対称性があればそれに付随してある保存則が存在する,という事実が
古典力学では成り立っています.これはネーターの定理の主張するところですが,換言すると,ある対称性に対してある種の「流れ」が定義でき,その総量は時間変動しないことを意味します.
このネーターの定理ですが,量子力学へ拡張した場合にも,この事実は成立します.しかし,量子特有の対称性を考慮すれば,その対称性に付随する「流れ」が保存しないことが知られています.この対称性の破れをして量子アノマリー(または,単にアノマリー)と呼びます.
計算の概要
無限に数を足し合わせるという操作は,しばしば数学的にも物理的にも困難をもたらします.たとえば自然数の逆数の無限和
$$
1 + \frac{1}{2} + \frac{1}{3} + \cdots
$$
これは無限大になりますが,この「無限大」というのがなかなかの曲者で,数学的には定量的な評価が困難ですし,物理的には意味のある量になり得ません.
定量的な評価に関しては,また別の自然数の無限和
$$
1 + 2 + 3 + \cdots
$$
も無限大になります.このため,答えだけ見てどちらがより「大きい」無限大かを判断するには、然るべき定式化が必要です.
また,物理的な観点からは,その然るべき定式化によって無限大どうしの比較が可能になったとしても,有用になる機会はあまり見込めないでしょう.
物理学では,意味のある計算だと思って立式したものの解が無限大に発散すると困るわけです.アノマリーの計算は,この困難をいかに対処するかが肝要です.
古典論から量子論へ
古典力学では最小作用の原理$\delta S = 0$から出発してネーターの定理が導かれていました.この量子論への最も単純な拡張として,量子力学における作用の変分の期待値$\langle \delta S \rangle$がゼロになるようなカレントが存在するかを見てやれば良いでしょう.
古典論から量子論へ拡張する方法として,経路積分による量子化を採用します.経路積分そのものの説明は本稿では省きますが,この節では,そのイメージと,どのように計算されるかを説明します.
以降では電子の運動を例にとって議論を進めます.電子はディラック場$\psi({x}), \bar{\psi}({x})$によって記述されます.
出発点として,二重スリットの干渉実験を考えましょう.
ある光源から電子が射出され,二重スリットを通過して,スクリーンのある位置に電子がぶつかる確率は,電子が各スリットを通過する確率の総和を取るとわかります.この考察は電子の量子性により実現します.このアイデアを利用して,電子を遮るものが何もない空間を考えます.このような空間は,$\infty$個のスリットが入った$\infty$個のスクリーンが張られていると捉えると,スクリーンのある位置に電子がぶつかる確率は$\infty \times \infty$個ある各経路を通る確率の総和によって記述されるでしょう.
このアイデアを定式化します.
$n$番目の$\infty$個のスリットが入っているスクリーンにおける電子の状態を形式的に$d\psi_n({x}) d\bar{\psi}_n({x})$と書くと,空間全体での電子の状態はその総積
$$
\prod_n d\psi_n({x}) d\bar{\psi}_n({x})
$$
で記述されます.この無限積を
$$
\mathcal{D}\psi \mathcal{D}\bar{\psi} \equiv \prod_n d\psi_n({x}) d\bar{\psi}_n({x})
$$
と置き,これを積分測度と呼びます.この積分測度を,全ての経路について$e^{iS/\hbar}$の重みをつけて足し上げた
$$
\mathcal{Z} = \int \mathcal{D}\psi \mathcal{D}\bar{\psi} e^{iS[\psi,\bar{\psi}]/\hbar}
$$
を分配関数と呼びます.この分配関数に関する物理量$\mathcal{O}$の期待値を
$$
\langle \mathcal{O} \rangle \equiv \frac{\int \mathcal{D}\psi \mathcal{D}\bar{\psi} \mathcal{O} e^{iS[\psi,\bar{\psi}]/\hbar}}{\mathcal{Z}}
$$
として定義することで量子論を展開します.
ゲージ対称性とワード-高橋の恒等式
以降では電子の運動を例にとって,対称性と保存則に関する議論を進めます.電子はディラック場$\psi({x}), \bar{\psi}({x})$によって記述され,その運動は作用
$$
S = \int d^4x \bar{\psi}({x}) (i\not{D} - m) \psi({x})
$$
によって支配されています.ここに現れたいかめしい演算子$\not{D}$は共変微分といって,ゲージ場$A_\mu (\mu = 0, 1, 2, 3)$と行列$\gamma^\mu$を用いて
$$
\not{D} \equiv \gamma^\mu D_\mu, \quad D_\mu = \partial_\mu + ieA_\mu({x})
$$
と定義されます.この行列$\gamma^\mu$はディラック行列といって,代数関係
$$
{ \gamma^\mu, \gamma^\nu } \equiv \gamma^\mu \gamma^\nu + \gamma^\nu \gamma^\mu = 2g^{\mu\nu},
$$
$$
g^{\mu\nu} \equiv \mathrm{diag}(+1,-1,-1,-1)
$$
を満足します\footnote{この代数関係を満たす代数はクリフォード代数と呼ばれています.ディラック行列を,ここではおもむろに導入しましたが,この行列は電子の共変性を見事なまでに記述します.とりあえずは,電子の共変性を考慮して現れる行列,と理解してください.
U(1)ゲージ変換と保存則
ディラック場の各点でU(1)ゲージ変換
$$
\psi({x}) \to e^{i\alpha({x})} \psi({x}), \quad \bar{\psi}({x}) \to \bar{\psi}({x}) e^{-i\alpha({x})}
$$
に対応する保存則を見てみましょう.U(1)ゲージ変換に対するディラック場の変分は
$$
\delta \psi({x}) = (1 + i\alpha({x})) \psi({x}) - \psi({x}) = i\alpha({x})\psi({x}),
$$
$$
\delta \bar{\psi}({x}) = (1 - i\alpha({x})) \bar{\psi}({x}) - \bar{\psi}({x}) = -i\alpha({x})\bar{\psi}({x})
$$
となります.これにより,電子の作用
$$
S = \int d^4x \bar{\psi}({x}) (i\not{D} - m) \psi({x})
$$
のU(1)ゲージ変換に対する作用の変分を計算すると
$$
\delta S = S[\psi + \delta \psi, \bar{\psi} + \delta \bar{\psi}] - S[\psi, \bar{\psi}]
$$
$$
= - \int d^4x [\bar{\psi}({x})\gamma^\mu (\partial_\mu \alpha({x})\psi({x})) - \alpha({x}) \bar{\psi}({x}) \gamma^\mu \partial_\mu \psi({x})]
$$
$$
\equiv - \int d^4x (\partial_\mu \alpha({x})) j^\mu({x})
$$
$$
= \int d^4x [\partial_\mu (\alpha({x}) j^\mu({x})) - \alpha({x}) \partial_\mu j^\mu({x})]
$$
$$
= \int d^4x \alpha({x}) \partial_\mu j^\mu({x})
$$
となります.最後の式変形は,第1項をストークスの定理により4次元ミンコフスキー空間の境界 $\partial M$ 上の積分に置き換え,ゼロとしました.途中,
$$
j^\mu({x}) \equiv \bar{\psi}({x}) \gamma^\mu \psi({x})
$$
なる物理量を定めました.これは粒子流,すなわち4元電流に対応します.古典論では,ここで $\delta S = 0$ を要求すれば電荷保存則 $\partial_\mu j^\mu({x}) = 0$ が得られますが,いまは量子場を考えたいので,もう少し歩みを進めましょう.
量子論を考えるには,分配関数
$$
\mathcal{Z} = \int \mathcal{D}\psi \mathcal{D}\bar{\psi} e^{iS[\psi, \bar{\psi}]/\hbar}
$$
に電子の作用を含め,その期待値をとることで物理量を計算します.このとき,量子論での変換性を論じるには分配関数の変換性を調べる必要があることがわかります.
ヤコビアンによる評価
作用の変分はさっき計算したように,$\delta S = \partial_\mu j^\mu (x)$でしたから,分配関数はゲージ変換に対して
$$
\mathcal{Z} \to \int \mathcal{D}\psi \mathcal{D}\bar{\psi }
e^{iS[\psi,\bar{\psi}]/\hbar} + \frac{i}{\hbar}
\int \mathcal{D}\psi \mathcal{D}\bar{\psi } \partial_\mu j^\mu (x)
$$
と変換します.そこで,ゲージ変換に対する積分測度$\mathcal{D}\psi \mathcal{D}\bar{\psi }$の変換性をヤコビアン$J[\alpha(x)]$を導入して
$$
\mathcal{D}\psi \mathcal{D}\bar{\psi }
\to J[\alpha(x)] \mathcal{D}\psi \mathcal{D}\bar{\psi }
$$
と表現することにします.すると,$J[\alpha(x)]=1$だと自動的に$\partial_\mu j^\mu (x)=0$とわかりますし,$J[\alpha(x)]\ne1$だと電荷保存則を破るような効果をあからさまに記述することができそうです.このような動機から,保存則の議論の舞台を,作用の変分から分配関数のヤコビアンへと変更します.
以降ではディラック場$\psi({x}), \bar{\psi}({x})$を交換するたびにマイナスが出るグラスマン数として扱います.また,以降では,ウィック回転$t = x^0 \equiv -i x^4, , \gamma^0 \equiv -i \gamma^4, , A_0 ({x}) = iA_4({x})$を行い,ユークリッド計量$g^{\mu\nu} = diag (+1,+1,+1,+1)$での計算を行います.
(ここで,表記についての注意を述べておきます.ウィック回転を施した後の座標$x$はもうミンコフスキー空間の元ではなくなっているので,以降登場する$x$は,本来,ユークリッド空間の元であることをあからさまにして$x_E$と区別して書かれるべきですが,本稿では略記して$x$と書きます.)
ヤコビアンの定量的な評価をするには,積分測度$\mathcal{D}\psi \mathcal{D}\bar{\psi }$だげ眺めてみても
全く手が動かないので,ゴリゴリ計算ができるような形に定義し直す必要があります.そのために,共変微分の固有方程式
$$
\not{D} \varphi_n ({x}) = \lambda_n \varphi_n ({x}),
, n = 1,2, \cdots \label{val of Dirac operator}
$$
を満たす正規直交関数系{$\varphi_n ({x})$}でディラック場を展開します:
$$
\psi ({x}) = \sum_n \varphi ({x}) a_n, ,
\bar{\psi} ({x}) = \sum_n \bar{b}_n \varphi({x}).
$$
ここに用いた展開係数$a_n, \bar{b}_n$はグラスマン数です.グラスマン数$\mathcal{D}\psi \mathcal{D}\bar{\psi }$の持つややこしい性質をこの展開係数に押し付けて,積分測度を
$$
\mathcal{D}\psi \mathcal{D}\bar{\psi }
\equiv \prod_n da_n d\bar{b}_n
$$
で定義します.こうすれば,ゲージ変換の効果を積分測度に取り入れてゴリゴリ計算することができそうです.
U(1)ゲージ変換を施した後のディラック場$\psi'({x}), \bar{\psi}' ({x})$を
$$
\psi' ({x})
= e^{i\alpha({x})} \psi ({x})
\equiv \sum_n \varphi ({x}) a'_n,
$$
$$
\bar{\psi}' ({x})
= e^{-i\alpha (x)} \bar{\psi} ({x})
\equiv \sum_n \bar{b}'_n \varphi({x})
$$
と表すことにします.展開係数$a'_n, \bar{b}'_n$は正規直交完全系{$ \varphi_n ({x}) $}での
内積$(\varphi^\dagger_n,\psi'(x))$をとることで
$$
a'_m = (\varphi^\dagger_m,\psi'(x)) \equiv \int d^4x \varphi_m^\dagger ({x})e^{i\alpha({x})} \psi ({x})
$$
$$
= \int d^4x \varphi_m^\dagger ({x})
e^{i\alpha({x})} \sum_n \varphi_n ({x}) a_n
$$
$$
= \sum_n \int d^4x \varphi_m^\dagger ({x})
e^{i\alpha({x})} \varphi_n ({x}) a_n
$$
$$
= \sum_n \int d^4x \varphi_m^\dagger ({x})
(1+ {i\alpha({x})} )\varphi_n ({x}) a_n
$$
$$
= a_m + i \sum_n \int d^4x \varphi_m^\dagger ({x})
{\alpha({x})}\varphi_n ({x}) a_n
$$
となります.同様の計算により,
$$
\bar{b}'_m = (\bar{\psi}'(x),\varphi_m)
$$
$$
\equiv \bar{b_m} - i\sum_n \int d^4x \bar{b_n} \varphi_m^\dagger ({x})
{\alpha({x})}\varphi_n ({x})
$$
となります.いま,積分測度は展開係数によって定義されてあったので,U(1)ゲージ変換に伴うヤコビアンを,変化後の展開係数
$$
a_n' = \sum_m \left[
\delta_{n,m} + i \int d^4x \varphi_n^\dagger ({x})
{\alpha({x})}\varphi_m ({x})
\right] a_m ,
$$
$$
\bar{b_n}' = \sum_m \left[
\delta_{n,m} - i \int d^4x \varphi_n^\dagger ({x})
{\alpha({x})}\varphi_m ({x})
\right] \bar{b_m}
$$
の行列式で評価することができます:
$$
J[\alpha ({x})]
= det \left[
\delta_{n,m} + i \int d^4x \sum_m \varphi_n^\dagger ({x})
{\alpha({x})}\varphi_m ({x})
\right]^{-1}\times
det
\left[
\delta_{n,m} - i \int d^4x \sum_m \varphi_n^\dagger ({x})
{\alpha({x})}\varphi_m ({x})
\right]^{-1}
$$
$$
= 1- (i - i) \int d^4x \sum_m \varphi_n^\dagger ({x})
{\alpha({x})}\varphi_m ({x})=1.
$$
ここで,$det$について成り立つ式
$det(\mathbb{I} + \epsilon A) = tr [1 + \epsilon A] ( \epsilon \ll 1)$
を用いました.
ゲージ変換に対するヤコビアンが$J[\alpha(x)] = 1$と計算されたので,この節の初めに述べたように,確かに,量子論に以降した後でもゲージ変換に伴って
$$
\langle \partial_\mu j^\mu (x) \rangle = 0
$$
と,電荷保存則が成り立っています.この電荷保存則の量子論版とも呼べる式はワード-高橋の恒等式として知られています.
さて,ここに現れたトレース和
$$
\sum_m \varphi_n^\dagger ({x}) \varphi_m ({x}) \notag
$$
の収束性は議論の余地があります.もし発散する場合には,ヤコビアンの評価で無限大と無限大の引き算を行ったことになり.計算が意味をなさなくなります.そこで,十分大きい固有値に対するカットオフを導入し,有限な値での評価に落とし込む計算方法を考えます.
アノマリー
今までは,ゲージ対称性という,古典論から知られている対称性について,ネーターの定理と類似の関係式が導かれることを見ました.ただし,先に述べた,トレース和の収束性の問題はまだ解決していません.この節では,このトレース和の収束性を回避する手法を紹介した後,その手法を使って,量子論特有の対称性の破れが計算できることをみていきます.
藤川の方法
ディラック場を支配する作用は質量ゼロ($m = 0$)の電子を考慮した場合に,カイラルU(1)変換と呼ばれる変換
$$
\psi({x}) \to e^{i\alpha({x})\gamma_5} \psi({x}) , \quad \bar{\psi}({x}) \to \bar{\psi}({x}) e^{i\alpha ({x})\gamma_5}
$$
のもと不変となります.ここに現れた$\gamma_5 \equiv i\gamma^0\gamma^1\gamma^2\gamma^3$は$\gamma_5 = diag (1,1,-1,-1)$なる対角行列で,ディラック行列に対して反交換関係{$ \gamma^\mu, \gamma_5$}$ = 0$を満たします.このカイラルU(1)変換は,古典論には存在しないスピノールを考慮しているという点で,量子特有の変換といえます.
上での作用の変分の計算と同様にして,カイラルU(1)変換のもと,作用の変分は
$$
\delta S = S[\psi +\delta \psi, \bar{\psi} + \delta \bar{\psi}]
$$
$$
= - \int d^4x [\bar{\psi}({x})\gamma^\mu(\partial_\mu \alpha({x}) \gamma_5 \psi({x})) -\alpha({x}) \gamma_5\bar{\psi}({x})\gamma^\mu \partial_\mu \psi ({x})
]
$$
$$
= - \int d^4x \bar{\psi}({x})\gamma^\mu (\partial_\mu \alpha({x})) \gamma_5 \psi({x})
$$
$$
\equiv - \int d^4x (\partial_\mu\alpha({x}) j^\mu_5({x})
$$
$$
= \int d^4x [
\partial_\mu(\alpha({x})j^\mu_5({x}))
-\alpha({x})\partial_\mu j^\mu_5({x})
] = \int d^4x\alpha({x})\partial_\mu j^\mu_5({x})
$$
と計算されます.したがって,ワード-高橋の恒等式を導出した時と全く同じ論理を辿って結果を導くことができます.
すると,ヤコビアンの評価は,トレース和の部分を$\mathcal{A}(x)$と置くと
$$
J[\alpha({x})]
= 1-2i \int d^4x \alpha({x}) \sum_n\varphi_n({x}) \gamma_5
\varphi_n({x})
$$
$$
\equiv 1-2i \int d^4x \alpha({x}) \mathcal{A}({x})
$$
と計算されます.変換後の展開係数は
$$
a_n' = (\varphi^\dagger_n, \psi')
= \int d^4 \varphi^\dagger_n({x}) (1+ i\alpha({x})\gamma_5) \sum_m a_m \varphi_m(x)
$$
$$
= \sum_m
\left[
\delta_{n,m} + i\int d^4 \alpha({x}) \varphi^\dagger_n({x})\gamma_5 \varphi_m({x})
\right] a_m,
$$
$$
\bar{b}'_n = (\bar{\psi}',\varphi_n)
= \sum_m \bar{b}_m \int d^4 \varphi^\dagger_m({x}) (1+ i\alpha({x})\gamma_5) \varphi_n(x)
$$
$$
= \sum_m
\left[
\delta_{n,m} + i\int d^4 \alpha({x}) \varphi^\dagger_n({x})\gamma_5 \varphi_m({x})
\right] \bar{b}_m,
$$
となります.
ここで,トレース和$\mathcal{A}({x})$を有限の値で評価することを
考えましょう.これは,固有方程式の固有値$\lambda_n$を使って$\mathcal{A}(x)$を
$$
\mathcal{A}(x)
\equiv \lim_{M\to \infty}
\sum_n \varphi^\dagger_n({x})\gamma_5 e^{\lambda_n^2/M^2} \varphi_m({x})
$$
と再定義します.こうすることで,有限の値に収束させ,最後に$M\to \infty$とすれば,もとの数式と無矛盾になります.
このような操作を正則化といいます.この正則化を挟み,$M\to \infty$を取る前に計算を行えば,物理的に意味のある結果が得られます.
正則化を行なった後は,平面波基底${ e^{i{k} {x}}}$に移って評価をします:
$$
\mathcal{A}({x})
= \lim_{M \to \infty } \lim_{y \to x}
\int \sum_n \varphi_n^\dagger \big[\gamma_5 e^{-(\not{D}/M)^2} \times \delta ({x} - {y})\big] \varphi_n({y}) d^4y
$$
$$
\equiv \lim_{M \to \infty } \lim_{y \to x}
tr \big[\gamma_5 e^{-(\not{D}/M)^2} \delta({x} -{y})\big]
$$
$$
= \lim_{M \to \infty } \lim_{y \to x} tr \Big[ \gamma_5 \int e^{-i{k} \cdot {y} } \frac{d^4 {k}}{(2\pi)^4} \times exp \big( -( D^\mu D_\mu +\frac{1}{4} [\gamma^\mu, \gamma^\nu] /M^2 ) ) e^{i{k} \cdot {x}} \Big]
$$
$$
= \lim_{M \to \infty }
\frac{1}{16} tr \big[\gamma_5 ([\gamma^\mu, \gamma^\nu]F_{\mu\nu})^2\big] \times \frac{1}{2!M^4} \int \frac{d^4k}{(2\pi)^4} e^{-(D^\mu + ik^\mu)(D_\mu + ik_\mu)/M^2}.
$$
途中の計算では,ガンマ行列のトレース和の公式$tr[\gamma_5]=tr[\gamma_5\gamma^\mu\gamma^\nu] = 0, tr[\gamma_5\gamma^\mu\gamma^\nu\gamma^\rho\gamma^\sigma]=-4\epsilon^{\mu\nu\rho\sigma}$を用いました.
最後に残っている積分を実行するには,$k\to Mk$と置換して
$$
\int \frac{d^4k}{(2\pi)^4} e^{-(D
^\mu + ik^\mu)(D_\mu + ik_\mu)/M^2}
$$
$$
\overset{k \to Mk}{=} M^4
\int \frac{d^4k}{(2\pi)^4} e^{-(
D^\mu D_\mu +2i M D^\mu k_\mu - M^2k^\mu k_\mu
)/M^2}
$$
$$
\overset{M \to \infty}{\to} M^4 \int \frac{d^4k}{(2\pi)^4}
e^{k^\mu k_\mu}
$$
$$
\overset{k \to k/M}{=} \int \frac{d^4k}{(2\pi)^4} e^{-k^\mu k^\mu /M^2}
$$
$$
\overset{k^\mu k_\mu = -k^\mu k^\mu}{=} { \int \frac{d^4k}{(2\pi)^4} e^{-k^\mu k^\mu /M^2}}
$$
$$
= \frac{(\sqrt{\pi M^2})^4}{(2\pi)^4} = \frac{M^4}{16\pi^2}
$$
と計算されるので,最終的な表式は
$$
\mathcal{A}(x)
=\frac{1}{2}\left(
\frac{-1}{16\pi^2}\right)\epsilon^{\mu\nu\rho\sigma}tr[F_{\mu\nu}F_{\rho\sigma}]
$$
$$
= \frac{e^2}{2\pi^2} \vec{E} \cdot \vec{B}
$$
となります.
以上より,カイラルU(1)対称性の破れの効果は
$$
\langle \partial_\mu j^\mu (x) \rangle = 1-\frac{ie^2}{\pi^2} \vec{E} \cdot \vec{B}
$$
と記述できることが明らかになりました.
以上の一連の操作,
- 経路積分による量子化
- 正則化
- 平面派基底での計算
によってアノマリーの計算をする手法は藤川の方法と呼ばれています.
アノマリーと指数定理
このアノマリーには,幾何学おいて全く対応する定理が存在します.その定理は指数定理として知られています.指数定理とは,空間全体を一望したときに求まる位相不変量と,空間のごく一部の情報を取り出して計算される解析的不変量とが等しいことを主張する,非自明で美しい定理です.
アノマリーの幾何学的意味
曲率2形式を$F \equiv F_{\mu\nu}dx^\mu dx^\nu/2 $とおき,$V$を接続1形式としてゲージ場が定義されている主束とします.
指数定理は,$2n$次元多様体上$M^{2n}$でDirac作用素の位相的指数$ind \not{D}$と
解析的指数$ch(V)$とが等しいことを主張します:
$$
ind \not{D} = \int_{M^{2n} } ch (V),
$$
$$
ch (V) \equiv tr \left[exp \left(
\frac{i}{2\pi}F
\right)
\right]
= \sum_{n=0}^\infty \left(
\frac{i^n}{(2\pi)^n n!} tr(F^n)
\right).
$$
藤川の方法によって得られたアノマリーの方程式は,アノマリーが指数定理を再現することを明らかにします.いま,$\mathcal{A}(x)$に対して
$$
\int d^x4 \alpha (x) \mathcal{A}(x)
= \int dx^4 \alpha(x) \sum_n \varphi_n^\dagger(x) \gamma_5 \varphi_n(x)
$$
が成り立っていたことを思い出しましょう.すると,この式の中に現れる$\alpha(x)$が定数となる極限で
$$
\int d^4 \mathcal{A}(x)
= \int \sum_n \varphi_n^\dagger(x) \gamma_5 \varphi_n(x)
$$
が成り立ちます.また,$\not{D}$に
関する固有方程式と反交換関係{$\not{D},\gamma_5$}$=0$より
$$
\not{D}(\gamma_5 \varphi_n (x) )= \lambda_n (-\gamma_5\varphi_n(x))
$$
が成り立ち,したがって$\varphi_n$と
$-\gamma_5\varphi_n$は同じゼロでない固有値に属するとわかります.これより
$$
(\varphi_n, \gamma_5 \varphi) = 0.
$$
がわかります.
一方,$\lambda_0 = 0$に関する固有方程式は
$$
\not{D}\varphi_{0i}^{(\pm)}=0,
\quad \gamma_5 \varphi_{0i}^{(\pm)} = \pm \varphi_{0i}^{(\pm)}
$$
となります.第2式は$\gamma_5$により固有関数のヘリシティ$\pm$を指定できることを表わしています.この固有関数{${ \varphi_{0i}^{(\pm)} } $}によって
$$
\int \sum_n \varphi_n^\dagger(x) \gamma_5 \varphi_n(x)= \int d^4x \left( \sum_{i=1}^{n_+}\varphi_{0i}^{(+)\dagger}(x)\varphi_{0i}^{(+)}(x)
-\sum_{i=1}^{n_-}\varphi_{0i}^{(-)\dagger}(x)\varphi_{0i}^{(-)}(x)
\right)
$$
$$
=n_+ - n_-
\equiv dim Ker \not{D} -dim Coker \not{D} \equiv ind \not{D}
$$
とできます.ここで,ゼロでない固有値を持つ固有関数が先に述べた直交性によりことごとく効いてこないことに注意しましょう.一方,曲率2形式$F$を用いると
$$
\int d^4x \mathcal{A}(x) =\int d^4x\frac{-1}{32\pi} tr(FF) \times 4
= -\frac{1}{8} \int tr(F^2)
$$
となり,結局,定数極限で成り立つアノマリーの方程式は
$$
ind \not{D} = -\frac{1}{8} \int tr(F^2)
$$
と書かれ,これは指数定理の$n=2$の場合を再現しています.
先に述べたよう,アノマリーの方程式をさまざまに工夫を凝らして整数に規格化する係数を導出しましたが,指数定理の立場から見れば,係数は初めから決まっていて,位相幾何的意味を持つことが明らかになります.
参考文献
K. Fujikawa, Phys. Rev. Lett.42 (1979) 1195.
久後汰一郎「ゲージ場の量子論I, II」