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1.トンネル効果

 量子力学に少しでも関心をもったことがある人は、「トンネル効果」という言葉を聞いたことがあるでしょう。古典力学が通用する世界では、ボールを壁にぶつけると100%跳ね返ってきます。一方で、量子力学の物理が展開されているミクロの世界では、粒子は壁(何らかの相互作用が生み出すバリア)をすり抜けることができます。これをトンネル効果と呼び、走査型トンネル顕微鏡や半導体、星の進化などを理解するうえで重要な現象です。大学の量子力学の授業でも必ず学ぶこのトンネル効果について、ちょっと掘り下げてみようと思います。

2.問題1(箱型の障壁)

 トンネル効果を通してどのくらい粒子が壁をすり抜けるか定量的に知るために、シュレーディンガー方程式を使いましょう。以下の1次元のシュレーディンガー方程式 $$\left(-\frac{\hbar^{2}}{2m}\frac{d^2}{dr^{2}}+V(r)\right)\psi(r)=E\psi(r)$$ を考えます。ここで $m$ は粒子の質量、$V(r)$ はポテンシャル、$\psi(r)$ は波動関数、$E~(>0)$ は粒子のエネルギーになります。ポテンシャル $V(r)$ は仮に

V(r)=\left\{
\begin{array}{cc}
-40~\mathrm{MeV}& 0 < r \le 5~[\mathrm{fm}] \\
+20~\mathrm{MeV}& 5 < r \le 6~[\mathrm{fm}] \\
 0~\mathrm{MeV}& 6 < r~[\mathrm{fm}]
\end{array}
\right.

とします。空間を3つの領域 $A:0 \le r < 5~[\mathrm{fm}]$、$B:5 \le r < 6~[\mathrm{fm}]$、$C:6 \le r~[\mathrm{fm}]$に分けました。一応 $V(r)$ を図示しておきます。

pot0.png

 シュレディンガー方程式の解 $\psi(r)$ $(0<E<20)$は、上記の$A, B, C$ の3つの領域に応じて以下のように書けることが分かっています。

\psi(r)=\left\{
\begin{array}{cc}
A_{1}e^{ikr}+A_{2}e^{-ikr}~\mathrm{MeV}& 0 < r \le 5~[\mathrm{fm}] \\
B_{1}e^{i\kappa r}+B_{2}e^{-i\kappa r}~\mathrm{MeV}& 5 < r \le 6~[\mathrm{fm}]\\
C_{1}e^{ik_{0}r}+C_{2}e^{-ik_{0}r}~\mathrm{MeV}& 6 < r~[\mathrm{fm}]
\end{array}
\right.

ここで、$k=\sqrt{\frac{2m(E+40)}{\hbar^{2}}}$、$\kappa=\sqrt{\frac{2m(E-20)}{\hbar^{2}}}$、$k_{0}=\sqrt{\frac{2mE}{\hbar^{2}}}$ と定義しました(注意:$\kappa$ は純虚数の値もとりえます)。波動関数の中の $e^{+ikr}, e^{-ikr}$ はそれぞれ $r$ の正の向き、負の向きに進む平面波です。$A_{i}, B_{i}, C_{i}$ $(i=1, 2)$は定数であり、波動関数の振幅に相当します。これらの定数は、境界条件と領域 A と B、B と C の接続点で波動関数同士がなめらかに接続するという条件のもと決定されます。
 以下では、質量 $1~{\rm GeV}/c^{2}$ の粒子を $r=+\infty$ から $r=0$ に向けて飛ばす場合を考えましょう。飛ばす粒子の量は適当に決めてよいので、領域 C の 負の向きの波の振幅に相当する $C_{2}$ を $C_{2}=1$ としましょう。また、領域 A では、領域 B にある壁を通りぬけて負の方向に進む粒子だけが存在するはずなので、境界条件より $A_{1}=0$ となります。これと接続条件から、少し計算は煩雑になりますが、
$$C_{1}=-\frac{x_{+}x_{0+}e^{i\kappa R_{21}}-x_{+}x_{0-}e^{-i\kappa R_{21}}}{x_{-}x_{0-}e^{i\kappa R_{21}}-x_{+}x_{0+}e^{-i\kappa R_{21}}} e^{-2ik_{0}R_{2}}$$ $$A_{2} = \frac{e^{ikR_{1}} e^{i\kappa R_{21}}}{x_{+}} \left(x_{0-} C_{1}e^{ik_{0}R_{2}} + x_{0+} e^{-ik_{0}R_{2}}\right)$$ ここで、$\displaystyle x_{\pm}=1\pm\frac{k}{\kappa}, x_{0\pm}=1\pm\frac{k_{0}}{\kappa}$としました。領域 A の振幅に相当する $A_{2}$ の絶対値の二乗を求めれば、粒子が透過する割合を求めることができます。一方で領域 $C$ の正の向きの波の振幅に相当する $C_{1}$ の絶対値を二乗したものが反射率になります。実際に計算した結果を図示したのが下の図です。Penetration が透過率、Reflection が反射率です。

type0.png

 エネルギーがゼロの時は透過率はゼロですが、エネルギーが高くなると透過率が急速に増えていきます。ただし、エネルギーがポテンシャルの壁($E=20$ MeV)を超えても透過率が $1$ になっていないことに注意です。粒子のエネルギーが壁より高くても、粒子は壁の影響を受けてしまうのです。エネルギーが壁よりも十分に高くなれば、透過率は$1$に限りなく近づいていき、古典力学の解釈と一致するようになります。

2.問題2(中心に無限大の斥力があるとき)

 さっきと問題設定は同じで、今度は $r=0$ に無限大の斥力のポテンシャルがあった場合を考えましょう。

V(r)=\left\{
\begin{array}{cc}
\infty & r=0~[\mathrm{fm}]\\
-40~\mathrm{MeV}& 0 < r \le 5~[\mathrm{fm}] \\
+20~\mathrm{MeV}& 5 < r \le 6~[\mathrm{fm}] \\
 0~\mathrm{MeV}& 6 < r~[\mathrm{fm}]
\end{array}
\right.

 問題1では、領域 A に負の方向に進む粒子だけが存在していたのですが、$r=0$ にある無限大の斥力ポテンシャルの存在によって状況は変わります。正の方向から負の向きに入射してきた粒子は、このポテンシャルによって反射され、正の向きに進行方向が変わります。そのため、今度は $A_{2}\ne 0$ となります。また、無限大の斥力ポテンシャルの内部では粒子の存在が許されないため、$\psi(0)=0$ が要求され $A_{2}=-A_{1}$ となります。この条件と他の境界における接続条件から $$C_{1}=-\frac{(x_{+}e^{ikR_{1}}-x_{-}e^{-ikR_{1}})x_{0+} e^{i\kappa R_{21}}-(x_{-}e^{ikR_{1}}-x_{+}e^{-ikR_{1}}) x_{0-} e^{-i\kappa R_{21}}}{(x_{+} e^{ikR_{1}}-x_{-} e^{-ikR_{1}}) x_{0-} e^{i\kappa R_{21}}-(x_{-} e^{ikR_{1}}-x_{+} e^{-ikR_{1}}) x_{0+} e^{-i\kappa R_{21}}} e^{-2ik_{0}R_{2}}$$ $$A_{2}=-\frac{e^{i\kappa R_{21}}}{x_{-} e^{ikR_{1}}-x_{+} e^{-ikR_{1}}}\left(x_{0-} C_{1}e^{ik_{0}R_{2}}+x_{0+} e^{-ik_{0}R_{2}}\right)$$となります。再び透過率と反射率を図示してみます。

type1.png

 問題1と結果がだいぶ異なっていることがすぐに分かると思います。一つずつ説明していきましょう。最初に、透過率が $1$ より大きくなっていることです。これは最初に定義した透過率に、今回の問題設定でほころびが生じているためです。冒頭のシュレーディンガー方程式は、定常状態における波動関数を求める式になっています。どういうことかというと、粒子を入射し続けて、十分に時間が経って、各領域における粒子の波動関数が時間に対して変化しない定常状態になった時の解を求めているということです。それゆえ、無限大のポテンシャルの存在のため、反射率はどのエネルギーでも $1$ になっています。透過率としてい見ている今の量は、あくまで入射粒子の量($C_{2}=1$)を基準として、領域 A にどのくらい粒子が存在するか?ということだと認識しておいてください。
 次に話を進めましょう。エネルギーが $5$ MeV と $22$ MeV 近傍で透過率が非常に大きくなっていることが分かります。これは「共鳴」と呼ばれる現象に相当します。領域 C から領域 A に入りこんだ粒子の一部は、ある条件で非常に良く領域 A の中の波動関数と接続します。そのようなときに共鳴現象が発生し、トンネル効果が効率良く発生し、領域 A に粒子が溜まります。このような共鳴の存在は、星の中で起きている核融合において非常に重要であることが知られています。このとき、壁に相当するものはクーロンポテンシャルになります。
 共鳴はエネルギーに対して幅を持つことが知られています。エネルギー $5$ MeV と $22$ MeV の共鳴の幅(エネルギーに対する拡がり)を比較すると、$5$ MeV の方が細いことが分かると思います。このことを深く理解するために、ハイゼンベルグの不確定性原理を思い出してみましょう。$$\Delta E \Delta t \ge \frac{\hbar}{2}$$ $\Delta E$ が共鳴の幅だとすると、$\Delta t$ は $5$ MeV の方が長いことが予測できます。エネルギー $5$ MeV で入射した粒子は、エネルギー $22$ MeV で入射した粒子より長く領域 A の中にとどまることを意味しています。
 さて、ここで最後の疑問に進みましょう。壁よりも高いエネルギー $22$ MeV に、なぜ共鳴が現れているのでしょうか?これは不思議ですね。古典力学的には、粒子は壁を通り超して、$r=0$ の壁で跳ね返ってくるだけのはずです。それなのに、粒子のエネルギーが壁より高くても、このような共鳴が現れることが量子力学では起こりえます。物理的にもっと理解してみたいですね。いえ、しかし僕はこれ以上のことは言えません。なぜこうなるのか?これは本当に量子力学の不思議です。
 大学で習うトンネル効果の問題だけでも、このようにいろいろな物理的性質を引き出して考えることができます。一見何気ない問題も、非常に奥が深いことがあります。皆さんも自分なりの物理を深めてみてください。

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