この記事は、Pleasanter Advent Calender 2019の1日目の記事です。
はじめに
約19年勤めた富士通エフサスを退社し、2017年に独立起業してからもうすぐ3年です。株式会社インプリム で プリザンター というオープンソースソフトウェアのWebデータベースをコアとした事業を展開しています。プリザンターはサラリーマン当時、非効率な仕事のやり方をソフトウェアで解決したい!との思いでOSSとして開発したものです。3年前 Fujitsu Advent Calendar にこんなエントリを書きました。
この3年間はとてもエキサイティングな毎日を過ごしてきました。おかげ様でお客さんやパートナーさんに支えられ会社として成長軌道に乗ることができました。このエントリーでは、ソフトウェア開発者が独立して会社を作り経験した様々な事柄について、雰囲気だけでも共有できればと思います。
死の谷
起業1年目は死の谷です。閑古鳥も鳴きません。死の谷での生活は困難を極めます。もし、ソフトウェア開発者が自分の開発したプロダクトでBtoBビジネスを始める場合には、必ずお客さんをつかまえてからやりましょう。サラリーマン生活が長い人は特に要注意です。
そんな死の谷を快適に過ごすには節約、資金調達、メンタルケアなどが。。。
起業1年目に必要となるコストの中でも大きいのがオフィスの家賃です。自宅ではじめてもよいですが、登記などのことも考えるとコワーキングスペースがおすすめです。僕の場合は、茅場町にあるCo-Edoさんにお世話になりました。IT系のイベントや勉強会などもやっているので、いろんな人たちとの繋がりもつくれます。まさにコワーキング!
当然の事ですが資金調達は簡単にはいきません。事業計画を作りベンチャーキャピタルを訪問しても良いのですが、実績の無い段階では非常に厳しいとおもいます。そんな中での資金調達の1つとして日本政策金融公庫の創業融資制度を検討するのも良いかもしれません。自己資金が10分の1などの要件がありますが、運転資金1500万円までの借り入れが可能です。
起業1年目は何かと先が見えず思い悩んだりするものです。ストレス解消、メンタルケアのためにも、あまりお金をかけない娯楽を見つけておくとよいでしょう。安くておいしいごはん、飲み屋など程よく息抜きできる環境を見つけておくと良いです。僕の場合はCo-Edoさんの近くにあるコンビニで立ち飲みができるコミストキッチンさんにかなりお世話になりました。
茅場町「コミストキッチン」生ビール250円!魅力的なお酒とアテが豊富に揃うコンビニ角打ち
何でもできる汎用ツールは売りにくい
営業未経験のソフトウェアエンジニアがBtoBの商材を売るというのは難しいことです。あたりまえですが効率良く売るためにはターゲットを見極めてターゲットにあった販売施策を展開する必要があります。プリザンターは汎用的なWebデータベースなので、タスク管理や案件管理や資産管理といった様々な業務に応用できるツールですが、何にでも使えるという道具はターゲットが定めにくいのが問題です。当初は中小企業がたくさん買ってくれるのではないか?といった甘い考えがありましたが、そううまくはいきませんでした。
たとえば中小企業で案件管理ツールを導入したいお客さんが案件管理パッケージ製品とプリザンターを比較した場合、案件管理パッケージ製品ほうが分かりやすいですし機能も豊富です。そのため、案件管理ツールがほしい!と考えている企業には提案することが難しいという事です。
それでは汎用ツールというものは売れないのか? そんなふうに悩んだ事もありましたが、今では少しターゲットの属性が分かってきました。プリザンターのターゲットは、システムを組み合わせてオリジナルのものを作りたい人たちでした。ソフトウェア開発の専門家ではないが、ある程度のITリテラシがあって工夫とアイディアでシステムを組み合わせて構築できる人たちです。主に大企業の情報システム部門や、SIerにそうした属性の人が多いという事に気が付きました。それは、もともと自分が所属していた組織でした。灯台下暗しです。
既存のパッケージでは業務をカバーすることが難しく、高度なカスタマイズを必要としており、そのスキルを持った人材が所属しており、業務効率化の予算を確保できるような、比較的大きな企業がターゲットになると分かってきました。
一方で中小企業に売る場合には、そのカスタマイズの必要性やメリットを顧客の経営者に説明できる協力者との連携が不可欠です。もっとプリザンターがメジャーなプロダクトになり、ITコーディネータや中小企業診断士の方が安心して活用できる商材となれば、そうした販路も開けていくのではないかと考えています。
無料はあやしまれる
ソフトウェア開発者がBtoBの商材を作る場合、在庫などのリスクがなければ、フリーミアムのビジネスモデルが構築しやすいと思います。プリザンターもオープンソースソフトウェアとして、人数制限や機能制限を設けずに無料で提供しています。(もちろんサポートなどは有料です)しかし、これらのビジネスモデルは怪しいと思われることが多く、ご理解頂くために時間がかかります。
まず本当に無料なの?という怪しさです。プリザンターの利用者はおそらく99%以上の方が無料で使っていると思うのですが、なぜ無料なのか?実は、無料では使い物にならないのではないか?なにかお金を取られる秘密があるのではないか?といった疑問を投げかけられる事が多くあります。これを払しょくするには、知名度を上げることが必要なのだとおもいますが、ビジネス開始当初は大きな問題となります。
さらに無料だという事が理解されても、以下のような事を怪しまれるケースがあります。
- 密かに情報を収集する仕組みがあるのではないか?(ありません)
- ビジネスとして成り立たないので潰れるのではないか?(いまのところ大丈夫)
只より高い物はないといいますが、とにかく無料は怪しまれます。怪しまれないようにするためには、企業として真っ当な手段で収益を上げる仕組みがあることも含め、理解してもらうための努力を積み重ねていかなくてはなりません。
差し伸べられる手
死の谷に挑む挑戦者に差し伸べられる手は何よりも暖かく尊いものです。独立する直前のことですが、私の挑戦を知ったとある役員の方がアピールの場を用意してくれたり、協力者になってくれる人を紹介してくれました。また、以前は役員をされていたOBの方も、お客さんやパートナーになってくださる方を紹介してくれました。
独立当初は、企業としての信用はゼロです。そのため、私個人を信用してくださる方が、その方の信用でビジネスの糸口を差し伸べてくれることがあります。僕の場合は、こうした繋がりに恵まれ、信用ゼロの状態でも企業と取引する機会を得ることができました。
大企業との取引
生まれたてのベンチャー企業が大企業と取引を始めるのは至難の業です。大企業と取引をするためには大企業との口座開設の儀が必要です。決算書2期分などが求められますが、そもそも1期目でまだ決算していません。どうしましょうか。といった状況になります。それでも特例を認めてくれる企業や、それを手助けしてくれる知人などを頼りながら可能性を探ります。
最近はベンチャー企業との取引を積極的に行う大企業もあり、調達部門の方が会って説明を聞いてくれるケースもあります。事業計画を明示し、誠意をもって対応にあたることで個人の信用=企業の信用として評価してくれるところも出てきます。大企業との取引ができれば、売り上げを一気に伸ばしていくことができます。諦めず粘り強く取り組む価値があります。
パートナーエコシステム!
メーカーとしてのビジネスを行う際には、早い段階からパートナー企業と協業するための枠組みを用意することが重要です。既に多くの顧客を獲得しているパートナー企業が味方に付けば販路が大きく広がります。前述の大企業との取引で直接取引ができない場合でも、パートナー経由の取引であれば口座開設の儀を行わずに進めることが可能です。パートナー制度を確立しパートナー企業のメリットを明確化することで、仲間を増やすことができればより良いビジネスが行えます。
プリザンターは汎用ツールなので、ひと手間加えることで様々な価値を生み出します。そういった意味でも、パートナー企業が持つSI力、パートナー企業が持つソフトウェアとの連携など様々な組み合わせでエコシステムを形成できればよいと思います。おかげさまでインプリムは3年間で20社を超えるパートナー企業と提携することができました。
古巣との邂逅
会社をはじめて2年が経過しようとしていたころ、富士通さんとの協業の話がまとまり、富士通さんのクラウドサービス Fujitu Cloud Serviceでプリザンターを販売できるようになりました。
Pleasanter on FUJITSU Cloud Service
これは大変うれしい出来事でした。もともとは富士通グループの現場の仕事を楽にしたい!と考えて作ったソフトウェアなので、富士通さんに努力が認めてもらえたようで感謝・感激です。ソフトウェアを開発して事業を行っていると、時々こういう嬉しい出来事がおこります。運の要素も強いかもしれませんが、挑戦してよかったと思える瞬間です。
独立起業というと独立前の会社から巣立つようなイメージがあるかもしれませんが、同じIT業界でビジネスをやるのであれば、こうした連携が必ず出てくると思います。独立前と独立後は地続きなのです。
メディアのチカラ
メディアから取材を受ける!サラリーマン時代には考えられない事ですが、プロダクトや事業内容がユニークであれば、メディアに取り上げてもらえる事があります。こうした取り上げられ方をするときは広告とは違うので費用がかかりません。パブリシティというのでしょうか。資金に限りのある創業したての企業にとっては、大きな追い風となります。プリザンターも運よく多くの媒体で取り上げてもらうことで、知名度を伸ばすことができました。こうしたメジャーな媒体の記者から取材依頼が来たら取材を受けて記事にしてもらうと良いです。
2017/10/25 インプレス Think IT
OSSで脱サラ起業 国産Webデータベース「プリザンター」が目指す脱Excelの世界
2017/12/01 日経BP社 日経XTECH
Excel方眼紙の処方箋 無償でできる脱Excel、インプリムが開発したOSS「プリザンター」
2018/09/18 翔泳社 EnterpriseZine
マネジメントを“最適化”するのではなく“快適”にする――「プリザンター」生みの親に聞く中間管理層の課題とは?
賞を取りに行く
プロダクトの知名度を上げるには賞を取ることもオススメです。世の中には無名の製品を一躍有名にすることができる様々な賞があります。特に中小企業でもエントリーしやすいものがあるので、テクノロジーやビジネスモデルに光るものがあれば、ぜったいに挑戦したほうが良いとおもいます。プリザンターは高速に動作するUIエンジンの独自性や有用性が認められ、3つの賞を受賞することができました。
2018/4/11 りそな中小企業振興財団
第30回「中小企業優秀新技術・新製品賞」受賞技術・製品一覧
2018/11/6 特定非営利活動法人ASP・SaaS・IoTクラウドコンソーシアム
ASPIC IoT・AI・クラウドアワード2018 支援業務系分野 ベンチャー大賞
2019/11/13 東京都
世界発信コンペティション 東京都ベンチャー技術特別賞
中野という土地へ
独立して1年は茅場町のコワーキングスペース Co-Edoでお世話になりましたが、その後は自前のオフィスを構えるべく東京都中野区に移転しました。中野はサブカルの街としても有名ですが、北口エリアにはラーメン屋などがひしめく繁華街があり、その先には住宅街があり、明治大学や帝京平成大学など学生の街でもあります。アクセスもJR中央線の特別快速が停車する駅で快速なら新宿まで1駅と近く、中央総武線や地下鉄東西線も通っていて、なんでも揃う素晴らしい土地なのです。働くところ、食べるところ、住むところ、遊ぶところ、学ぶところが詰まった中野という土地を最大限に生かして、会社を成長させていきたい!そして、中野を新たなITベンチャー企業の聖地にしたい!などと考えています。ちなみに社員の半数近くは中野に住んでいて、中野手当が支給されています。中野大好きナカノさんプロジェクトといった新しい中のを作る面白い取り組みもありますので、来たことがない人はぜひ遊びにきてください。
新オフィス
オフィスが新しくなったり、広くなったりすると会社の成長を感じるものです。インプリムは 2019/2/1 新オフィスに移転して、メンバーのモチベーションが一気に上がりました。死の谷を越えた先にまっていたのは沢山のお仕事でした。それはそれで大変なのですが、世の中に役立つ事業を作ることができたという実感は、ソフトウェアエンジニアとして大変うれしいことです。まだまだ道半ばですがOSSで作った会社を発展させていきたいとおもいます。オフィスには外部の方も気軽に入れる勉強会スペースを作ったので、IT関連の勉強会の会場で困っている方がいればご相談下さい。
強運を信じる
長文を最後まで読んでいただきありがとうございます。OSSで独立起業のノウハウというには、あまりにも運の要素が強く参考にならなかったかもしれません。ただ1点だけ再現できるものがあるので、お伝えしたいと思います。それは、強運を信じれば、運がついてくるということです。自分はついている!そう思うとなぜか運がよくなるものです。運も実力のうちといいますが、それを強く信じていくことが重要です。クリスマスまで1カ月を切りましたが、彼女がいない人でも絶対にまだ間に合います。