ノーベル物理学賞を受賞したこともある偉大な科学者であり、愉快な先生でもあるリチャード・ファインマン(1918 - 1988)が推奨した学習メソッドである「ファインマンテクニック (The Feynman Technique」というのがあります。
今回はこの、知ってるだけでなく、使えるものになる学習をしたいときに最強のファインマン学習メソッドについて紹介したいと思います。
ところでまず最初に断っておきたいのは、ここでいう学習とは本を読み流して何らかの概要を知っているとか、試験のために暗記したりするといったものではなありません。
学んだことを他の人に説明することができ、様々な状況でそれらを自由に活用することができるという意味においての学習です。
以下、要訳。
もし何かをほんとうの意味で学んだのであれば、それはあなたにとって残りの人生で使い続けることができる武器となります。そして、なにか新しいことに出くわしても、そんなに驚かなくなるでしょう。というのも新しいものはたいて、あなたがほんとうの意味ですでに理解していることと何らかの形でつながっているものだからです。
究極的には何かを学ぶ目的とは私達が生きるこの世界を理解するということです。にもかかわらず、ほとんどの人たちは意識して何かを学び、ほんとうの意味で深く理解しようとしません。
学校ではたくさんのことを覚えさせられます。そして、その後ほとんどのことを忘れてしまいます。そしてこれを毎年毎年繰り返すのです。
私達は自分の持っている知識をより広い範囲に適用するために、それを実際に試し、そして自分の経験として学ぶということをしません。そのために、せっかく知っている、聞いたことはあるという知識はたくさんあるにも関わらず、同じような間違いを何度も何度も繰り返してしまうのです。
ビジネスでも、投資でも、家族、友達関係でも同じです。知っている、わかっているのに同じような間違いを何度も繰り返し、次はうまくいくはずだと思ってしまうのです。
こうしたことを避けたいのであれば、知識をただの知っている知識としてではなく、自分の知識として積み上げていく必要があります。
そのためのヘルプになるのがファインマン学習メソッドです。
4つのステップ
ファインマン学習メソッドには4つのステップがあります。
- 学びたいトピックを決め、子供に教えるつもりで説明する。
- 理解のギャップを埋める
- 理路整然にまとめ、簡潔(シンプル)にする。
- 他の人に伝える。
ステップ1:子供に教えるつもりで説明する
まず白紙の紙(またはノートやドキュメントなど)を取り出し、最初にあなたがすでに知っているがほんとうの意味で学びたいと思うトピックを決め、現在知っていることを全て書き出します。そのさい、小学校6年生くらいの子供に教えるつもりで書いて下さい。これが重要です。
あなたは頭のいい大人の友達に教えるわけではなく、語彙に乏しく、基本的なコンセプトや関係性について理解するために必要な集中力のない子供に教えるのです。簡潔で明確でなくてはいけませんし、難しい言葉やコンセプトを使ってごまかすこともできません。
私達はよく複雑な単語や流行りの言葉を使って、自分の理解不足を隠し、わかってるふりをしするものです。簡潔にそして明確にその意味を説明できないのであれば、自分が話していることをあなたはあまり理解していないということです。
例えばある絵画を見て「これは抽象的だ」と言う人がいたとしたら、その人はおそらくどこかでそういった表現を聞いたことがあるのでそうした言葉を使っているだけで、おそらくその絵について何も理解してないのでしょう。
簡潔な言葉で子供に教えるためには、話の中に出てくるいくつかの論点やコンセプトの間にある関係性をしっかりと理解し、その裏にある「なぜ」にも答えられなくてはいけません。
書くことはあなたに思考を促します。話の中に出てくるいくつかのアイデアの間にある関係やつながりを、簡潔にそして明確に説明しなくてはいけません。
もちろん書き始めると様々なことがわかってないことに気づくことになり、そしてペンが止まるでしょう。これは想定されることです。というのも、このステップでは何がわかってて、何がわかってないかを明らかにすることが目的なのです。
ステップ2:理解のギャップを埋める
このステップでは、ステップ1でうまくいかなかったところ、つまり子供に説明しようとしたらよくわかっていなかったことに気づいた点、またはそもそも単純によく知らない、わからないという点、そういった知識のギャップを埋めるのがこのステップです。
これこそが学びにとって重要なプロセスで、このギャップを埋めることで学んだことがほんとうの意味で自分の知識となります。
すでに読んだ本や参考にした資料に戻り、うまく説明できなかったコンセプトや論点を読み返したり、または別の本や資料を探す必要があるかもしれません。またはよくわかっていない言葉の定義を調べる必要も出てくるでしょう。基本となるコンセプトをうまく説明できるまでこれを繰り返すことになります。
専門用語や流行りの言葉を使うことなしに、そのトピックについて説明することができるようになったら、あなたはそのトピックをほんとうに理解したと言えるでしょう。
あるトピックについて専門用語などを使ってしか説明できないとき、あなたの説明は融通の効かない堅苦しいものとなってしまいます。誰かが説明がよくわからないと質問したとき、あなたにできるのはすでに使った言葉で同じ説明を繰り返すことだけとなってしまうのです。
簡潔な単語を使っていればそれらの単語を組み直したり、他の単語と組み合わせたりしてあなたが言おうとしていることを柔軟に説明することができます。
多くの人はこのステップを飛ばしてしまいます。しかしそれではあなたが何かについて知っているというのはただの思い込みという幻想に過ぎません。そのような幻想は、誰かに問いただされた瞬間に木っ端みじんになってしまうことでしょう。
あなたが何かについて理解できていることと、理解できていないことの間にある境界線を知っておくことが重要なのです。たいていの間違いや失敗は、この境界線を知らないことによって生じるものです。
ステップ3:理路整然にまとめ、簡潔にする。
これまでのステップを終えたなら、紙の上には簡潔に説明されたものがたくさん散らばっているはずです。このステップではばらばらになっているものを、最初から最後に通して筋だった1つの話になるように整理していきましょう。
ある程度整理できたと思ったら、声に出して読んでみましょう。そのさいに曖昧だったり、読んでて自分が混乱したりするようなことがあれば、ステップ2に戻りそうしたギャップをまた埋めていきましょう。
これを繰り返すことで、最後に1つのストーリーとして他の人に説明できるものになっていくはずです。
ステップ4:他の人に伝える
あなたがしっかりと理解できているかどうか確かめるには、他人、例えば友達や知人に説明してみましょう。
実際に他の人に説明することで、さらなるフィードバックを得ることができ、自分の中の知識のギャップに気づくこともあるでしょう。
あなたが書いたものを読み上げても構いませんし、勉強会や講義の形式で説明してもよいでしょう。お茶やご飯を奢って聞いてもらうというのもありです。子供の学校やお年寄りの老人会にボランティアとして話す機会を作るなんてこともできるかもしれません。
訳者注:私は実際に日本の茶道、千利休について下の子(幼稚園)と上の子(4年生)のクラスで教えたことがあります。もちろん、生徒が一番盛り上がるのはお菓子とお茶を出したときでしたが。(笑)
聞いている人達から質問を受けたりフィードバックをもらったりすることは、みんながどんなことに興味を持っているのかを知ることになり、それはあなたの知識をさらに深め、そして広げるための良い機会となります。
私達は多くの場合何かを学ぶことよりも、他人から頭が良いと思われたいものです。誰かが何かを説明しているとき、たとえよく理解できなくても、私達はうんうんと頷いてしまうものです。しかしこれではせっかくの学ぶためのチャンスを逃してしまうことになるのです。
もし誰かが最近流行りのカタカナ言葉や専門語などを使い始めたら、中学生でもわかるように説明してもらうようお願いしましょう。そのことで相手に迷惑だとかウザがられると恐れることはありません。というのも、それはあなたのためだけでなく、実はその話している本人の理解も深まることになるのです。
知っているとはどういうことか?
その人が知っていると思っていることを自分の言葉で説明できないのであれば、自分が何を考えているのかよくわかってないということなのです。
Mortimer Adler
リチャード・ファインマンは「世界は1つの専攻科目なんかに収まらないほどもっと多くの興味深いことであふれている。」と言います。何かを知っているというのとその何かの名前を知っているのは違います。そのことについて本当に知っているのであれば、その知識を現実世界の様々な場面で活用できるはずです。
その名前を知っているというだけなら、それが何なのかまったくわかってないということなのです。
ファインマンはこの違いを以下のようにうまく説明します。
「あそこに鳥がいるでしょ。あの鳥はbrown-throated thrush(チャイロツグミモドキ)という鳥だけど、ドイツ語ではhalzenfugel、中国語ではchung lingって言うんだ。でも、そうした名前を知ってたとしても、その鳥について何か知ってることにはならないんです。あなたは人間について知っているだけ、つまりそういった名前をつけた人間について何かを知っているということだけです。
あの鳥は歌を唄い、幼い鳥に飛び方を教え、夏の間にはこの国を横断するほど長い距離を飛ぶことまでは私達は知っています。しかし、彼らがどうやってまたここに戻ってくるのかについては誰も知らないんです。」
何かを知っていても、それは理解していることにはならないということです。
以上、要訳終わり。
あとがき
この20年ほどで情報伝達手段、または情報を得る手段がテクノロジーの進化によってどう変わってきたかを表したのが以下のチャートです。
どのメディアでも、同じパターンの進化が見られます。経験がどんどんとバーチャルになり、そして短時間化されてきました。
以前であればゆっくりと時間をかけていたのが、最近では様々な情報を大量に素早く手にし、とくに自分で何かを考えることなくすぐに次に行ってしまうのです。
大量の情報やメディア、エンターテイメントにアクセスし、好きなときに好きなだけ消費するという点では便利になったのは確かです。しかしその代わりに失ってしまったのは、思考のための時間であり、思考そのものです。
こういうことを言うと古臭く聞こえるかもしれませんが、昔は音楽であれば1つのアルバムを1ヶ月でも3ヶ月でも聴き、それをああだこうだと友達たちと議論したりしたものです。しかし今であれば、多くの人にとってアルバムを聴くことはなくなってしまったどころか、1つの曲でもその一部を一度聴いて終わりというのが一般的な体験となってしまいました。
そこには深い経験もなければ、深い考えもなければ、深い感動もありません。あるのは超短期的な刺激だけです。
もちろんこうした流れというのは何も今始まったわけではなく、これまでずっと長い時間をかけて起きてきた「進化」の過程にあるわけですが、そのスピードはこの10年で一気に加速しました。
しかしその変化のスピードがあまりにも早すぎて私達人間はそれを消化できていません。変化についていくのに懸命で、その変化によってもたらされるもの、そうした問題への対処の方法などについて学ぶヒマもなく、次から次へと出てくる新しいものについていくために、ただひたすら走り続けているだけです。
現在のような、生成AIの時代には情報の収集、処理、要約にかかる時間とコストは、それがどんなに大量の情報であろうとほぼゼロとなりました。何かを知っているとか、どれだけの量を知っているということには何の付加価値もつかない時代になってしまったのです。
それだけに時代の進化にただ流されるだけで、本来私達人間が持っている思考まで停止してしまえば、その後に待っているのはあなたの仕事、またはあなた自身がAIによって置き換わってしまったという今考えると冗談のようなニュースでしょう。
それだけに、何かの名前を知っている、何かの本を読んだことがある、何かの映画を見たことがある、というレベルからさらに次のレベルへ、つまり自分が知っていると思っていることを他人の言葉ではなく、自分の言葉で、子供でもわかるような簡潔な言葉で説明できるレベルにまで引き上げてみてみましょう。
そうすることで、それはあなたの知識となり、あなたの人生やキャリアにとって使える知識となるのです。そして使うことでフィードバックを得ることができ、それこそがあなたにしか持ち得ない知識となるのです。これこそがAI時代に生きる私達にとってのほんとうの付加価値なのです。
ぜひ、ファインマン学習メソッドを試してみて下さい!
以上。
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