Image from [Teaching Tolerance] (http://www.tolerance.org/magazine/number-42-fall-2012/feature/struggling-suburbia)
現在のアメリカの政治はますます、右と左の極端化が進んでいます。右はトランプ旋風を支えている人たち、左は金持ちから70%の税金を搾り取れと叫んでいる主に民主党の人たちです。
以前にも紹介したことのある、Bridgewaterという世界で一番大きいヘッジファンドの創業者で元CEO、現在はCIO(Chief Investment Officer)としてまだ現役のレイ・ダリオが、「最も懸念すべき経済、社会、政治の問題」という分析レポートを今から一年ほど前に出していたのですが、今のような右と左に極端に分断されたアメリカを理解するためには欠かせないインサイトで盛りだくさんとなっていますので、こちらで「堕ちていくミドルクラス」という視点から要約という形で紹介します。
以下、要約。
1. 所得も資産も増えないミドルクラス
2016年のドルの価値を基準に、上位40%の人たちと下から60%の人たちの実質所得(平均)の推移を表したのが以下の左のチャートで、それを資産にしたのが右のチャートです。
下から60%の人たちの所得と資産はほぼ横ばい、もしくは若干下がっているのに比べて、上位40%の人たちは右肩上がりです。特に資産の方では大きく伸びていっています。
最近ではこの2つの層の資産の平均は10倍ほどの差があります。
2. ミドルクラスの仕事の消滅
これまでのミドルクラスの人たちの仕事、例えば製造業(Production)などの仕事はなくなってしまったか、給料が上がってないという状況を示しているのが以下のテーブルです。
理由は様々なことが折り重なっているのですが、テクノロジーが人の仕事を置き換えてしまった、グローバリゼーションによってミドルクラスの仕事が中国などの低賃金の国に流れていってしまった、などが挙げられるでしょう。
そんな中で、プログラマー、データサイエンティスト(Computer and Mathematical)の給料水準だけが突出して上がっています。
ただ、こうした仕事はアメリカのどこにでもあるわけではなく、シリコンバレーなどの一部に集中しています。なので、シリコンバレーにいる多くの人たちが感じている生活水準の上昇は、それ以外の地域に住む人たちには感じることができていないというのが現実です。
3. 製造業に頼れないミドルクラス
ミドルクラスの典型的な仕事である製造業の仕事は2000年以降どんどんと減っていってしまっていますが、最近では2008年の金融危機のときの減り方が半端ないです。そのときに失われた仕事は今になっても回復してはいません。そのときにリストラに合った仕事はアメリカから永久に失くなってしまったのです。
単位は千なので、例えば11,000であれば、1100万人ということになります。
4. トップとボトムの両方から仕事を奪われてしまうミドルクラス
アメリカ国内に残ったミドルクラスの仕事は、高い技術を必要とする仕事に置き換わってしまったか、または低賃金で低いスキルの人たちに取ってかわられてしまいました。
下のテーブルは1997年から2016までの賃金(Wages)と、全体に占める割合の変化を年収のグループごとに集計したものです。
一番上の2016年の時点での年収が約700万以上(70K and above jobs)の仕事は34%年収が伸び、このクラスの仕事が全体に占める割合も3%増えています。
また、一番下の約300万円以下(Under 30K jobs)の仕事は13%ほどのびて、このクラスの仕事が全体に占める割合は4%増えている。
逆に、真ん中の300万から600万(30K-40K jobs, 40K-60K jobs)の仕事は給料の伸びが、先ほどの2つのクラスほどではなく、さらにこのクラスの仕事が全体に占める割合は減ってきている。
5. 早死にするミドルクラス
下から60%の人たちの早死の数は2000年に比べて20%伸びています。(赤の点線)逆に、上位40%の人たちの早死の数は減っていっています。(緑の点線)
アメリカの35歳から64歳の早死の数の多さを他のメジャーな先進国と比べると、そのひどさは顕著です。
- USA - アメリカ
- DEU - ドイツ
- FRA - フランス
- GBR - イギリス
- CAN - カナダ
- JPN - 日本
(西田:日本が他国に比べて圧倒的に低くなっているのですね!)
6. ドラッグとアルコールに殺されるミドルクラス
ちなみに、早死の一番大きな要因はドラッグやアルコールによるもので、それが原因の死者の数は2倍となっています。もう一つの大きな要因は自殺で、その数は50%ほど増加しました。
そしてここでも上位40%(緑の点線)と下から60%(赤の点線)のクラスでの違いが顕著です。
下の左側のチャートは麻薬とアルコールによる死亡者の推移を上位40%(緑の点線)と下から60%(赤の点線)に分けて比べたもので、右側のチャートは大学を出ている人たち(緑の点線)と大学を出ていない人たち(赤の点線)に分けたものですが、その差は歴然です。
左のチャートから、上位40%(緑の点線)はほぼ横ばいであるにもかかわらず、下位60%(赤の点線)はものすごい勢いで増えていっているのがわかります。
35歳から64歳までの人たちのトップの死因の推移を表したものですが、他の肺がん、乳がんなどが減っていっている中、「麻薬とアルコール」(青色)による死の数が圧倒的に増えていっているのは恐ろしいものがあります。
Y軸は10万人あたりの数です。
7. 大学出てない人たちの離婚率の上昇
大学を出ている人たちの離婚率は2000年以降落ち着いていますが、大学を出ていない人たちの間での離婚率はどんどんと上昇しています。その違いは最近だと2倍近くです。
8. リタイアの準備ができていないミドルクラス
左側のチャートを見ると、下から60%の人たちで老後のための貯蓄口座(年金、401(k)など)を持っている人たちは30%ほどです。(赤の点線)70%近くの人たちがそうした口座すら持っていないというのがわかります。
この下から60%の人たちで貯蓄口座を持っている人たちの平均貯金額は200万円にも満ちません。(赤の点線)逆に、上位40%の人たちの貯蓄はどんどんと増え続けています。(緑の点線)
9. 教育にお金を回せないミドルクラス
上位40%の人たちが教育にかけるお金はどんどんと右肩上がりで増えていっているのに対して、下から60%の人たちは80年台に比べてほぼ横ばいです。最近ではその差は4倍ほどまで開いています。
教育こそが収入の多い仕事につけるかどうかを左右するにもかかわらず、所得の低い人は教育にお金を回すことができないというジレンマは機会の公平をうたうアメリカにとっては大きな問題です。
10. アメリカンドリームの終焉
30歳代の人たちで自分の親よりも年収が多いという人たちは70年代であれば90%もいたのですが、最近ではその割合は50%ほどに落ちてしまっています。
要約、終わり。
あとがき
製造業の仕事がなくなる、そのことによってミドルクラスの所得が減っていくというのは、日本にとっては無視できない話だと思います。
アメリカのミドルクラスの没落は製造業の衰退によるものであり、特に中西部では自動車産業の衰退が大きな影響を与えているようです。
これはもともと、もちろん日本、ドイツ、韓国の車の売れ行きが調子がいい中でアメリカの車が一般の消費者に人気ないということもあると思います。そして2008年の金融危機で、そうしたアメリカの自動車産業の人たちの仕事がなくなり、その殆どは復活することもありませんでした。
そして、Teslaによるソフトウェアの波がいよいよ日本の自動車産業にも襲い始めると、こうしたミドルクラスの没落をこれから日本が経験することになるのではと思います。
iPhoneが出た頃、日本の家電業界はそのインパクトを理解することができず、結局はAppleとGoogleにしっかりやられてしまいました。もちろん、自動車業界、例えばトヨタあたりのトップはこの辺の危機感は持っているでしょう。しかし、トップが危機感をもったとしても今回のようなソフトウェアの波には対応できないでしょう。
ソフトウェアやAI(自動運転)を自分たちの手で作ってくることをせず、外注で済ませることができると思ってきた過去30年にわたる勘違いとおごりのつけがこれからまわってくることになると思います。
また、すでにAIによる単純作業の自動化が様々な場所ではじまっていますが、その流れがこれからさらに日本の製造業を襲うのではないでしょうか。
最後に、いま日本では低賃金労働者が海外からやって来やすくなっています。この人たちが今の日本のミドルクラスの人たちの最後の仕事を請け負っていくことになるでしょう。
こうしてアメリカのミドルクラスにおきたことが、日本のミドルクラスにも起きるのではないかと心配になるのです。そしてそのことが経済だけでなく、政治、社会にあたえるインパクトは大きいと思います。
つまり日本でもこの先、アメリカで現在起きていること、つまり極端な右と左が人気を得ていくという可能性はじゅうぶんあると思います。
ただ、そんな下向きなことを心配していてもしょうがありませんね。
このレポートの中にもありましたが、結局所得が伸びている層というのはしっかりと教育に投資している人たちなのですから、みなさん個人個人は少なくとも自分のスキルアップと教育には時間を惜しまずにどんどんと投資していくべきだと思います。
ほんとうであれば、義務教育という名のもとにすべての人に同じレベルの教育が与えられるのが理想ですが、これからの時代を生き延びていくのに役立つ教育を義務教育に期待するのは無理そうです。
しかし、それと同時にインターネットのおかげで昔のように、大学や塾に行くような高いお金をかけないでもいろんなことを学んでいくことができる時代になりました。あとはどう時間をつかうかというプライオリティの問題です。
生涯教育の時代はすでに始まっています。それは理想ではなく、そうした教育が所得の格差に直接つながる時代になってきているのです。
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