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量子テレポーテーション

Last updated at Posted at 2023-12-16

記事の内容は私個人の見解であり、所属する大学・学部学科・サークルを代表するものではありません。

はじめに

PhysiKyuアドカレ17日目です。九大理物B3の北川が担当します。今回は、何かと誤解されがちな量子テレポーテーションについて、できるだけ簡潔に述べたいと思います。諸々の基礎は割愛します。

概観

事前にエンタングルした量子状態を共有しているAとBがいて、AとBは互いに遠い場所にいるとします。Aは、Bに送りたい別の量子状態を持っています。A側の量子状態を測定し、測定結果を古典通信路を通してBに伝えます。Bは測定結果に応じて、B側の量子状態にユニタリ変換を施すことで、Aが送りたかった量子状態を知ることができます。

このようなプロトコルを量子テレポーテーションといいます。次の2点に注意してください。このあたりが量子テレポーテーションに対する誤解を生んでいるのではないかなと思っています。

  • 事前にエンタングルした量子状態は共有しているということ
  • 古典通信路を通じて測定結果を伝えないと情報の伝達はできない、したがって情報が光速を超えて伝達しているわけではない

以上が概観です。以下では、上の太字あたりのところに少しずつコメントしていって、最後に量子テレポーテーションのプロトコルを数式で表します。

量子状態

量子状態はヒルベルト空間上のベクトルで表されます。細かいことは置いといて、線形代数でやったベクトルと同じようなイメージを持っておけば、今回の話は理解できると思います。例えば基底が$|0\rangle$と$|1\rangle$で表されるようなヒルベルト空間を考えると、量子状態はそれらの重ね合わせで表すことができます:

|\psi\rangle = a |0\rangle + b |1\rangle

ただし$|\psi\rangle$のノルムは1とします。
(これが重ね合わせの原理で、巷では「量子力学の世界では2つの状態が同時に存在する」などと表現されるみたいです。)

以後、$|0\rangle$,$|1\rangle$は正規直交基底とします。

エンタングルした状態

さっきは1つの量子系を考えました。別の量子系を持ってきて、2つの系をまとめて合成系ということにしましょう。概観のところで述べた状況では、AとBが事前に持っているエンタングルした量子状態は合成系の量子状態だし、また、A側にはエンタングルした量子状態と、送りたい別の量子状態があるのでA側の量子系は合成系と考えられます。そしてA側の量子系とB側の量子系も、まとめて合成系です。

ここでも細かいことは置いておいて、量子系Aと量子系Bがあって、それぞれの基底を$\lbrace|0\rangle_A, |1\rangle_A\rbrace$, $\lbrace|0\rangle_B, |1\rangle_B\rbrace$とすると、合成系ABの基底はそれらのテンソル積$\lbrace|0\rangle_A|0\rangle_B, |0\rangle_A|1\rangle_B, |1\rangle_A|0\rangle_B, |1\rangle_A|1\rangle_B\rbrace$で、量子状態はこの基底の重ね合わせで表されます:

|\psi\rangle_{AB} = a|0\rangle_A|0\rangle_B + b|0\rangle_A|1\rangle_B + c|1\rangle_A|0\rangle_B + d|1\rangle_A|1\rangle_B

ただし$|\psi\rangle_{AB}$のノルムは1とします。

このように、テンソル積で表された状態の重ね合わせも量子状態であるという、量子力学特有の性質によって、単に量子系AとBにおけるそれぞれの量子状態のテンソル積では表すことのできない量子状態が、合成系ABに存在することになります。このような状態をエンタングルした状態と言います。

測定

測定に関しては、ちゃんとやるとちょっと難しいのですが、まあ難しいことは置いておいて、基底測定と測定後の状態がどうなるかだけ何となくでも知っておけば今回の話を理解することはできるはずです。

状態$|\psi\rangle_{AB}$に対して、量子系Aにだけ基底測定$\lbrace|0\rangle_A, |1\rangle_A\rbrace$を施すと、ある確率規則に従ってA側では状態$|0\rangle_A$か$|1\rangle_A$のどちらか一方だけが得られるわけですが、例えば$|0\rangle_A$が得られたとすると、合成系ABにおいて、A側の状態が$|1\rangle_A$だった状態は失われて、

|\psi\rangle_{AB} = a^{\prime}|0\rangle_A|0\rangle_B + b^{\prime}|0\rangle_A|1\rangle_B

となります。

ユニタリ変換

ユニタリ変換というものがあって、量子状態$|\psi\rangle$にユニタリ変換$U$を施したベクトル$|\psi^{\prime}\rangle = U|\psi\rangle$も量子状態です。ここでも細かいことは置いておいて、ユニタリ変換に対応する何らかの操作は可能であると思ってください。

Bell基底

基底が$\lbrace|0\rangle_A|0\rangle_B, |0\rangle_A|1\rangle_B, |1\rangle_A|0\rangle_B, |1\rangle_A|1\rangle_B\rbrace$で表される合成系ABを考えます。線形代数でも学んだかと思いますが、基底の取り方というのは1通りではありません。例えばこの基底の取り方をやめて、$\lbrace|\phi^+\rangle, |\phi^-\rangle, |\psi^+\rangle, |\psi^-\rangle\rbrace$(ただし、$|\phi^\pm\rangle = (|0\rangle_A|0\rangle_B \pm |1\rangle_A|1\rangle_B)/\sqrt 2,\quad|\psi^\pm\rangle = (|0\rangle_A|1\rangle_B \pm |1\rangle_A|0\rangle_B)/\sqrt 2$)という基底をとっても良いわけです。計算してみればわかりますが、これは合成系ABの正規直交基底になっていて、この基底をBell基底と言います。Bell基底に対しても基底測定を考えることができます。

量子テレポーテーション

以上で大体準備ができたので、概観のところで述べた量子テレポーテーションのプロトコルを数式で表します。

まず、AとBは事前に、エンタングルした量子状態

|\phi^+\rangle_{AB} = \frac{|0\rangle_A|0\rangle_B + |1\rangle_A|1\rangle_B}{\sqrt 2}

を持っているとします。AがBに送りたい量子状態を

|\psi\rangle_X = a|0\rangle_X + b|1\rangle_X

とすると、合成系の量子状態は

|\psi\rangle_X \otimes |\phi^+\rangle_{AB} =  (a|0\rangle_X + b|1\rangle_X) \otimes \frac{|0\rangle_A|0\rangle_B + |1\rangle_A|1\rangle_B}{\sqrt 2}

と表されます(テンソル積を$\otimes$とかいたりベクトルを並べるだけで書いたりしているのは、系をどこで分けて考えているかの気持ちを表すためなのであまり真面目に考えないでください。)テンソル積の計算方法は各々勉強してもらうことにして、簡単な計算により、

|\psi\rangle_X \otimes |\phi^+\rangle_{AB} = \frac{1}{2}[|\phi^+\rangle_{XA}\otimes(a|0\rangle_B + b|1\rangle_B) + |\phi^-\rangle_{XA}\otimes(a|0\rangle_B - b|1\rangle_B) + |\psi^+\rangle_{XA}\otimes(a|1\rangle_B + b|0\rangle_B) + |\psi^-\rangle_{XA}\otimes(a|1\rangle_B - b|0\rangle_B)]

となります。これを見ると、A側の量子系に対してBell基底で基底測定をすると、その結果に応じてB側の状態が次の表のように決まることがわかります。

A側測定の結果 B側の状態
$|\phi^+\rangle_{XA}$ $a|0\rangle_B + b|1\rangle_B$
$|\phi^-\rangle_{XA}$ $a|0\rangle_B - b|1\rangle_B$
$|\psi^+\rangle_{XA}$ $a|1\rangle_B + b|0\rangle_B$
$|\psi^-\rangle_{XA}$ $a|1\rangle_B - b|0\rangle_B$

B側の状態が変わっているものの、BからしたらAが送りたかった量子状態は知らないので、Bは自分の量子状態を見ても、それがAが送りたかった量子状態なのかは全くわかりません。そこで、Aは自分の測定した結果をBに送るのですが、ここでまた上と同じようにやってもBには何も伝わりませんから、ここで電波などの古典通信路を使って測定結果を伝えるわけです。そして、BはAから伝えられた測定結果に応じてパウリ行列のユニタリ変換を自分の量子状態に施します。すると、簡単な計算でわかるように、Bの量子状態は確実に$a|0\rangle_B + b|1\rangle_B$となり、これでAの送りたかった量子状態が転送できたということになります。

A側測定の結果 B側の状態 ユニタリ変換  変換後のB側の状態
$|\phi^+\rangle_{XA}$ $a|0\rangle_B + b|1\rangle_B$ 恒等変換 $a|0\rangle_B + b|1\rangle_B$
$|\phi^-\rangle_{XA}$ $a|0\rangle_B - b|1\rangle_B$ $\sigma_z$ $a|0\rangle_B + b|1\rangle_B$
$|\psi^+\rangle_{XA}$ $a|1\rangle_B + b|0\rangle_B$ $\sigma_x$ $a|0\rangle_B + b|1\rangle_B$
$|\psi^-\rangle_{XA}$ $a|1\rangle_B - b|0\rangle_B$ $\sigma_z\sigma_x$ $a|0\rangle_B + b|1\rangle_B$

このプロトコルのすごいところは、普通に伝送しようとするとデコヒーレンスなどの影響により壊れてしまう状態を、事前に共有しておいたエンタングルした量子状態と測定結果の伝送によって、状態を壊さずに伝送できることにあります。

再度注意してきますが、以下の2点には気をつけてください。

  • 事前にエンタングルした量子状態を共有しなければならない
  • 古典通信路を通じて測定結果を伝えないと情報の伝達はできない、したがって情報が光速を超えて伝達しているわけではない

おわりに

量子テレポーテーションについて、簡潔にまとめました。もし内容に興味を持ってくれたけど、計算方法だったり基礎的な概念だったりを知らなかった方がいれば、下の参考文献や標準的な量子力学の教科書で勉強していただければと思います。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

PhysiKyuのアドカレのこれ以降の予定では、大学院生や特別ゲストの方に記事を書いていただくようですね。とても楽しみです。みなさんも是非PhysiKyuのアドカレを追ってください。

参考文献

[1] 石坂 智・小川朋宏・河内亮周・木村 元・林 正人著, 「量子情報科学入門」, 共立出版

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