はじめに
PydanticAIは型安全なAIエージェント開発のための強力なフレームワークですが、同様の機能を提供する代替フレームワークも存在します。それぞれのフレームワークには固有の強みと特徴があります。この記事では、主要な代替フレームワークを詳しく説明し、ユースケースに応じた選択肢を提示します。
1. Instructor(インストラクター)
Instructor は構造化データ出力のための人気のあるPythonライブラリで、月間100万以上のダウンロード数を誇ります。PydanticAIと同様に、Pydanticを使用してLLMからの出力を構造化して検証します。
主な特徴
- シンプルなAPI設計: 最小限のコードで実装可能
- 透明性と制御性: ユーザー中心の設計で、処理が明確
- 幅広いモデルとプロバイダー対応: OpenAI、Anthropic、Gemini、Bedrock、Litellm、Cohereなど
- 多様な言語サポート: Python、TypeScript、Ruby、Go、Elixir、Rustなど
- Tenacityを使用した再試行メカニズム: エラー時の再試行を容易に設定可能
- 部分的応答とリストのストリーミング: 大きな構造化データも効率的に処理
サンプルコード
import instructor
from pydantic import BaseModel
from openai import OpenAI
# 出力構造の定義
class UserInfo(BaseModel):
name: str
age: int
# OpenAIクライアントのパッチ適用
client = instructor.from_openai(OpenAI())
# 自然言語からの構造化データ抽出
user_info = client.chat.completions.create(
model="gpt-3.5-turbo",
response_model=UserInfo,
messages=[{"role": "user", "content": "John Doe is 30 years old."}],
)
print(user_info.name) # John Doe
print(user_info.age) # 30
長所
- 業界での実績と成熟度が高い(2年以上の開発歴)
- 柔軟な設計で実験的なタスクにも対応
- 多様なLLMプロバイダーをサポート
- 堅牢なコミュニティとドキュメント
短所
- PydanticAIと比較すると、型検証の厳格さではやや劣る
- エコシステム統合はPydanticAIほど深くない場合がある
2. SmolAgents(by Hugging Face)
Hugging Faceが開発するシンプルで強力なエージェントフレームワークです。特にコードエージェント(コードを書くAIではなく、コードで考えるAI)に優れています。
主な特徴
- シンプルさ: コア実装は約1,000行のコードに収まる最小限の設計
- コードエージェント優先: AIがコードスニペットとして行動を記述
- モデルに依存しない: ローカルTransformersモデルからクラウドプロバイダーまで幅広く対応
- 複数のモダリティ対応: テキスト、画像、ビデオ、音声など様々な入力をサポート
- ツールの相互運用性: LangChainツール、Anthropic MCP、Hub Spaceなど多様なツールを統合可能
- 安全なコード実行: E2BやDockerでのサンドボックス実行をサポート
サンプルコード
from smolagents import CodeAgent, DuckDuckGoSearchTool, HfApiModel
model = HfApiModel()
agent = CodeAgent(tools=[DuckDuckGoSearchTool()], model=model)
agent.run("How many seconds would it take for a leopard at full speed to run through Pont des Arts?")
長所
- 非常にシンプルで理解しやすい設計
- コードベースのエージェントで効率的なタスク実行
- Hugging Face Hub統合で共有とロード可能
- オープンソースモデルとの優れた互換性
短所
- 比較的新しいフレームワークで発展途上
- 型安全性はPydanticAIほど中心的な機能ではない
3. Transformers Agents / TransformersAgents
Hugging Faceの人気ライブラリtransformers
から派生したエージェントフレームワークです。現在はSmolAgentsに移行中ですが、依然として有力な選択肢です。
主な特徴
- 計画と実行の分離: LLMが計画立案と実行を分けて行う
- ツールベースの拡張: 外部機能やAPIへのアクセスを提供
- ReActフレームワーク: 自己反省と改善のプロセスを実装
- マルチモーダルサポート: テキスト、画像、音声入力に対応
- 文法制約生成: 特定の構造に従った出力生成が可能
サンプルコード
from transformers import ReactCodeAgent
agent = ReactCodeAgent(tools=[])
agent.run(
"How many more blocks (layers) in BERT base encoder than the encoder from the architecture proposed in Attention is All You Need?",
)
長所
- Transformersエコシステムとの緊密な統合
- 幅広いモデルとツールをサポート
- Gradioとの簡単な統合
短所
- SmolAgentsに移行中であるため、将来的にはサポートが減少する可能性
- 型安全性の機能はPydanticAIほど豊富ではない
4. AutoGen(by Microsoft)
Microsoftが開発するフレームワークで、マルチエージェント会話を中心に設計されています。複数のエージェントが協力してタスクを解決する能力に優れています。
主な特徴
- マルチエージェント会話: 複数のエージェントが協力してタスクを実行
- カスタマイズ可能なエージェント: 様々なLLM、ツール、人間の入力を組み合わせ可能
- 多様な会話パターン: 複雑なワークフローに対応する柔軟な会話設計
- 強化されたLLM推論: キャッシング、エラー処理、複数設定推論などの機能
サンプルコード
from autogen import AssistantAgent, UserProxyAgent, config_list_from_json
# LLM設定の読み込み
config_list = config_list_from_json(env_or_file="OAI_CONFIG_LIST")
# アシスタントエージェントの作成
assistant = AssistantAgent("assistant", llm_config={"config_list": config_list})
# ユーザープロキシエージェントの作成(コード実行可能)
user_proxy = UserProxyAgent("user_proxy", code_execution_config={"work_dir": "coding", "use_docker": True})
# チャットの開始
user_proxy.initiate_chat(assistant, message="Plot a chart of NVDA and TESLA stock price change YTD.")
長所
- 複数エージェント間の強力な協力機能
- Microsoftとの共同研究による裏付け
- 高度なLLM推論機能
- 自動化と最適化のための包括的なフレームワーク
短所
- 型安全性の機能はPydanticAIと比較すると限定的
- 複雑なワークフローでは学習曲線が急
- 構築済みシステムの多くはエンタープライズ向け
5. CrewAI
複数の自律型AIエージェントを調整するための高速で柔軟なフレームワークです。LangChainに依存しない独立デザインが特徴です。
主な特徴
- 独立した実装: LangChainや他のエージェントフレームワークに依存しない
- 高パフォーマンス: 最小限のリソース使用で高速実行
- 低レベルカスタマイズ: 高レベルワークフローから低レベル内部プロンプトまで完全にカスタマイズ可能
- 二重アプローチ: 「Crews」(自律エージェント)と「Flows」(イベント駆動型ワークフロー)を提供
- YAMLベースの設定: エージェントとタスクを宣言的に定義可能
サンプルコード
from crewai import Agent, Crew, Process, Task
from crewai_tools import SerperDevTool
# エージェントの定義
researcher = Agent(
role="Senior Researcher",
goal="Uncover cutting-edge developments",
backstory="You're a seasoned researcher",
tools=[SerperDevTool()]
)
# タスクの定義
research_task = Task(
description="Conduct thorough research about {topic}",
expected_output="A list with 10 bullet points",
agent=researcher
)
# クルーの設定
crew = Crew(
agents=[researcher],
tasks=[research_task],
process=Process.sequential,
verbose=True,
)
# 実行
result = crew.kickoff(inputs={"topic": "AI agents"})
長所
- 非常に柔軟な設計とカスタマイズ性
- 高速なパフォーマンス
- 実世界の複雑なシナリオに適応可能
- 活発なコミュニティサポート
短所
- 型安全性の機能はPydanticAIほど明示的ではない
- エンタープライズ機能の一部は有料版が必要
PydanticAIと代替フレームワークの比較
フレームワーク | 型安全性 | 構造化出力 | エコシステム統合 | 複雑さ | 成熟度 | 開発元 | 主な用途 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
PydanticAI | ★★★★★ | ★★★★★ | ★★★★★ | 中程度 | 低(新しい) | Pydantic Team | 型安全なAIアプリケーション |
Instructor | ★★★★☆ | ★★★★★ | ★★★★☆ | 低い | 高 | Jason Liu | 構造化LLM出力 |
SmolAgents | ★★☆☆☆ | ★★★☆☆ | ★★★★☆ | 非常に低い | 中程度 | Hugging Face | コードエージェント |
TransformersAgents | ★★☆☆☆ | ★★★☆☆ | ★★★★★ | 中程度 | 高 | Hugging Face | Transformersモデル統合 |
AutoGen | ★★☆☆☆ | ★★★☆☆ | ★★★★☆ | 高い | 高 | Microsoft | マルチエージェント会話 |
CrewAI | ★★☆☆☆ | ★★★☆☆ | ★★★☆☆ | 中程度 | 中程度 | Independent | 自律エージェントチーム |
選択のガイドライン
以下のガイドラインを参考に、ユースケースに最適なフレームワークを選択しましょう:
PydanticAIを選ぶべき場合
- Pydanticをヘビーに使用した既存コードベースがある
- 厳格なスキーマ強制と型安全性が必要
- 無効な出力の自動修正が重要
- 本格的な型安全性と高度な検証を求める場合
Instructorを選ぶべき場合
- より軽量なアプローチと柔軟性を好む
- 安定性と変更のペースが遅いことを評価する
- 幅広いモデルプロバイダーとの互換性が必要
- 成熟したツールでの実績を重視する
SmolAgentsを選ぶべき場合
- 極めてシンプルなAPIと小さな学習曲線を求める
- AIがコードとして考えることを優先する
- Hugging Faceエコシステムとの統合を重視する
- 最小限のコードでエージェントを構築したい
AutoGenを選ぶべき場合
- 複数エージェント間の協力が必要
- ツールと人間の入力の複雑な組み合わせを扱う
- 独自のエージェント会話パターンを設計したい
- Microsoftのエコシステムと統合したい
CrewAIを選ぶべき場合
- 完全な自律性を持つエージェントチームが必要
- LangChainに依存したくない
- 幅広いカスタマイズと柔軟性を求める
- シーケンシャルとヒエラルキカルな処理の両方を使いたい
実際の開発者の声
実際の開発者の間での比較に基づくと、PydanticAIとInstructorは特に対比されることが多く、以下のようなトレードオフがあります:
「主なトレードオフは、Instructorの信頼性の高い出力構造化(特にOpenAIと組み合わせた場合)とPydanticAIの柔軟性と統合の深さの間にあります。」- Data Alchemyフォーラムより
「PydanticAIはスター数で見ると爆発的な成長を遂げていますが、Instructorには忠実なユーザーベースがあります。PydanticAIの人気は、既にPythonエコシステムで広く採用されているPydanticへの親和性と、既存のデータ検証パイプラインへの統合のしやすさによるものでしょう。」- Litiverseブログより
まとめ
PydanticAIの代替フレームワークには、それぞれ独自の強みと弱みがあります。選択は以下の要因によって決まります:
- 既存のコードベース: 既にPydanticを使用しているなら、PydanticAIは自然な選択肢です
- 型安全性の重要度: 厳密な型安全性が必要ならPydanticAIかInstructorが最適
- ユースケースの複雑さ: シンプルならSmolAgents、複雑ならAutoGenやCrewAI
- エコシステム統合: 既存のエコシステムとの統合を優先する場合、それに適したフレームワークを選ぶ
- 成熟度とコミュニティ: 安定性を求めるならInstructorやTransformersAgents、最新機能を求めるならPydanticAI
どのフレームワークを選ぶにしても、AIエージェントの開発における型安全性と構造化出力の重要性は増し続けています。これらのフレームワークは、LLMをより信頼性高く、予測可能な方法で利用するための貴重なツールとなっています。