この記事について
結像光学系の特徴量(焦点距離、F値など)の、とりわけ定義に特化して、大雑把に解説したものです。
特に、空間的特徴量と測光学的特徴量という形で分けました1。
今回の記事はそのうち空間的特徴量である焦点距離とその周辺事項について説明します。
対象とする人
この記事は、
- 結像光学系にまつわる何らかの計算がしたい
- でも焦点距離やF値など、(聞いた事はあるけど)きちんとした定義は知らない
という人に向けて書きました。
例えば、「焦点距離とはどこからどこまでの距離か」「焦点とは何か」など知りたい方には、有用な内容のはずです。
前提とする知識は特にありません。強いて言うなら、
- 光(光線)はそこに何も無ければまっすぐ進む
- レンズなどのガラスがあると、曲がる
ぐらいのイメージを持ってれば大丈夫のはずです。
結像系の空間的特徴量
趣味や仕事など、何らかの事情で結像系を取り扱う事になったとしても、結像レンズの具体的な設計データにアクセスできるのはごく限られた人でしょう。
ですので、大抵の人は設計データ無しで結像系を取り扱う必要があるはずです。
主要点
しかし、結像レンズにはいくつかの主要点と呼ばれる概念があり、主要点を使って結像系を特徴づける事が出来ます。
上の図で、真ん中にあるのが結像系です。
設計データが不明である事を表現するために、敢えてのっぺりとした四角で表しています。
その左側が物体側の空間で、この空間を満たしている媒質の屈折率を$n_1$とします。
結像系の右側が像側の空間で、こちらの屈折率は$n_2$とします。
ほとんどの場合は物体側空間も像側空間も空気、つまり$n_1=n_2=1$ですが、ひとまず一般的な場合を取り扱いましょう。
因みに$n_1\neq n_2$となるケースとしては、半導体露光装置の液浸露光や、顕微鏡の液浸対物、眼球などが挙げられます。
物体側から結像レンズに向けて適当に光線を入射させると、その光線は結像レンズ内部で透過や屈折など紆余曲折?を経て、最終的に像側から光線が射出されます。
主要点には焦点、主点、節点の3つがあり、いずれも結像系に対する入射光線と射出光線の関係を使って定義されます。
そしてそれぞれの点に物体側と像側の区別があります。
なので、結像光学系の主要点は一般には全部で6つあることになります。
焦点
結像光学系の形状は(一部の例外を除いて)軸対称となります。その対称軸の事を、光軸(optical axis)と呼びます。レンズの中心軸です。
光軸と平行な光を物体側から入れ、射出された光が光軸と交わる点$F'$を、像側焦点(focal point)と言います。
厳密には射出光線が光軸と交わる位置は、入射光線の光軸からの高さ$h$に応じて変化します2。
なので像側焦点は、$h\rightarrow 0$の極限で定義されます。
焦点のみならず、以降で定義する主要点は全て、$h\rightarrow 0$の極限で定義されます。
結像光学で、特に$h\rightarrow 0$の極限を考えたものは近軸光学(paraxial optics)または近軸理論と呼ばれます。
光軸の近傍で成り立つ理論、というわけです3。
主点
入射光と射出光を仮想的に伸ばした線が交わる点で光線が曲がるとみなし、その点を光軸に射影した点$P'$を像側主点(principal point)と言います。
そして像側主点から測った、像側焦点までの距離$f'$のことを、像側焦点距離(focal length)と言います。
なおこの時、入射光の進む方向(像側焦点距離なら右方向)を正に取ります。
この定義から分かるように、焦点距離は符号つきの数です。大まかにいうと、凸[凹]レンズで正[負]となります。
物体側主要点と主点間隔
上記と同様に、今度は像側から平行光を入れてやれば、物体側の焦点$F$、主点$P$、焦点距離$f$が定義されます。
また、像側主点と物体側主点の間の距離$e$を主点間隔と言います。
主点間隔も符号つきの値であり、像側主点が物体側主点よりも物体側にある場合は負の値を取ります。
節点
入射光と射出光とで、光軸に対する角度が等しくなる時、各光線を延長して得られる点を節点(nodal point)といいます。
ところが次に述べる理由により、ほとんどの結像系を取り扱う際に、節点を意識することはあまりありません。
物体側と像側で屈折率が等しい時
ここで、例えばCanon、Nikon、Sonyのレンズの仕様を見てみて下さい。
ここまで書いた内容と比べて、違和感を覚えた人もいるかもしれません。少なくとも私はそうでした。
何故なら、どのレンズメーカーで仕様をみても、
「このレンズの焦点距離は○○mmですよ」という書き方であって、
「このレンズの焦点距離は、像側が○○mmで物体側が△△mmですよ」という書き方はしていないからです。
どういうことかというと、物体側と像側で屈折率が等しい($n_1=n_2$)時は、下記が成り立ちます:
- 像側焦点距離と物体側焦点距離が等しい
- 像側主点と像側節点が一致する
- 物体側主点と物体側節点が一致する
一眼カメラの交換レンズでは物体側と像側共に、媒質は空気であることが前提なので、
わざわざ物体側像側の区別なく焦点距離を記しているわけです。
任意の物体位置に対する像の位置
以上の性質を用いると、任意の物体位置に対する像の位置は自動的に求まることになります。
特に、光学倍率を$\beta$とすると、像面から物体までの距離$L$は下記の式を満たします。
\begin{align}
L&=\beta f + f + e + f + \frac{1}{\beta}f \\
&=\left( 2+\beta+\frac{1}{\beta} \right)f+e
\end{align}
この式を使うことで、センサ~被写体距離と焦点距離、光学倍率のどれか二つから一つを求めることができます。
主点間隔$e$は$L$に比べたら十分小さいことが多く、その場合は
L=\left( 2+\beta+\frac{1}{\beta} \right)f
と出来ます。
更に、標準的な撮影シーンでは例えば$\beta=0.02$程度なので、$\frac{1}{\beta}=50$となり、$\frac{1}{\beta}\gg\beta$や$\frac{1}{\beta}\gg2$となります。したがって
L=\frac{f}{\beta}
となります。
この式を使って、焦点距離と光学倍率から大まかな被写体距離を見積もることができます。
また、この式を
\beta=\frac{f}{L}
とすると、被写体距離から光学倍率を決める式とみることができます。
その係数が焦点距離$f$というレンズ固有の量ですので、
その意味を込めてこの記事では$f$をレンズ系の空間的特徴量と呼んでいます。
実像と虚像について
上の図のように、物体が物体側焦点よりレンズから見て遠くにある場合は、
像側空間に像が形成され、そこにスクリーンやセンサをおけば写真や画像として像を得ることができます。
一方、下図のように物体が物体側焦点より近くにある場合は、像側空間に像は形成されません。
ただし、上述した
- 物体から出て光軸に平行な光線は、像側主平面で像側焦点に向かう光線になる
- 物体から出て物体側焦点に向かう光線は、物体側主平面で平行光線になる
- これら2本の光線の交点が像になる
というルールに基づいて「像」の位置・大きさを作図することは可能です。
このようにして位置・サイズを求められた「像」の事を虚像といいます。
虚像は、実際に集光して光が集まるわけではありませんが、入射瞳・射出瞳の定義を理解するのに必要な概念です。
Newtonの式
像側から物体側に向かう方向を正に取り、
上記の話で特に、物体側[像側]焦点から測った物体[像]位置を$Z$[$Z'$]とした時に、
\begin{align}
Z&=\frac{1}{\beta} f \\
Z'&=-\beta f \\
\end{align}
となります。これらの積を取ると
ZZ'=-f^2
が成り立ちます。これはNewtonの式などと呼ばれます。
個人的な経験では、この式の全微分を取って得られる式
ZdZ'+Z'dZ=0
は非常に有用です。例えばこれを変形することにより、
\frac{dZ'}{dZ}=-\frac{Z'}{Z}=-\beta^2
となります。
$\frac{dZ'}{dZ}$は縦倍率と呼ばれ、上の式は縦倍率が、今までは光学倍率と呼んでいた横倍率$\beta$の2乗になることを表しています4。
また、
dZ'=-\frac{Z'}{Z}dZ=-\left(\frac{f}{Z}\right)^2dZ
となりますが、これは物体を$dZ$だけ動かした場合の、像側のデフォーカス量$dZ'$を計算する式になっています。右辺が物体側だけの量で表せている点がミソです。
これを
\frac{dZ'}{dt}=-\left(\frac{f}{Z}\right)^2\frac{dZ}{dt}
とすると、物体の速度から像面速度を求める式になります。
これをもう一度$t$で微分すれば、加速度も求まりますし、$Z$と$Z'$を逆にすれば、像面を動かしたときの物体面の挙動を表現することができます。
参考文献
光学の原理<1>
Max Born, Emil Wolf
https://www.amazon.co.jp/dp/4486016785/
光学と言ったらこのBorn&Wolfでしょう。
日本語訳は3巻に分かれており、そのうちの1巻に今回書いた結像光学の話が含まれます。
1巻にはMaxwell方程式から幾何光学(光線)の概念が得られる過程も演繹されており、個人的には面白いのでいつか別記事に纏めたいと考えています。
因みに2巻は波動光学(干渉&回折)、3巻はその他マニアックな内容で、Mie散乱の導出などもこの3巻に載っています。
個人的には超音波による光の回折とかもきちんと読んでみたいものです。
仕事で困ったらこの本を当たると大抵のことは載っている、という印象です。
Symplectic Techniques in Physics
Victor Guillemin
https://www.amazon.co.jp/gp/product/0521389909/
これは光学というよりは数学の本なのですが、最初の方に光学理論の相互関係を表した図があり、この図が個人的に気に入っています。
-
このような分類は筆者が知る限りは筆者独自の分類の仕方であり、光学のスタンダードではありません。 ↩
-
この現象を、球面収差(spherical aberration)といいます。 ↩
-
光学にはどのような極限を考えているかに応じて様々な理論があります。
「どの理論がどの理論のどのような極限を取ったものか」を分かり易くまとめた図がSymplectic Techniques in Physicsの第1章にありますので、眺めてみると面白いかも知れません。 ↩ -
「縦倍率ってなんやねん」って話だと思うのですが、結像というのはそもそも二次元を二次元に写すものではなく、「物体側の三次元空間を像側の三次元空間に写すものであり、たまたまその像側にスクリーンなりフィルムなりセンサを置くことで像が得られる」と理解する事をお勧めします。そのうえで、「光軸と平行な奥行き方向の線素」を像側に写した時の拡大縮小率が縦倍率というわけです。 ↩