ColabReaction のオフィシャルマニュアルは、以下のページにある。
日本語マニュアル:https://bilab.github.io/ColabReaction/User_Guide_JP.pdf
英語マニュアル:https://bilab.github.io/ColabReaction/User_Guide_EN.pdf
概要
東京大学と山梨大学の研究グループから発表された ColabReaction の使い方についての解説。
ColabReaction は、分子研の甲田先生が開発した Direct MaxFlux(DMF)法と Meta 社が開発した機械学習ポテンシャル UMA を組み合わせて高速に遷移状態を探索する手法(DMF/UMA 法)を Google Colaboratory に実装した計算ツール。
ColabReaction.net から誰でも無料で使用することが可能。MIT ライセンスで無償公開しているので、企業研究者が営利目的で使うのも問題ない。DMF, UMA のライセンスも企業が使う上で問題はない。
ColabReaction は、TS 探索を加速するためのソフトウェアである。Gaussian の modredundant (scan) を大幅に短縮するためのツールだと考えれば良い。また、市販されているソフトウェアだと Reaction Plus や GRRM の 2PSHS の代わりとして使うことが可能である。インプットファイルの作り方もほぼ同じである。
論文化する際には、ColabReaction で求めた TS 構造を改めて Gaussian で遷移状態構造最適化(TS opt) し、IRC 計算する必要がある。ColabReaction で求めた TS 構造と DFT の TS 構造は、RMSD 値 0.3 程度なので、TS opt は数サイクルで完了するので、あまり時間はかからない。
ColabReaction のプレプリント:
Masayuki Karasawa, Chee Siang Leow,Hideaki Yajima, Shuta Arai, Hiromitsu Nishizaki, Tohru Terada*, Hajime Sato* ChemRxiv 2025. DOI: 10.26434/chemrxiv-2025-zvkqk
Hugging Face での Token の取得方法
Access Token 取得方法は、日本語マニュアル に詳しく書かれている。
まずは以下のページにアクセス
https://huggingface.co/facebook/UMA
右上のユーザーページをクリックし、左側メニューの「Access Token」を選択する。
「+Create New Token」を選択する。
Token name は ColabReaction と入力する。
Repositories のチェックボックスを全てチェックする。(ここ重要!)
Repositories permissions の部分で facebook/uma を選択する。(ここ重要!)
作成が終わると Token が表示されるので、メモしておくこと。一度しか表示されない。
メモし忘れた場合は、もう一度 Token を作成する。Token は何度でも作成可能。
ColabReaction の使用方法
ColabReaction.net にアクセスする。
<注意点>
- 必ず全てのセルを実行すること
- クラウド上のファイルを確認すること
ColabReaction は、「setup」と「execution」の 2 つのセクションに分かれている。
setup セクションでは、4 つのセルを実行するだけである。
execution セクションは、全自動で実行可能。
input ファイルの準備
double-ended 手法では、reactant と product のナンバリングを揃えておく必要がある。
ナンバリング不一致の場合、分子が弾け飛ぶようなアニメーションが見えたり、非合理的な反応機構が得られたりする。
ナンバリングは、Gaussview の View > labels から確認することが出来る。
ナンバリングは、ファイル内の原子の行番号に対応している。
GaussView では、Tools > atom list から原子のナンバリングを変更することが出来る。
smiles などから 3 次元構造を生成すると、このナンバリングがおかしくなっている場合が多々ある。
setup セクション
step 1
「Installation for app (This may take minutes, for installation of customized Panels)」というセルを実行する。ここには 2〜3 分ほど時間がかかる。
step 2
続いて、「1. Upload reactant and product files (.xyz, .com, .gjf, .pdb, .mol, .sdf). Rerun the cell code for uploading new file. (Dual Visualizer)」のセルを実行する。
<注意> ColabReaction では、最初からこの部分が表示されているが、必ずセルを実行すること(20 秒ほど時間がかかる)。(ここ重要!)
アップローダーが表示されたら、reactant と product のファイルをドラッグ&ドロップでアップロードする。
ドロップした瞬間に分子が3次元表示される。
実は、このドラッグ&ドロップ機能の実装も ColabReaction の一つの目玉である。
念の為、左側のメニューからフォルダマークをクリックし、自分の reactant と product のファイルが正しくアップロードされていることを確認する。
step 3
続いて、「2. Calculation settings (Please click the "Apply" button; otherwise, the settings will not take effect.)」のセルを実行する。
ColabReaction では、最初からスライダー等が表示されているが、必ずセルを実行すること(10 秒ほど時間がかかる)。(ここ重要!)
下図のようにスライダー等が表示されたら charge, spin などを設定する。
ColabReaction は、計算化学初心者向けに設計されているので、以下簡単に解説する。
- charge は系全体の電荷を表す
- spin は、通常の有機分子については 1 を選択
- ラジカルの場合は、spin は 2 を選択
- 光や金属が関与している場合は、専門家にスピン状態を相談すべし
- TS を求めるだけなら nmove は 20 で良い
パラメータ設定後は、必ず Apply ボタンを押すこと(ここ重要!)
step 4
「3. Hugging Face Token Input」のセルを実行する。token の入力ボックスが出てくるので、自分の token を入力する。
ここまでで setup section は、完了。
execution セクション
全自動実行
🚀 II. Execution Section のセルをクリックし、上部の「ランタイム」のプルダウンメニューから「現在のセルとその下のセルを実行」を選択すると全自動で実行される。待ち時間は約 5 分間。
全て正常終了すると出力ファイルが zip 形式で自動ダウンロードされる。
結果の見方
Molecular Viewer
ColabReaction では、計算が正常終了すると反応動画とそれに対応したエネルギーダイヤグラムを見ることが出来る。エネルギーダイヤグラムをクリックするとそれに対応した分子の3次元構造が瞬時に表示される。
計算終了後にファイルをダウンロードして Gauss View で表示して、という手間から解放される。
実は、この 3D ビューワーも ColabReaction の目玉の一つである。
エネルギーダイヤグラムをクリックして分子表示を切り替えることや、分子表示とエネルギーダイヤグラムを横並びに表示させる実装は実は難しい。
虚振動の計算
ColabReaction では、エネルギーダイヤグラム上の全ての極大点に対して振動計算を行い、上位3つの虚振動の動画を表示してくれる。
<注意1>
DMF の基本的な使い方としては、極大点を gaussian で遷移状態構造最適化し、IRC 計算を行う必要がある。
しかし、ColabReaction のモデル反応として github にも置いてある P450 の反応は、多段階反応である。最初と最後の構造をインプットとして与えることで、その途中の複数の TS が正確に出力されている。つまり、多段階反応を計算できる可能性があるため、ColabReaction では 全ての極大点のヘシアン計算を行っていると思われる。
<注意2>
ASE/UMA で出力されるのは数値的ヘシアンであり、必ずしも正確ではない。(ここ重要!)
そのため虚振動の絶対値が正確でない場合があり、上位 3 つくらいの虚振動の順番が入れ替わってしまう。そのため、上位三つの虚振動を全て目視で確認し、望みの振動モードを持つかを確認する必要がある。望みの振動モードを持つ場合は、Gaussian などでの遷移状態構造最適化計算に進む。
<注意3>
現時点では、ColabReaction の結果だけでは学術論文には掲載できない。
あくまで、gaussian の modredundant の代わりという使い方となる。
ColabReaction で出てきた極大点を gaussian で遷移状態構造最適化&振動計算し、IRC 計算して、初めて論文に掲載できるデータとなる。
GaussView 対応の出力ファイル
ColabReaction では、反応動画と振動計算の結果を GaussView に対応した log ファイルで提供してくれる。
まとめ
ColabReaction では、従来の DFT での scan に比べて 100 倍以上高速に遷移状態構造を求めることが出来る。特筆すべきことは、高価なサーバーを必要とせず、誰でも無料で利用可能であるということだ!
ColabReaction の登場は、計算化学の民主化と呼ぶことが出来る!
Q&A
Q1. Reaction Plus と比べてどのように違うのか?
A1. Reaction Plus は、NEB 法というダブルエンド型 TS 探索手法を使用しているが、ColabReaction は DMF 法というダブルエンド型 TS 探索手法を使用している。
DMF は、NEB よりはるかに高速に動作する。また、NEB よりも反応経路探索の精度が高いです。
Reaction Plus は有償のソフトウェアだが、ColabReaction は無償の計算ツール。
Q2. 汎用性は?
A2. 基本的には DFT と同様の汎用性がある。
現時点では、溶媒効果を含めた計算には対応していない。
また、UMA 側の問題で原子数に制限がある。80GB の vRAM を持つ GPU を使用した場合で、10 万原子が計算の限界とされている。ColabReaction で使用している T4 GPU では、2 万原子が限界と考えられる。
でも、冷静になって考えてみて欲しい。DFT 計算で 2 万原子も計算できるのかって。DFT 計算は 200 原子くらいになると SCF の収束性が非常に悪くなる。そういったことも考慮すると、むしろ ColabReaction の方が良いと言える。
Q3. 企業での営利目的の研究に使用しても大丈夫か?
A3. 全く問題ない。MIT ライセンスで公開されている。
詳しくは、https://github.com/BILAB/ColabReaction/blob/main/LICENSE を参照すること。
Q4. 多段階反応には対応しているのか?
A4. 基本的には、1段階ずつ計算するためのツールである。時々複数段階を一気に計算できてしまう場合もある。
Q5. Gaussian はもう必要ない?
A5. 現時点では、Gaussian による確認の計算を行わないと論文投稿はできない。しかし、今後は ML ポテンシャルを用いた TS opt や IRC 計算が主流になっていくと考えられる。また、ColabReaction で出るのは ∆E のため、分子の自由度が大きく変わる反応の場合は、∆G を別途計算する必要がある。
Q6. 本当に無料なのか?
ColabReaction 自体は無料であるが、Google ColabRatory 無料プランには1日あたりの使用上限がある。大量に計算を行いたい場合は、Google Colabratory の有料プランに入るか、ColabReaction をローカル環境にインストールする必要がある。