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世界で一番大きなヘッジファンドはDeep Understanding(深い理解)のためにAIを使う

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Photo by Austin Neill on Unsplash

ビジネスは変化です。特に今日のような、「Software is eating the world」といった時代ではその変化は早く破壊的です。そうした世界では、過去が将来を予測するためにはあまり役立たないので意思決定をAIを使って自動化することは難しいでしょう。ただ、そんなビジネスの中でも変化のスピードが遅いものもあります。例えばITに関するものがそうです。

多くの企業が未だにかなり古いバージョンのシステムを使っているのにはいつも驚かされます。例えばWindowsであり、Excelであり、会計や人事のシステムは驚くほどにあまり変わっていません。こうした、将来が過去とあまり変わらない世界では、逆にAIを使って自動化していくことは可能なものがたくさんあるでしょう。

今日は、世界で一番大きなヘッジファンド(ジョージ・ソロスよりも大きいです。)であるBridgewaterの創業者であり、Co-Investment Officer / Co-ChairmanであるRay Dalioが、彼のAIによる意思決定に関する考察をLinkedInに投稿していました。

彼の会社は、Radical Transparency(「原理主義的な透明化」とでも訳すべきなのでしょうか。)という文化が有名で、重役会議を含む全てのミーティングが録音されていてだれでも社員であれば聴くことができます。そしてだれに対してでも、率直なフィードバックを与えることが求められています。また、社員がミーティングで発言するときにも、すべての人に何が得意かというスコアカードが割り当てられているので、例えばクリエイティブというスコアの低い人がクリエイティブに関する発言をしても聞き入れられないという仕組みもあるくらいです。

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こうしたことは、全て人間の持つ弱さであるバイアスと勘違いを削除し、よりよいアイデアを導き出し、よりよい意思決定を行っていくためとのことです。

そのおかげで、このファンドの業績は凄まじいもので、2008年の金融危機のときも無傷で乗り切っています。

昔からファイナンシャル・エンジニアリングが当たり前の世界にいるヘッジファンドなので、今でこそAIとよばれるようなアルゴリズムは彼らも昔から使ってきているだけに、そんな彼による現在のAIに対する考察は一読の価値がありますので、こちらに紹介します。

以下、要訳。


SYSTEMIZED AND COMPUTERIZED DECISION MAKING by Ray Dalio - Link

現在、好きか嫌いかに関係なく、だれでもあなたに関するデータにアクセスし、あなたが何が好きなのかを調べることが簡単にできます。そしてこのデータをコンピュータに渡して、あなたが何を買おうとしているのか、あなたにとって何が重要なのかを予測することができるのです。

こうしたことを恐ろしいと思う人がいるかも知れませんが、私の勤めるBridgewaterではすでに過去30年にわたってラディカル・トランスペアレンシーとアルゴリズムを使った意思決定を行ってきていて、大変素晴らしい成果を出しています。

私達が現在私達の脳を使って行っているのとほぼ同じくらいの意思決定をコンピューターを使って行う日が来るのはそう遠くないでしょう。

あなたの抱えている問題をインプットとして与えると、世界でトップレベルの思考力を持つものが、何をすればいいのか、なぜなのかを教えてくれるようなシステムを想像してみてください。

これはそう遠くない日にできることになるでしょう。どんな問題でも最高の精度をもった思考回路にアクセスすることができて、様々な視点を考慮したアドバイスを貰うことができるようになるのです。

こうしたイノベーションによって、人々が自分の頭の中で一人で考えるだけでなく、集団で考えることができるようになります。私達はBridgewaterでこうしたことを実際に行っていますが、これは伝統的な思考法と比べて非常にすばらしいやり方です。

こうした考えは、AIが人間の知能と競争するといった話につながっていきがちですが、私から言わせると、人間とAIは一緒に働くのであって、そうすることで最高の結果を出すことができるのです。コンピューターが想像、推論力、創造力といった私達の脳がもつ能力を置き換えるまでには、まだこの先数十年かかるか、もしくはそんな事は起きないのかもしれません。

なぜなら、脳は何百万年という進化のプロセスを経て生理的にプログラム(genetically programmed )されてきたからです。現在あるたくさんのコンピューターシステムが使える意思決定のサイエンスはまだアートの粋を出ません。現在のところ、人間は最も重要な意思決定をコンピューターよりもうまくできます。それがほんとかどうか確認したいのであれば、ものすごく成功している人たちを見ればすぐに分かります。

そうした人たちはソフトウェアのエンジニア、数学者、ゲーム・セオリーのモデルを作る人達ではありません。そうした人たちは常識、想像力、決断力という点でもっとも優れた人たちなのです。

人間の知能だけが、コンピューターのモデルに適切なインプットを与えるのに必要な「解釈」を備えています。例えば、コンピューターにはあなたが愛する人と過ごす時間と仕事に使う時間に重み付けをすることができませんし、その両方のアクティビティにかける時間をどのように最適化することで最高の時間の使い方ができるかと教えてくれることもありません。

あなたにとって何が大切なのか、だれと人生をいっしょに過ごしたいのか、どういった環境に身を置きたいのか、最終的にはどのように最高の選択をすることができるのかということを知っているのはあなただけです。

さらに、私達の思考の多くは私達が理解することができない潜在意識から来ているので、こうした思考をモデル化できるというのは、抽象的な思考といったことを経験したことがない動物が抽象的な思考とは何かを定義し複製しようとするくらいありえない話なのです。

しかし、それと同時に、私達の脳はたくさんの点でコンピューターにはかないません。コンピューターはどんな人間よりも優れたやり抜く力があります。彼らは24時間7日間働き続けてくれるのですから。コンピューターは大量のデータを処理でき、それは人間よりも早く、より信頼でき、より客観的にこなしてくれます。そして何百万もの起きうるシナリオを知らせてくれます。

さらに最も重要なのは、コンピューターはバイアスや、意見を一致させようとする大衆思考と言ったものに対して強いです。彼らは彼らが見つけだしたインサイトが人気のない意見なのかどうか気にしないですし、どんな状況でもパニックになることもありません。

セプテンバー・イレブンの後の大変な日々、国の全体が感情によって動揺していました。しかし、ダウが3,600 ポイントも落下した2018年の9月19日から10月10日の間、私はわたしたちのコンピューターを抱きしめたいと思うことが何度もありました。彼らは何が起きても落ち着いて働き続けてくれるのです。

この人間とマシンのコンビは素晴らしいです。

常識、想像力、そして決断力を持ち、何が重要で何が欲しいかがわかっていて、さらにコンピューター、数学、ゲーム・セオリーを使いこなすことができるものが最高の意思決定者となることができるのです。

Bridgewaterでは、まるで運転手が車の中でGPSを使うように、私達はシステムを、私達が前に進んでいくための能力を置き換えるのでなく、補強するために使っています。

それとは逆に、最近の機械学習は、大量のデータの中からパターンを見つけてくるというデータ・マイニングの方向に進んでいっています。こうしたアプローチは人気がありますが、将来が過去と違うかもしれないときには危険です。

深い理解なしに、機械学習によってのみ作られた投資のシステムは危険です。なぜなら、ある意思決定のルールが広く信じられると、それは多くの人に使われることになり、それは価格に影響を及ぼします。別の言い方をすれば、多くの人に知られたインサイトはその価値を失ってしまうのです。

深い理解なしには、何が過去に起きたか、それが価値あるものなのかということはわかりません。ある意思決定のルールがあまりにも多くの人に採用されてしまうことで、そのことが価格を1つの方向におしやり、その逆の動きをしたほうがスマートだということは、投資の世界ではよくあることのなのです。

改めていいますが、コンピューターには常識がありません。

たとえば、コンピューターは人間が朝起きた後に朝食をとるという事実から、起きるということは人間を空腹にさせると誤解してしまいます。

自信のない賭けをたくさんするよりも自信のある数少ない賭けをすることを私は好みます。そして、そうした意思決定の裏にあるロジックに対して議論がしっかりできないことに我慢できません。多くの人は機械学習に対して盲目の信仰を持っていますが、それは深いレベルでの理解を構築していくことに比べて簡単だと思うからでしょう。私にとっては、深い理解というのは欠かせないものです。特に私の行うような仕事に関してはです。

遡ること1997年、ディープ・ブルーと言う名のコンピューターのプログラムが当時のチェスの世界チャンピオンであったゲリー・ガスパロフをこうした機械学習の手法を使って打ち負かしました。

しかし、こうしたアプローチは将来が過去と違うような場合に、そこでの因果関係をよく理解していないと失敗してしまいます。私が他人が起こすような間違いを起こさずに進んでくることができたのは、こうした因果関係をしっかり理解するようにいつも努めてきたからです。

最もわかりやすい例としては、2008年の金融危機を上げることができるでしょう。ほとんどすべての人たちは将来が過去と同じようであると思いこんでいました。因果関係をロジカルに理解するように努めることで私達は現状何が起きているかを見極めることができたのです。

ひょっとしたら、私達は意識的な思考という「理解」に対して大げさに考えているのかもしれません。もしかすると、状況の変化に関しての計算式を導き出せばいいだけなのかもしれず、それを使って何が起こるかを想定すればいいということなのかもしれません。

私自身は因果関係を深いレベルで理解することのほうが、理解できないアルゴリズムに頼ることよりも、よりエキサイティングでリスクが低く、教育的な価値もあると思っているので、こちら側にひかれてしまっているということは否定できません。

しかし、これは私の下層レベルでの好みや習慣がこっちの方向に引っ張っているからなのでしょうか、それとも私のロジックと理由づけのせいなのでしょうか。それは私にもよくわかりません。この点においては、AIの世界で最高の考えを持っている人とどちらが正しいのかをこれからも引き続き議論していくことが楽しみです。

AIはこれからもものすごい速さで進化していくでしょう。しかし、それと同時に私達の終焉となってしまうことに対しての恐れも持っています。

私達は、エキサイティングで危険な新しい世界に向かっているのです。これは私達が置かれている現実です。そしていつものことですが、こうした状況を否定するよりも、向き合っていくための準備をするほうがよりよい選択なのです。


以上、要訳終わり。

AIを使った意思決定というのはこれからもどんどん大きくなってくるが、それは人間がAIをツールとして使うという文脈であって、AIが人間の代わりをするといった文脈ではないととらえているのが、やはり実際にビジネスの現場で昔からアルゴリズムを積極的に使ってきた人だなという感じです。

さらに、本文の最後で、ある一方の見方を断定するのではなく、自分がどうそういった結論にたどり着いたのか、逆に自分の論理の弱点は何なのかを説明したうえで、議論をオープンなものとしてまとめているのが、さすがRay Dalioだなという気がします。こうした議論の仕方は私も大いに見習いたいものです。

ところで、現在のような「Software is eating the world」という時代にはこういったことはこれからも絶えず起こり続けるでしょう。

ビジネスの世界の動きは、とくに現在のようにインターネットのおかげでボーダーレスで競争が起きているようなマーケットでは特に早く、そういった世界では昨日までの世界がこの先の将来も同じようであると仮定してしまうのは大変危険です。

そういった場合での意思決定には、AIに関するテクノロジーや手法を将来を予測するために使うよりも、現在何が起きているのかを深く理解するために使うことのほうがはるかに価値があります。

逆にITシステムのような動きがおそい、つまり昨日まで起きていることがしばらくは同じようであることが仮定できる場合、つまり同じような会計システム、人事システム、ドキュメント管理システムがこの先も使われるわけであれば、それはどんどんとAIを使って自動化していくことができます。

つまり、おなじAIと言っても、ビジネスリーダーの積極的な意味での意思決定をサポートするためのツールとしてのAIなのか、ITのような世界でのコスト削減のための自動化としてのAIなのかという区別をしっかりとつけていくべきですね。

実は、この違いは実はデータサイエンスの世界では、統計のアルゴリズムと機械学習のアルゴリズムの違いというかたちででてきます。

統計のアルゴリズムは最終的になぜそういった結果がでるのか、もしくは何をしたら期待している結果がでるのかといった質問に答えるために、ある変数と変数の関係がどうなっているのかということを調べていくのに対して、機械学習のアルゴリズムはそういった「なぜ」という質問に答えるよりも、役に立つパターンを認識する、もしくは将来を予測するさいの精度に重きをおいています。

これに関してはこちらの記事で以前話したので、興味のある方はそちらを参照してみてください。

私は、機械学習のアルゴリズムか統計のアルゴリズムかという議論よりも、その違い、つまり強みと弱みを理解した上で、実際のビジネスの意思決定のためのデータ分析の過程では、うまく使い分けていけばいいのではないかと思っています。

ただ、あくまでもビジネスでデータ分析を行う目的は、問題の解決のためにどういったアクションが取れるか、それはなぜなのかという質問に答えるための因果関係の解明に迫っていくことだ、という本質を忘れないようにしたいですね。


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