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アーキテクチャポリシーの運用~アーキテクチャガバナンス

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背景

「パフォーマンス要件がいくら以下であること」

といったものや

「セキュリティ認証要件がこの条件を満たしていること」

といった適応度関数は、プロダクトを運用していくなかで、変化するものです。

このチューニングをしていく中で、共通特性のような抽象化されたものが一般解として、
ボトムアップ式にアーキテクチャポリシーとして定義できたりすることがあると思います。

このようなアーキテクチャポリシーの設計について

アジャイルガバナンス

上記のアプローチは、「経験的ガバナンス」や「Paved Path(舗装された道)」の概念として、多くの先進的なテクノロジー企業で実践されているそうです。

特定の適応度関数をチューニングしていく中で得られた具体的な知見が、ボトムアップで
抽象化され、組織全体のアーキテクチャポリシーとして昇華していくプロセスは、
現代のアジャイルなガバナンスにおいて非常に重要です。

以下に、その具体的な事例と考え方を詳細に解説します。

事例1:Paved Path(舗装された道)アプローチ

これは、NetflixやSpotifyなどの企業によって有名になったアプローチで、ご提示の仮説を最もよく体現しています。

背景

多数の開発チームが自律的に動く環境では、各チームがインフラやセキュリティ、パフォーマンスの問題をゼロから解決しようとすると、多大な重複作業が発生し、品質もバラバラになります。

ボトムアップのプロセス

①. 観測

複数のチームの適応度関数(パフォーマンス要件、セキュリティスキャン結果など)を分析すると、

「AというライブラリとBという設定の組み合わせを使っているチームは、常にパフォーマンス要件を満たし、セキュリティスキャンもパスしている」といった成功パターン(共通特性)

がボトムアップで見えてきます。

②. 抽象化

この成功パターンを抽出し、「このやり方が我々にとってのベストプラクティスだ」と定義します。

③. プラットフォーム化

このベストプラクティスを、Paved Path(舗装された道) として、
社内向けのテンプレート、ライブラリ、あるいは内部開発者プラットフォーム(IDP)に組み込みます。

ポリシーの形成

ここでのアーキテクチャポリシーは、

「全てのチームはこのPaved Pathを使わなければならない」

という強制的なものではないです。

ポリシーは、

「Paved Pathの上を走る限り、セキュリティとパフォーマンスに関する多くの適応度関数を自動的にクリアできます。もしこのガードレイルから外れるなら、その全ての責務を自分たちで負ってください。」

という意味です。

これにより、自由度を保ちつつ、大多数のチームが自然とベストプラクティスに従うようになってきます。

事例2:Policy as Code (PaC) の進化

OPA (Open Policy Agent) などを用いた「Policy as Code」の実践においても、同様のボトムアップの進化が見られます。

背景

初期のセキュリティポリシーは、「特定の脆弱なライブラリバージョンXの使用を禁止する」といった、非常に具体的(場当たり的)なルールから始まることが多いです。

ボトムアップのプロセス

①. 観測

適応度関数によるスキャンを継続すると、次々と新しい脆弱なライブラリ(YやZ)が発見されます。個別のルールを追加し続けるのは非効率です。

②. 抽象化

「問題は個々のライブラリではなく、脆弱性スキャンをパスしていないこと自体である」という共通特性を見出します。

③. ポリシーの形成

ボトムアップの知見から、

「全てのコンポーネントは、デプロイ前に脆弱性スキャンをパスし、クリティカルな脆弱性が0件でなければならない」

という、より抽象的で強力なアーキテクチャポリシーが定義されます。

事例3:ADR(アーキテクチャ決定記録)からの原則抽出

ADRは、個々のアーキテクチャ決定の背景やトレードオフを記録する文書です。

ボトムアップのプロセス

①. 観測

複数のチームが書いたADRをレビューしていくと、「パフォーマンス要件が厳しい箇所では、多くのチームが最終的に同期APIではなく非同期のイベントキューイングを選択している」という共通パターンが発見されます。

②. 抽象化とポリシーの形成

この成功事例の積み重ねから、

「高いスループットと耐障害性が求められるサービス間連携では、原則として非同期通信を採用する」

というアーキテクチャ原則(ポリシー)がボトムアップで定義されます。

事例全ての共通点

これらの事例に共通するのは、机上の空論でトップダウンのルールを作るのではなく、
現場での具体的な実践と測定(適応度関数によるチューニング)から得られた知見を基に、
より一般的で強力な原則を帰納法で導き出すというアプローチです。

これは、複雑なシステムを継続的に進化させる上で必須であり、非常に効果的な方法です。

推論を使ったアーキテクチャポリシー改善

実は上記の事例での考察には、推論の思考が組み込まれています。

アーキテクチャポリシーは静的なものではなく、継続的に進化するもの

です。そのために、推論プロセスは必須です。

このプロセスは、ボトムアップの帰納法と、トップダウンの演繹法、軌道修正に使うアブダクションのすべてが組み合わさった、継続的な改善サイクルそのものです。

アーキテクチャ原則の進化サイクル

帰納的フェーズ(ルールの発見)

複数の具体的な成功事例(観測)から、

「このやり方が我々にとってのベストプラクティスだ」

という共通項を帰納的に導き出します。

演繹的フェーズ(ルールの適用)

新しく開発するテンプレートやライブラリ)に対して、帰納法で定義した前提ルールを演繹的に適用しようと試みます。

アブダクションフェーズ(ルールの修正・適応)

ここが最も重要です。

テンプレートを適用しようとした際に「うまく適応できない」ケース(例外や不整合)が
発見された場合、それは前提ルールが不完全であったことを示す貴重なフィードバックとなります。

ここで無理やり、前提ルールに押し込めようとしないでください。

このフィードバックに基づき、

「前提ルールを修正する」か、
「前提ルールには例外を設け、別のベストプラクティスを定義する」

という判断を下します。

車輪の再発明なアーキテクチャを防ぐ

このフィードバックループが存在しない場合、推論で抽出した「ベストプラクティス」は、
一度定義されたら見直されることのない「利活用されないルール」となってしまいます。

その結果、現実の多様な要求に応えられず、形骸化していくでしょう。

この推論を使ったアーキテクチャポリシーの運用プロセスは、

アーキテクチャポリシーを現実のフィードバックによって継続的にテストし、進化させ続ける

という、進化的アーキテクチャのために健全なアプローチです。

Strategyパターン

「Paved Path(舗装された道)」のアプローチは、Strategyパターンの思想を
組織レベル・アーキテクチャレベルに応用したものと見なすことができます。

共通する構造と考え方

Strategyパターンは、

「アルゴリズム(戦略)をカプセル化し、それらを交換可能にする」

設計パターンです。上記のアーキテクチャポリシーの定義は、この構造とよく似ています。

Context(文脈) = 開発チーム

開発チームは、これから作るサービスという「文脈」を持っています。

Strategy Interface(戦略の共通インターフェース) = アーキテクチャポリシー

「Paved Path」は、「セキュリティ要件を満たすこと」「パフォーマンス基準をクリアすること」といった共通のインターフェース(達成すべき基準)を定義します。

Concrete Strategy(具体的な戦略) = 具体的なPaved Pathの実装

Strategy A
標準Webサービス向けPaved Path (例:Spring Boot + Kubernetes + 標準監視ライブラリのテンプレート)

Strategy B
データ分析基盤向けPaved Path (例:Python + Spark + 専用データパイプライン)

開発チームは、自分たちのサービスの特性に応じて、最適な「戦略(Paved Path)」を選択します。

なぜこの類推が有効なのか

この見方の利点は、アーキテクチャの柔軟性と選択性を明確にできる点にあります。

関心の分離(抽象と実装の分離)

「何を達成すべきか」(ポリシー)と「どうやって達成するか」(具体的な実装)を分離できます。

交換可能性 -リスコフの置換原則-

標準のPaved Path(Strategy A)が適さない場合、要件を満たす別のPaved Path(Strategy B)を選択することを許容します。

ここまでのまとめ

このように、Strategyパターンという確立された設計思想を借りてくることで、アーキテクチャポリシーが「単一の厳格なルール」ではなく、

多様な複数の最適な解法を選択できる柔軟な枠組み

であることがいえます。

ていうか、そもそもアーキテクチャポリシーとはそうあるべきです。

ドクトリンとStrategyパターンの対応関係

上記の見方は、抽象度の高いドクトリン(基本方針、教義) と、それを実行するための具体的な戦術(Tactics) の関係性として捉えることができます。

組織のセキュリティポリシーやドクトリンは、Strategyパターンにおける共通インターフェースの役割を果たします。

ドクトリン(戦略のインターフェース): 「なぜ、何を達成するか」

ゼロトラスト・セキュリティモデルを採用する

あらゆる場所で多層防御を実践する

最小権限の原則を厳守する(例外は認めない)

これらは、具体的な実装方法を規定するものではなく、組織全体で守るべき指導原理です。

具体的な戦術(具体的な戦略の実装): 「どうやって達成するか」

組織内の異なるコンテキスト(例: 新規クラウドネイティブアプリ、オンプレミスのレガシーシステム)に応じて、同じドクトリンを達成するための**最適な戦術(Strategy)**が選択されます。

例:「ゼロトラスト」ドクトリンの実現

スクリーンショット 2025-09-09 183741.png

なぜこの構造が重要なのか

この構造により、組織は一貫したセキュリティ思想を保ちながら、多様な技術スタックや環境の変化に対して柔軟に対応できます。

もしドクトリンというポリシーレベルで

「全てのシステムでmTLSを強制する」

という具体的な実装ルールを定めてしまうと、対応できないレガシーシステムが即座にポリシー違反となってしまいます。

Strategyパターンのように「ゼロトラストを実現せよ」というインターフェースを定義することで、各システムが最適な方法でその目的を達成することが可能になります。

これは、サービスメッシュでのポリシー定義でも重要です!!

この思想は、アーキテクチャポリシーであれセキュリティポリシーであれ、複雑で多様性のある組織を統治するための普遍的なパターンと言えます。

アーキテクチャガバナンス

さて、散々アーキテクチャポリシーについて議論してきたので、最後にガバナンスとの関係性を整理しておきます。

アーキテクチャポリシーとガバナンス運用、ガバナンスアーキテクチャとの関係性は、
「ルール」「ルールの実行プロセス」「ルールを支える仕組み」 という関係性にあります。

アーキテクチャガバナンスとは、この3つの要素が一体となって機能するエコシステム全体を指します。

1. アーキテクチャポリシー (Architecture Policy) - WHAT

役割

ルールブック(法律や原則) です。

内容

組織として守るべき技術的な原則、標準、ガイドラインを定義します。

事例

・「Paved Path(舗装された道)に従うこと」

・「SLO 99.9%未満のサービスは本番リリースできない」

・「重要なデータ連携は非同期で行うこと」

2. ガバナンス運用 (Governance Operations) - HOW

役割

ルールを実行し、維持・改善する継続的な活動(プロセス) です。

内容

ポリシーを現実に適用し、フィードバックを得て改善するループを回します。

事例

・新しいプロジェクトがポリシーに準拠しているか?を定期的にレビューする(アーキテクチャレビュー会議)。

・Paved Pathが現状に合わなくなった場合に、例外を承認したり、ポリシー自体を見直したりする(上記で書いた演繹とアブダクション修正のサイクル)。

・ADR(アーキテクチャ決定記録)を蓄積し、新しいベストプラクティスを発見する。

以下のスライドがまさにそれに該当するので、是非ご覧ください。

3. ガバナンスアーキテクチャ (Governance Architecture) - TOOLS

役割

ガバナンス運用を効率化・自動化するための技術的な仕組み(ツール群)です。

内容

ポリシー違反を自動的に検知・防止する仕組みを指します。

事例

適応度関数

CI/CDパイプラインに組み込まれ、ポリシー違反(例: パフォーマンス低下、セキュリティ脆弱性)を自動的に検知します。

Policy as Code (PaC) エンジン

OPA (Open Policy Agent) などを使って、インフラ構成がポリシーに準拠しているかをコードで強制します。

Paved Pathのテンプレート自体

開発者がポリシーを意識しなくても準拠できるようにする仕組み。

関係性のまとめ

この関係性をサイクルとして表すと、以下のようになります。

①. ポリシーが「あるべき姿」を定義する。

②. ガバナンスアーキテクチャが、そのポリシーを技術的に自動強制する。

③. ガバナンス運用が、アーキテクチャから得られるフィードバック(違反検知や例外申請)を処理し、ポリシーを現実世界に合わせて進化させる。

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