先々週になりますが、こちらでは特に仕事をしている女性の方に人気のあるStitch Fixという服のパーソナル・スタイリング・サービスを提供しているシリコンバレーのスタートアップがIPO(株式公開)をしました。スタートアップの世界ではIPOは大きな成功のマイルストーンという意味があるので、たいへん盛り上がっていました。
この会社はこの業界で初となるChief Algorithms Officerという職を設けて、AIを使ってパーソナル・スタイリングを効率化させていくということを最初の段階からやってきたデータサイエンス先進企業です。
普通の会社ですと、データサイエンティストはサイドから分析サービスを提供するという立場が多いのですが、ここでは会社の中の主要なポジションを占め、さらにこの会社のビジネスにとってもっとも戦略的で価値のあるモノを作っています。こうしたStichFixのようにデータサイエンティストが異分子だとみなされるのではなく、会社の主要なポジションを占める会社がシリコンバレーに増えてきているというのは、これからの5年、10年を考えたときには無視できないトレンドだと思います。
Stitch FixのAIの使い方
ところで、StitchFixがどのようにAIを使ってパーソナル・スタイリングを行っているのかというのをこちらのページでアニメーションを使ってわかりやすく説明しています。
ここでのAIの使い方は、AIで全てを自動化するのが目的ではなく、プロのスタイリストがAIを’パートナー’として使うことでより効率的にスタイリングを行い、よりクオリティの高いサービスを、より多くのお客様に提供することを目指しているということで、大変おもしろいですし、これからもこういったAIの採用の仕方がどんどん増えてくるのではないでしょうか。
AIを使ったスタイルのパーソナライゼーション
彼らはAIを使ってどの服をどの顧客に送るかというレコメンデーションを行っているのですが、こうしたレコメンデーション・エンジンを作るときは一般的に協調フィルタリングというテクニックが使われます。つまり、今までの顧客のフィードバックをもとに(例えばどの映画を見たか、好きかなど)、顧客名と製品名(映画の名前)のマトリックス(碁盤のようなもの)を作ります。そうするとそれぞれの顧客がまだ見ていない映画がたくさんあるので隙間の多いマトリックスになるわけですが、そこをクラスタリングのテクニックなどを用いて埋めていくわけです。こうして、あなたが気に入った映画を過去に気に入った人は他のこういった映画を気に入っていますよというレコメンデーションをすることができるわけです。
ただ、この手法には、まだサービスを使い始めたばかりのユーザーには、パーソナライズされたレコメンデーションをするための過去のデータが全く無い、という、コールド・スタートという問題があります。しかしStichFixのようなAIを使ったパーソナル・スタイリングを売りにしているサービスの場合はこれは大きな問題です。
というのも、サービスを使い始めてから、最初の2、3回の間に自分の気にいったものが送られてこなければ、そのサービスを使うのを止めてしまいますよね。
そこでStitch Fixは最初に顧客がサインアップする時に、スタイルに関しての細かい質問をします。さらに在庫の服に関してもたくさんの属性をスタイリストがマニュアルで登録していきます。
ただ、顧客に自分の服の嗜好を説明しようとしても難しかったりします。自分の好きなものを見た時は”これいい!”となりますが、なぜそれが好きなのかを具体的に説明することができる人はなかなかいないのではないでしょうか。そこで、顧客が好きな服の写真を集める仕組みを作り、(ここでは、Pinterestなども活用しているようです。)ディープラーニングを使うことでそうした写真から顧客の嗜好を数値化し、それをもとに似たような服を在庫から探して来るようです。
さらに顧客のリクエストやフィードバックの記述テキストを自然言語処理の手法を使って数値データに落とし、それをもとにそれぞれの服、顧客にスコア(得点)をつけているようです。
こうしたAIによる服に対するスコア、顧客に対するスコアをもとにしたレコメンデーションの情報をスタイリストに渡し、この情報をもとにスタイリストは自分に割り当てられた顧客に何を送るかを決めるわけです。
スタイリストと顧客のマッチング
AIはどのコンピュータで実行しても結果は同じですが、人間はもっと多様です。人間のスタイリストの場合は顧客によって合う合わないがあるので、このマッチングにもAIを使っています。ここでは、もちろん今までのマッチングの成果も参考にしますが、過去にマッチングされたデータそのものがない場合が多いので、顧客のスタイルの好みとスタイリストの好みをもとにマッチングすることになります。
スタイリストとAIのパートナーシップ
先程も申しましたが、人間とAIのパートナーはお互いを補完するところから始まりますが、StitchFixはその辺をしっかりと認識してうまくやっています。
AIはパターンをもとにした計算や学習は得意ですが、即興、社会的な常識(空気を読む)、顧客の気持ちを理解するといったタスクは得意でありません。そしてこうしたタスクこそは人間が得意とするものなので、ここでは私達のスタイリストが人間にしかできないようなコンピュテーション(計算処理)を行うわけです。
AIの学習精度を上げるためのフィードバック・ループ
そして、AIまたは機械学習の予測モデルはフィードバック・ループというのが死活的に重要になりますが、実はここをうまくデザインできているからこそ、Stitch FixがAIを使って高いクオリティのサービスを提供できるのです。
彼女(顧客)が送られてきたパッケージを開けると、気に入ったもの以外は送り返すことになります。このタイミングで彼女がそれぞれのアイテムに関してどう思ったかをフィードバックとして私たちに言ってきてくれるのですが、この時に顧客と私達を結ぶ重要な関係が生まれます。ここでの洞察に満ちたフィードバックが次回の彼女に対するサービスの向上だけでなく他の顧客に対するサービスの向上にもつながるのです。
現場からの声:スタイリング・アルゴリズム・ディレクター
もう一つ、少し前の記事になりますが、StitchFixでスタイリング・アルゴリズムのディレクターをやっているBrad Klingenbergのインタビューがこちらにあります。
こちらは前述のようなシステムを実際に作っている現場からの、もう少し足を踏み入れたインサイトが得られます。
例えば、私達のマーチャンダイジングのチームは新しい在庫を買う時にそれぞれのアイテムをかなり詳しく記述し、構造的なデータを作りだします。これは簡単なことではなく、ファッションの専門家の時間を必要とします。このデータをしっかり作るのはものすごく重要で、何が顧客が最終的に送られてきたものを気に入るかどうかに影響するのかを理解していなくてはいけません。服のサイズが会うだけではなく、それが顧客の要求するスタイルと値段に合うか、また彼女がすでに持っている他の服に合うかということが重要になります。
もう一つ重要なことは私達の顧客は私達とゴールを共有しているということです。これが実はものすごく重要です。顧客は私たちにいい仕事をしてもらいたいと思っていて、さらにフィードバックをもとに私たちにさらに良くなって欲しいと願っているわけです。こうした動機が、彼女たちが具体的で丁寧なフィードバックを私達に提供することを促します。そしてこれこそが私達のビジネスにとってもっとも重要な情報なのです。
Stitch Fixの求めるデータサイエンティスト
最後にStitch Fixの求めるデータサイエンティスト像がこちらに。
この仕事をするにあたって二つの重要な素質があります。一つは問題をしっかりと定義した上でモデルを作ることに対してどれだけ熟練であるか。もう一つは不確定(あいまい)ということにどれだけ平気でいられるかということです。一つ目はデータとモデルに関する仕事の経験を積むことで得ることができます。ビジネスの問題を理解できてそれをデータを使って解決するためのアプローチを提案できる人材を私たちは求めています。最高の人材は、シンプルなソリューションが正しいものであるということが分かっていて、こういう時に取るアプローチを必要以上に複雑にしない人です。
以上、簡単にですが、シリコンバレーの中でもとくにAI・データサイエンスの使い方が上手いStitch FixというスタートアップがどうやってAIと人間のスタイリストをパートナーとして機能する仕組みを作り上げたのかをまとめてみました。
これから、こうしたAI・データサイエンスを使った新しい会社が既存のビジネス、会社を淘汰していく流れは加速度的に早くなると思います。顧客としてはエキサイティングでワクワクしますが、多くの企業にとっては、対岸の火事ではすまされない状況になってきていると思います。
なんといっても、ほんとに心配しなくてはいけないのは、AIに仕事を乗っ取られるかどうかではなく、AIをパートナーとして使う人間に仕事を乗っ取られるかどうかなわけです。そしてそれは、起きるかどうかというよりも、いつ起こるのかという問題なのです。
皆さんもデータサイエンスをしっかり習得して、来るべき将来に備えていただきたく思います。
データサイエンスを学んでみたい方へ
手前味噌になりますが、来年1月の中旬に、私どもExploratoryが日本向けに用意した、データサイエンス・ブートキャンプが東京で行われます。データサイエンスの手法を基礎から体系的に、プログラミングなしで学んでみたい方、そういった手法を日々のビジネスに活かしてみたい方はぜひこの機会に、参加を検討してみてください。以下に詳しい情報があります。