テスラ、ソフトウェア、そして破壊的なイノベーション
このWeekly Updateでも度々紹介しているA16Zのベネディクト・エヴァンズによる、「Tesla(テスラ)とは破壊的なイノベーションなのか」に関する考察です。ただTeslaの素晴らしい部分を書き並べるのではなく、批評的に様々な視点からの考察をもとに、分析していく彼のスタイルはさすがです。
本文は長いのでその中でも、特にソフトウェアとデータが破壊的なイノベーションに果たす役割に関する考察を一部抜粋して紹介します。
Tesla, software and disruption - Link
「普通に使える電話をどうやって作るかを理解するために数年ほど学び続け、そして苦しみました。PCのやつらに、これを理解することはとうてい無理でしょう。ただやればいいというわけではないのですから。」
とは、2006年当時、Appleが携帯電話を作っているという噂に対するPalmのCEOであったEd Colliganのコメントです。2006年といえば、iPhoneの発表がある前の年です。
Nokiaの人間が初代のiPhoneを見たとき、彼らは自分たちでも作れるいくつかのクールな機能がついているだけの、大したことのない電話だと決めつけました。当時の彼らが売っている量からすると取るに足りない数が売れるだけの電話だと考えていたのです。「3Gもなく、カメラもたいしたことない!」と片付けてしまったのです。
破壊的なイノベーションというのは、新しいコンセプトがある業界での競争のルールを変えるということを意味します。最初の段階では、その新しいものや、それを持ち込んでくる新しい企業は、既存のビジネスが大事だと思うことに関しては、たいしたことなかったりするので、笑いの種にされたりするものです。
ところが、そうした新しい参入者は既存のものをどんどんと学んでいくことができます。それとは逆に、既存のビジネスは、勘違いして、新しく出てきたものを価値がない、もしくは自分たちでも簡単にできると決めつけてしまうのです。
Appleはソフトウェアを電話に持ち込み、電話そのものを学びました。Nokiaは素晴らしい電話を持っていたのですが、ソフトウェアを学ぶことができなかったのです。
ソフトウェア、モジュール性、インテグレーション
自動車業界では古くからあるジョークですが、車の中のダッシュボードをみるとその車を作った会社の組織図が見えるというものがあります。ハンドルを作っているチームはギアスティックを作っているチームが嫌いです。近代の車は何十ものそれぞれが異なる電気系統のシステムがあって、それらはそれぞれ独立していて、いっしょに動くように設計されていません。アンチロック・ブレーキ・システム(ABS)は死角(blind spot)を認識するシステムとは全く関係がありません。こうしたそれぞれのシステムは別々のチームが作るか外部の供給先から仕入れてきたものです。そして、唯一のインテグレーションのポイントはダッシュボードにあるスウィッチたちというわけです。
自動車業界の人間に言わせるとそれぞれの部品には、ソフトウェアが入っているらしいのですが、それらはシリコンバレーの人間に言わせるとファームウェアもしくはデバイスのドライバーといったところでしょうか。(もちろん、シリコンバレーのソフトウェアと違って、10年ほど使い続けられることが期待されているわけですが。)
こうしたものはほぼ全てが置き換えられるでしょう。複雑な車と単純なソフトウェアの時代から、単純な車と複雑なソフトウェアの時代になるのです。一つだけのことだけができるコンポーネントを車の中にたくさん放り込んでいるシステムのかわりに、オペレーティングシステムともいうべき、セントラルなソフトウェアがコントロールする、安くて単純なことをするセンサーとactuatorをたくさん積んだシステムとなるのです。電気ということがこうした変化の原動力ですが、自動運転の時代にはこのことが欠かせないものとなるでしょう。
現在のような別々のシステムを提供するサプライヤーにとってこうした変化は脅威でしょう。そして、既存の自動車会社にとっても多くの点から大変な問題なのですが、テック以外の企業はこれをついつい簡単な問題だと思ってしまうのです。
「たくさんのソフトウェアのエンジニアを雇えばいいではないか!」
というわけです。
そして、とんでもない間違いを犯し、学びのサイクルを一巡した挙げ句、結局はうまくできる企業を買収するはめになってしまうのです。
このソフトウェアという点が、電気ということよりも破壊的なイノベーションということなのかもしれません。
テスラはもちろんすでにこの点で優位です。だからこそ、Model 3のブレーキの問題をインターネット越しに修正してしまうことができたのです。ブレーキの問題を直すのに必要なコードはブレーキの中にはないのです。そして、このことがテスラがModel Sに比べてModel 3のコストを下げることができた理由でもあります。
自動運転
ここまでは、テック企業としてのテスラがテック以外の企業を破壊することができるのかどうかの議論をしてきました。しかし、自動運転となると、テスラは自動車会社と競争しているだけではありません。他のソフトウェア企業とも競争しているのです。ソフトウェアの世界ではデトロイトの企業と勝負をしているのではなく、シリコンバレーのソフトウェア企業と勝負をしているのです。
この競争において、テスラの勝利の理論は、すでに公道で走っているテスラの車から集めてくる大量のデータが、他の企業に比べて圧倒的な有意な点であるというものです。今、自動運転がこれほど盛り上がっているのは、この5年ほどの間の機械学習の進化がいよいよ自動運転が現実になるという期待があるからです。機械学習とは大量のデータからパターンを見つけ出し、そのパターンから様々なことを予測していくものです。
それでは、いったいどれだけのデータが必要になるのでしょうか。
テスラの自動運転へのアプローチとは、可能な限りたくさんのセンサーを詰め込んだ車を売り、可能な限りたくさんのデータをそうしたセンサーから収集してくるというものです。それができるのも、そうした車がソフトウェアの上で動いているからです。センサーを追加するだけで、データを取り始めることができるのです。これは、すでにある部品を作っているサプライヤーには真似のできないことです。
そして自動運転としてできることのレベルが上がれば上がるほど、それをソフトウェア・アップデートとしてインターネット越しにそれぞれの車に送ればいいのです。すでにセンサーを付けたたくさんの車が実際の車道を走っているので、勝者が一人勝ちするような効果が起こり得ます。もっとデータがあれば、自動運転のレベル、クオリティが上がり、そのことでもっと車が売れるので、自動運転をする車がもっと増え、そのことでもっとデータが集まるという流れができるのです。
さて、これは全ての機械学習のプロジェクトに共通した質問ですが、これ以上データを集めてもそれに対するリターンはないという限界点はどこなのでしょうか。
そしてどれだけの人たちがそうした大量のデータを取得することができるのでしょうか。どうも、自動運転への期待には天井がありそうです。イタリアのナポリのような複雑で運転も荒い街を混乱なく一年ほど自動運転することができるのであれば、それ以上に自動運転の進化は必要でしょうか。どこかの地点で、現実的には進化が終わったと言える時が来るのではないでしょうか。
そうであれば、ある程度のクオリティに達するまでに一体どれだけの車が必要だというのでしょうか。いくつの企業がそのレベルに達することができるのでしょうか。100台でしょうか、1000台でしょうか、それとも100万台でしょうか。
そして、その間に機械学習自体もどんどんと進化を続けるでしょうから、そのうちそんなにデータがなくても同じくらいの成果を出せるような手法が出てくるかもしれません。
何が破壊的なイノベーションなのかどうかというシナリオはどれも現実となる可能性はあります。電気自動車業界に破壊的なイノベーションがあるかないかではありません。
そしてこれは、ソフトウェアの人間がソフトウェアでない人間を打ち負かすかどうかが問題なのではありません。こうした勝負はすでにソフトウェアの人達同士の問題なのです。
以上、抜粋の訳終わり。
最近トヨタのUberに対する500億にも上る投資の話がニュースになっていましたが、業界で起きているこうした背景があるからです。ただ、残念ながらUberはシリコンバレーではもう終わっている会社ですので、何かここからおもしろいものが出てくるとは思えませんが。おそらくUberの投資家たちにうまくのせられてしまったのでしょう。
それはさておき、ベネディクトが本文の中でも言っているように、Softwareベースの車、もしくは交通手段が既存のものを置き換えていくのは、すでに時間の問題であると思います。
ただ、そうした新しい時代をどのソフトウェア企業が制するのかというのは興味深い議論で、Google、Appleなどのプレーヤーがいる中で、これからもっと競争は熾烈になり面白いことになっていくと思います。
このソフトウェア + データを使った競争優位というは比較的新しいトレンドですが、データがソフトウェアと切っても切り離せない分、どうしてもシリコンバレーの一人勝ちになってしまうというのが、どうにも歯がゆいものがあります。
ちょっと前になりますが、このことに関して私の考察をこちらにまとめていますので、興味のある方は読んでみてください。
とくに、日本の家電産業に起こったようなことが、これから日本の自動車産業にも起こるというのは、その規模からして、日本の経済、社会、そして政治に与えるインパクトは凄まじいものになると思います。
日本の既存の大企業ではもう無理かもしれないので、個人のレベルでそうした時代でも戦っていけるだけのスキルを身につけ、自分のキャリアは自分で責任を持って切り拓いていくことがより求められると思います。
こうした変化の時代にはチャンスは実は多いものです。しっかりと拾っていきたいものですね。
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