1. はじめに
私は、自動運転の自己位置推定研究をしており、その過程でジャイロセンサの誤差特性を詳しく理解する必要がありました。ジャイロセンサの性能を評価する指標として、主にアラン分散が使われています。このアラン分散について調べていくうちに、特に原理を知らずに使用していたアラン分散について少しわかってきたので自分が忘れないようにまとめます。正直、自分でもいまいち理解できていない部分もありますので、何かご指摘等ありましたら、ご意見いただければ幸いです。
ここでは特に、以下の縦軸アラン偏差σ(τ)、横軸積算時間τの両対数グラフ上で、なぜアラン分散のARW(Angle Random Walk)の傾きが-1/2、RRW(Rate Random Walk)の傾きが1/2になるのかについて記載していきます。
2. 変数定義
この記事内で使用する変数について、ここで定義しておきます。
・y^bar:測定値をτ秒で平均した値
・K:データの総数
・N:データのグループ数
・τ:積算時間[s]
・T:τ秒測定の繰り返し周期[s]
・Sy(f):定常的なノイズのパワースペクトル密度[(rad/s)^2]
・Ry(τ):定常的なノイズの自己相関関数[(rad/s)^2/Hz]
・f:周波数[Hz]
・t:時刻[s]
・W:角度ランダムウォーク係数[(rad/s)/√Hz]
・K:レートランダムウォーク係数[(rad/s)×√Hz]
3. アラン分散の定義式
アラン分散は以下の式で定義され、時間領域における信号の安定度を表してます。
\sigma^2(\tau)=\langle \frac{1}{2}(\bar{y_{k+1}}-\bar{y_{k}})^2\rangle
=\frac{1}{2(N-1)}\sum_{k=1}^{N}\Biggl(\bar{y_{k+1}}-\bar{y_{k}}\Biggr)
まず、このアラン分散の定義式がどのように導出されているかについてまとめていきます。
時間領域における信号安定度の測定では、一般的にτ秒で平均化した値を使用します。
\bar{y_{k}}(T)=\frac{1}{\tau}\int_{t_k}^{t_k+\tau}y(t)\quad dt
このτ秒での平均値の分散(不偏分散)は以下のように表されます。
s^2(T)=\frac{1}{N-1}\sum_{n=1}^{N}\Biggl( \bar{y_{n}}-\frac{1}{N}\sum_{k=1}^{N}\bar{y_{k}} \Biggr)^2
この不偏分散において、測定値に長期的なドリフトが含まれる場合、発散するため値が決まらないという問題点があります。そのため、分散の有限の測定時間での標本平均をとります。
\sigma^2(N,T,\tau)=\langle \frac{1}{N-1}\sum_{n=1}^{N}\Biggl( \bar{y_{n}}-\frac{1}{N}\sum_{k=1}^{N}\bar{y_{k}} \Biggr)^2 \rangle \tag{1}
この式は時間領域における信号安定度の定義式(N標本分散)を表しています。この式において、N=2、T=τであるとき、つまり2つのデータ間の計算である、かつ、測定の1周期における測定データが1つであるとき、不偏分散は次のようになります。
\sigma^2(2,T,\tau)=\langle \sum_{n=1}^{2}\Biggl( \bar{y_{n}}-\frac{1}{2}\sum_{k=1}^{2}\bar{y_{k}} \Biggr)^2 \rangle
=\langle \frac{1}{2}(\bar{y_{2}}-\bar{y_{1}})^2\rangle
この式において、データ番号を一般化すると
\sigma^2(2,T,\tau)=\langle \frac{1}{2}(\bar{y_{k+1}}-\bar{y_{k}})^2\rangle \qquad (k=1~K)
以上のようにN=2、T=τの時の計測データの不偏分散はアラン分散の定義式と一致します。このようにアラン分散(二標本分散)の定義式を導出することができました。
4. パワースペクトル密度と自己相関関数
次に以降の説明で必要になるため、アラン分散と関わりのあるパワースペクトル密度についてまとめていきます。
アラン分散が時間領域における信号の安定度を表しているのに対し、パワースペクトル密度は、周波数領域における信号の安定度を表しています。ここで、定常的なノイズのパワースペクトル密度は次式で定義されます。
S_y(f)=\int^{\infty}_{0}
R_y(\tau)e^{-2{\pi}jf{\tau}}d\tau \tag{2}
この式内で出てくる、自己相関関数とは、信号とその信号自体を一定時間ずらした信号との相互相関を見たもので、以下の式で定義されます。
R_y(\tau)=\langle y(t_1)y(t_2)\rangle \tag{3}
また、ウィーナー=ヒンチンの定理からパワースペクトル密度は、対応する自己相関関数のフーリエ変換で表されることがわかっています。そのため、自己相関関数は次式のようにパワースペクトル密度の逆フーリエ変換としても表すことができます。
R_y(\tau)=\int^{\infty}_{0}
S_y(f)e^{2{\pi}jf{\tau}}df \tag{4}
このように、パワースペクトル密度、自己相関関数は以上のように定義され、フーリエ変換を用いることで、変換することが可能です。
5. アラン分散のARW、RRWの傾きについて
ここからは本題である、なぜアラン分散のARW、RRWの傾きがそれぞれ-1/2、1/2になるのかについてまとめていきます。
3章で出てきた時間領域における信号安定度の定義式(N標本分散)の式を以下のように変形していきます。
\begin{align}
\sigma^2(N,T,\tau)&=\langle \frac{1}{N-1}\sum_{n=1}^{N}\Biggl( \bar{y_{n}}-\frac{1}{N}\sum_{k=1}^{N}\bar{y_{k}} \Biggr)^2 \rangle \\
&=\frac{2}{N-1} \Biggl\lbrace \sum_{n=1}^{N} \langle{\bar y_{n}^{2}}\rangle - \frac{1}{N} \sum_{i=1}^{N} \sum_{j=1}^{N} \langle{\bar y_{i}\bar y_{j}}\rangle \Biggl\rbrace \\
&=\frac{2}{(N-1)\tau^2} \Biggl\lbrace \sum_{n=1}^{N} \int^{t_n+\tau}_{t_n} dt_1 \int^{t_n+\tau}_{t_n} dt_2 \quad \langle{y(t_1)y(t_2)}\rangle - \frac{1}{N} \sum_{i=1}^{N} \sum_{j=1}^{N} \int^{t_i+\tau}_{t_j} dt_1 \int^{t_j+\tau}_{t_j} dt_2 \quad \langle{y(t_1)y(t_2)}\rangle \Biggl\rbrace \tag{5}
\end{align}
(5)式に4章の自己相関関数を表す式である、(3)、(4)を代入して整理すると時間領域における周波数安定度はパワースペクトル密度を用いて以下のように表すことができます。
\sigma^2(N,T,\tau)=\frac{2N}{N-1}\int^{\infty}_{0}df \quad S_y(f) \frac{\sin^2 \pi f \tau}{(\pi f \tau)^2} \Biggl( 1 - \frac{\sin^2 \pi r f N \tau}{N^2 \sin^2 \pi r f \tau} \Biggl )
3章で述べたように時間領域における周波数安定度の定義式はN=2、T=τ(r=1)の時アラン分散を表します。それぞれ値を上式に代入して整理すると以下のようになります。
\sigma^2(\tau)= 4\int^{\infty}_{0} S_y(f) \frac{\sin^4 \pi f \tau}{(\pi f \tau)^2} df \tag{6}
以上で(5)式のようにアラン分散をパワースペクトル密度の式で表すことができました。この式にホワイトノイズ、ランダムウォークのパワースペクトル密度の値を代入し、積分を実行することでホワイトノイズのアラン分散、ランダムウォークのアラン分散を求めることができます。また、アラン分散のARWでは、ホワイトノイズによる影響が支配的になり、RRWではランダムウォークによる影響が支配的になることがわかっています。よって、ホワイトノイズのアラン分散、ランダムウォークのアラン分散を求めることで、アラン分散のARW、RRWがどのような式で表されているのかを知ることができます。
ホワイトノイズ
まず、ホワイトノイズについてです。ホワイトノイズの自己相関関数はデルタ関数とホワイトノイズの大きさの積で表されます。このホワイトノイズの自己相関関数を(2)式に代入し、計算することでパワースペクトル密度は以下のように求めることができます。
S_y(f)=W^2
このパワースペクトル密度を(6)式に代入し、積分すると以下のようにホワイトノイズのアラン分散を求めることができます。
\begin{align}
\sigma^2(\tau)&=4\int^{\infty}_{0} W^2 \frac{\sin^4 \pi f \tau}{(\pi f \tau)^2} df\\
&=\frac{4}{\pi \tau}W^2 \int^{\infty}_{0}\frac{\sin^4 u}{u^2} du\\
&=\frac{4}{\pi \tau}W^2 ×\frac{\pi}{4}\\
&=\frac{W^2}{\tau}
\end{align}
アラン偏差を求めると次のようになります。
\sigma(\tau)=\frac{W}{\sqrt{\tau}}
この式からホワイトノイズのアラン偏差は積算時間τの-1/2乗に比例することがわかります。そのため、両対数で表されたグラフではホワイトノイズのアラン偏差は積算時間の-1/2倍に比例し、グラフは傾き-1/2の直線を示します。よって、アラン分散のARWの傾きは-1/2となります。
ちなみに、アラン分散のグラフの積算時間τ=1の値はNとなるため、Nの値を比較することでジャイロに対するホワイトノイズの影響を比較できるのではないかと考えられます。
ランダムウォーク
次に、ランダムウォークについてです。ランダムウォークは定常的なノイズであるため、自己相関関数を求めることができません。そのため、長くなるので詳細は省略しますが、マルコフノイズのパワースペクトル密度の係数β→0の極限を求めることで、以下のように求めることができます。
S_y(f)=\Biggl (\frac{K}{2 \pi f}\Biggl )^2
先程と同様にこのパワースペクトル密度を(6)式に代入し、積分すると以下のようにランダムウォークのアラン分散を求めることができます。
\begin{align}
\sigma^2(\tau)&=4\int^{\infty}_{0} \Biggl (\frac{K}{2 \pi f}\Biggl )^2 \frac{\sin^4 \pi f \tau}{(\pi f \tau)^2} df\\
&=\frac{K^2 \tau}{\pi} \int^{\infty}_{0}\frac{\sin^4 u}{u^4} du\\
&=\frac{K^2 \tau}{\pi} ×\frac{\pi}{3}\\
&=\frac{K^2 \tau}{3}
\end{align}
アラン偏差を求めると次のようになります。
\sigma(\tau)=K \sqrt\frac{\tau}{3}
この式からランダムウォークのアラン偏差は積算時間τの1/2乗に比例することがわかります。そのため、両対数で表されたグラフではランダムウォークのアラン偏差は積算時間の1/2倍に比例し、グラフは傾き1/2の直線を示します。よって、アラン分散のRRWの傾きは1/2となります。
ちなみに、アラン分散のグラフの積算時間τ=3の値はKとなるため、Kの値を比較することでジャイロに対するランダムウォークの影響を比較できるのではないかと考えられます。
6. まとめ
以上のようにアラン分散のARW、RRWの傾きがそれぞれ-1/2、1/2になる理由がわかりました。まだまだ理解が甘い部分があるため、その部分は理解したら逐次更新していきます。また、アラン分散についてさらに新しい知見を得た場合もまとめていこうと思います。