サブスクリプションやクラウドサービスのビジネスでは様々な指標をモニターします。
しかし、ビジネスのステージや規模によって、追うべき指標は異なってきます。さらに、誰もが知っている指標の話をしているつもりでも、人によってその定義や計算方法の認識が異なることで、ビジネスの状況を正しく認識できないことも少なくありません。
そこで、シリコンバレーでトップ5に入るベンチャー・キャピタルのAndreessen Horowitzが、スタートアップが見るべき指標と、その定義をまとめた記事がありましたので、こちらに要訳として紹介します。
- 16 Startup Metrics | Andreessen Horowitz - リンク
私たちは毎年、何千人もの起業家から、彼らの企業の将来性・健全性を示すさまざまな指標を提示されます。しかし、時には、そういった指標が、実際にビジネスで起こっていることを表す最善の指標でないこともあります。さらに同じ指標であったとしても、人によってその定義が異なることで、ビジネスの健全性を理解することが難しいこともあります。
そこで、最も一般的、あるいは分かりにくい指標をまとめました。また指標によっては、投資家がこれらの指標に注目する理由についてのメモを加えています。
なお、良い指標とは、ベンチャーキャピタルから資金を調達するためのものではなく、ビジネスがどのように、そして、なぜ機能しているかを知り、それに応じて適切に対処できるように役立つものであることを忘れないでください。
ビジネスおよび財務関連の指標
1. 予約 vs. 収益
これは非常によくある間違いですが、予約と収益は別の指標です。予約 は、会社と顧客の間で結ばれた契約の価値で、「顧客が会社に支払う」という契約上の義務を表しています。
一方で収益 は、サービスが実際に提供された時点で計上されるか、サブスクリプションの契約期間にわたって定期的に計上・認識されます。
なお、収益がいつ、どのように認識されるかは、GAAP(訳者注: Generally Accepted Accounting Principlesの略で、 一般企業が財務報告を行う際に準拠すべきルール)によって管理されます。同意書や口頭での契約の合意は、予約でも収益でもありません。
2. 定期収益 vs. 総収益
投資家は、総収益の大半がソフトウエア製品やプロダクトから得られる企業を高く評価します。
なぜならサービス(役務)の収益は繰り返し得られるものではなく、またサブスクリプション型のビジネスと比べて、利益が少なく、スケールしづらいからです。
ARR(Annual Recurring Revenue / 年間定期収益) : 年ごとに定期的に得られる収益の指標です。1回限りで定期的ではない、サービス費用は除外する必要があります。
顧客あたりの ARR: 顧客に対して、アップセルまたはクロスセルを行っている場合、「顧客あたりのARR」は成長しているはずです。また、もし顧客あたりのARRが成長しているのであれば、それは健全なビジネスの成長の先行指標となります。
MRR (Monthly Recurring Revenue / 月間定期収益): 多くの場合、1ヵ月の受注金額に 12 を掛けて ARR を求めます。このときよくある間違いとして、以下のことがあります。
- ハードウェア、セットアップ、インストール、コンサルティング契約などの非定期的な手数料をカウントしてしまう。
- (収益ではなく)受注額を利用してしまう。
3. 粗利益 / 売上総利益
受注額の成長は重要ですが、投資家はビジネスの収益性も理解したいと考えています。そのために「粗利益 / 売上総利益」を利用します。
「粗利益 / 売上総利益」に含まれるものは会社によって異なりますが、一般的に、プロダクトやサービスの製造・開発、配送、サポートに関連するすべてのコストを含める必要があります。
そのため、「粗利益 / 売上総利益」の数字に含まれるものと、そうでないものを分類する必要があります。
4. TCV(総契約額)vs. ACV(年間契約額)
TCV(Total Contract Value / 総契約額) は契約の総額であり、期間が短くなったり長くなったりする可能性があります。TCV には、1 回限りのサービス費用だけでなく、定期的な費用も含まれることを確認してください。
一方で、 ACV(Aannual Contract Value / 年間契約金額) は、12 か月間の契約額を測定します。 ACV に関しては以下のようなことがよく聞かれます。
もし、ACVの平均額が成長している場合は、顧客が時間の経過とともにプロダクトに対して、平均してより多くの費用を支払っていることを意味します。
これは、機能の追加や強化がうまくいっていること、あるいは、顧客がより多くの金額を支払っても構わないと思うほどの価値を代替製品と比べて提供できていることの根拠となるわけです。
5. LTV(顧客生涯価値)
LTV(Lifetime value / 顧客生涯価値)は、顧客がサービスを継続している間の、将来に渡って得られる純利益の現在価値です。また、LTVは、CAC(Customer Acquisition Cost / 顧客獲得コスト)を考慮したうえで、一人の顧客からどれだけの価値を、その顧客の生涯に渡って得られるかの指標です。
LTV に関するよくある間違いは、顧客の生涯に渡る純利益を計算するのではなく、それまでに得られた収益や粗利益を使ってLTVを計算してしまうことです。
なお、LTV の計算方法は次の通りです。
LTV = 顧客あたりの月次限界利益 * 平均的なサービスの継続期間(月数)
「顧客あたりの限界利益」は、顧客から得られた収益から変動費を引いて計算します。
顧客あたりの月次限界利益 = (顧客から得られる月次収益 - 変動費) / 顧客数
また変動費には、販売費、管理費、運用費などが含まれます。
平均的なサービスの継続期間は以下のように計算します。
平均的なサービスの継続期間(月数) = 1 / 月次チャーン率
なお、データが数か月分しかない場合、現在に至るまでのデータを使って、LTVを控えめに計算することも可能です。その際は、12 ヶ月あるいは 24 ヶ月で LTV を測定することをお勧めします。
ここでのもう 1 つのポイントは、LTVを限界利益を使って計算していることです。前述した収益または粗利を使ったLTV を計算すると、顧客獲得に使える上限費用が(変動費のコストを考慮しない分)大きくなってしまうのです。
なお、 「限界利益を使ったLTV」と「CAC」の比率(訳者注: この指標のことを「ユニットエコノミクス」と呼びます)は、CACの回収期間や広告とマーケティングの費用を管理するための優れた指標です。
6. GMV(流通取引総額)
マーケットプレイス型のビジネスでは、しばしばGMV(Gross Merchandise Value / 流通取引総額)と収益が同じ意味で利用されますが、これらは別の指標です。
GMV (Gross Merchandise Value / 流通取引総額) は、特定の期間にマーケットプレイス上の総売上高です。言い換えれば、マーケットプレイスの消費者側が費やしている収益です。
これは、市場規模を測るのに有用な指標であり、直近の月または四半期を年換算することで、「ランレート」という指標としても利用可能です。
対して、収益はGMV(流通取引総額) の一部で、マーケットプレイスのサービス提供に対して受け取る、様々な費用で構成されます。
最も一般的なのは、取引手数料ですが、広告収入、スポンサーシップなども収益含まれる場合があります。
7. 前受収益・繰延収益・請求
これらの指標はSaaSビジネスでは、実際に収益が計上されるより前に、回収する現金のことを表しています。
SaaS 企業の場合、サービスを提供した契約期間中にのみ、収益を計上できます。そのため、ほとんどの場合、「予約」は、「繰延収益」と呼ばれる「貸方」の負債項目として貸借対照表に計上されます。
そのため、会社がソフトウェアからの収益をサービスとして認識(計上)し始めると、繰延収益残高が減少し、収益が増加します。24 か月の契約の場合、各月の繰延収益は 1/24ずつ減少し、収益はずつ1/24 増加します。
そのため、SaaS 企業の成長と健全性を測定するための適切な指標は、請求(額)です。請求額は、1 四半期の収益を取得し、前四半期から現在の四半期への繰延収益の変化を加算して計算されます。
新規顧客の獲得、または既存顧客へのアップセル/更新を通して、SaaS企業が「予約」を増やしている場合、請求は増加することになります。
請求は、収益よりもSaaS 企業の将来の健全性を示す指標として優れています。
8. CAC (Customer Acquisition Cost / 顧客獲得コスト) - ブレンデッド vs. ペイド vs. オーガニック
CAC (Customer Acquisition Cost / 顧客獲得コスト) は、ユーザーを獲得するため必要な総コストであり、1ユーザー単位で計算します。 CACに関する一般的な問題の1つは、紹介料、割引など、ユーザー獲得にかかる全てのコストを含めていないことです。
また、もう 1 つの問題は、CAC を計算するときに、「有料」マーケティングを通じて獲得したユーザーと、費用をかけずに獲得した「オーガニック」なユーザーを「混合」して計算してしまうことです。
前述したような、顧客の総獲得コストを、すべてのチャネルで獲得した新規顧客の総数で割った「ブレンデッドCAC」自体が間違っているわけではありませんが、ブレンデッドCACでは、有料キャンペーンがどの程度効果を上げているか、あるい収益性があるかどうかまではわかりません。
これが、ビジネスの持続可能性を評価する際に、「 ブレンデッドCAC」よりも、顧客の総獲得コストを有料マーケティングを通じて獲得した新規顧客数で割った「ペイドCAC」の方が重要であると投資家が考える理由です。ペイドCACは、採算が取れる状態で、企業が新規ユーザーを増やしていけるかを測ることに役立つのです。
もちろん、「有料」マーケティングが、「オーガニック」と認識される新規顧客に貢献していることを議論する余地はありますが、 「ブレンデットCAC」を、主要なCACの指標として利用する際には、その効果の証拠を示す必要があります。
そういった背景もあり、多くの投資家は両方のCACを見ることを好みます。また、投資家はペイドCACを、チャネル別に分けて見たがります。例えば、Facebook経由で顧客を獲得した場合、その費用がどれぐらいだったかが気になるわけです。
なお、より多くの見込み顧客にリーチしようとすると、実際にはコストは高くなります。例えば、最初の 1,000 ユーザーを獲得するのに 1 ドル、次の 10,000 ユーザーを獲得するのに2 ドル、次の100,000 ユーザーを獲得するのに5ドルから10 ドルかかる場合があります。
そのため、各チャネルで獲得したユーザー数も重要な指標です。
プロダクトとエンゲージメントの指標
9. アクティブユーザー
企業の数だけ「アクティブ」の意味は変わってきます。
また、「アクティブ」の意味を定義していないケースもあれば、「アクティブ」なユーザーを測るときに、偶発的に1 回だけサービスを利用したユーザーを含めるなど、「アクティブ」であることが、どういうことかをよく考えていないケースもあります。「アクティブ」をどのように定義するかを明確にしてください。
10. 前月比の成長率
前月比の成長率は、単に前月からどの程度成長したかの割合として、計算されることが多いです。
しかし、投資家は、 CMGR (月平均成長率) を成長率の指標として利用することを好む場合があります。これはCMGR を利用すると、周期的な成長を測れるからです。
CMGRは以下の計算で求められ、他の企業との成長率を比較する際のベンチマークとしても役立ちます。
CMGR = (直近月の収益 / 初月の収益)^(1 / 経過月数) - 1
11. チャーン
チャーン(解約)にはさまざまな定義があります。投資家はチャーンについて以下のことを気にします。
- 毎月のチャーン(キャンセル)率
- コホート毎のリテンション率
また、グロス・チャーンとネット・レベニュー・チャーンを区別することも重要です。
グロス・チャーンは以下のように計算します。
グロス・チャーン : 当月に失われた MRR /月初のMRR
またネット・チャーンは以下のように計算します。
ネット・チャーン: (チャーンによって減少したMRR - アップセルによって増加したMRR) / 月初のMRR
両者の違いは重要です。グロス ・チャーンは純粋なキャンセルの損失を測ることができるのに対して、ネット・チャーンは、キャンセルによる損失を過小評価します。
12. バーンレート
バーンレートは、現金が減少する速度の指標です。特にアーリーステージのスタートアップでは、企業が資金を調達したり、経費を削減するのに十分な時間がなく、現金が不足するとビジネスの継続が難しくなるため、バーンレートを把握してモニタ−¥することが重要です。
バーンレートは以下のように計算します。
月次キャッシュバーン = (年初の現金残高 - 年末の現金残高) / 12
また、ネット・バーンとグロス・バーンを測定することも重要です。ネット・バーンは、会社が毎月使っている現金の量の真の指標で、以下の方法で計算されます。
収益 (受け取る可能性が高いすべての現金を含む) - グロス・バーン
対して、グロス・バーンは、毎月の費用とその他の現金支出のみを調べます。
投資家は、あなたが銀行に残したお金が、あなたが会社を経営するためにどれくらいの期間存続するかを理解するために、ネットバーンに注目する傾向がありますまた、毎月の消費量が一定ではない可能性があるため、収入と支出の増加率もモニターの対象となります。
13. ダウンロード数
ダウンロード数は、見映えが良くなりがちな指標の1つですが、実際のビジネスのパフォーマンスに関する有益な情報は得られない「虚栄の指標」です。
特に、そのビジネスにとって重要な指標、例えば、DAU (1 日のアクティブ ユーザー数)、MAU (1 か月のアクティブ ユーザー数)、共有された写真、閲覧された写真の数などを使ったコホート分析の結果を知りたがります。
あとがき
今回はスタートアップが見るべきビジネスとプロダクトの指標と、その定義に関する記事を紹介しました。
スタートアップが自分達のビジネスの状況を適切に把握するためには、ビジネスKPI(指標)とその定義を理解することから始めますが、その次に問題になるのが、実際に収益のデータや、サービスのログデータから、自分の視たい指標を「作る」ことです。
こちらの記事紹介されていた指標もそうですが、多くの指標は、単に1つの指標を集計をするだけでは求めることができず、集計値を使ってさらに計算することが必要です。
さらに問題になるのが、こういった作業は1度きりで済まず、毎週、あるいは毎月といった頻度で計算してモニタしていく必要があるということです。
そのため、複雑な指標の計算の自動化のためにはプログラミングを求められることも少なくありませんが、例えば、データの加工、可視化、分析、レポーティングのためのUIツールのEpxploratoryを使うと、UIを通して簡単に指標を計算するだけでなく、一度作った指標を自動で更新することも可能です。
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またサブスクリプション型ビジネスに特有なKPIと、その計算手順だけでなく、分析手法とそのその手順も公開してますので、ぜひご参考ください。
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