サブスクリプション型のビジネス、またはソフトウェアの世界ではSaaSと言われたりする、顧客が製品やサービスを継続的に利用するために購読するタイプのビジネスは一般的な売り切り型のビジネスとは収益構造が異なるため、ビジネスを成長させるために見るべき指標やチャートも違ってきます。
よくあるのは、この違いを意識せずに「売り切り型」のビジネスでよく使われる指標やチャートをモニターしていたがために、ビジネスの成長のきっかけをつかめなかったり、成長していると思っていたビジネスが急に傾き始めたり、成長の見通しを社内で共有、または外部の投資家にうまく説明できなかったり、という問題です。
そこで、こちらの記事ではサブスクリプション型のビジネスを成長させるために欠かせない5つのチャートを使った簡単な分析手法を紹介させていただきます。
1. コホート分析(生存分析)
コホート分析(生存分析) は顧客のチャーンやリテンションを適切に理解するために有効な可視化の手法となります。
サブスクリプション型のビジネスの成長には、新規顧客であるコンバージョンを増やすだけでなく、チャーン(解約)を減らすことが重要なので、自ずと以下のようなチャーン率のトレンドのチャートを作成して、毎月のチャーン率に注目してしまいがちです。
しかし、チャーン率には以下の2つの問題があります。
- 顧客がサービスを利用をし始めた際、どのタイミングで最もチャーンが発生するかを理解できないので、どういったタイミングの顧客を重点的にサポートすべきかが分からない。
- チャーン率は良くなっているように見えるのに実はビジネスが悪くなっている、という現象が起きてしまい、リテンションが本当に改善しているどうかが分からない。
この2つの問題の詳細はこちらで詳しく紹介をしていますが、こうした問題を解決するために、顧客をコンバージョンの時期によってグループ分けし、それぞれのグループの購読期間ごとのリテンション率をラインチャートを使って可視化することができます。
これにより、購読開始からどれくらいの期間でチャーン(解約)が多くなるのか、または安定するのか、さらにそれぞれのグループの曲線を比べることで、チャーン(解約)が悪くなっているのか、または改善しているのかを正しく理解することができるようになります。
例えば、時間の経過と共に曲線が緩やかになっているということは、何らかの理由(例:プロダクトの新機能の追加、など)によってチャーンが改善されてきているということになります。
逆に、何らかの問題でチャーンが悪くなっていっている場合は、購読開始時期が最近のグループの曲線が開始時期が古いグループの曲線に比べて低くなっていくのを確認することができます。
このように、顧客をいくつかのグループに分けてそれぞれのグループの継続率(またはチャーン率)を比べる分析をコホート分析と呼びます。
なお、このコホート分析はリテンションが改善しているかどうかを調べること以外にも、2つの異なるグループ間でコホート分析を行うことで、リテンションがいいセグメントの特定に役立てることも可能です。
2. レイヤーケーキ・チャート
レイヤーケーキ・チャートは、顧客をサービスの利用開始タイミングでグループに分けて、そのグループごとの収益を積み重ねて可視化したチャートになり、ビジネスが効率的に成長しているかどうかを測ることに役立つチャートになります。
一般的に、サブスクリプション型のビジネスが成長しているかは、MRR(月間定期収益)のトレンドをモニターして測ります。
しかし、MRRのトレンドをモニターしているだけでは、以下のようなビジネスの効率に関わる状況がどうなっているかまで捉えることはできません。
- 新規顧客が定着していて、効率良くビジネスが成長していけるようになっているかどうか
- 既存顧客から継続して、どの程度の収益を得られているか
- プランのアップグレードなどにより、既存顧客から収益を増やすことができているかどうか
そこで、こうした問題を解決するために、レイヤーケーキ・チャートと呼ばれるチャートを作り、顧客をサービスの利用開始タイミングでグループに分けて、それぞれの収益を比較することで、ビジネスが効率的に成長できているのかを分析します。
レイヤーケーキ・チャートでは、エリアチャートを利用することで、顧客の収益を購読したタイミングごとの層(レイヤー)に分けます。
このビジュアルが、複数の層(レイヤー)からなるケーキのように見えることが、レイヤーケーキ・チャートという名称の由来となります。
レイヤーケーキ・チャートを作成すると、顧客は時間の経過とともにチャーン(解約)していくので、各コホートから得られる収益が徐々に減っていくことを確認できます。
ただし、オンボーディングやプロダクトの改善によって、顧客がすぐにサービスなどの価値を体験できるようになっていれば、最近、購読を開始したグループのチャーン率は減少するはずなので、MRRの減少幅も小さくなります。
従って、長期に渡り顧客をリテンションできているサービスであれば、新規ユーザーからの収益がそのままビジネスの成長となるわけです。
さらに多くのサブスクリプションサービスではプランのアップグレードが可能なため、顧客によっては、購読を開始したタイミングよりも多くの費用を払ってくれることが起こります。
そのため、プランのアップグレードによる収益増がチャーンによる収益減を上回った場合、既存顧客から得られる収益は、過去に得られていたMRRより大きくなるレイヤーケーキ・チャートが描かれることになります。
このように、レイヤーケーキ・チャートを作り、顧客をサービスの利用開始タイミングでグループ分けした上て、それぞれのグループの収益を可視化し、比較することで、ビジネスがいかに効率的に成長しているのか、そうでないかを把握することができるようになります。
3. DAU/MAU
DAU/MAUは、サービスの 「エンゲージメント」を測る指標の1つです。また、「エンゲージメント」とは顧客がサービスやプロダクトをどれだけ頻繁・熱狂的に利用しているかを表すコンセプトです。
サブスクリプションのサービスにおいて、この「エンゲージメント」というコンセプトは非常に重要です。
なぜかというと、チャーン率といった指標は、既にチャーンしてしまった顧客の状況を集計したものになるため、集計をしたときには、その顧客にサービスを継続してもらうことはできず、アクションを打つには遅いということがあるためです。
対して、「エンゲージメント」は現在も契約中の顧客を対象にしているため、顧客がチャーンをする前にアクションを打つことにつなげられる指標、言い換えれば、チャーンやリテンションの先行指標と捉えることができるわけです。
そこで、例えば1日単位で何人のユーザーがプロダクトを使ったかの指標であるDAU(Daily Active User)をモニターする場合や、
1ヶ月単位で何人のユーザーがプロダクトを使ったかの指標であるMAU(Monthly Active User)をモニターする場合があります。
しかし、DAUやMAUといった指標は、広告やマーケティングの影響を受けやすく、また例えば、1カ月に1度しかサービスを利用しない、たまたまサービスを使っただけかもしれないユーザーも等しく扱ってしまうため、顧客がどれだけサービスを頻繁に利用しているか、言い換えれば、どれだけサービスに熱狂しているかといったことまでは分かりません。
こういった問題を解決するために、Facebookが使い始めたことで有名になったエンゲージメントの指標がDAU/MAUです。
DAU/MAUはMAUに対するDAUの割合となり、DAU/MAUを計算することでユーザーがどれぐらいサービスを頻繁に利用しているかが分かるようになります。
DAU/MAUは100%を最大値として、日ごとに計算をする指標となり、サービス全体の日々の利用頻度が高ければた高いほど、高い値で推移するような指標となります。
なお、分子にあたるDAUの数値はばらつきやすいので、DAU/MAUといった指標もばらつきが大きくなりがちです。
そこで、トレンドラインなどを利用して長期的にエンゲージメントが改善しているかをモニターしていくことになります。
また、DAU/MAUは顧客のセグメントごとに可視化して、特定の顧客セグメントのエンゲージメントを調べることにも利用されます。
4. パワーユーザーカーブ
パワーユーザーカーブは、1週間あるいは1ヶ月間におけるサービスの利用日数の分布を可視化したチャートになり、サービスの利用頻度が多い顧客をどれだけ増やせているのか、あるいは、サービスの利用頻度が少ない顧客をどれだけ減らせているかの理解に役立つ可視化の手法になります。
先程紹介したエンゲージメントの指標であるDAU/MAUはユーザー全体のエンゲージメントの理解には役立ちますが、サービス全体のエンゲージメントを表す指標のため、平均的なユーザーのエンゲージメントを表しているに過ぎません。
従って、サービスのエンゲージメント(DAU/MAU)が下落していたとしても、ユーザーごとの利用頻度は異なるため、必ずしも全てのユーザーの利用頻度が下がっているとは限りません。
そこで、より具体的な利用状況を理解するために、利用頻度のばらつきをバーチャートやラインチャートで可視化したものがパワーユーザーカーブとなります。
実際にパワーユーザーカーブを作成すると、下記のようなチャートができあがります。
大抵の場合、どのようなサービスでも毎日のようにプロダクトを利用するエンエージメントの高いユーザーがいるため、利用頻度が高いユーザーが一定の割合で存在することになります。
このように、特に利用頻度が高いユーザーをパワーユーザーと呼び、成功しているプロダクトほどパワーユーザーの割合は多くなっていきます。
パワーユーザーはインフルエンサーとして活動してくれたり、組織内で他の人にサービスや製品を紹介してくれたりと、ビジネスの成長に貢献することがあるので、その割合が高ければ高いほど良いということになります。
またパワーユーザーが多いと、ユーザー数の割合を線でつないだときに、U字型の特徴的なカーブを描くことになります。そこから転じて、このようなチャートをパワーユーザー・カーブと呼んでいます。
パワーユーザー・カーブは時系列で比べることで、パワーユーザーを増やすことができているかを理解できるようになります。
また、時系列で比べるだけでなく、異なるグループごとにパワーユーザーカーブを比較することで、どのような顧客セグメントに、パワーユーザーがいるかも理解することができます。
5. RFV分析
RFV分析は、サービスなどの利用状況のデータから、顧客ごとに以下の3つの指標のスコアを計算し、ヒートマップというチャートで可視化することで、顧客をセグメントに分け、各セグメントに適した施策を検討できるようにする可視化の方法となります。
- Recency - どれくらい最近にサービスを利用したのか
- Frequency - どれくらいの頻度でサービスを利用しているのか
- Volume - どれくらいサービスを利用しているのか(時間/コンテンツ数/機能数など)
前述のパワーユーザーカーブでは顧客の利用頻度の分布を可視化することで、顧客のエンゲージメントを調べることができる、という話をしました。
パワーユーザーカーブは、サービスの利用頻度の多さに注目して可視化をする手法ですが、ビジネスを改善する打ち手を考えたときに、利用頻度が多い顧客にだけ注目するのではなく、顧客を利用頻度でセグメントに分けて、セグメントごとに適切なアクションを考えることにも利用できます。
しかし、顧客のエンゲージメントを測るときに、サービス(例:Netflixなど)によっては利用(視聴)時間でエンゲージメントを測り、セグメントに分けることもできます。
そうであれば、どちらか1つの指標だけを使うのではなく、利用頻度と利用時間を元に顧客をグループ分けできれば、それぞれのグループに対してより適したアプローチができると言えます。
ただし、直近、サービスを利用していない顧客は「エンゲージメントが高い」とは必ずしも言い切ることはできませんので、最後にサービスを利用してからの経過時間もエンゲージメントを測る際には考慮した方が良いと言えます。
そこでRFV分析では、以下の3つの指標を使って顧客をセグメントに分けるわけです。
- Recency - どれくらい最近にサービスを利用したのか
- Frequency - どれくらいの頻度でサービスを利用しているのか
- Volume - どれくらいサービスを利用しているのか(時間/コンテンツ数/機能数など)
RFV分析では、サービスの最後の利用からの経過時間や、一日あたりの利用頻度や利用時間を計算して算出したスコアをカテゴリーに分けて、どのカテゴリーの多くの顧客が集まっているかを、ヒートマップというチャートを使って、可視化します。
顧客をセグメントに分けたら、各セグメントに最適化したアクションを検討したうえで、各セグメントの特性やボリュームなどを元にアクションを打つ優先度を決め、各セグメントに含まれる顧客のリストを抽出して、アクションを実行に移していくことになります。
なお、サービスやプロダクト全体でRFVの指標が良くなっているかを、1つに指標にまとめて知りたいこともあります。
そういったときにはRFVの3つの指標を足し上げて、1つの指標にまとめてモニターする方法があります。
ただし、提供しているサービスによって、Recency、Frequency、Volumeの重みは異なってきます。
そこで経験(ドメイン知識)をもとに各指標に重みをつけたり、統計や機械学習のモデルを利用して、各指標がコンバージョンやチャーンにどれだけ影響(相関)しているかを理解したうえで、各指標の重みづけに利用することができます。
また、ひとたびエンゲージメントのスコアの定義を決めたら、リテンション(チャーン)と相関しているかをモニターしていくことになり、乖離してきているようであれば、重み付けを見直すか、R、F、V以外の指標を使ってエンゲージメント指標を作り直すことになります。
もっと知りたい、やり方を学びたい!
今回は、サブスクリプション型のビジネスを成長させるために欠かせない5つのチャートを使った簡単な分析手法を紹介しましたが、もっと詳細を知りたい、さらに自分でもできるようになりたいという方は、この12月にサブスクリプション型ビジネスに特化したトレーニングを開催予定ですので、そちらへのご参加をご検討いただければと思います。
こちらのトレーニングは、SaaSを含むサブスクリプション型のビジネスの改善に必須である、ビジネス指標(KPI)の定義、コンバージョンやチャーン(解約)の要因分析、さらにそれらの先行指標となるエンゲージメントの計算方法や分析手法を効率的に学んでいただくための2日間のトレーニングとなっております。
SaaSやサブスクリプションビジネスの分析または可視化の手法を効果的に学びたい方は、ぜひご参加を検討ください。
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