内容
1. はじめに
物理で学習する運動方程式について、幾何学的に考えてみましょう。
運動方程式は、数値シミュレーションで使用する重要な式です。この記事のゴールは、より広い視点からこの運動方程式を考えることです。そのために、多様体(図形を抽象化したもの)を考えます。
厳密さよりも、ここでは直感的なイメージを重視しました。
2. 運動方程式
まず、「質量 $m$ と 加速度 $a$ の積は力$F$は等しい」というのが運動方程式でした。これは下図のようなイメージになります。
この式は
- 力 $F$ の定義式
- 力 $F$ を場として加えると、質量 $m$ の 物体が $a$ で加速するという見方
といった 2 通りの考え方ができます。
ここで、力 $F$ が位置ベクトル $r = (x, y, z)$ の関数 $F = F(r)$ であるとき、力は場(ば)であるといいます。
ニュートン力学では、以上のように力によって物体が変形する → 力の場で空間が変化すると考えます。
力は直感的なイメージが描けますが、別の視点で考えてみます。
物体が変形するということは、(その物体の)空間を構成する図形の長さや角度が変化していると言えます。
曲線の長さ $\gamma$ は次式で表せます。
$\gamma $
$= \int_a^b \sqrt{(\frac{dx}{dt})^2 + (\frac{dy}{dt})^2 + (\frac{dz}{dt})^2} dt $
$= \int_a^b \sqrt{v \cdot v} dt $
ただし、$v$ は曲線の速度 $v = \dot{r} = (\frac{dx}{dt}, \frac{dy}{dt}, \frac{dz}{dt})$ としました。
一方で、角度 $\theta$ の変化率は曲率から導けます。詳細は省きますが、曲率も速度の内積から考えることができます。
このことから、物体の変形は力ではなく、長さや角度の元となる接ベクトル(速度)の内積で考えることもできそうです。
接ベクトルの内積を計量といいます。計量は、物体の形である幾何的なものによって決まります。
3. 連続体近似
私たちが住む 3 次元空間において、このような1つの物体は分子や原子といった、更に多くの物体からできています。
次のように、非常に多くの分子・原子から構成された集合体を考えます。これは分子の集まりや、その代表点(質点)の集まりです。
このように、複数の質点を集合体として一つの物体と見なすことを、連続体近似と呼びます(次図)。また、連続体近似した物体を連続体といいます。
この物体中にある多くの質点は、それぞれ様々な方向に移動しています。
2 章では、この物体を1つの連続体として運動方程式を立てました。
それでは、集合体の内部に存在する複数の質点を同時に扱いたい場合(これを多体問題といいます)はどうでしょうか。
そこで用いるのが多様体です。
多様体はこのように、複数の点を統一的に一つのまとまりとして考えたい時に使います。また、ある概念の一般化をしたい時にも使用される概念です。
4. 多様体の導入
用語が専門的なため、まずはイメージを掴みます。
複数の点を一つの集合体と見なしたものが多様体です。
詳細な定義は次章で述べます。
イメージは既に扱った連続体近似とほとんど同様です(厳密には $3$ 次元 × $n$ 個の物体なので、次元は $3n$ の高次元空間ですが、記事の目的から閉曲面で図示します)。
3 章の連続体近似から、連続体は多様体として扱えることがわかります。
また、他の例も考えることができます。
多様体でよく使われる例が地球です。
5. 多様体の定義
地球を多様体とすると、その表面に人々が住んでいます。そこで生活する私たちは、地球の表面にいます。
一人ひとりが存在する位置は、地球から見ればとても小さい場所(局所的)です。ある人から見ると、その景色は下図のように平面に広がっています。
私たちが暮らす 3 次元空間は 3 次元ユークリッド空間と呼び、$\mathbb{R}^3$ で表します。
つまり、 $\mathbb{R}^3$ の空間にある地球である人から見た景色は、その表面の近く(= 近傍)では 2 次元の平面のような空間となっています。
地球を球体とすると、これを球体は局所的に 2 次元空間 $\mathbb{R}^2$ と同相(= 位相的に同じ)であると表現します。このため、球体は 2 次元球面$S^2$とも呼ばれます。
よって、以下のように 2 次元多様体を定義してみます。
- $2$ 次元多様体 $=$ (開集合*の)近傍 $U$ が $2$ 次元ユークリッド空間 $\mathbb{R}^2$ と局所的に同相
これを$2$ → $n$と拡張して、$n$ 次元の場合には多様体を次のように定義します。
- $n$ 次元多様体 $=$ (開集合*の)近傍 $U$ が $n$ 次元ユークリッド空間 $\mathbb{R}^n$ と局所的に同相
$n$ が 3 次元以上になると、4 次元以上の図形となり図で描くことができません。高次元の場合は式で表します。
*開集合を使用する背景には、半径 $\varepsilon$ の開球体があります。非常に近くの点を表すために極限を使用しますが、その際にこの開球体を使用する場合が多いです。
6. 図形と運動方程式
多様体は座標系を定義せずに定められます。そのため座標系に依らない性質を用いて議論を行います。
つまり、どのような人から見ても変わらない性質を見つけることで、それを使用して理論の発展を目指します。
ここでは座標系に依らない性質を見つけるために、任意の座標系を考えましょう。このとき、任意の座標を一般座標といい、$q^i$ で表します。
一般座標を使用した例として、ニュートンの運動方程式と等価なラグランジュとハミルトンの運動方程式があります。
- ラグランジュの運動方程式
$\frac{d}{dt} ( \frac{\partial L}{\partial \dot{q}^i} ) - \frac{\partial L}{\partial q^i} = 0$
- ハミルトンの運動方程式
$\frac{d q^i}{d t} = \frac{\partial H}{\partial p_i}$,
$\frac{d p_i}{d t} = - \frac{\partial H}{\partial q^i}$
ただし、$i = 1, 2, 3, \cdots, n$ であり、物体の個数を表しています。
多体問題でこれらの方程式を使用する際、物体の運動は多様体上の曲線として表現できます。
7. おわりに
抽象的な内容となりましたが、複数の物体を統一的に扱うため、多様体という高次元の空間を考えました。
これにより多くの物体がまとめて扱えるため、複雑な現象解析に役立ちます。
力学系と呼ばれる分野では、数値計算の背景にこの概念が用いられています。
また、ホモロジー群といった不変量は、多様体のある条件下において固有の性質です。機械学習においては、この特徴量を用いて多次元のデータ解析等に応用されています。