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Bitwardenの自動入力における生体認証ロック解除の無効化を解決する

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はじめに

iPhone で Bitwarden を使っているときに、以下のような問題が発生しました。

  • ID とパスワードの自動入力に Bitwarden を選択したら、エラーメッセージと共にマスターパスワードの入力を要求された🚨
  • マスターパスワードの入力後、ポップアップが表示され、「続行」を選択したが自動入力できなかった

この問題の原因を突き止めて解決することが出来たので、その過程と解決方法についてまとめてみました。

 
セキュリティ技術等に詳しくないという方でも理解できるように、わかりやすく表現しているので、厳密性に欠いている部分もあるかもしれません。

もし誤りや解決方法にリスクがある場合は、編集リクエストを送ってくださると、勉強にもなりとても助かります!

結論

問題:Bitwarden で自動入力をするときに、生体認証ロック解除がうまく機能しなかった
原因:KDF メモリを大きな値に設定したことによる、メモリ不足
解決方法:ウェブアプリ版 Bitwarden で、KDF メモリを含む暗号化の設定を変更する

解決するまでの過程

問題が発生した環境はこんな感じです。

  • 機種:iPhone 12 mini
  • バージョン:iOS 17.7
  • Bitwarden のバージョン:2024.9.2

いつもなら、Bitwarden の自動入力を選択したら、生体認証ロック解除によりスムーズに自動入力できていました。

しかし、なぜか生体認証ロックが無効化されていたため、マスターパスワードの入力を要求されました。

このアカウントの自動入力の生体認証ロック解除はマスターパスワードの検証待ちで無効になっています。

                                       
見覚えのないエラーメッセージ

自動入力の生体認証ロック解除の有効化する方法が Bitwarden のヘルプに記載されていたので、手順通りにしたものの、解決しませんでした。

メモリ不足問題

なにか原因を発見するための手がかりがないか確認していると、ポップアップに「メモリ不足により」と書かれていました。

                                       
マスターパスワード入力後に表示されたポップアップ

メモリの使用量を設定できないか調べてみましたが、iOS 版と Chrome 拡張機能版にはありませんでした。

唯一、ウェブアプリ版の Bitwarden であれば変更できることがわかりました!

 
以下のリンクから、ウェブアプリ版 Bitwarden に移動できます。

ログインしたら、左側のナビゲーションメニューから「設定」→「セキュリティ」を選択し、上部のタブメニューにある「キー」を選択してください。

今回変更した設定は「KDF アルゴリズム」「KDF メモリ」「KDF 反復回数」「KDF 並列性」の4つです。

KDF ってなに?

セキュリティ技術に疎いので KDF というものを初めて知ったんですけど、色々と調べた結果、僕なりに解釈した上でわかりやすく説明していきます。

まず、Bitwarden ではユーザーアカウントを認証するシステム内に KDFs を2回使用しています。

1回目は、僕らが設定したマスターパスワードと一緒にメールアドレスを KDFs に入れることで、マスターキーを生成しています。

2回目は、マスターキーと一緒にマスターパスワードを KDFs に入れることで、マスターパスワードハッシュを生成しています。
 
image.png
引用:Bitwarden セキュリティホワイトペーパ

 
KDFs とは鍵導出関数(Key Derivation Functions)と呼ばれるもので、可変長のパスワードをある計算方法に従って固定長のキーに変換する関数のことです。

わかりやすい表現にすると、長さ(文字数)が様々なパスワードを特定の計算方法に従って、一定の長さの値に変換する変換器ということです。

イメージとしては、変形自在であるたい焼きの生地を、たい焼き器に流し込むことで、決まった形のたい焼きするという感じですかね。

 
そして、Bitwarden では2種類の KDF アルゴリズムを選択できます。1つ目が PBKDF2、2つ目が Argon2id。

PBKDF2

  • NIST(米国国立標準技術研究所)に推奨されている
  • FIPS 140-2 準拠が必要な場合はPBKDF2
  • KDF 反復回数とは、KDF が内部で行う処理を繰り返す回数のこと
  • KDF 反復回数を増やすと、処理時間が長くなる
    ⇒ 攻撃者によるパスワードクラッキング攻撃に時間がかかる
    ⇒ 安全性が高まる
    ⇒ ログインするのに必要な時間も長くなってしまう

 
※FIPS 140-2:NIST が策定した暗号モジュール(ハードウェアやソフトウェアを含む)のセキュリティ要件に関する米国連邦標準規格

※パスワードクラッキング攻撃:不正なアクセスを目的として、ユーザーのパスワードを解読しようとする攻撃手法

Argon2id

  • Argon2アルゴリズムは、2015年パスワードハッシュ化コンペティションの優勝者
  • Argon2id は、Argon2アルゴリズムのうちの1つ(Argon2i, Argon2d, Argon2id)
  • Argon2id は、Argon2i と Argon2d のハイブリッド
  • サイドチャンネルキャッシュタイミング攻撃と GPU クラッキング攻撃への耐性が高い

 
※サイドチャンネルキャッシュタイミング攻撃:暗号システムの実装における脆弱性を悪用する高度な攻撃手法

※GPU クラッキング攻撃:GPU の並列処理能力を利用してパスワードやハッシュ値を高速に解読しようとする攻撃手法

どっちを選べばいいの?

Password Storage Cheat Sheet にこのような記載があります。

While Argon2id should be the best choice for password hashing, scrypt should be used when the former is not available.
パスワードハッシュには Argon2id が最適ですが、それが利用できない場合は scrypt を使用すべきです)

Since PBKDF2 is recommended by NIST and has FIPS-140 validated implementations, so it should be the preferred algorithm when these are required.
(PBKDF2はNISTにより推奨されており、FIPS-140認証済みの実装もあるため、これらが必要な場合は、このアルゴリズムが推奨されるべきである。)

要するに、パスワードハッシュとして Argon2id が最適
ただし、FIPS-140準拠が必要な場合は PBKDF2 を推奨する。

設定を変更しよう!

ここからは、それぞれの推奨設定についてのお話です。
先ほど誘導したウェブアプリ版 Bitwarden の「暗号化の設定」を見てください。

注意事項

「KDF の変更」をする前に注意点として、

  • データの損失防止のために、必ず保管庫をエクスポートしておく(ナビゲーションの「ツール」から)
  • 全てのデバイスでログアウトされるので、マスターパスワードと2段階認証の準備をしておく

Argon2id の場合

  • KDF メモリ:実行時に使用するメモリ量
  • KDF 反復回数:同じ処理を繰り返す回数
  • KDF 並列性:並列で実行する CPU のスレッド数(同時に動かす作業の数)

 
OWASP は、これらの構成設定を次のように推奨しています。

KDF メモリ(MiB) KDF 反復回数 KDF 並列性
46 1 1
19 2 1
12 3 1
9 4 1
7 5 1

これらの構成設定は同等の防御レベルであり、RAM(メモリ)と CPU にはトレードオフの関係があります。

 
Bitwarden のデフォルト設定は、OWASP の推奨設定よりも高くしています。

KDF メモリ(MiB) KDF 反復回数 KDF 並列性
Bitwarden のデフォルト設定 64 3 4
僕の場合 100 10 8

 
僕はなぜかこれらの数値を高く設定していたので、生体認証ロック解除がうまく機能せず、「メモリ不足が原因」というポップアップが出たということですね...!(謎)

ちなみに、Bitwarden 公式のヘルプに今回の問題についてしっかりと書いてありました笑

iOS はオートフィルのためのアプリメモリを制限します。デフォルトの64 MB からイテレーションを増やすと、自動入力で保管庫をロック解除する際にエラーが発生する可能性があります。

 
実際に数値を設定する際は、Bitwarden のデフォルト設定に従いましょう。

それでも「メモリ不足」とポップアップが出る場合は、KDF メモリを減らして、KDF 反復回数を増やして調整していきましょう(KDF 反復回数を1増やすのに対して、どれくらい KDF メモリを減らせばいいかは書かれていませんでした)。

 
「KDF 並列性」に関しては、Bitwarden を使用するコンピュータ(デバイス)の CPU のスレッド数によって上限が決まります。

Bitwarden のデフォルト設定に従えば問題ないと思います。

CPU のスレッド数を調べ方(iPhone, iPad の場合)

  1. デバイスの機種名を確認

    iPad の「設定アプリ」→「一般」→「情報」→「機種名:iPad 8th Gen」
     

  2. 機種ごとに Apple 公式の技術仕様を調べて、内臓チップの名称を確認

    iPad 8th Gen の場合:「iPad 8 技術仕様」で検索 →  Apple の「iPad(第8世代)-技術仕様」を確認 → 内臓チップ「A12 Bionic」と判明
     
    3.「[内臓チップの名称] スレッド数」で検索。検索結果から適当にサイトを開き、「スレッド数(Threads)」が書かれていないか確認

    A12 Bionic の場合:「CPU コア / Threads:6/6」→「スレッド数は6」
    cpu-monkey より

PBKDF2の場合

Bitwarden では、以下の内容に従うよう勧められています。

  • KDF 反復回数は600,000回以上(OWASP による推奨)
  • 値を100,000単位で増やし、Bitwarden を使用するすべてのデバイスでテストする

自動入力の有効化

Bitwarden の KDF 設定を変更し、ログインが終わったら、自動入力を有効化していきましょう!

 

  1. Bitwarden 上で、「設定」→「アカウントのセキュリティ」→「ロック解除オプション」→「Face ID でロック解除:オフ」にする。
     
  2. iOS の設定アプリを開いて、「パスワード」→「パスワードオプション」→「Bitwarden:オフ」→「パスワードとパスキーを自動入力:オフ」にする。
     
  3. Bitwarden 上に戻り、「Face ID でロック解除:オン」にする。
     
  4. iOS の設定アプリに戻り、「パスワードとパスキーを自動入力:オン」→「Bitwarden:オン」にする。
     
  5. Bitwarden のマスターパスワードを要求されるので入力する。
                                       
自動入力が有効化された場合

画像のような画面に切り替わり、実際に自動入力ができたら完了です。
おつかれさまでした!

最後に

学習したり経験したことを言語化する・アウトプットすることは、知恵を身につけるための手段としてもとても良いものであり、今回の問題について Google 先生で調べてもなかなか出てこなかったので、試しに Qiita にまとめてみました!

 
僕は今まで暗号化とかハッシュ化とか難しそうで毛嫌いしていて、セキュリティ技術に疎い人間の一人です🫠笑

今回の問題解決とその内容を Qiita にまとめるにあたって詳しく調べていくうちに、理解するのに時間がかかりましたが、楽しみながらセキュリティへの理解を深めることができて、とてもいい経験になりました!

 
Bitwarden の仕組みや KDF(鍵導出関数)について詳しく知りたい方は、以下のページも見てみてください👍

参考

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