皆さんはSaaSビジネスの決算資料やビジネスレポートの中で、以下のようなチャートを見たことはありませんか?
これは高成長のSaaS企業のビジネスレポートで頻繁に登場する「レイヤーケーキ・チャート」と呼ばれるチャートで、実はこちらも日本の高成長のSaaSであるChatwork様の2022年12月期の第2四半期決算資料から抜粋したものです。
今回は、このレイヤーケーキ・チャートの見かた、そして、なぜ、高成長のSaaS企業のビジネス・レポートにおいて「レイヤーケーキ・チャート」が多用されるのかを紹介いたします。
レイヤーケーキ・チャートが利用される背景
SaaSをはじめとするサブスク型のビジネスでは、顧客がサービスを継続する間は決まった周期(例: 毎月、毎年)で、繰り返し収益を得られます。
また顧客ごとに繰り返される月間あるいは年間の収益を足し上げたものがビジネス全体の収益となります。
そのため、新規顧客の分だけ収益は増えるわけですが、実際のビジネスでは顧客はサービスをキャンセルして、その分の収益が減ることになるため、キャンセルの多少によってビジネスの成長は大きな影響を受けることになります。
また一般的に、新規顧客の獲得コストは継続顧客の維持コストよりも高いため、継続顧客からの収益が多いほど、少ないコストでビジネスを運営できると言えます。
そのため、自分達のビジネスがより少ないコストで運営できるような構造になっているのかを知りたければ、収益を新規顧客と既存顧客に分けることが有効です。
このことを、月間の収益が伸びているビジネスを例に考えてみます。
左図のような結果を得られるのであれば、キャンセルが多く、コストがかかる新規顧客の獲得によってビジネスが成長していると言え、右図のような結果を得られるのであれば、キャンセルは少なく、同じ分だけの収益を得るために必要なコストが左図と比べて少ない、と言えます。
このとき、1点、注意が必要なことがあります。
それは 「ユーザーの継続期間」を考慮できていない、ということです。
この「ユーザーの継続期間」について、新顧客の獲得に3万円の費用がかかる月額1万円のビジネスを例に考えてみます。
月額費用が1万円だった場合、初月は獲得費用のうち1万円が相殺され、2万円が損失となります。
そのため、3ヶ月目に費用の回収が完了し、4ヶ月目以降は毎月の収益が利益となり、サービスの購読期間が伸びれば伸びるほど、通算の利益は増えます。
ここで伝えたいのは、継続顧客の中でも継続期間が長いセグメントになればなるほど生涯収益(通算収益)は大きくなるため、生涯収益が多い顧客を増やすことが継続的かつ効率的なビジネスの成長のためには欠かせない、ということです。
そこで、単に既存顧客の割合が多いかどうかだけでなく、既存顧客が長い期間、継続してサービスを使ってくれているかどうかを知ることも重要になってくるわけです。
そして、これらのことは、顧客のサービスの利用開始タイミングで収益を色分けして可視化することで理解ができるようになります。
例えば上記のチャートの最新月の収益に注目すると、このビジネスは全体の収益は成長しているものの、以下のように利用期間の短い顧客に頼った成長になっているので、収益を効率的に増やすことができていないことがわかります。
さらに、9ヶ月前や8ヶ月前にサービスの利用を開始したグループの収益に注目してみると、多くの顧客がキャンセルをしたため、収益を維持し続けられていないことが分かります。
レイヤーケーキ・チャートを使ってわかること
先程のバーチャートでも、各グループの変化を捉えれらないこともありませんが、バーチャートよりも、エリアチャートの方が時間の経過による各グループの変化を捉えやすいということがあります。
このように顧客のサービスの利用開始タイミングで収益を色分けしたエリアチャートをレイヤーケーキ・チャート と呼びます。
なお、どのようなサービスでも、顧客はいつかはキャンセルするため、レイヤーケーキ・チャートを可視化した際、各グループから得られる収益は時間とともに減っていく傾向があります。
しかし、オンボーディングやプロダクトの改善によって、顧客が、サービスの価値をより実感できるようになっていけば、最近のグループの収益の減少幅は小さくなっていきます。
また、長期に渡り顧客を維持できているサービスであれば、新規顧客からの収益が継続顧客からの収益に積み重なっていくので、ビジネスは効率的に成長していきますが、実はこれが最高のレイヤーケーキの形ではありません。
なぜなら、複数プランが用意されているようなサービスや、法人向けのサービスでは、顧客がプランをアップグレードしたり、同じ顧客内でのサービスのユーザーが増えることで、収益自体が前月あるいは前年から増えることが発生するのです。(このことをサブスク型ビジネスの世界ではネガティブ・チャーンと呼びます)
そのため、ネガティブチャーンが起きていると各グループから得られる収益は減るどころか増えていくことになります。
なお、本当にこのような形を描くサービスがあるのかを疑問に感じる方もいらっしゃるかもしれません。
ここで、改めて冒頭で紹介したビジネスチャットのSaaSサービスを展開するChatwork様のレイヤーケーキ・チャートを思い出してみます。
すると、利用開始時期によるそれぞれの顧客グループから得られる収益が、時間の経過と共に増加しており、ビジネスが効率的に成長していることが一目瞭然です。
例えば、2018年に利用を開始した顧客から得られる収益は時間の経過と共に増えており、さらにそれ以降、サービスの利用を開始した顧客から得られる収益によって、どんどんビジネスが成長していることが分かります。
このように、効率的にビジネスが成長しているサービスでは、既存顧客がプランをアップグレードしたり、ユーザー数が増えることにより、キャンセルなどによる収益の減少分を上回って、既存顧客からの収益が増加し、そこに新規顧客からの収益が加わることで、より速いスピードで、ビジネスが成長します。
このことを直感的に伝えられるのが、レイヤーケーキ・チャートになるため、高成長のSaaS企業ほど、レイヤーケーキ・チャートを使うことになるわけです。
レイヤーケーキ・チャートを実際に作成したい
今回、紹介したレイヤーケーキ・チャートは、収益のデータを少し加工するだけで簡単に可視化できるようになります。
実際のデータを使って、レイヤーケーキ・チャートを作成する方法を知りたい方は、以下のリンクで詳しいやり方を紹介していますので、ぜひご覧ください!
サブスク型ビジネスのデータ分析のためのページ
SaaSを始めとするサブスクリプション型のビジネスにとって重要なKPIとその作り方だけでなく、データの加工・可視化・統計・機械学習などのデータサイエンスの手法を使ってビジネスを改善するためのデータ分析のやり方を1つのページにまとめて公開しています。ぜひご覧ください。
データサイエンスを体系的に学びたい!
今回は高成長中のSaaSのビジネスレポートによく出てくるレイヤーケーキ・チャートを紹介しましたが、実際のビジネスを改善していくためのヒントを得るためには、収益などの指標を予測したり、またはその裏にある因果関係に迫っていくための分析が欠かせません。
そこで、そういった分析手法を基礎から、そして体系的に学びたいという方向けに、データサイエンス・ブートキャンプ・トレーニングを6月に開催しますので、興味のある方はぜひご参加をご検討いただければと思います。