謝辞
この度は、Kuin Advent Calender 2018という無茶苦茶な企画を立ててしまったがために要らぬ苦労を掛けてしまった私の両親と友人、会社の同僚各位には本当に申し訳なく思いますし、こんな私に我慢強く付き合ってくださって大変感謝いたしております。また、くいなちゃんとKuinerの皆様、また、その他関係者におかれましても、私の傍若無人な振る舞いを許してくださっていることに非常に頭が下がる思いです。
おことわり
「6さいからのWindowsプログラミング」は若草春男がくいなちゃんを題材にした小説であり、くいなちゃんとは直接関係がございません。また、実在のOSや書籍・サイト名などが取り上げられますが、主要な登場人物は架空のものです。
プロローグ
街路灯が照らす暗闇の中、雪道を一人の少女が歩いていた。核家族化が進んだこの日本において、夜に外出する子供は珍しくない。しかし彼女は子供、というにはあまりに異質であった。彼女は魂の救済を願う存在。聞いたことがあるだろうか。
「くいなちゃん6さい」
彼女は土地にはびこる不浄な魂の叫びを感じ取ることができた。彼女は人間なのだろうか。彼女を目撃した人間はいない。ただ都市伝説が流れるのみである。
磯釣り場にて
のどかな陽光が一面に広がる晴れの日。一人の男が軽自動車を停めて岩場で釣りをしていた。男はたばこをくゆらす。
独りアルミの小さなキャンプ用の椅子に座って竿を海に向かって垂らしていた。気づかないうちに、小さな子供がそばにいた。
「どうした。お嬢ちゃん。」
「くいなちゃん6さいです。」
「別にそんなことは聞いていない。」
「ウィンドウズでプログラミングがしたくて。」
「Windowsでプログラミングをしてどうする。あんなものはただのガラクタだ。今はそんなことを考えたくない。」
「どうしてそんな悲しいことをいうのですか?」
「だからなんであんたは俺の側にいるのかを聞いてるんだよ。」
「おさんぽしてたらいつのまにかここにいました。」
「うそつけ。まあいいや。」
少女は微笑んだ。
静寂の中にさざなみと風の声が聞こえる。風は繰り返し深呼吸を繰り返しているようだった。風が強いときは耳にノイズのような音が乗るくらいうるさくなる。カモメの群れの鳴き声もときどき聞こえてくる。
「俺はWindowsというやつを長年相手にしてきたがいい加減うんざりしているんだ。」
「どうしてですか?」
「何もかもだ。Windowsはバージョンによって見た目が変わるから面倒なんだよ。まあMSさんがOSのバージョンを変えてくれるおかげでこっちはオマンマにありつけるわけだがな。」
「ウィンドウズでごはんが食べられるのですか?」
「そうだ。最近は景気悪いけどな。そういえばプログラミングがしたいとか言ってたな。何がしたいんだ?」
「ゲームを作りたいです。」
「ゲームか。子供の考えそうなことだな。ゲームじゃ食ってけないぞ。いいか、生きていくというのはな、人様の役に立つことをすることなんだぞ。ゲームは人間を堕落させるからよくない。あれは結局人の役には立たない。プログラマというのはな、他人の気持ちになって考えて、その人の問題を一緒に解決していくということをするんだ。」
「プログラマってすごいんですね。」
「そんなたいしたもんじゃないさ。とはいえな、俺もガキの頃はゲームからプログラミングを覚えたくちだ。分からなくもないぞ。」
「ありがとうございますっ」
「プログラミングをするためには、まずPCが必要だ。できれば画面は2つがいい。今の人はタブレットやスマートフォンを持っているのが多いから、それとPCを両方使うのでもいい。」
「どうしてプログラミングをするのにタブレットやスマートフォンが必要なんですか?」
「情報を検索するためだ。プログラムを打ち込むための画面というのは絶対必要なので、別の画面で情報を見る。」
「ウィンドウを切り替えるのではダメなんですか?」
「だめだ。マニュアルを見ながらプログラミングするようでなければならない。」
「プログラミングの本を見ながらプログラミングをするのもだめなんですか?」
「やってるやつもいるがおすすめはしないな。インターネットに上がってるやつのほうが情報が新しい。プログラミングの情報はすぐ陳腐化する。要は新しい本でもすぐ役に立たなくなる。」
「なんでですか?」
「なんでか。なんでだろな。プログラミング言語どうしで競い合ってるからだろうな。またはセキュリティや知的財産やもろもろの理由で。」
「どうしてプログラミング言語どうしでけんかしているんですか?」
「言語というのはな、生き物なんだ。OSもそうだ。使ってくれる人間が少なければ言語もOSも滅んでしまう。だから競争する。」
「むずかしいんですね。」
「難しいさ。とくに、プログラムを公開するのが難しい。」
「どうしてですか?」
「プログラムを公開すると困る連中がいるのさ。例えば有名なゲームと似た内容のゲームをただで配ったら、もとのゲームが売れなくなるだろ?だから特許や著作権を使った妨害工作をいろいろとするんだよ。あとな、インターネット上にプログラムを公開したとするだろ?そしたら日本人だけじゃなくてアメリカや中国とかでも使えるようになったりするんだよ。そしたらな、海外の企業から訴えられることもあるんだぞ。しかも配布しているプログラムの影響範囲が世界中に広がるから、日本の法律だけでなくアメリカや中国、ヨーロッパの法律も考慮しなければならなくなるんだ。」
「そんなことがあるんですか?」
少女の顔が少し曇った。男はからかったような笑みを見せた。
「あるさ。特に、アプリがヒットしたときがひどいね。色々な企業・団体から目を付けられるからね。無名でも訴えてくる奴はいる。世界中のごろつきどもを相手にしなければならないからね。」
「訴えられないようにするにはどうすればいいんですか?」
「とりあえず特許庁で公開されている情報に目を通すことだね。著作権に関しては特許庁のデータベースではどうにもならない。みんなうっかりしてしまうのが登録商標だ。これは特許庁のデータベースですぐ検索できるがうっかり忘れてしまう。しかも商標と特許はとったもん勝ちになるからやばいと思ったら特許庁に商標と特許の出願をしなければならない。」
「お嬢ちゃんはそういうアブない橋は渡りたいかい?」
「作ったプログラムを公開するんであれば誰かに見てもらったほうがいい。パパやママに見てもらうんだ。大人でも知的財産の問題は難しいから、やめたほうがいいというにきまってるだろうがな。」
「他に方法はないんですか?」
「企業やコミュニティに所属することだな。企業に勤めるのは18歳以上じゃないと難しいからお嬢さんはコミュニティに参加することを考えてみるんだな。例えば公開されているプログラムはコミュニティによって開発されていることが多いからそこに声をかけてみるんだ。ちなみに、コミュニティは企業とは違ってボランティアでプログラムを作っている集団のこと。一人では難しいことでも、集団になればお金を集めて法律の専門家を雇ったりできるからね。」
少女は男の言っていることが完全には理解できなかった。
「冗談だ、今のは聞き流せ。ガキのうちは好きにプログラミングすればいい。だがプログラムを公開することは案外難しいってことだけ覚えとけ。あとは他の人に聞くんだな。」
男は少女の背中を軽くたたいてやった。少女は安心したようであった。
「ありがとうございます。」
「なんのなんの、お?魚がかかったか?おおー来い!来い!」
男が忙しそうに竿を動かし始めた。少女は男が釣りに夢中になっている間にどこかに消えてしまった。