一口に「データを使ってビジネスを改善する」といっても、ただデータを眺めたり様々な手法を使ってデータを分析しても、ビジネスが改善するわけではありません。
実際に改善を行っていくためには、目標を決め、数値化した指標を定義し、データのばらつきの中からシグナルを見極め、適切な時に適切な行動を取るためのフレームワークを持つことが重要です。
ただ、ここでフレームワークといっても何も複雑なものではありません。単純に次の質問に答えることができれば、あなたはすでにフレームワークを手にしているということです。
- 目標:何を達成したいのか?
- 方法:どのような方法で目標を達成するのか?
- 判断:目標が達成できたかどうか、どうやって知るのか?
今回は、なぜこれらの質問に答えることが重要なのか、具体的にどうビジネスの改善につながるのかについて、ドナルド・ウィーラー氏のこちらの記事の要約という形で解説したいと思います。
- Beyond Wishes and Hopes - Why operational definitions are needed - リンク
ウィーラー氏はエドワード・デミング氏のパートナーとしてXmRチャート(管理図)を使って世界中の多くの企業がデータと統計を使ってビジネスを改善するのを支援してきた人です。
オリジナルの本文の中では、Process Behavior Chart(プロセス行動チャート)という言葉が使われていますが、これはControl Chart(管理図)と言われたり、XmRチャートと言われたり、様々な名前で呼ばれているものです。XmRチャートについての詳細はこちらの記事、またはセミナーをご覧ください。
以下の要約文では、Process Behavior Chart(プロセス行動チャート)をXmRチャートとして統一しています。ちなみに、ドナルド・ウィーラー氏も彼の著作(Understanding Varianceなど)の中ではProcess Behavior Chart(プロセス行動チャート)のことをXmRチャートと呼んでいます。
以下、要約。
改善のための3つの質問
この業界で50年間働いてきた中で、私は多くの異なる改善のためのフレームワークを見てきました。その多くは、PDSAサイクル(計画、実行、研究、行動)またはDMAIC(定義、測定、分析、改善、管理)に何らかの手を加えたものでした。
訳者注:PDSAとは日本で有名なPDCAの元となったものです。PDCAのCがCheck(確認)であるのに対して、PDSAのSはStudy(勉強、学ぶ)であるのが大きな違いです。これはPDSAが実験の検証に重きを置いているのに対して、PDCAは計画の実行に重きを置くという、哲学的、文化的な背景の違いによるものです。
DMAIC(ディーマイクと発音)はデミング氏が80年代にアメリカに戻って以降、アメリカ企業がPDCAを元に発展させていったフレームワークです。最近ではアマゾンが毎週行うWeekly Business Reviewの仕組みとして使われています。
多くの改善アプローチがある中、どれも突き詰めると基本的には次の3つの質問に答えようとしています。
- 目標:何を達成したいのか?
- 方法:どのような方法で目標を達成するのか?
- 判断:目標が達成できたかどうか、どうやって知るのか?
この3つの質問に答えられるかどうかが、ビジネス改善の成否を左右します。
この点において、1940年代にシューハート氏によって確立され、その後デミング氏に引き継がれ、日米の多くの企業で実証されてきたPDSAの改善フレームワークは今でも十分使えるものです。さらにそのフレームワークの中で中心的な役割を果たしてきたプロセス管理チャート(XmRチャート)は、データを使ったビジネス改善の強力なツールと言えるでしょう。
質問1:何を達成したいのか?
ビジネス改善のための最初の質問は、「何を達成したいのか?」です。明確な目標がなければ、全員が異なる方向に進んでしまい、組織としての共通の利益に集中できません。
ここで重要なのは、根拠のない希望に基づく目標ではなく、現在のプロセスによって達成可能な現実的な目標を設定することです。
既存のプロセスによって何が可能なのかを正確に知る必要があります。それ以上を求めるのであれば新しいプロセスが必要となりますし、それ以下で満足するのであればそれはただの怠慢です。
自分たちのプロセスがどのようなパフォーマンスを発揮できるのかを把握し、それに基づいた目標を設定しなければ、混乱を招くだけでしょう。
質問2:どのような方法で目標を達成するのか?
2番目の質問は、「どのような方法で目標を達成するのか?」です。目標を持つことは重要ですが、目標を達成するための計画がなければ、それはただの夢にすぎません。
目標に向けて計画を立てることが重要ですが、目標と現状との間のギャップを認識した上で、目標を達成するために向かって進むための具体的な方法(メソッド)が必要となります。
質問3:目標が達成できたかどうか、どうやって知るのか?
3番目の質問は、「目標が達成できたかどうか、どうやって知るのか?」です。目標に対して現在自分たちはどこにいるのか、あとどれだけ進む必要があるのか、達成できたのか、それともできていないのかを判断するための手段が必要です。
目標の達成状況を判断する際に問題となるのは、データは常にばらつくという事実です。モニター(観察)の対象となる数値は、特に何もなくとも、ときには上がったり下がったりするものです。
ノイズ(通常想定されるばらつき)なのか、それともシグナル(注目すべき変化を示すばらつき)なのか、この2つのタイプのばらつきを区別する方法を知らなければ、目標達成の度合いや、これまでのやり方を継続すべきか変更すべきかといったことを、データから適切に判断することができません。
3つの質問の歴史的背景
ウォルター・シューハート氏は、製造の世界で上記3つの質問に答えるために以下の3つの言葉を使って議論しました。
- 仕様
- 生産
- 検査
訳者注:ウォルター・シューハート氏はデミング氏の師匠で、PDSAや管理図を使った統計的品質管理などの手法を開発された人です。
エドワード・デミング氏は、以下の3つの点の重要さを話しました。
- 基準
- 基準に達しているかをテストする方法
- テスト結果を判断するためのルール
用語に関係なく、これらの質問は物事を成し遂げるための方法の本質を定義しています。2番目と3番目の質問に答えられるまで、目標、ゴール、計画はただの願望にすぎません。本当に目標を達成したいのであれば、それを実現するための具体的な方法と、達成度を判断する方法が必要です。
著書『Statistical Method from the Viewpoint of Quality Control(品質管理の観点からの統計的方法)』(1939年)の中で、シューハート氏はこれら3つの質問に立ち返り、XmRチャートを使えば、1)目標を定義し、2)達成するための方法を持ち、3)達成できたかどうか判断できるようになることを示しました。
XmRチャートを使って3つの質問に答える
それでは、実際にXmRチャートがどのようにしてそれぞれの質問に答えることができるのか、見ていきましょう。
目標の定義
以下はXmRチャートの例ですが、点線で囲まれた範囲は既存のプロセスによって生み出されるであろうばらつきの範囲を示します。
プロセスが通常通り運用されている限り、このプロセスはこの点線で囲まれた範囲内に収まる数値を出力し続けるだろうということが期待されます。ということは、既存のプロセスを使ったオペレーションを続ける限りは、最大限達成可能な数値とは、この点線が示す「限界値」となります。
これは既存のプロセスを元に、何を目標とすれば良いのか決めることができるということです。根拠のない推測や恣意的に決めた目標値を決めても、それが既存のプロセスから期待されるものと全く関係がないのであれば、現実的ではありませんし、それが達成できるものだとしてオペレーションするのは無責任です。
全てのオペレーションは既存のプロセスの制約を受けるということを忘れてはいけません。
どのような方法でそれを達成するのか?
以下は別のXmRチャートの例です。このように個々の値の連続した動きを見ることで、実際のプロセスのパフォーマンスがどういった傾向なのかがわかります。
それぞれの点はプロセスの限界範囲の外に出ることがあります。これをシグナル(例外的なばらつき)と呼びますが、それはプロセスが変わったこと、または例外的な何か特定できる原因によって起こされていることを示します。
XmRチャートはシグナルをノイズから切り離し、どのばらつきに私達は注意を払うべきなのかを教えてくれます。こうしたシグナルが観察されたのであれば、その原因を特定し、そうしたばらつきを排除するか、または理された変数として扱います。そうして、プロセスによって生成される値が予測可能となり、さらにプロセスが導き出す結果に信頼性を与えることになります。
XmRチャートは、実際にプロセスを目標に向かって動かすためのメソッドを提供します。このメソッドが素晴らしいのは、事前に何が問題となるかを把握する必要がないということです。また、実験をする上で考慮しなくてはいけない変数を事前に調べる必要もありません。重要なのは、ただプロセスの声に耳を傾け、実際の世界で起きていることから学ぶことに集中するだけです。
目標を達成したことをどのように知るのか?
XmRチャートは、自分たちのプロセスが最大限達成することができる限界と、プロセスがどのようにパフォーマンスしているのか、この2つのことを同じグラフ上に表示します。XmRチャートを見れば、現在のプロセスの運営が最大限達成可能な目標にどれだけ近づいているのか判断できるようになります。
限界線の範囲の外に点がなければ、それはある程度の確信度を持って予測可能だということを示します。逆に、限界線の範囲の外に点が多く並んだりするようであれば、それはプロセスが予測不可能であることを示します。
また、プロセスそのものが改善されたのであれば、ばらつきは片方の(例えば上側の)限界線を超えた場所に一貫して表示されるようになるでしょう。つまりトレンド(傾向)が何らかの施策の実行などを含むプロセスの改善によって変わったということです。
まとめ
オペレーションの改善のためには以下の3つの質問に答える必要があります。
- 目標:何を達成したいのか?
- 方法:どのような方法で目標を達成するのか?
- 判断:目標が達成できたかどうか、どうやって知るのか?
これら3つの質問への答えを持っていれば、あなたは成功に必要なものを手にしているということです。逆に、1つでも答えがなければ、改善に関する議論は終わりのない混乱に陥ってしまうことでしょう。
上記で見てきたように、XmRチャートは、あらゆる業務のプロセスを改善するためのメソッドを提供します。適切に活用すれば、それは改善活動の原動力となります。
始めるのは簡単です。というのも、事前にこれから起こるであろう全ての問題を考慮する必要もなければ、取り組むべき問題を見つけるためにブレインストーミングを行う必要もないからです。
必要なのは、ただ「プロセスの声(Voice of Process)」に耳を傾け、何をいつ修正すべきかを教えてもらうだけです。問題の修正に成功した場合は、XmRチャートはその成功を示してくれます。逆に失敗した場合は、チャートはその事実を示し続けるでしょう。
XmRチャートを使って、ビジネスの改善に必要な3つの質問に答え続けることで、ビジネスを継続的に改善し、コストを削減し、生産性を向上させ、競争力のある地位を獲得することができるようになるのです。
以上、要約終わり。
あとがき
現在のように大量のデータ(ビッグデータ)を簡単に取得でき、さらにソフトウェアの進化によりデータの可視化が容易になり、AIの発展により様々な分析が手軽になったおかげで、データを使ったビジネスの改善に対する期待は膨らむばかりです。
しかし、実際にデータを使ってビジネスを改善するとなると、どこから手をつければいいのか、どのように進めればよいのか、何を見ればよいのか、など混乱することになりがちです。そこで、本文の中に出てきた3つの質問に答えることで基本的なビジネス改善のフレームワークを持つことできます。
このフレームワークがあれば、自分たちのビジネスプロセスに耳を傾け、それを基に目標を立て、シグナルとノイズを区別できるXmRチャートのような管理ツールを使いこなし、適切なタイミングで適切な行動を取れるようになります。これがデータを使ったビジネスの改善です。
現在のAIのようにテクノロジーがものすごく速いスピードで進化しているとき、どうしてもそういったテクノロジーを使うことが目的になってしまいがちです。しかし、昔から変わらないのは、目標を決め、行動を起こすための意思決定はビジネスの改善に責任を持つ人達の仕事であり、そのためには長年実証されてきた基本的なフレームワークがあるということです。そして、それは意外にもシンプルなものなのです。
難しいのは、これらを継続的に実践し続けることができるかどうかです。
データを使ったビジネスの改善について、アマゾンの具体的な話を元にこちらのセミナーで解説していますので、ぜひご覧ください。
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