというメリットがあります。逆に電子署名がない場合でも証拠能力自体は否定されませんが、誰がいつ記録したかにつき立証負担が増すことになります。

以上のように、関連法制度上は電子カルテ・電子施術録を証拠とすること自体は許容されており、民事・刑事・行政いずれの場面でも基本的に証拠として提出可能です。その前提として、それら電子記録が適法に作成・保存されていることが望ましく、法令やガイドラインで求められる要件(記録保存の義務期間や手段)を満たしていることが重要です。

真正性・信頼性を担保するための要件

電子カルテや電子施術録が裁判で**「信用できる証拠」と評価されるには、記録の真正性(authenticity)と信頼性(reliability)を確保することが不可欠です。日本の医療分野では、前述の厚生労働省通知などで示された「電子保存の三原則」**として、以下の3要件を満たすことが求められます :
• 真正性: 保存する情報が改ざんされていないことを保証すること。 具体的には、故意または過失による虚偽の入力、書き換え、消去、混同を防止し、誰がいつ記録を作成したか責任の所在を明確にする仕組みが必要です 。電子カルテシステムではユーザー認証やアクセス権限管理を厳格にし、編集履歴(ログ)を残すことで、記録が後から変更・削除されていないか検証できるようにします。また電子署名やタイムスタンプの付与も真正性確保に有効です 。電子署名により記録内容の改変が行われていないことを技術的に担保し、タイムスタンプによりその記録が特定時刻までに存在していたことを証明できます。例えば、ある診療記録に医師の電子署名(デジタル証明書)が付され、さらにそのデータに第三者時刻認証局のタイムスタンプが押されていれば、その記録は署名時以降変更されておらず、署名日時に存在していたと強く推定できます。このように電子署名とタイムスタンプを併用することで記録の真正性を完全に証明でき、仮に作成者自身が改ざんしても検知可能と指摘されています 。逆に言えば、こうした仕組みがない電子記録は「後で改ざんされているかもしれない」という不安が付きまとい、訴訟で争点になる恐れがあります 。
• 見読性: 人の目で内容を読み取れる状態を確保すること 。電子保存している情報について、必要に応じて迅速に画面表示や紙出力して内容を確認できるようにします。フォーマットが特殊で読めない、システム障害で取り出せない、といった事態は証拠提出上問題です。見読性確保のため、一般的なフォーマットで保存したり、将来にわたって読めるようシステムの互換性を保つこと、また裁判所に提出する際はPDF化や印刷をして誰でも判読できる形にすることが求められます 。特に電子施術録の場合、保険者から照会があった際にすぐ内容を提示できるよう常時整備・保存しておくことが求められており 、読めない形式で保存していると実務上支障を来します。
• 保存性: 長期保存や損失防止のための措置を講じ、必要期間(医師は5年、柔整も協定上5年)にわたり記録を保全すること 。具体的には、データの毀損・消失を防ぐバックアップの取得、耐久性のある媒体への保存、災害対策などが含まれます。紙で言えば水害や火災対策が必要なように、電子でもサーバ冗長化や定期的な別媒体バックアップが不可欠です。また改ざん防止と表裏一体ですが、保存性の一環として追記・修正時の履歴保持(過去記録の保存)も挙げられます。後述するように、電子カルテでは訂正履歴を残す機能が通常あり、どの時点で誰がどの内容を変更・追加したかログに残ります。これにより、後からの変更があっても以前の記録との比較が可能で、透明性が担保されます。保存期間中、仮にシステム移行する場合もデータの整合性を保ちつつ移行するなど、常に記録が完全な形で保存されていることが重要です。

以上の三原則は、1999年通知以降の医療情報システムガイドライン等でも強調されています 。この三要件を満たす電子カルテシステムで保存された記録は、紙のカルテと同等に真正な証拠として取り扱われることが期待できます 。実際、厚労省のガイドラインに適合したシステムで電子保存した場合にはカルテの非改ざん性の立証が可能になり、「電子公証サービス」を利用してカルテデータに証拠性を付与するといったソリューションも提案されています (※出典は専門サービス紹介資料)。

信頼性(信用性): 真正性が技術的・手続的側面からの要件であるのに対し、法廷での証拠としての信用性は、実際にその記録内容をどの程度事実の証明に役立つものと認めるかという評価面の問題です。記録が真正に作成されたものであっても、その記載内容が信用できるかは記録の作成状況や内容の合理性によって判断されます。例えばカルテに記載漏れがあったり、後日になってまとめて入力されたような場合、裁判所は記載の即時性や正確性に疑いを持つ可能性があります 。電子カルテでは通常リアルタイムで入力されタイムスタンプが残るため、記載時刻の明確性が信用性に直結します。記載が診療直後の時刻であれば信用性が高まり、事件後にまとめて入力されたとなれば信用性は低下します。また記録者(入力したのが担当医本人か代理か)も信用性評価に影響します。基本的に診療録は担当医療者自身が記載すべきもので、代理入力や音声入力などの場合でも誰の判断で記録されたか明確にすることが望ましいです。

もう一点、改ざんが疑われる状況では記録全体の信用性が問題となります。裁判所は、カルテの一部でも不自然な改変が認められると、改変部分だけでなくカルテ全体の記載も信用できないと判断しがちです 。そのため、訂正や追記を行う際には訂正履歴を明示し、いつ誰が追記したかを記録に残すことが重要です 。例えば後日判明した事実を追記する場合、「○年○月○日追記:…(記載者署名)」のように日付・記録者付きで追加すれば、後からの追記であることが明確になり、元の記録部分の信用性は維持されます。しかしこれを怠り後から密かに書き足したりすると、全体が信用できない証拠と見なされかねません 。

以上をまとめると、電子カルテ・施術録を裁判で有力な証拠とするには、**技術的要件(真正性の担保)と運用上の工夫(記載の正確性・即時性の確保)**の両面が求められます。適切なシステムで改ざん防止策を講じ、記録手順を厳格に守っていれば、電子記録でも十分に高い証拠力を持ち得ます。逆にこれらが杜撰だと、証拠能力自体はあっても証拠としての価値(証明力)が低く評価されてしまいます。

電子カルテ・電子施術録を巡る主要な判例

改ざん等により証拠として否定された例

大阪地裁平成24年3月20日判決(医療過誤・カルテ改ざん事件): 大阪のある精神科医院で、抗うつ薬アモキサンの過量服用により患者が死亡した事件において、遺族がカルテ開示を請求した後に電子カルテの記載が書き換えられたことが問題となりました 。被告医院は電子カルテの記載を根拠に「患者や家族に過量服薬の危険性を指導していた」と主張しましたが、裁判所はそのカルテ記載が遺族の開示請求後になって追記されたものであることをログ等から認定し、意図的な改ざんと判断しました 。実際、本件電子カルテは平成○年5月12日に遺族から開示請求があった後、同月15日・22日・23日に担当医により過去の診療記録が書き換えられ、改ざん後のカルテが26日に開示されています 。カルテにはあたかも以前から過量服薬指導をしていたかのような記載が残されていましたが、裁判所は**「患者の死亡後に書き換えられた」と明確に認定し、被告の主張を退けました 。この結果、カルテ記載の信用性は完全に否定され、医院側は敗訴しています。判決はさらに、この電子カルテ・システムが「書き換え前の記載を復元できない設定」だった点にも言及しました 。すなわち、書き換えを行っても履歴が残らない仕様であったため、これは電子カルテの真正性要件を満たしておらず**、医師法24条の診療録適正作成義務にも違反する可能性があると指摘されたのです 。このケースは、電子カルテであっても不適切な運用(履歴を残さない改ざん)により証拠として失格になり得ることを示しました。カルテ改ざんは患者側にとって致命的な不利益を招く行為であり、裁判所は改ざんが判明した場合、改ざん部分のみならずカルテ全体の記載も信用できないと判断する姿勢を示しています 。実務上も、カルテ開示請求があったことで逆に改ざんの動機が生まれてしまった残念な事例とされ、電子カルテ時代においても必要に応じて証拠保全(カルテ保全)の手続きをとる重要性が説かれています 。

東京地裁平成24年10月25日判決(産科診療所事件): 別の事例として、東京地裁平成24年判決では産科診療所のカルテ記載の不自然さが問題となりました。この事件では出生後間もなく死亡した新生児の両親が医療ミスを訴え、診療所側のカルテ記載(心雑音がなかった等)の信用性が争点となりました。カルテの一部に不合理な点が多々あり、複数の医師から「記載に不自然さを感じる」と指摘されたことも踏まえ、裁判所は当該カルテの該当部分は意図的改ざんの疑いが強く、信用性は極めて低いと判断しました 。最終的に診療所側の過失が認められ、賠償責任が認定されています 。この判例でも、カルテ改ざん自体が直接制裁されたわけではありませんが、カルテの信用性が乏しいとされたことで被告側(医療側)の主張立証が大きく不利になりました 。裁判所は「カルテ改ざんは証拠隠滅目的で診療記録を不当に書き換える行為」であり、刑事上も証拠隠滅罪等に該当し得る重大な不正行為だと指摘しています 。このように、カルテ(紙・電子を問わず)の信頼性を損なう行為に対する司法の目は厳しく、ひとたび改ざんが認定されればその証拠価値は皆無となることが示されています。

信頼性が認められ有力な証拠と評価された例

電子カルテが適切に管理されていたために証拠として高く評価されたケースもあります。具体的に判例名が広く知られているものは少ないものの、実務上は電子カルテの方が紙カルテより改ざん防止策が徹底されているためカルテ改ざん自体は減少傾向にあります 。その結果、「電子カルテなら基本的に改ざんは困難だ」という前提で訴訟が進むことも増えています。医療過誤訴訟を扱う弁護士からは「電子カルテの普及により改ざんが難しくなったため、昔より証拠保全(カルテの確保)の必要性が低下している」との指摘もあります 。つまり、電子カルテであれば裁判所も記録が原本どおり保存されている可能性が高いと期待しやすく、カルテ開示されればその内容を素直に事実認定の基礎とする傾向があると言えます 。例えば、ある症例で医師がリアルタイムに電子カルテへ記録入力しており、その履歴ログに不自然な点がなかった場合、裁判所はそのカルテ記載をそのまま事実と認定しました。こうした例では、電子カルテのタイムスタンプやアクセスログが「記載が当時行われた」ことを裏付ける間接証拠となり、紙カルテ以上に記録の信頼性を高めています。特に訂正履歴機能が正常に働いているシステムでは、もし誰かが記録を書き換えれば必ずその痕跡(何月何日何時に誰がどこを変更)が残るため、むしろ「変更履歴が残っていない=改ざんされていない」という推定が働くとの見解もあります 。ログが完全に保持されている環境では、改ざんの証明は逆に困難(改ざんしていればログに残るはずなので、ログにない以上改ざんを立証しにくい)とも言われ、これは医療機関側にとって有利に作用します 。ただし、その場合患者側(原告)が「ログに残らない第三者による不正介入」の可能性などを主張すると、専門家による鑑定合戦になる可能性もあり 、高い証拠力を持つ反面、技術論争に発展する余地もあります。いずれにせよ、電子カルテのシステム要件を満たして適正に運用されていたケースでは、裁判所もその記録の信用性を認めやすい傾向にあります。例えば電子署名・タイムスタンプ付きで時系列に沿って記載されたカルテは、医師の供述を裏付ける強力な客観証拠となり得ます。こうしたケースでは電子記録が有力な証拠として評価され、訴訟の帰趨を左右しています。判例タイムズ等でも「大学病院の電子カルテでは更新記録が残るため改ざん有無の検証が可能」と指摘されており 、適正な電子記録システムは証拠能力・証明力の向上につながると考えられます。つまり、**「争いのない電子カルテ=強い証拠」**という図式が確立しつつあるのです。

医師の電子カルテと柔道整復師の電子施術録の違い

法的義務の違い: 上述のように、医師の場合は法律(医師法)で診療録の作成・保存が義務付けられていますが、柔道整復師については法律上の規定がありません 。この違いが実務にも影響を及ぼします。医師のカルテは法定義務に基づき作成される公式な記録であり、紛失・不備があれば医師法違反となり得ます。裁判でも、医師側がカルテを提出しなかったり一部欠落させたりすると、「本来あるべき記録を出さないのは不利な事実を隠しているのではないか」と不信を招き、裁判所が不利な推定を働かせることがあります(いわゆる文書提出義務違反による心証悪化)。一方、柔道整復師の施術録は法定義務ではなく保険請求上の義務ですが、これに違反して記録を残していないと保険者からの信頼を失い、療養費の支給拒否や受領委任取扱い停止などの不利益処分を受ける可能性があります 。裁判になった場合でも、施術録が整備されていない柔道整復師は自己の施術内容を立証できず不利ですし、逆に虚偽の施術録を作成して不正請求していた場合には詐欺罪等に問われるリスクもあります (肩こりを捻挫と偽って保険請求する等のケース )。要するに、医師も柔整師も記録を適切に残すことがそれぞれの義務(法令または契約上の義務)であり、裁判でもその履行状況が重視される点は共通しています。ただ柔整師については「義務違反=法律違反」ではないため、カルテ不備自体が直ちに違法と評価されるわけではありません。しかし保険請求において施術録を整備していなければ経済的ペナルティが課され、また将来的には業界から**「施術録も法律で義務付けるべき」との意見も出ています 。2017年の厚労省専門委員会でも「柔整も医科同様に施術録記載を法制化してはどうか」という議論がありました 。法的扱いの差異はありますが、裁判実務の上では**「医師カルテだから有利・柔整カルテだから不利」という扱いの差は基本的にありません**。重要なのは中身の信憑性です。

記録内容・性質の違い: 医師の診療録は患者の病態、診断、治療内容など医療専門的事項が詳細に記載されるのに対し、柔道整復師の施術録は主に外傷の発生状況や部位、施術経過など比較的シンプルな内容です 。医師カルテでは専門用語や略語が多用され患者本人には理解困難なケースもありましたが 、現在は情報開示が進みできるだけ分かりやすく記載する方向です。柔整施術録も、例えば負傷原因(いつ・どこで・どのように負傷したか)を詳細に記録することが請求要件となっており 、記載不備があると保険者から返戻(支払い拒否)される場合があります 。内容面では、両者とも業務上作成される公正な記録として裁判所に評価されますが、柔整の場合にはその記録が保険請求の根拠資料という色彩が強い点が特徴です 。そのため、柔整師の施術録が裁判で問題となるのは主に療養費請求の適否に絡むケース(例えば「実際は施術していないのに施術録を作り請求した」等の不正が争点)であり、そうした場合には記録の正確性自体が問われることになります 。医師のカルテでも保険診療の場合は診療報酬請求の根拠資料ですが、裁判では医療過誤の有無を判断する証拠として用いられることが多く、記録に書いてあるか否かが過失認定に直結する場合があります 。柔整でも、例えば施術録に負傷状況の記載がないと「それは捻挫ではなく単なる肩こりでは?」と疑われ請求が否認されるといったことがあります。つまり記録の的確さ・詳細さが重要なのは共通ですが、その記載内容の専門性や役割が若干異なるのです。

システム面・運用面の違い: 現状では、医師の電子カルテシステムは多数市販され医療機関で広く導入されていますが、柔道整復師向けの電子施術録システムは普及途上です 。医科では国のガイドラインに従ったシステム設計(先述の三原則)が一般化しており、大病院ではセキュリティも厳重です 。一方、接骨院など柔整の現場では市販の簡易なレセコン(レセプトコンピュータ)で施術録も兼ねているケースが多く、システムごとにログ管理や署名機能の有無がまちまちです。法令上の統一基準がないためですが、柔整向けにも医科同様の安全管理策を備えたシステムが望ましいとされます 。たとえば、入力者のID記録や編集履歴保持、外部バックアップ等は柔整の電子施術録でもぜひ導入すべき機能です 。また、柔整の場合は保険者や監査機関が電子施術録を認めるかという現実的問題もあります 。現在でも、一部保険者は調査の際に紙の施術録の提出を求めることがあり、電子で管理していても紙に出力して提出しなければならない場面があります。もっとも、それは証拠提出の形式の問題であり、電子施術録そのものが証拠と認められないわけではありません。将来的には柔整分野でも電子保存のガイドライン整備が進み、医科と遜色ないレベルで電子記録が活用されると見込まれます 。

以上より、医師の電子カルテと柔道整復師の電子施術録で法的な取扱いに本質的差異はないものの、制度整備の程度や実務慣行に違いがあることがわかります。いずれの場合も、裁判で通用する記録とするためには、適切な内容を漏れなく記載し(義務・目的に沿った記載)、それを真正に保存することが肝要です。

裁判を見据えた電子施術録システムの設計・運用上の注意点

最後に、電子施術録を裁判でも信頼できる証拠とするためのシステム設計・運用上の留意事項をまとめます。柔道整復師の施術録を電子化する場合も、医科の電子カルテで培われた知見を参考に、以下の点に注意してシステム導入・運用を行うべきです。
• 改ざん防止機能の実装: 電子施術録システムに、入力後の記録を後から変更できないか、変更すれば必ず履歴が残る仕組みを導入します。 例えば、保存ボタンを押した時点で自動的にタイムスタンプと作成者IDを記録し、その後修正があった場合は元データを残した上で新バージョンを保存(オーディットログの記録)するようにします。理想的には、一度確定保存した記録は訂正モードでしか変更できず、誰がいつどこを訂正したか一覧で確認できるようにします。電子署名の活用も有効です。施術録をPDF化して施術者の電子署名を付すなど、第三者にも改ざんが容易に判別できる形で保存しておくとよいでしょう 。
• 正確な時刻記録: 診療・施術の記録には日時情報が極めて重要です。システムの内部時計とログは正確に保たれ、記録ごとに入力日時が保存されるようにします。可能なら時刻認証局のタイムスタンプを利用し、記録の存在時刻を証明可能にしておきます。後からまとめて入力した場合でも、その事実(後日入力であること)がデータ上判別できるようにし、あえて当日の日付に偽るようなことは避けます。日時の改ざんや誤記を防ぐため、入力時刻の自動記録は基本機能として必須です。
• ユーザー認証と操作ログ: システムへのアクセスには施術者個人のID・パスワード(またはICカード等)を用い、誰が入力・閲覧したかログを残します。こうすることで、記録者の特定と不正アクセスの抑止ができます 。万一裁判で「本当にあなたがその時に記録したのか?」と問われても、操作ログにより担保できます。また、記録の閲覧履歴も残せれば、関係者以外が勝手に見ていないか検証でき、情報漏洩対策にもなります。
• 定期バックアップと保存媒体の信頼性確保: 裁判まで年数が経過することも考え、少なくとも法定の保存期間(5年)以上データを保全します。ハードディスク障害等に備え、複数箇所へのバックアップやクラウド保存の活用も検討します。ただしクラウド利用時は機微情報の保護に十分配慮し、暗号化やアクセス制限を適切に設定します。保存データは可読性を維持するため、将来的にソフトが変わっても読める汎用フォーマット(例:PDF/AやCSVエクスポート)で定期的に保存しておくと安心です。
• 紙媒体への出力手段: 電子施術録でも、いざという時に紙に出力できる機能は備えておきます。裁判所や保険者への提出時に紙やPDFで求められることがあるため、見やすい帳票形式で印刷・電子出力できるようテンプレートを整えておきます。電子記録と紙出力との差異が生じないよう、出力物には**全ての必要情報(患者氏名、日付、施術内容、記録者名等)**が網羅されていることを確認します。
• 運用ルールの徹底: システムだけでなく、人の運用ルールも大切です。施術直後に速やかに記録する習慣を徹底し、記憶が不確かな後日にまとめて記載することを避けます。万一追記・訂正が必要になった場合の手順を定め、必ず訂正箇所が判別できるようにすること(例えば訂正は二重取り消し線+訂正者署名、電子では訂正モードで追加記入)をマニュアル化します。複数の施術者がいる場合は、記録の分担と責任を明確に決め、記載漏れがないようダブルチェック体制を敷くことも有効でしょう。ログの定期チェックも内部監査として行い、不審な操作がないか確認しておくと安心です。

以上の点を踏まえたシステム設計・運用を行えば、柔道整復師の電子施術録であっても裁判で十分通用する信頼性の高い証拠となり得ます。実際、医科の電子カルテではこれらの対策によって「改ざんが難しい」「記録の信用性が高い」と評価されつつあります 。柔道整復師においても、今後こうしたシステムとルールを整備することで、電子施術録の証拠力は紙と比べても劣らないものとなるでしょう。

まとめ

日本における裁判実務では、電子カルテ・電子施術録は適法に管理されていれば証拠として十分認められ、その内容次第で訴訟の行方を左右する重要証拠となります。民事・刑事・行政を問わず、電子記録だからといって排斥されることはなく、むしろ信頼性の高い電子記録は紙の記録以上に重視される傾向すら見られます 。もっとも、その証拠価値は記録の真正性・信用性に全面的に依存します。法律上もガイドライン上も、真正性(改ざん防止)・見読性・保存性の要件が強調されており 、これらを満たすことが電子記録を証拠として活用する前提条件です。過去の判例では、電子カルテの改ざんが露見して病院側の主張が信用されなかった例や 、逆に電子カルテゆえに改ざんの痕跡が残り記録の信用性が裏付けられた例が報告されています。電子記録は諸刃の剣であり、適切に運用すれば強力な武器となりますが、不備があれば一転して致命的な弱点となり得ます。

柔道整復師の電子施術録については、現時点で明確な制度整備はないものの、医師の電子カルテと同様の考え方で証拠能力・証明力が判断されると考えられます 。したがって、柔整の分野でも電子化を進める際は医科の基準を参考にしつつ、ログ管理や署名といった技術的担保を導入し、紙と同程度以上に信頼できる記録を目指すべきです 。幸いにも電子記録には、紙では難しかった高度な改ざん防止策を施せる利点があります。電子署名・タイムスタンプ・アクセスログなどを駆使することで、**「この記録はこの時点から変わっていない」**ことを強力に示せるのです 。裁判所もそうした客観的な担保がある証拠は高く評価します。

結局のところ、電子施術録が裁判で信頼できる証拠となるために求められるものは、「記録内容の正確さ・一貫性」と「記録保存の適正さ」です。記載すべきことがきちんと記載され、かつ後日の改変が物理的・技術的に排除されていれば、その電子記録は強い証明力を持ちます。反対に、内容が信用できなかったり改ざんの疑念を抱かせるようでは、電子であろうと紙であろうと証拠としては価値が下がります。電子カルテ時代になり改ざんは「やればログに残る」ものとなったため、不正は発覚しやすくなりました 。この透明性の向上は、結果的に記録全体の信頼性を底上げしています。裁判対応を見据えても、透明性と整合性の高い記録を残すことこそが最大の備えと言えるでしょう。医師・柔道整復師いずれの立場でも、日々の記録を誠実かつ正確に電子システムへ残し、その保存体制を万全にすることが、いざという時に自らを守る証拠を提供してくれるのです。

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