#初めに
最初にお断りしておきますと、本記事はQiitaへの投稿ではありますがプログラミングに直接関係する内容ではありません。現在のAI開発について知的財産権や関係する契約等の観点で最近特に注意すべきと思われるいくつかの点について書いてみました。内容としては以下の3点です。
(1)AIとデータの契約について
(2)クラウド型AIサービスと特許権について
(3)生成型AIと著作権について
どれも結局、ここ数年のAI技術開発の急激な進歩により新たに生じた問題点とその対処案といったお話しです。
#(1)AIとデータの契約について
いきなりですがここで問題。
「A社がプログラミングして、B社が提供したデータで訓練した学習済みAIモデルは一体だれのもの?」
これ、今あちこちで結構もめてるらしいです。かなり難しい話しです。(とりあえずAIモデルは教師有り学習でのモデルということで)
確かにA社にしてみれば、「うちがハイパーパラメータ設定やらデータ前処理やら訓練やらで手間かけて工夫して学習プログラムやAIモデル自体を作り込んだのだから、当然うちの持ち分が大きいでしょ?」と言いたいのはもちろん分かる。
でもB社にしてみれば、「これだけ推定精度の高い優秀なAIモデルを作れたのはうちが用意した良質なデータのおかげなのだから、当然うちの持ち分の方が大きいでしょ?」との主張にも納得できる。
つまり、AIモデル、特に教師有り学習モデルの開発においては、これまでのITシステム等のように顧客から指定された目的や仕様に基づいて技術開発者側だけで一元的に開発できていた形態とは異なり、学習用データという外部からの提供要素とその品質が必須であるという新たな開発形態にあることから、それ故に成果物に対する新たな法的問題も生じているという状況のようです(もちろん開発側で学習用データを用意できる場合は問題ないのですが)。
実はこれに対して、すでに経済産業省から以下のようなガイドラインが策定、提示されています。
・「AI・データの利用に関する契約ガイドラインの概要」
https://www.jftc.go.jp/cprc/conference/index_files/21011902.pdf
・「AI・データの利用に関する契約ガイドライン 1.1版」
https://www.meti.go.jp/press/2019/12/20191209001/20191209001.html
上記の「ガイドライン」とは、社会的拘束力のある法律や事業者が従わなければならないルールという意味ではなく、契約の検討・交渉を円滑に進めるために参考としてもらうための手引きとのこと。結局は、当事者どうしがケースバイケースで詳細に取り決める「契約」で解決しましょうという話しになるようです。
ガイドラインの内容は「データ編」と「AI編」の2部構成となっています。それぞれかなり大量かつ詳細に記載されており、そのうち目立って重要と思われる要点だけを以下に挙げてみます。
〇データ編
・「データオーナーシップ」という考え方
・データは、無体物であり、日本の民法では所有権や占有権等の物権の対象とならない。
・いわゆる「データ・オーナシップ」とは、データに適法にアクセスし、その利用をコントロールできる事実上の地位や契約による債権上の地位を意味するものと考えられる。
・データ流出や不正利用を防止する手段
・契約による保護:秘密保持義務条項
・不正競争防止法による保護:営業秘密としての保護、限定提供データとしての保護
・民法上の不法行為による保護:営業上の利益の侵害
・不正アクセス禁止法による保護:不正アクセス行為
・不正利用等を防止する技術:技術による流出・不正用の防止
・データ契約類型
・データ提供型(新しく策定した類型)
・データ創出型
・データ共用型
〇AI編
・対象ソフトウェアは、統計的機械学習、特にディープラーニングによる開発されるAIソフトウェアを主として想定。
・AIソフトウェアの開発契約
・従来のソフトウェア開発:ウォーターフォール型
・AIソフトウェア開発:探索的段階型
・契約で定めるべき事項
・知的財産権の対象となるもの:知的財産権の「権利帰属」+「利用条件」を契約で定めるべき
・知的財産権の対象とならないもの:「利用条件」のみを契約で定めるべき
・権利帰属や利用条件の設定
・一般的な考慮要素
・対象となるデータやプログラムの生成・作成に寄与した程度(寄与度)
・生成・作成に対する労力
・必要な専門知識の重要性
・データやプログラムの利用により当事者が受けるリスク等
・利用条件の交渉ポイント
・利用目的(契約に規定された開発目的に限定するか否か)
・利用期間
・利用態様(複製、改変およびリバースエンジニアリングを認めるか)
・第三者への利用許諾・譲渡の可否・範囲(他社への提供(横展開)を認めるか、競合事業者への提供を禁じるか)
・利益配分(ライセンスフィー、プロフィットシェア)
ここではざっくりとした概要しか記載していないため、詳細については個別に調べて頂けるようお願いします。
#(2)クラウド型AIサービスと特許権について
技術的なアイディアや思想は、無体物でありながら特許権という知的財産権で保護できることは広く知られていると思われます。
その保護について具体的には、文章で記述された技術的範囲(特許請求項の範囲)に該当する技術を権利者だけが実施(製品の製造販売、サービスの提供)することができ、他者の実施を排除(差し止め、損害賠償)できることになります。でもそのように自分の特許権についての他者実施を裁判所に訴えるためには、まずその特許侵害の事実を権利者自身で立証する必要があるんですね。
そこでやっかいなのがクラウドサービス!
広く流通・販売している製品ならすぐに手に入れて分解するなり解析するなりで侵害の特定が容易なのですが、ネットの向こうのクラウドサーバで実行している処理内容まではなかなか見れない、見せるはずもない。あそこのネットAIサービスは内容からしてどうもうちのAI特許を侵害してそうなんだけど、確実な証拠がないから訴えることができない。これじゃ技術内容の公開と引き換えに特許を取得しても公開するだけ損で意味ないじゃん!ということで、処理能力の高いサーバーでの実行を前提としたAI技術については、しばらくの間、特許出願されず秘匿する風潮がいくらかありました。
さすがにこれではまずい、ということでやっと日本にもできました、「査証制度(特許法第105条の2)」!
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/kaisetu/2019/document/2019-03kaisetsu/2019-03kaisetsu-01-02.pdf
すでに主な欧米諸国で導入されている制度であり、要は中立的な立場にある技術専門家を査証人として法的拘束力のある証拠収集手続きを裁判所が命令できるという制度になります。被告側の工場やらデータセンターやらに査証人が立ち入って書類の精査や必要があればソフトウェアの解析まで行い、侵害の事実があるか否かを裁判所だけに報告する。被告側が秘密漏洩を恐れてこの査証を拒否すれば侵害を認めることになる。これで技術専門家でない裁判官でも有効なインカメラ審理が可能になる。という大変有益な制度ですが、この査証人にはかなりの技術力、法的判断力が求められるので大変そうです。施行開始したのは予定から半年遅れて去年の10月1日、まだ具体的に実施されたという事案は聞いていませんがどういう形になるか注目しています。
これで安心してAI技術の特許出願ができますね!そして逆に、脅す意味ではないのですが、AIサービスを開発する側であれば他者の特許権侵害に当たらないか十分に検討する必要性がさらに増したとも思います。
#(3)生成型AIと著作権について
実際に具体的な事案があるわけではないのですが、最近のAIニュースなどを見て私個人的に少し気になっているのが著作権や肖像権への対応です。
現在、VAEやらGANやらの生成型AIを使って機械が自動的に高い精度で画像やら音楽を生成してくれるとの話題が多いですよね。有名なところで「ヴァーチャル美空ひばり」や「モネの睡蓮のAI復元」などもありますし。このくらいのプロジェクトならちゃんと権利関係は処理していると思うのですが、個人のクリエイターさんとかでうっかりやっちゃった、とかないのかなと余計なお世話ながら心配したりしてます。
クリエイターの方から見れば「なんかめんどくさい、うるさいこと言ってるなあ」と思われるかもしれません。実際、著作権の侵害と非侵害の線引きはかなり難しいようです。また、創作技術の向上や文化醸成の観点でもある程度の「模倣」の必要性は一般的に認められているところであって、著作権でも個人の私的利用については権利は及ばないとしてます。しかし、お金がからむと事情が変わるようです。つまり人が産みの苦しみを経て作ったものを他人がお金儲け目的で勝手に使うのはさすがにアウトとのこと。特にネズミのキャラクターやらCGアニメやらで有名なあのアメリカの大コンテンツ企業はかなりうるさいらしいです。間違ってもGANなどを使って「〇ッキーを好きなポーズで動かせるアプリ」とか販売すると大変なことになる、、、というのは言わずもがなで。
と、ここまでは一般的な常識としても、そこからさらに思うところがありまして、最近のGANなどの生成型AIではモチーフにおける「~らしさ」とか「~風」とかの表現上の特徴を抽出して学習し、その特徴表現を反映した新たな創作物の生成が可能なものまであるようですよね。この特徴表現についても将来的には著作権で保護される対象になる可能性があるんじゃないかと個人的に懸念しています。つまり、有名な画家のペンタッチやら有名な作曲家の曲調などといったその人独特の表現様式もやはりその人自身が独自に模索して編み出した創作要素の1つであり、それが技術的に抽出され保護されてもおかしくないんじゃないか、と。
ちなみにその逆の意味で、あるコンテンツの本質的な内容(例えば小説のプロットや楽曲の主旋律)を残しつつ表面的な表現を変更して新たな著作物を創作する行為(いわゆるアレンジやリメイク)については、すでに著作権の支分権の1つである「翻案権」に該当し、勝手に翻案すると著作権侵害になるそうです。
「翻案権」(Wikipediaから引用)
この逆で特徴表現だけを技術的に抽出可能になったことで、対応する支分権が将来的にできる可能性を感じています。まあ、現時点では私個人が勝手に想像しているだけの話なのですが。それでも「好きな動物を〇ィズニー風のタッチで描くアプリ(但しネズミとアヒルと犬とクマは除く)」はさすがにアウトだろうなと。
#最後に
本記事は、私が所属するコミュニティのアドベントカレンダーに掲載するものとして作成しました。「AIに関係するならどんな記事でもOK」とのお話しで書いてみましたが、、、やっぱりQiitaの投稿らしくないですね。技術者向けというより営業さん向けかもしれません。
上記のいずれの点も大手企業の法務部(知財部)などでは現在すでに対策されているとは思いますが、AI開発されているベンチャー企業などではまだ周知されていないようなのでご紹介の意味でも挙げてみました。参考になれば。
また、記事には私一個人の見解に基づく内容が多くありますので、実務的には専門の弁護士・弁理士の先生にご相談されることをお勧めします。